第四十五話 為すべきこと
「皆さん、聞いてください――」
琴音の声は震えていた。
教室で自分の思いを口にした先程とは違う。今度は自分の想いを届かせるために声を出すのだから。
そして、ここまで共に来てくれた遠弥、愛莉、渚、清春――四人が自分に託した想いも含め、自分の言葉をマイクに乗せる。
「わ、私は一年三組の相沢琴音と申します。私は……いえ、私たちは、全校生徒の皆さんにお伝えしなければならないことがあり、こうしてマイクを通して皆さんにお話をさせていただいています……。この大変な時に、と思われる方もいらっしゃるかとは思います。でも、だからこそ聞いて欲しいんです」
一息に言って、一度呼吸を整える。思った以上に声が上擦った。早口になってはダメだ。相手に聞いてもらうということを意識する。
あまり時間はかけられない。遠弥と清春が二人がかりで教頭を抑えているが、それも時間の問題だろう。もしかしたらこちらに他の教師たちが向かっているかもしれない。
迷惑をかけているという自覚はある。でも、伝えなければ。
「今、私達を守るために、校庭では二人の生徒が戦っています。一人はクラスメイトの麻雛美朝さん。そしてもう一人は、私の幼なじみの渡会渋谷君です」
琴音は眼を瞑り、思い浮かべる。
二人の英雄の姿。傷だらけになりながらも戦うその姿に、勇気をくださいと願うように。
「この町にはいつからか化物が現れるようになりました。ふと気付いた時にはこの町にそれが現れて、私たちは襲われた。まるで天災にでも遭ったみたいに。でもこの町には英雄がいました。化物と戦い、そして私達を守る英雄が」
あの日のことは忘れない、と思っていた。二度とこの光景を忘れてはならないとそう思っていたのに。
けれど自分は忘れてしまっていた。
直接見たわけではないけれど、人も死んだ。建物はたくさん壊された。
けれど守られるのが当たり前になり、今そこにある光景を見ないふりをして順応した。
――順応した気になっていた。
「私達はその時、安心を得ました。これで大丈夫、私達は安全だとそう思ったはずです。あの時戦っていた一人の女の子に私達は現実を押し付けて見ないことにして、理想の中に逃げ込んでそれを日常としてしまったんです」
自分達を守るため。日常を守るためには必要なことだと割りきって、自分達はその役割を押し付けた。自分達を守ってくれる英雄の存在。それを望んだのだ。
「けれど――私は知りました。二人がただの自分と同じ、高校生なんだってことを。ただ、たまたまそうであっただけだと。――皆さんは知っていますか? 麻雛さんは、すごくお料理が上手なんです」
この前の昼食の時間、渋谷が食べている弁当の話題になった。それは、彼が住んでいる寮で、美朝に作ってもらったものなのだと。
琴音は料理に自信がない。渋谷に弁当を作ってあげたいと何度だって思ったことがある。だから美朝が凄く羨ましかったし、ショックだった。
「渋谷くんは虫が苦手なんですよ、見たら逃げ出してしまうくらい」
渋谷の虫嫌いを幼なじみの琴音はよく知っていた。小学校低学年の時だったか。彼の両親と一緒にキャンプに出かけた事があった。その時彼は虫好きのお父さんが取ってきた籠いっぱいの虫に泣きべそをかいてたのだ。以来、彼の中で虫はトラウマになり、今でもそれは治っていない。今ではなかなか見られない渋谷の貴重な姿だと思う。
「英雄だとか、化物と戦ってるからとか、きっと関係ないんです。当たり前なことかもしれませんが二人は私達と同じなんです」
渋谷は渋谷で、美朝は美朝で、琴音は琴音で。
そんな当たり前のことを自分達は余計なフィルター越しに見るものだからわからなくなる。
きっと、気付けば単純なことなのに。
「私は――この町が好きです。生まれた時から住み続けて、ずっとこの町にいるんだろうなってそう思っていました。そんな時に化物が現れました。このままこの町に残るかどうかお父さんとお母さんと考えて、悩んで。でも――私はこの町を出ていこうとは思いませんでした。やっぱりこの町が好き、それに渋谷くんがいつかこの町に戻ってきてくれるって思っていたから」
琴音がこの町に居続ける理由。それは琴音が渋谷と再会した時に、問われ口にした言葉と全く同じだった。
「この町には麻雛さんがいてくれた。私達を守ってくれていたからそれまでの日常を失わずにすんだ。でも渋谷くんが化物と戦うようになって、それで考えるキッカケが生まれたんです」
