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第2話 分かることが分からない

 テーテケテッテケテー。テケテッテケテー。

 脳内に懐かしさを伴うBGMが鳴り響いている。

 事件は教室で起きてるんじゃない! グラウンドで起きてるんだ! 錦橋が封鎖できません! 青山さんと室田君、わくさんではなく和久かずひさ君、幸野さん。

 私が暮らす町の、小学校の、4年生の、1クラスの中の、1つの班内でだけ3日間くらい大大流行した遊び。それは 踊るごっこ と呼ばれていた。

 苗字も名前もかすりもしなかった私も含めた3人は、なんでも係として犯人役からピーポ君まで、それこそなんでもやっていた……。

 

「D……」

 5月の連休中に行われた吹(奏楽)部1年生歓迎合宿の疲れからか、不覚にもうとうとしかけていた火曜日の5限目の終わりかけ。生物のレポートを返された私は目が覚めた。

 いやいやいやいや、ちょっとお待ちください。それってもしかしなくても書き直しですよね?

 唖然としていると、ささちゃんこと佐々木先生の声が聞こえてくる。

「はーい、残念なんじゃけどDの人は来週のこの時間までに再提出です」

 ささちゃん、ひどいよ。

 授業終了のチャイムの音が鳴る。起立、礼もそこそこに私は早歩きを始める。それほど自信があったわけではないのだけれど、Dという評価には全然納得のいかなかった。廊下に出たところで、ようやく先生をつかまえる。

「ささちゃ……佐々木先生。それなりに書けてると思うんですけど、なぜDなのでしょうか」

「あーそれね。証明しようがないけんねー。そういうの評価に値しないー」

 ふむ、厳しくも道理は通っている。けれども、ここで引き下がるわけにはいかない。

「あの、これ本当なんですけど……」

 んむ? とでも言うような顔でささちゃんが立ち止まる。次いで、振り返り私を見ている。不信というタイトルがぴったりな表情を顔に貼り付けて。

「信じられんこと言いんさんなやー」


 売り言葉に買い言葉とでもいうものかもしれない。本当を言えば、かなり取りとめもなく何とはなしに書いたはずのレポートだった。だけど、このままでは大事な何かを失ってしまうかのように妙なスイッチが入ってしまっていた私は、思わず声を発していた。

「ぜひ! お時間を作っていただけないでしょうか。証明してみせますから」

 ……事件は教室、もとい廊下で起きてしまいました。

 でも、これは防ぎようが無かった、と思う。なんでも係だった私は初めて刑事役を買って出ることになった。わざわざ自分から求めて。


 それから3日後の金曜日の放課後。吹部の先生には遅刻届を出してまで、先輩であるパーリー(パートリーダー)の多少ひきつる表情を記憶の片隅に追いやってまで、私は生物教室にいる。

 何故そこまでしているのか。自分でも本当によく分からなくなってきそうになっていた。

 その他には、審査員としてささちゃん先生。ちなみにオーディエンスも兼ねまている。

 そして、たーさんことたーさんがゲストではなく主役として、半ば以上ポカーンとした顔で椅子に座っている。

「わし、部活あるんじゃが。なんで呼び出されとるん? 全然分からんのんじゃが」

 困った顔をしてこっちを見ないでください! ホント、スミマセン。

「たーさん、ごめんね。公平を期す為に、ということで秘密にしとったんよ」

 ここはアイコンタクト。すなわち2人のキズナで……理解出来るはずもなかった。


「じゃあ、これ」

 ささちゃんから手渡された厚手の布をたーさんの目元にぐるっと巻いていく。あっという間に変な高校1年生の男子が完成する。

 放課後の生物教室に先生と生徒2人。そこだけを見れば取り立てて違和感など感じない組み合わせでだった。けれど、1人は目隠しをしており、事情を知らない人に見られればちょっと、いやかなり怪しい光景となっていた。

「え? え? 何が始まるん?」

 事情が分からないまま突然の呼び出し放送を受けてやって来て、おまけにされるがままに目隠しをされたというのに騒ぎたてないたーさんの勇姿は、勇士に見え……はしないけれど、なんだか少しカッコイイ気もする。

 ううん、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

「えーとね、料理の試食をしてもらおうと思って」

「部活が。先輩厳しいんじゃが」

「陸上の山田先生には私からお願いしておいたけー大丈夫。10分もかからんよ」とささちゃん先生が素早くフォローに入ってくれる。ノリがいい。私を見て軽くうなずいてくる。


「それでは、始めます」

 パンパカパーン、なんてファンファーレは鳴らない。グラウンドからは運動部のかけ声、校舎内からは吹部のパート練習音、廊下からはおしゃべりしながら歩いている人たちの足音に声。それらが微妙に混ざり合って室内を鳴らしている。

 そんな外の喧噪をよそに、生物教室の中では誰もが、3人しかいないけれど無言で、これから起こることを待っている。

 ごくり……というような息を呑むかのような緊張した空気はまるで無い。けれど、それなりに張り詰めた気配が教室内にうずまいている。

 私はあらかじめ用意しておいたタッパをたーさんに手渡す。

「これ食べてみて」

 ……おかしい。動きが無い。左手にタッパを持たされた目隠しをされたたーさんが、ぽつりとつぶやく。

「手で?」

 うっかりしていた。私は慌てて予め用意しておいた箸を手渡す。必然的にたーさんへ顔を近づけたり右手を握ったりもしていた。ささちゃん先生が私達を眺めてにやにやしている。

