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現代神話ヒロイズム  作者: 石上士悟朗
第二章 狐の嫁入り
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第四十三話 交錯

「――ッ!?」

 

 美朝が弾かれたように顔をあげる。

 それは確かに聞こえた。どこからともなく、それでもこちらへと届かせようとする意思の込められた声。


 かつては共にあり、誰よりも近しく、信じることの出来たその声を美朝が聞き間違うはずはない。


「――千草ッ!!」


 八神千草。彼女は神気の膜に囚われの身であった。しかし今この瞬間に、彼女は自らの力でその膜を破ってみせたのだ。


 だがそれだけ。彼女は宙へと投げ出され、重力に従って急降下。このままでは、地面へとぶつかってしまう。


「――行け、美朝!!」

「渋谷!?」

「お前の本当の気持ちを伝えてこい!! ここは俺に任せろ!!」


 二人がかりでも喰らいつくのがやっとという相手を前にしているというのに、渋谷は美朝に任せろと言う。


「――うん!!」


 だが美朝はそれに異を唱えることはなかった。任せろ、と言った。だから信じる。


 続いて口を出そうになる感謝の言葉を呑み込んで、いち早くと美朝は千草の許へと走る。

 神気のコントロールに関して、美朝も渋谷に負けてはいない。彼女は己の神気を矢として放っているから、常に高度な神気の制御を要求されている。


 そして今、彼女はその神気を全て下肢へと集中する。ただ千草を救うという一心で。


 だが、それでも足りない。駆けていく為の力が必要だった。

 

 恐れているのだろうか。再び拒絶されるのではないかと。だからこんなに足が震えるのか。

 

 ――でも、今の私はあの時と違う……!!


 昔のように諦めるだけの自分じゃない。

 今は自分と共に歩み、背を押してくれる人がいる。前を向けと言ってくれる英雄が。

 だから自分も英雄として誰かを救えるものになりたかった。


 役割として英雄を演じてきた自分が、自らの意志でそれを成す。ただ、救いであることを誇りとして。

 

 だから、千草を救わねばならない。自分が変わったことを伝える為に。


「タケミカヅチ――ッ!!」

『応!!』

 

 美朝は己の契約神に力を求める。これまでも共に戦ってきた相棒に己の背を押してくれとばかりに。

 

「――――ッ!!」


 美朝は雷速の領域へと達した。 

 

 抱えるは、並び立つ英雄がくれた前に進めという言葉と、契約神が与える背を押してくれる力。

 そして――美朝が裡に秘める届かせるための想いだ。


「間に、合え――――ッ!!」


 もはや自らの意識すら保つのもやっとという速度は、擦り切れていく意識の中で千草の落下地点へと潜りこむ。

 そして――、


「――――み、さ?」


 届く。


「千草――――」


 腕の中に抱く感触をこれでもかと確かめる。両腕を背中に回し肩に顔を埋める。伝わる熱と匂いが美朝が失った何かを急速に埋めていくようだった。


 告げるべき言葉は、すんなりと口からこぼれた。


「「――ごめん」」


 二人同時で同じ言葉が重なりあう。

 つまりは二人が届けたいと思った想いも、積み上げてきたモノもすべてが同じであったということ。


「「――――」」


 それがどこか気恥ずかしくて、二人はどうにも眼を合わせることが出来ない。


 それでも。

 やっぱり、嬉しくて。


 抱き合う腕の力は緩まない。それがまた同じだったから、二人はそこでようやく久しぶりに笑いあったのだった。   

 

      ●


 ――やったみたいだな。


 襲い来る炎狐を掻い潜りながら、渋谷が内心安堵する。

 自分の役割はひとまず果たせた。あの二人の笑顔が見れるなら、その成果としては充分だろう。


 しかし、未だ止むことのない炎狐の大群相手に渋谷は追いつめられつつある。

 だというのに、渋谷の中で一つの疑問が湧き上がった。


 ――こいつ、手加減してんのか?