変わってしまった渋谷。けど変わらないでいてくれた渋谷。
どれもが自分の知る渡会渋谷であったと考えることが出来たキッカケが、琴音の答えを明確にするのだ。
琴音は何度だって口にしている。それが揺るがないから、琴音は信じていられる。
――渋谷くんはやっぱり渋谷くんだから。
「守ってくれていた人。守られていた自分。そこに違いという壁を作っちゃダメだと私は思うんです。一つでも、どんなことでもいいから出来ることをしたいと、私は思いました。だから皆さんも考えてください」
問おう。琴音が立ち止まって振り返ったように。
みんなにも知ってほしいから、自分はこうして話したのだ。
「皆さんは、この町が好きですか?」
●
その言葉はここにいる者たちへ向けた問いかけ。その意味は自分のおかれた立場を考える初めてのきっかけでもあった。
暫しの沈黙が体育館を支配する。それは口を開く事が出来る雰囲気でない、というよりも各々が放送で聞いた言葉について考えているからだった。
相沢琴音がもたらした言葉が人を動かしたということ。
それに巴は、驚きを禁じえなかった。
『皆さんも同じはずです。この町が好きで、この町から出て行きたくない。そう出来るのはこの町で私達を守っていてくれた人達がいたからじゃないんですか!? だから――応援しましょう。私達を守ってくれていたヒーローに声を届けましょう。きっとそれが私たちにできる事だと思うから』
それが、最後の言葉。
『お前ら、いい加減にしろぉっ!!』
ギャン、という甲高い音がスピーカー越しで反響する。
教師の姿が数名、体育館から消えていた。彼らは放送室へと向かい、そして今琴音たちの暴挙を止めたのだろう。何度か揉み合う音が続き、ハウリングした。次いで突然、ブツリと放送が途切れる音がして――それっきりだった。
そして、生まれたのは――
「俺達、守られてたんだな……」
誰かが言った。
「戦ってるの一年生なんだよね」
「私達これでいいのかな……?」
それは次の言葉を生んでいく。
波及し伝播する。次々と生まれていく言葉はそれまで溜め込んできた想いの断片。しかしそれらが剥がれていくことで形となって現れる。
「相沢琴音、か…………」
何も無いただの少女がこれを成したということに巴が瞠目する。伝えるという簡単に見えて難しい、たったひとつの想いから生まれたこの結果を讃えようと巴は思った。
「でも、さ」
その流れは一つの結果では収束しない。
「今ここにバケモンがいるのってアイツラのせいじゃね?」
「そ、そうよ。今まで学校に化物が出たことなかったじゃん!!」
異を唱える者の存在がある。琴音の言葉はただの問いかけで、言論を一方に傾ける統率力はない。
誰かが言った言葉は、しかし誰しもが思っていたことの現れでもあった。これだけの数の人がいれば一方にのみ天秤は傾かない。
琴音の言葉は、結局教室での問答と同じ結果を生んでしまう。
「そ、そっか……」
「いや、でもアイツラは戦ってるじゃねぇかよ」
信じようとする心。信じられないとする心。
どちらにも言い分があり、これほど人という者の本性が垣間見える瞬間というのはない。
ならば巴はどうするのか。
巴はいわば傍観者だった。ただの一生徒であり、ここで彼女が声を発することは無かったはずだった。
この体育館の空気に身を任せるだけ、そうするつもりだった。
だというのに――。
「――ッ!?」
高まった神気を感じた。
龍脈がうねる。霊能者として特異な者である巴にはそれは自分の肌をのたうち回られる感覚に近い。
地が啼いている。鳴海という特異点が今まさにこの場所で口を開いた瞬間だ。
「――ッ、流石は元々の持ち主ということか? 鳴海の英雄は何をやっている………!」
焦りが巴の中で顔を覗かせる。
ここで自らが加勢することは容易い。その自信も実力も巴は持っていると自負している。
だがそれは奥の手でもある。それを、ここで使うわけにはいかない――。
そうすれば、自分も"彼らのようになってしまう"から。
「――――」
今、自分は何を思った。
よぎった考えが果たして自分が思ったことなのかどうか信じられなかった。
彼らのようになるから、どうだというのか。
持たざる者たちからの忌避を受け入れられないと、この夜刀守巴が思った?
英雄という役を押し付け、自分達はのうのうと仮初の平和に身を委ねる蒙昧共と、同じことを思っただと?
