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現代神話ヒロイズム  作者: 石上士悟朗
第一章 英雄を救うのは
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第四話 一歩

「本当に分からなかったよ~。まさか渋谷君が敬語で話すなんて思わないもの」

「俺も分からなかった。琴音本当にでかくなったよなぁ……」

「渋谷君……さっきから目付きが怪しいんだけど……」

「そ、そうか?」


 と、冷や汗をかく渋谷の横で、


「別に渋谷君なら……嫌じゃない、けど……」

 

 うつむき、そう言う琴音。


「ん、どうした?」


 もっとも、それは渋谷には届かない。


 琴音は恨めしそうに渋谷をジトッと見つめながら、数秒複雑な表情を見せると、諦めた様に息を吐いた。

 渋谷は一瞬怪訝な様子で「なんだ?」と思いながら琴音を見つつ、先程訊きそびれた質問をしてみる事にした。


「なぁ……この町に怪物が出るようになった、ってのは分かるんだけど、あの怪物と戦ってたアイツはなんなんだ?」

 

 ただの一般人には思えない。少なくとも、剣道をたしなむ渋谷でも勝てないような人外をあの少女はたった一人で屠って見せた。

 

 気になるのだ。彼女が一体何者なのか。

 渋谷の問いに、琴音は数秒の時間を置いて答えた。


「彼女はね、私達の英雄。こうして生活できるのも彼女のお陰なんだよ」

 

 その声に、感情は篭っていなかった。

 

 ……いや、違う。琴音はまるで感情を圧し殺す様にそう言ったのだ。

 

 命を救ってくれる英雄。一見称える様なその言い方は、異端のモノへと嫌悪感を示すのと全くの同種に思えた。

 

 この町のヒーローだと名乗った少女は、本当にこの町で英雄足り得ているのか。それは都合の良い偶像なんじゃないのか。

 今思えば、彼女はどんな顔で自分は英雄だと言ったのだったか。


「なぁ、琴音……アイツは――」

 

 渋谷はそこで言葉を切った。琴音の無言の主張が、それ以上を許さなかったのだ。

 琴音が見せた違和感。渋谷はその事に、不穏な空気を感じ取ったものの、その実態がなんなのかまでは分からなかった。


      ●


 その後も他愛の無い話をたっぷり二時間近くも花を咲かせた渋谷も、そろそろ、おいとまする運びとなった。


「もう、行っちゃうんだね……」

 

 名残惜しそうな表情を向ける琴音に渋谷は苦笑すると、


「何言ってんだよ。これからまたいつでも会えるじゃねぇか」

 

 くしゃりと琴音の頭を撫でる。

 それは渋谷が小さい頃琴音によくやっていた動作だった。

 一緒に遊んだ帰り、別れ際になると琴音はいつも表情を暗くしていた。そんな時渋谷は決まって頭を撫でてやるのだ。

 

 そんな事から、無意識のウチにやってしまった渋谷は琴音のキョトンとした表情に違和感を持った。

 

 ――あれ……流石にマズかったか……?

 

 いくらなんでも昔と今とでは年齢も体格も違うのだ。昔がどうであれ、今は琴音も立派な思春期。流石に渋谷の行動は軽率だろう。

 しかし――、


「変わらないね、渋谷君は」

 

 笑って琴音は自らの手を渋谷の手に重ねた。

 手の甲に琴音の熱が伝わってくる。昔触れ合った時と同じ温度だった。

 変わらない繋がりが、時を経ても切れない事に渋谷は安堵する。

 琴音も同じ気持ちなのだろう。穏やかな笑みがその証拠だ。

 

 琴音の手が離れる。渋谷の手が琴音の頭からどく。

 もうそこに未練等無い。繋がりは確かに感じられたのだから。

 

 渋谷はリュックを担ぎ直し、


「またな」

 

 一言そう言って琴音に背を向ける。


「ちょっと待って」

 

 琴音が渋谷の背に声を掛ける。


「渋谷君……またね」

 

 渋谷は振り向かず、後ろ手に、手を挙げながら応えた。

 渋谷の歩みは、もう目的地へと向いていた。


      ●


 ――と、格好つけたのが三十分前の事である。

 

 渋谷は迷いに迷ったあげく、目的地であるアパート――朝日荘に着いたのは十八時ちょっと前だ。

 

 結局自分の微かな記憶を辿るには限界があり、琴音に助けを借りてここまで辿り着いた。

 

 まさかここまで自分の記憶があてにならないとは思わなかった。

 五年の間に町が変わったというのもあるが、まず小さい頃の記憶は本当に思い出に残っている所しか覚えていないのだと驚愕した。

 

 しかし、こうして着く事が出来ただけでも良しとしつつ、渋谷は朝日荘の外観を眺めた。

 

 築三十年と聞いていたが、なるほど確かにそういった年季は感じられる。

 所々補修した跡があり、手摺は錆び付いている。

 二階建てで、一階ごとに五部屋。

 一部屋六畳一間、風呂・トイレは共同とのことだ。

 

 不便な所も有るだろうが、これから一人暮らしを始めるに当たっては申し分ない。

 電話で伝えた到着時間よりも大分遅くなってしまった。早く顔を出さなければ。

 大家さんが住む母屋は裏手にある。渋谷はぐるっと回って、扉を見付けた。

 