 ……コホン。

「えーと、改めまして。試食を始めたいと思います。さ、さ、食べてみんさい」

 隠し切れない照れ要素をふんだんに含んだ声色で私はそう言っていた。

 教室内の目隠しをしていない全員……わずか2人の視線がたーさんの一挙一動を見守っている。

「よう分からんのんじゃが、食べりゃあええんよね?」と言い終えたたーさんがタッパの中身を1つ箸でつまんで、口へと放り込んでいく。

 すごい! 毒……な訳がないにしても、変な物を食べさせられる可能性なんてまるで考えもしないかのように、ためらう気配すら見せずにもぐもぐと食べている。

 これは! 私への愛ゆえに! と思った私は顔がニヤニヤしていた。

 ……コホン。

 私はいくぶんさっきよりも赤くなった顔で言う。この表情をたーさんに見られなくてすんでいるのは、きっと普段の行いが良く……それほど間違ってはいないからだろうと思う。多分自意識過剰になっている。

「さて、問題です。今食べた物の色は何色でしょうか?」

 一瞬の間を置くこともなく、たーさんが自信満々な声で答える。

「赤」

 ! ! という声にならないオーディエンスのどよめきが私の背中に微かに感じられる。なんだか心地がよくなってくる。

 ふふふ、イリュージョンはまだまだこれから。口角がほんの少し上がり、目じりがわずかに下がって、目は気持ち見開いていた。私は、いわゆる得意そうな表情を隠し切れなくなっている。私自身は特に何をしているわけではないのに。

「さ、次も。ぐっとお願い」

 なんとなく事態を飲み込めてきたらしいたーさんがタッパから新たに1つ取り出す。先ほどよりもゆっくりとした動作で、まるで見せつけるかのように口へと運んで、むしゃむしゃと咀嚼し、ごくりと喉を動かして口中を空にしていた。

「今の色は何色でしょうか?」

「黄色」

 うわ! という押さえきれない観衆のざわめきがはっきりと耳に聞こえてくる。世界は奇跡を目の当たりにしている……のかどうかは知る由も無いけれど、少なくともこの場にいる1人の未婚な先生は生徒を前に動揺を隠しきれなくなってきている。

 うんうん、と1人うなずいた私はたーさんの肩をぽんぽんと叩くと、呪文を唱える。神さまへお仕えする巫女のような気分になっていた。

「連続で、勢いよくお願いします」

 目隠しをしたままで、うんうんとうなずいてくれうたーさんが、普段の3割り増し程度にはカッコヨク見える。窓から教室内へと斜めに長く差し込んできている太陽の光が、まるでスポットライトのようにたーさんの学生服を包み、影を作っている。そこだけを見れば、神さまというよりも悪の秘密組織の構成員のほうが近く見えなくもない。

 ……コホン。

 そこから先は、エンターテイナーたーさんの独壇場となった。

「黄色」「赤」「紫」「緑」「緑」「オレンジ」「緑」「白」「黄色」「紫」

 放課後の生物教室で目隠しをされた生徒が、器用にタッパから物を食べつつ、声を発している。それはとても不思議な情景であり、かつ見ようによっては荘厳ともいえた。

 途切れる気配を見せようともしない脅威の、まるで神託のような正答率に、先生はグロッキー寸前となっている。その表情にタイトルを付けるとすれば、呆然。

 やがて、ささちゃん先生が合わせた手をぽんと鳴らして言う。その声は、少しの疲れと心持ち大きな驚きをブレンドしているかのような、なかなかステキな音となっていた。

「よお分かりました。理由は分かりませんがこれは認めるしかないかもしれんね。レポートは再評価の結果、Bにしとこうかね」



 それから。

 たーさんの目隠しを外す。いい仕事をしただろう、とでも言いたそうな満足感にあふれた表情を浮かべている。私はうなずくと、たーさんとハイタッチをする。そして、生物教室から部室棟へ向かうたーさんの後ろ姿へ「部活、がんばー」と声をかけて、送り出す。

 その後、私も教室内の後片付けを終えてから部活へと向かう。軽やかにステップを踏んで、もちろん笑顔で。口笛は吹かない、そこまで調子に乗っていない。

 どうせなら再評価はAが良かったけれど、さすがにあの内容でAは無理なのは分かっていた。だから、Bという再評価には満足していた。



 なお、以前に私とたーさんの間でこんな会話があった。

 たーさんには理由が分からないらしい。それでも、味覚において明らかな違いがあるらしく……分からないことが分からないそうである。

 ちなみに私には分からない。さっぱり分からない。強いて言えば、赤と黄色とオレンジが似ていることくらいは分かる。

 たーさんに言わせれば、その程度では分かるとは言えない。つまり分かってなどいない、ということになるらしい。

 つまりはコーギトー・エルゴー・スム=我思う故に我ありなんだよって。ほら、フランスの哲学者デカルトも言っていたじゃないかって。

 ほら、といきなり、まるで学校の先生のことを話すかのような調子で、突然デカルトがなんて言われて、当時の私は言葉に詰まっていた。

 引用そのものは違うんじゃないかなー。微妙に的外れじゃないかなーと思いながら。

 なお、後でその言葉を調べみたら、デカルトと言えば我思う故に我ありとされているものの、実は言ってなどいないらしいことが分かった。


 時々不思議なことをたーさんは言うけれど、全てを分からなくてもいいかなー、と当時の私はそう感じていた。……今も、そう思っている。

 私は、吹奏楽部の楽器置き場も兼ねている音楽準備室へと続く階段を、足取りも軽く登り始める。


 ちなみに、私の生物レポートのタイトルは。

 - 色の異なるパプリカは、人間の味覚のみで判別可能か否か -

 生物っぽければ何でも良かった課題だったのだけれど、いかがなものなんだろうって書きながら少し悩んでいた。

 後から振り返ってみれば、1年生の5月という時期に実にふざけた理由で部活動を遅刻していた。

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