――ふざけるなよ。
許し難かった。
人と違うということ。
背負ってしまった運命が違うということを、他人が勝手に量るんじゃない。
命の危機があるのはお前らだけだと思うなよ。あの英雄たちもまた命を賭けているのだということに、どうして頭が回らない。
自分は、どうしてこんな者達と同じであることを許容したのだ。
「――どうした、巴?」
烏丸が何かに気付いてこちらに問う。どうしただと? どうもしていないさ。
ただ自分は、いつまでここにいるのかと、自分に呆れただけだ。
だから行った。
巴は足早に壇上へと上がる。教師たちの静止を振りきって。
そして巴はマイクに向け、
「ふざけるなよ、貴様らぁあああああああああああああああ!!!」
激昂する。張り上げた声が一斉に生徒たちの耳に飛び込む。
巴の姿に生徒たちは眼を丸くしていた。それは当然だろう。巴は生徒たちの前で素を見せたことなど無い。彼女は厳格にして心優しき副生徒会長なのだから。
だがそれももう終わりだ。
「君たちには聞こえたはずだ、あの放送が!! 自分たちに出来ることは何かと考え、声を届けようとした者の言葉を!! そして今必要なのは、それを考えることだろうッ!!」
ここぞと叫ぶ巴。
何故、巴がここまで怒りを露わにするのか。
既にそうだと決められているからと弱者の言い訳を振りかざし、ただ守られるだけと諦めたくせに、いざ自分の身に危険が及べばその責任の所在はどこにあると騒ぎ立てる。
まるで、巴という御輿を担ぐだけになり果て、ただ己の立場の変遷を夜刀守家に責任を押しつける、協会の者共のように。
老害共の勝手な言いぐさを受け続けてきた巴にとって、他者へ向けた責任転嫁は果たして見過ごせるものではなかった。
――責任は私にだってある。
学校が安全地帯として成り立っていたのは巴が張っていた結界があったからだ。
それがこうして破られたことで生まれた危機感の責任は、いかに破られたこと自体が想定内であろうとも、巴には無視してよいはずがない。
それに、九重の言ったこともある。
英雄たちに問うた、守る価値の如何。現状の有様で自分たちの為に戦う英雄に示しがつかない。
「考えろ。そして動け。自分が今どうするべきか、それは自ずと分かるはずだ」
巴は真剣な表情で語りかける。そんな事を言う巴自身がまったく相応しくない事をしているというのに。
考えてなどいない。ただそうするべきだという思いが彼女を動かしたまで。
だがそれでも、伝えるべき言葉は言った。あとは生徒たち次第だろう。
巴は一礼して壇上から降りる。そんな巴の突然の行動を教師たちは決して咎めたりはしなかった。
「らしくないことをしたな、巴」
そんな巴に声をかけたのは烏丸だ。「なにが?」とぶっきらぼうに言う巴は、
「これが私の素だとお前は知っているだろ」
スタスタと、自分のしたことを改めて恥じるように、もといた場所まで歩く。そんな彼女の背に、
「――だから、らしくないというんだ」
と、つぶやきが一つ漏れた。
●
――果たして、二つの声が生徒たちにかけられた。
一つは相沢琴音による問い。
一つは夜刀守巴による発破。
生徒たちは今まさに考えねばならなかった。自分たちが今までしてきたこと。
そして、これからどうすべきかを。
しかし――その考える時間は訪れなかった。
巴は感じ取っていた。神気が高まっていく様子を。
そして、その龍脈のうねりがこの鳴海高校の地下よりもたらされていることを。
もはや、最後の時は、迫っているのだということを――。
●
突如、一瞬身震いするような怖気が渋谷に奔った。急激に湧いて出た感情が渋谷を強引に現実へと眼を向けさせる。
それは九重が放つ神気によるものだ。
だがこれほどの神気を渋谷は感じたことがない。渋谷がそれまで扱ってきた神気という概念が覆されたように、圧倒的な密度と量がここに放たれている。
いや、集まっているのか。九重の許にどこからか神気が集まっている。
やはり思い出すのはハクオウとの一戦。突如地下から吹き出た龍穴が神気をもたらしたように、この場においても同様の現象が起こっているのだ。
ひとつ違うのは、それを九重自らの意思で行っているということ。
そして、その力がもたらされているのは渋谷の学校の地下からなのだ。