 そこでふぅと息をつく。

 

 電話で話した時、大家さんの印象は思ったよりも若い感じがした。それも自分とかなり近い年齢ではないだろうか。

 

 加えて渋谷はかなり入居を反対されたのを覚えている。

 後悔する、だとか。やめておけ、だとか。さんざ言われた挙げ句、渋谷はなんとか説得し、入居までこぎつけた。

 つまり、大家さんに対する渋谷の印象はすこぶる悪いのだ。

 

「最悪、遅刻だなんだと言われて入居を取り消されるかもな……」

 

 と、渋谷は多少構えつつ、最悪の結果にならないよう祈って、インターホンを押した。

 

 ピンポーンと、鳴る。足音がない。

 もう一度押してみる。やはり、ない。

 

 留守だろうか、と思いつつ渋谷はノックしてみる。

 やはり声も、足音もない。

 

 渋谷はしょうがないなと呟きながら、ドアノブへと手を伸ばす。


「あれ、鍵開いてる……」

 

 ここは渋谷の住んでいた田舎とは違う。そんなことが有るとは信じたくはないが、空き巣の可能性を思えば明らかに無用心だ。

 留守中かもしれないが、ただ気付いていないだけかもしれない。

 ちょっぴりの好奇心を抱きながら、渋谷はその扉を開けた。

 

 だが、渋谷は直ぐ様その光景を捉えた。

 

 人が、玄関先で倒れている。

 スリッパが脱ぎ散らかされ、うつ伏せになった人の姿。

 渋谷は反射的に駆け寄って、倒れている人物を起こした。


「なっ!?」

 

 そして渋谷は、思わず声に出して驚いた。

 見覚えのある、青みがかった黒髪ストレート。美しきその顔立ち。透き通った肌。

 何故ならば、ここで倒れている少女こそ、先程怪物達を相手にしていた人物その人だったのだから。

 何故ここに? とか、この少女が大家さん? だとか色々思うところはあったが、今はそれどころではない。


「おい、大丈夫か!?」

 

 顔色が良くない。腹を押さえ呻いている。すぐに死んでしまうかもしれないというぐらいに苦しそうだ。


「腹が痛いのか!? くそっ、医者を呼ばないと……」

 

 辺りを見回す渋谷。電話はどこにあるのか。

 

 ――と、その時。


「待って」

 

 渋谷は腕を掴まれた。

 

 少女が渋谷の瞳を覗き込む。互いの姿が瞳の中に映る。

 淡く光る瞳。渋谷は今が緊急事態だということを忘れ、宝石のようなその瞳に見入る。

 少女は微かに唇を震わせた。


「お腹……空いた」

「――は?」


      ●


 渋谷は少女を背におぶり、外に出た。

 少女は最初、嫌だ、やめなさいと口では喚き散らしたが、すぐに空腹に耐えきれずに大人しくなった。

 

 そして今、彼女の案内を受けある場所を目指している。最寄りの店があるからそこに連れて行け、というのだ。

 何故俺が、と思わないでもない渋谷だったがここまで来てしまえば一緒だろう。どうやら何かの縁があるらしいし、これから先の事を思えばここで恩を売っておくのは悪くない。

 

 それに何より、現在美味しい思いをさせて貰っているのだからこれぐらいは良いだろう。

 背に当たる感触は、その柔らかさを如実に感じさせてくれる。大きさとしては些か小ぶりだが、弾力という意味では申し分ない。

 力が入らない為、自然としなだれ掛かってくる少女の柔らかさと匂いに渋谷はクラクラした。


「痛ッ!?」

 

 と、渋谷は突然声をあげた。鈍い痛みが頬に疾る。


「君……やらしいこと考えてるんじゃないでしょうね?」

 

 凄むような声で少女が言う。頬を抓るというおまけ付きだ。

 ギクッ、と渋谷の心臓が跳ねた。なぜ考えている事が分かったのだろう。なるべく平静を装っていたはずだが……。

 少女は釘を指すようにもう一言。


「余計な事考えたら、その頭撃ち抜く」

 

 ぞくりと寒気がした。恐ろしく冷めた声音は、殺気の様なモノを孕んでいてこの言葉が冗談ではない事を示している。

 渋谷はコクりと力無く頷き、別のモノへと集中する事にした。

 

 見上げた空には星がある。もう夜だった。

 こちらを見下ろすのはいつも眼にするのと同じ月。あの、蒼き月ではない。

 春先の夜はまだ幾分か肌寒い。けれど今は少女の熱がそれを感じさせない。

 この重さも、柔らかさも確かにあそこであの時戦っていた少女のモノだ。

 

 ――普通、だよな……?

 

 どこもおかしい所なんて無い。彼女はまさしくどこにでもいる少女だった。

 しかし違うのだろう。少なくとも、あの町の人間には違って見えるのだ。

 琴音ですらそうだった。なかにはもっと酷い方向に捉える人だっているのかもしれない。

 この軽い体で少女は、背負って戦っているのだ。

 英雄という名と共に。


 たった今踏みしめるこの一歩が、少女のかかえる闇とこの町の異常に、少しづつ近づいているような気がした。

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