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現代神話ヒロイズム  作者: 石上士悟朗
第二章 狐の嫁入り
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第三十九話 金色の輝き

 食堂には渋谷と美朝の二人が向かい合って座っていた。この場に鏡花の姿はない。いつものように遅刻ギリギリまで寝ているつもりだろう。教師としてその姿勢はどうなのか。


 食卓にはベーコンエッグ、キャベツのお浸し、キュウリの浅漬、きんぴらごぼう、豆腐とワカメの味噌汁というラインナップが並んでいる。

 どれも手抜きでない事は一目瞭然。トレーニングを終えたばかりの渋谷にはたまらない品々だ。


 だが、今にもじゅわっと湧き出てくるヨダレを呑み込んで、渋谷は美朝に夜刀守巴から快諾を得たことを伝えた。


「――そう。なんとかなりそうなのね」


 まるで興味なさげに、そっけない口調で答える美朝。だが渋谷には、それがあえての強がりだということは分かっている。

 

 友人を助ける為の方法がひとまず段階を踏んだことで、美朝はホッとしたのだろう。小さく、ふぅと息を吐いたのを渋谷は見逃さなかった。

 非常に意地っ張りだと思う。が、それも美朝の良さだろう。自分に厳しいがゆえに、美朝はそうやって強がりを見せる。


「何よ……?」

「いや、べつに。あ、この目玉焼き、絶妙な半熟具合だな」


 思わず笑みを浮かべてしまった渋谷に、美朝はジトッとした視線を向ける。軽口でいなして渋谷は箸を動かした。


 渋谷は醤油をぐるりと一周かけてから、白身の部分を器用に食べると、黄身とベーコンを白米に乗せてから醤油を更に二、三滴垂らして掻き込んだ。


 トロッとした黄身の濃厚な味わいが、ベーコンの脂と塩気に良く合う。醤油の香ばしい匂いがさらにそれを一段引き上げている。

 けっして上品ではないが、これぐらい雑な味わいが渋谷には好みだ。美朝が怪訝そうにこっちを見ているが気にしない。


 美朝は美朝で、黄身の部分を先に割り、膜を破って湧き出てきた黄身に、細かく箸で切った白身を浸けるスタイル。卵本来の味を楽しむのには最適と言える方法だ。時々ベーコンを挟んで食べることで塩気を補っている。

 そうして二人は一通り食事を楽しんで、


「なぁ、今日は一緒に行かないか?」

「え?」

「だから、学校一緒に行こうぜって」

「いや、もう一回言わなくても聞こえてるわよ。でも、そうじゃなくて……」


 困ったように、美朝の眉が歪む。


 何を気にしているのか、渋谷はもちろん知っている。それが、渋谷を思ってのことであると。だからこそ、言わねばならない。ここで退こうとは思わない。


「琴音のことなら気にしなくて大丈夫だよ。アイツは俺たちのことちゃんとわかってるから」

「本当に? 私は、やっぱり……」

「――怖い、よな」

「え……?」


 いつかも言った言葉を、渋谷は分かっているとばかりに、美朝に告げる。


「急に知ってる奴から避けられたりすれば、なんでだよって思うよな。どうして、ってさ。八神さんとはそれでああなっちまったもんな」


 美朝がバッと顔をあげる。渋谷が美朝と千草の関係を知っていた事に驚いたのだろう。だがすぐに「ああ……相沢さんね」と、琴音から事情を聞いたのだろうと納得する。

 

 美朝は恐怖している。

 自分が体験として得たモノを他の人にも与えてしまうことを。そしてそれは、美朝と共に英雄となった渋谷が当てはまる。

 渋谷自身がいくら気にしないと言ったとしても、渋谷を取り巻く環境はそうもいくまい。結局傷つく事になるのなら、最初から隠し通すしかない。


「勝手に事情を探ったのは謝るよ。だけど知らない訳にはいかないと思った。俺も関わっちまったからな」

「別に隠すようなことでもないわよ……。でも、ならなおさら私の言ってること、わかるんじゃない?」


 再三の忠告。自分のようになって欲しくない。

 たったひとつ『英雄である』という違いを持ったために生まれた、すれ違い。


 それを美朝は知っている。だから、美朝は渋谷に伝えていた。

 

「……あぁ。けど俺は、たぶんお前が知らないことだって知ってるよ」

「……何よ?」

「周りは、お前が思ってるほどやわじゃないってことだよ」


 渋谷はここ数日で、色々な人の声を聞いた。


 例えば御厨遠弥は、この町の英雄という存在を好意的に捉えていた。


 例えば夜刀守巴は、この町の英雄という存在に感謝してさえいた。


 例えば佐伯舞は、英雄であるとか無しに、ただ一人の生徒、守るべき子供として自分達を見てくれていた。


 例えば相沢琴音は、英雄となった渋谷に昔と変わらずに接してくれていた。


「俺たちは確かに異質かもしれない。それが受け入れがたい事だってのも事実だよ。だけどさ、それでも俺達を認めてくれてる人だっているんだって思う」


 渋谷にとって琴音が大きな存在であるように。

 美朝にとって、八神千草が大切な存在となるのならそれが一番だと渋谷は思う。


「一回、八神さんとちゃんと話してみろよ」

「――――」

「お前ってやっぱり不器用だからさ。話してくれなきゃ伝わらねぇことがたくさんあんだよ。それに、八神さんは言ったんだ、自分にとっては俺もお前も琴音もあの凶も、みんな"同じ"なんだ、って』