 そうなのだ。九重が繰り出す技は渋谷と美朝、二人がかりで凌ぐのがやっと。だというのに、渋谷が一人、喰らいつくことが出来ているということからして、あり得ない。


 そして、九重の視線もまた、千草の笑顔に向いていたのを渋谷は見逃さなかった。


「お前、始めからこうなることが分かってたんじゃねぇのか?」

「――――」


 その問いに答えは返ってこない。

 だが、面の奥に見える感情は渋谷の抱いたものと同じはずだった。

 

 凶――。それは渋谷にとって倒すべき存在。それが人々にとっての救いなのだから。


 しかし、こいつは――。


「お前は、何の目的があって……ッ!?」


 と、渋谷の言葉が中断させられる。それは九重が放つ炎狐の爆発によるもの。


「っ、この――」

「何をさきから言うとるのか。目的じゃと? 戯けた事をぬかすな。そんな些細な事に頓着するのが主の言う救いなのかのぅ?」

「くっ……」

「御託は良い。今一度言うぞ、英雄とやら。己の信ずる輝きを見せてみよ。己等が救うという意味。その価値を」


 それは九重が学校に現れ、そして口にした言葉。

 だがこの時の語り口はまるで、こちらを導かんとするかのような、遥か高みからの声に渋谷には聞こえた。


「ココッ、娘は己の手で、千草を救ってみせたぞ。さて、主はいつになったら儂に救いとやらを見せてくれるのかのぅ?」


 そして、九重が待つ。


 渋谷の答えを。


 ――わかったよ。


 渋谷は決める。


「――見せてやるよ、凶」


 それは決意だった。

 自分が抱いた不明瞭な言葉にもならない感情の一切をかなぐり捨てるという決意。

 

 相手が手加減しているだとか、目的だとかは関係ない。何を迷うことがあろうか、奴がこの学校に現れ、それに怯える人がいる。感情を弄ばれ、利用された少女がいる。

 

 ならば渋谷が戦う理由は既に決まっていたのだ。


「お前を倒すこと――それが救いだッ!!」


 いい加減、苛ついてきていた。

 何故、どいつもこいつも問答を嫌い、己の行動で示せと宣うのだ。


 かつて戦いに価値を見出すことを信条としてきたハクオウも。そして、この九重も。

 まるで神がそうするかのように、自分達の成すことを鑑賞する。


 真実は言葉ではなく、行いでこそ明かされるものだとばかりに。


 ――ああ、そうかよ。そうだよな。


 ならばと渋谷は、己が手に握る鋼に、今一度力を込める。


 渋谷も本心ではそう望んでいた。刀だけが渋谷の真実を明かしてくれる。

 だから今も、本来なら絶望的な相手だというのに高揚さえ覚え始めている。

 

 結局、渋谷という男を知るのに、これ以上のものなど存在しない。

 

 刀で、示す――。


「スサノオぉぉぉぉおおおおおおおおお――――――ッ!!」

『――はい、渋谷様!!』


 待っていたとばかりに、すぐさま返ってくる声。

 それはどこか力を求めてくる事を予期していたかのような歓喜さえ孕み、そして狂喜を持って渋谷へ応えた。


「ふん――くだらんのぅ」


 そんな渋谷とスサノオの呼応する様を冷めたように吐き捨てる九重。

 絶対的な強者の余裕によるものか、下位と定めた相手がいくら力を高めようともそれが自分に届かないと知っているかのような嘲りか。


「――舐めんな」


 だから斬った。

 