しかし、同時に渋谷の硬直も解かれた。振り下ろす最中にある絶刀の一薙ぎをもう止めることは叶わない。回避不能のそれは、今更何をしようとも叩き伏せるだけの威力を持つ。
「見よ、それが今のお前ぞ」
だが九重の告げた言葉に合わせ、突如として眼前に壁のようなものが現れる。それは鏡。渋谷の全身を映す丸い銅鏡のようなものだった。
「――――!?」
そして見た。映しだされた自分の姿に違和を得る渋谷。
果たしてこれが、自分の姿だというのか。
全身はズタボロであり、立っているのもやっとという有様ながら、表情は微塵もそんなことを感じさせない。それは浮かんでいる表情が笑みであったからだろう。まるで剣を振ることのみが生きがいでそれこそが己であると告げんばかりの凄惨な笑み。
そうだ、これこそが――修羅ではないのか。
『いけませぬ、渋谷様ッ!?』
それは何に対する制止の言葉か。その言葉を発したのは、どちらのスサノオだっただろう。自分を高みへと導かんとする女神。その彼女が何故そのような言葉を発するのか。
けれど渋谷の刃は、それを考える間もなく一刀両断した。
己の醜い姿をこれ以上見たくないという渋谷の中に残った最後の意識がそうさせたのか。
ぱりん、と渋谷の一刀にて両断された鏡。映し出されていた世界ごと断ち切られ、そこに映り込んでいた渋谷の像もまたズレていく。
「あ――――」
刹那。不意に襲い来る脱力感。全身を満たしていた全能感が根こそぎ抜け落ちていく感覚。まるで渋谷を動かしていた糸がぷつりと切れてしまったかのように、立っていることも出来ずにその場に膝をつく。
「照魔鏡――。その鏡は魔のモノの姿を映す鏡ぞ。今、主が斬ったのは主を満たしていた力の根源よ」
己の力の根源――。
そんなものは決まっている。己が契約する神、スサノオ。渋谷の求めに応じ彼女は力をもたらしている。
だが九重の言うとおり、スサノオとの力の流れが断ち切られているかのように、その身に彼女の熱を感じない。どころか渋谷はスサノオの気配すら遠くに感じていた。
「くっ、そ――」
『っ――貴様ッ!!』
スサノオの視線がキッと跳ね上がるようにして九重に向く。怨みの念すら感じるような鋭い眼差しを飄々と受け止める九重はしかし、
「お主はもう終わりじゃよ」
あくまで言葉を向けるのは渋谷へだった。
「人の身に余る力を得て、思い上がったか? ……その結果がこれよ。主のその姿を見て誰が主を英雄だと称えるか? 救うじゃと? おこがましいのう、主も人の子じゃろうに。だから力に溺れる。人は醜く欲深い。ゆえに身の丈を超えて欲するのじゃ。もっと、もっとと高みを望む。見たじゃろう? 己の身を守ることのみに苦心し、それを成す者の存在など頭の片隅にも止めん者たちを。忌み疎まれ、ただ都合の良い時のみ望まれるだけのあの娘を。その欲は果てしなく、自らに害が及ぶとなればすぐさま切り捨てられる仮初の英雄。それを見てなお、主は己を英雄だと宣うか? そのように修羅へと成り果てる寸前にまで至り、救うなんぞと言うのか? 違うじゃろう。認めるが良い。主はもう我らと同じなのじゃよ。人を超えたモノ。神は己が成すべきことを成す力を持つ者。主にはその力があるのじゃろう?」
九重は畳み掛けるように言葉を連ねた。
その一つ一つはこれまで渋谷に向けて放たれた言葉とそう違わない。英雄であること。そして、救いであろうとする渋谷を否定し、認めさせようとしている。
人に価値など無いと。守る必要なんて無いのだと。
そんなモノを救うために、お前は力を欲するのかと。
だが、
「っ、だ、まれ……!!」
渋谷はそれを認めない。
「ん?」
血が喉に絡みつき、思うように発声が叶わない。膝がガクガクと震え、立ち上がろうとするたび渋谷は膝から崩れ落ちる。
それでも渋谷にはもう一度立ち上がる必要があった。
ここでそれを認める訳にはいかなかった。
『渋谷さま………!!』
「スサ、ノオ……力を、貸して、くれ」
これ以上、奴の好きに言わせる訳にはいかない。
救う理由。それを否定されてしまったら、渋谷はもう戦えなくなる。
自分が英雄であること。それを否定されてしまえば、渋谷は渋谷でいられなくなる。
