光の差す方へ
クロウとアリアの二人は、お互い幽閉されていた場所から逃げる
ように外を目指した。アリアの手を引きゆっくりと入り口に向かう
クロウの胸の内には、他人には理解できぬ一入の想いが
あっただろう。
出口への廊下はそう長いわけでもなかったが、過去から現在、現
在から未来を思うが故に、長い長い時間のように感じた。アリアは
少し後ろから、ずっとクロウの後姿を見つめている。
あと少し……
嗚呼、やっと自由に――
そして二人は人工でない穏やかな月の光をその身に浴びる。
「クロ。ここが…… そと?」
先程までは追う様にクロウを見ていたその目は、今はそこに広がる
世界を忙しなく見回している。
「ああ、どーやらそうみたいだな。なんつーか…… 空が高くて広
いな…… ははっ、何処までも何処までも歩いて行きたくなるじ
ゃないかっ!」
抑えきれない笑みを零し、掌にはじっとりと汗が滲んでいた。草、
木、風、空、星、月。全てがカラクリ丸で見ていただけ。そんなク
ロウにとって、ソレらは本当に心を奮わせるものだった。
「ねぇ…… クロ」
湧き上がる喜びに打ち震え、しばらくアリアを放っておき過ぎた様
で、たまりかねたアリアが服を引っ張った。
「ああ、すまん。ちょっと興奮し過ぎたみたいだ」
アリアのおかげで少し冷静になってきたが、そうすると今度は別
の考えが頭に浮かぶ。
「で、外に出たものの、これから…… だよな。うーん、これから
どうしたものか」
良い案も浮かばないまま、アリアを眺めると、アリアは新しい世
界に少し脅えている様だった。と、そのアリアが口を開く。
「クロ…… ねむい……」
「おいおい、いきなりだな。ちょっと待っ―― あっ」
返事を聞くよりも早くアリアは、器用に立ちながら寝息を立ててい
た。
「マイペースにも程があるだろうに…… 折角外にでたけど、この
ままじゃどうしようもないな。とりあえず、もう一度部屋に戻る
か」
そんな独り言を言って振り返り、部屋のあった建物に戻ろうとした。
その時――
ガサッ キュゥゥゥゥン
不自然な音。
「あぁ? なんだか…… うん、面倒な感じだ……」
ねっとり纏わり付く空気、視線。
それは確実にクロウを見ていた。
じっとその茂みを睨む。
動かない。
時間の流れに取り残された感覚。
ヒュンッ
風切音と共に時間が動き始めた――
暗闇から飛び出したナニかがクロウの眼前を横切る。
「なっ!?」
速過ぎる速度のせいで、クロウにはそいつの残した残像しか確認で
きない。そんなクロウにはお構い無しで、ナニかは威嚇するかの様
に動きを早める、最早その残像すら捉える事は難しいだろう。
ヒュンッ ヒュッ ヒュンッ
という風切音は激しさを増し、ナニかが地面を蹴った跡が無数に増
えていく。そしてその跡はじわじわとクロウ達に近づいてくる――
やべぇ! このままじゃ……!!
迫り来る音。それに付随する足跡に対する恐怖から、クロウは目を
瞑ってしまった────
「緊急事態…… 対応行動零一カラ四Cマデ照合…… 最適行動ヲ
検索……」
突然聞こえた無機質なアリアの声に驚いて、彼女を見るクロウ。
抱えられている彼女は眼を閉じたままだが、尋常じゃない様子は窺
える。
「最適行動ヲ算出…… 対象ノ行動パターンカラ移動軌跡ヲ予測…
… 完了…… 予測地点ニ攻撃ヲ開始シマス」
そう呟き、アリアは右手を空間に向けて伸ばした。
ヴンッと言う音とともに幾何学模様が浮かびあがり、そこに青白
い光が収束し始める。
「な、ななな、なんだ!? どーなってんだっ!」
間抜けな声を上げるクロウを余所に事態は進む。
収束した光は一定の大きさになり、何も無い空間目掛けて弾け飛
ぶ。同時に眩い光と爆音――
そして辺りに静寂が訪れる。
「何が起きた……」
強い光に当てられてぼんやりとした視界のまま、クロウは辺りを見
渡してみる。真っ先に確認したのはそれまでとは完全に異質な存在
となったアリアだ。
だが当の彼女は、今は穏やかな寝息を立てて眠っている。
「寝てる…… か。それはそれで凄いな。ぐっすり寝やがって、お