「――――!?」


 一刀を抜き放ち、疾風となった斬撃が九重の面を掠める。

 あと僅かというところ、九重の意識すら追いつかせぬ神速の風が九重の黄金の髪を一房もぎ取った。


「どうした、驚いてんじゃねぇよ」

「――っ、童子が…………」


 面の奥の美貌が、歪むのがわかる。それも、神気の高まりを伴って。大気に揺らぐ狐の尾が、炎のように燃え上がる。


 そして来た。炎狐の爆発。


「チィ――ッ!!」


 荒々しく舌打ちし、その場から飛び退さる。次いで爆発というの名の紅蓮が渋谷の視界いっぱいに広がった。

 あとほんの少しその場に留まろうものなら、紅蓮の花を咲かせる血染花となるは渋谷の方であった。


「少し、遊んでやるわ。喜べよ、童子」

「そっちこそ、振り回されんじゃねぇぞ。その面、拝んでやるよ狐野郎」

 

 そしてここに、再びの戦場が始まる。


      ●


 体育館に集合した生徒たちが、教師の指示のもとに学年ごとに整列する。


 その中には、巴の姿もあった。


 巴とてこの学校の生徒であることに変わりはない。生徒会室で篭もることは、別段、彼女自身問題ないが、それでも巴は学園の生徒としての自分を大事にしていた。


「――落ち着きが無いな」


 見渡せばどこかそわそわした様子の生徒たち。

 それも自然な反応だろう。こうして学校が凶の標的となるのはこれが初めてのこと。ましてや化物を見るのも初めてという生徒も中にはいるはずだ。恐怖しないほうがおかしい。

 それでも無理にでも明るく振る舞おうとする生徒が見えるのが少しの希望でもあろうか。


「――おや?」


 巴は、なにやら一際騒がしいクラスがあることに気付いた。

 それは一年三組。渋谷や美朝が所属するクラスだった。


 先程から担任教師の佐伯舞や副担任の来栖鏡花の声がよく聞こえている。どうやら、生徒の数が合わないらしい。それも渋谷と美朝を除いて。


 そしてそれは他の学年でもおこっていた。二年生で一人、三年生で一人、この場にいないものがいるという。

 

 こうなると慌て出すのは生徒も教師も一緒だった。 


「――巴」


 ふと、こちらを呼ぶ声がある。烏丸だ。

 

「どうした?」

「三年は織部四季、二年は高槻沙彩がまだ三年二組の教室に残っている」


 彼は既にいない生徒の居場所を把握していたようだ。こういう時、烏丸は役に立つ。

 この時の巴の表情は生徒会副会長としての顔であった。彼女は学校にいる時は努めて生徒会の一員であろうと心がけているから、烏丸の情報はありがたい。

 

 巴は続いて「それで、一年生は?」と問うた。


「それが――」


 烏丸が言葉を続けようとした時だった。


『あ~~~~~~~~~聞こえてますか~~~~~~~~?』


 と、緊張感の欠片もない声が体育館に響いた。

 そして声は別の声が続いて、


『ちょ、ちょっと篠原さんっ変にいじっちゃ……』

『でもぉ~機械の使い方なんて知らないもんっ。きょーとーせんせーこれであってるぅ?』

『ふがっ、ごっ、ぶばら!!』

『やめろ渚っ!! 変に刺激してんじゃねぇ!! おさえてるこっちの身にもなれ!!』

『大丈夫だ!! もうマイクは入ってる!! 相澤さん、頼んだよっ!!』


 マイクの向こうから、何やらものすごい音が聞こえている。

 男子生徒と女子生徒。それに聞き取りづらい声は教頭のものだろうか。彼らはいなくなった一年生か。

 そして向かった場所は、教頭のいる場所。

 つまり、放送室――。

 

「一年生……何をする気だ?」


 彼ら一年生の意図が読めない。

 この状況の最中、何を成そうとしているのか。

 その困惑は巴だけのものではない。全校生徒、体育館に集った者たちが一様に抱いた疑問。


 恐怖という共通言語が支配する空間に響いた声が、何を意味するのか。


 それを聞こうという体制が、自然と出来上がっていた。


 そして、


『皆さん、聞いてください――』

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