己が危ういのは分かっている。渋谷は弱いから、己より格上相手に勝つにはより力が必要になる。だから求めるのだ。もっと、もっとと。そうしなければ救えない。誰かを守る為には、渋谷が英雄足りえるには、力がいるのだから。
「スサノオ――」
「――もう良いッ!! 見るに耐えん!!」
縋るように力を求めた渋谷に九重の激が飛んだ。
「――この地ならば、答えが見つかるかと思ったのじゃがな」
その呟きは誰に向けたものか。かすかに聞こえたそれは、九重の諦めを言葉にしたようだった。
「そこで見ているがよい。何者にもなれぬ憐れな者には地で這いつくばるのがお似合いじゃろうて」
九重はそう言い切り視線を校舎へと向けた。人の流れは全て一つの建物に移っている。九重の視線はそこで留まっていた。
体育館。あそこには今、みんながいる。
「――っ、やめろぉ!!」
ぼうと力なく顔を上げた渋谷が声を張り上げる。全速力で駆け抜けた悪寒。全てが零れ落ちていくさまを想起させる、九重の無機質な白面。
これが最後だと、告げている。
それまで幾度こちらを試し続けていた九重が下す、最後の審判。
刹那――神気がボッと膨れ上がる。
炎狐。いやそれらが一塊となった炎塊が九重の背後に生成される。
まるで太陽がそこにあるみたいだった。陽光に照らされ金色に彩られた九重の毛髪がキラキラと輝きを放つ様に、渋谷は不覚にも綺麗だと感じていた。
そう、綺麗で魅入られる、破滅の光。
ゆえに全てを灰燼へと帰す、黄金の太陽。
――クソ、クソ、クソッ!!
渋谷は動くことが叶わない。安易に力を欲し、委ねた結果がこれだとしたら、俺はどこまで阿呆なんだ。
神気が無ければ渋谷はただの人以下だ。偶然で手にした力が渋谷をここまで傲慢にした。
自分が強かったから勝てた? 強くなったから誰かを救える?
違った。そうじゃない。渋谷はただ無謀に命を使っただけ。その結果、たまたま神と契約し力を得ただけ。
思い上がりが渋谷を、そして皆の命を追い詰めた。
だが、それでも。
渋谷が命を賭した理由はあるのだ。
彼女を救いたいと願った。誰かを守る彼女のように、自分が英雄となることを決めた。
ここで地に這いつくばる愚か者が渋谷の成りたかった者か?
いいや違う。断じて。
ならばやるべきことは一つだろう。
――立てよ。
「お、おぉ……!!」
――見ろ。
「が、ぁあ、ああッ……!!」
――ほら、英雄がそこにいる。
「美朝ぁあああああああああああ――――!!」
そして、破滅の光を放つ太陽は、校舎を呑み込んでいく。
●
聞こえていた。その時、美朝はもう走っている。
渋谷が倒れ、すぐにでも駆け寄りたかった。
でもそれは美朝のすべきことでは無かった。
任せろという渋谷の言葉を美朝は信じた。自分を救った英雄を美朝は信じたのだ。
だから動ける。渋谷が今度は自分に託したのだ。英雄である自分に。
「タケミカヅチ――ッ!!」
『応ッ!!』
美朝は体育館の前で立つ。こちらへと迫り来る炎の塊は先程までとは桁が違う。
受け切れるという想像力を根こそぎ焼却されてしまうような圧倒的な熱量を前に美朝は、自分の手札を数える。
――『鳴神之雷切』はあと一発撃てるかどうか……。でも、やるしかない!!
雷速で移動する美朝は間一髪、校舎と炎塊の間に立つ。
ここまでくるのに、美朝は既に限界だった。もはや美朝もまた足りないものを捻り出しているに過ぎない。神気は出涸らしのようなもの。
それでも、美朝はまだ動けている。
弓だってまだ構えることが出来る。
ならば、それで充分だ。
「私が――みんなを、守るッ!!」
仮初めの英雄でも構わない。誰かに仕立て上げられた役割だろうと関係ない。
美朝はこの時、確かに英雄だった。誰かの救いであろうとしていた。
かつて、その立場に苦悩した少女がいた。肉親を失い、その悲しみと向き合う間もなくただ復讐という感情のみを動力として戦っていた少女。
破滅へと向かうだけのその運命を、少女は一人の少年に救われた。
今、少年は自分の傍らにはいない。
しかし誓いがある。共に支え、共に立つという心の誓い。
だから少女は戦えるのだ。英雄として、誰かを救う存在として。
「『鳴神之雷切』――――ッッッ!!!!」
誰かを守るという一心で放つ、最後の一閃。
とくと、受けてみろ。