前は何者なんだよ……」
予想だにしなかった現状に激しい脱力感を覚えたクロウは、誰に言
うでもなく、そう独りごちた。
「っと、そうだ。アリアの変わりっぷりに忘れてたが、結局何が起
こった??」
そもそも事の始まりから終わりまで、中心に居ながら蚊帳の外だっ
たクロウは、現状を把握すべくアリアから目を上げる。すると、先
ほどアリアの放った光弾が炸裂した辺りに、所々月光を反射しキラ
キラ光る物体が横たわっていた。
そいつが自分たちを襲ったという事は容易に想像できる。用心に
越した事はないと、恐る恐る近づいてみた──。
「犬…… いや、オオカミ…… か? だがこの姿は一体……」
そこに横たわっていたのは、体胴長百五十センチメートル程の大き
なオオカミだった。
ただ普通のオオカミとは似て非なるモノだと、一見して理解でき
る。なぜなら、その体のおよそ半分が金属で出来ているのだ。顔の
左半分から左前足、右後ろ足から尾。明らかにクロウの知っている
オオカミとは別物であった。
既に体の大半が損傷し事切れているようで、ジジッ、ジジッとい
うスパーク音だけが聞こえる。
「いやいや、ありえねーだろこんな事…… サイボーグオオカミだ
と? ふざけんなっての!」
己の身に降りかかった災難と事の不可思議さに、段々と怒りが込み
上げてくる。
「ちょっと待て……」
彼らを襲ったのは、姿こそ違ってもオオカミである。
「確かオオカミってのは群れで行動する生き物じゃなかったっけ
か……」
脳内では既に一つの答えに辿り着いているものの、それを認めたく
ないのか自分に質問をするクロウ。
アオォォーォン
突然の遠吠えに素早く顔を上げる。
「ちょっ、そりゃマズいって!!」
クロウは焦った。
そして考えた。
現状を打破するための方法を──
目の前の入り口に入り、今まで居た部屋で暫く身を隠すか。
それともこのまま暗闇の森へとアリアを抱えて走り出すか。
この二者択一は一瞬で答えが出た。
「折角外に出たんだ、戻っちまったら意味なんかないじゃない
か!」
そう叫ぶのと同時にクロウは走り出した。
だがその時再びあのアリアが言葉を発した。
「明確ナ敵意ヲ複数感知……」
「どぅぉい! いきなりだな!!」
言葉通りいきなりの発言に、若干間抜けな反応をしてしまう。
「現状ニオケル最善ノ処置ヲ実行。現在地ヨリ半径二十メートルノ
範囲ヲ、今カラ十秒後ニ爆破……」
そう言って、今度は紅い光球を放つ。その光はその場でプカプカと
浮いている。
「ちょちょちょちょいちょいちょいっ! アレ爆発すんのか!?
十秒後にぃっ!? だぁぁぁっ二十メートルってどれくらいだ
よっ! まだ範囲内なのかっ!?」
既にアリアは寝息を立てている。
「くぅぅぅっ、くっそー勝手なヤツだなぁっほんっと! ったくど
うにでもなれ!!!」
文句を言いながらも、この上無い全速力でクロウは走った。
そして頭の中で十を数え終わる頃、近くにある大木の陰に飛び込
んだ――
……
一呼吸置いて、辺りが光に包まれる────
…………
轟音が響く中、クロウは乱立する大木に背中を預け腰を下ろす。
「ふぅ…… ったく、まいった…… かなりまいった」
暫く走り続けたせいで息が上がってる中、誰に言うでもない独り言
を呟いてクロウは目線を下に向ける。
そこには寝息を立てるアリアが居た。
「なんだってんだ。子供一人抱えてアイツらから逃げるなんつーの
は少々酷過ぎんぞ!」
小さな声に感情を目一杯込めて呟く。
深呼吸を挟んで、今度は落ち着いて呟く。
「まぁ、今回はアリアのおかげで生き永らえた様なもんだけどよ
…… んー、これからどうしたものか…」
木に凭れながら宙をぼんやり眺めるクロウ。
「ん?」
特に何を見ている訳でもなかったが、ふと自分の向いている方角の
空が、薄っすらと明るい事に気付いた。
「何かあるのか? まぁ、ここにずっと居ても仕方無いわけで……
とりあえず明るい方へ向かってみる…… か」
現状も心境も光無き暗闇に居たクロウは、その光に誘われる様にゆ
っくりと歩き出した────。