「みんな、同じ……」

「そう。同じ、なんだよ。俺達が勝手に判断して距離を置いたってさ、向こうの気持ちなんて知らねぇって勝手やって得た結論が、正解な訳ないんだよな。だから――話すんだ。話さなきゃ、わかんねぇよ。お前の気持ちだってあの時、ああして言ってくれたから、今がある」


 英雄として並び立つと決めたあの日。美朝の気持ちを言葉として聞いたから、渋谷は心から美朝を救いたいと思った。そこで、理解が生まれた。


 美朝はどう思うだろう。

 渋谷の言いたいことは全部伝えたつもりだ。

 

 みんな、後悔をしている。過去を振り返り、自分が付けた足跡に縛られている。

 踏み出す足がどうしたって重くなる。

 でも、何とかしたいという思いがどこかにあるはずなのだ。

 やり直したいから、悔いている。


「なにも肩肘張るようなことじゃねぇんだ。一人で行けって言ってる訳じゃない。だから、『一緒に行こう』なんだよ。まずは琴音相手に前哨戦といこうぜ」


 渋谷はおどけた調子で言ってやる。少しでも美朝が重く考えないようにと。


 やがて美朝の重々しげだった表情が少しだけ明るくなる。

 そして、「――そうね」と、軽く笑って、


「――行くわ。うん、行ってやろうじゃない!!」


 なんて、気合いでも入れたように美朝は声を張る。

 

「別にアンタに心配してもらうようなことでもないんだけど? まぁ、そこまで言うならやぶさかじゃないわ」

 あからさま過ぎる態度の変化は照れ隠しか。やる気になったならそれで良しだ。


「さ、残りもさっさと食べちゃってよ。片付けらんないでしょ」

「おうよ」


 促されて渋谷は食事を再開する。先程よりも一層、渋谷の箸は進むのだった。


     ●

 

 渋谷が美朝と一緒に来たことで、琴音は一瞬目を丸くしたのみでそれ以上は何も言わなかった。


 美朝からすれば拍子抜けもいいところではあったが、渋谷の言う通り、琴音は自分達のことを受け入れてくれているらしい。


 ――まぁきっと、渋谷のお陰よね。


 渋谷の人柄ゆえ、幼馴染みであるという琴音の渋谷に対する信頼は非常に厚い。

 

 はたから見れば引くくらいの盲信すら感じる琴音の態度に、今は感謝だろう。

 

 怖い、という渋谷の指摘に間違いはない。

 まだ恐れを懐いているのも事実だ。


 だが、千草と話をしたいという気持ちもある。


 かつて彼女と疎遠となるきっかけになったのは、自分が初めて凶を倒したとき。


 その噂が広がって、学校で避けられるようになったのだ。

 実際ショックだった。

 昨日まで普通に話せていた相手から避けられるというのは心にくる。


 でも、千草は最後まで自分と一緒にいてくれた。


 噂を信じたりせず、最後まで自分と話をしてくれたのは彼女だった。

 けれど結局千草も、一人の女の子だ。グループというのがクラスには存在していて、その空気を乱す事は自分も被害を被りかねない。


 だから自然と千草も自分から離れていった。

 

 その時の彼女の顔が忘れられない。

 それは今にも泣き出しそうな顔で――。


 だから――彼女と、やり直したい。

 そう思えたのは渋谷のお陰だ。話をして、自分の気持ちを伝える。それを避けたから今、こうなってしまった。


 今更かもしれない。けれどもし、千草も自分と同じ気持ちでいてくれたなら、と。

 美朝は、そう思う。


      ●


 だが――登校した渋谷達を待っていたのは異様な雰囲気だった。


 五人の女生徒のグループが、たった一人、顔面を蒼白に変えた千草を囲むようにして集まっている。


 一触即発の様子の女生徒たち。

 そこに知った顔があることを認めた渋谷には、知らない顔をすることは出来なかった。


「な、なにかあったのかな……?」

「わかんねぇ……」


 こちらの制服の裾を引っ張る、困惑した様子の琴音。

 同様に渋谷もまた、この状況に表情を強張らせる。


「どういうことか説明してくれる!?」


 ドン、とその場で震脚を落としたのは、グループの中でもひときわ気の強そうな少女であった。


 犀川結菜(さいかわ・ゆいな)。先日、凶に襲われていた少女だ。


 物怖じしない勝ち気な性格の彼女と、それを取り巻く女生徒たち。

 クラスでも見慣れたグループが、八神千草に詰め寄っているのだった。


「な、なんのこと……?」

「とぼけんなっ! 昨日、あそこにアンタも居たじゃんかっ!」

「そうよ! それでアンタはあの化物と……っ」


 ぶるり、と震えたような仕草を見せる女子生徒。それを心配げに見やり、結菜は肩を抱いてやる。そして視線は再び千草へ向けられると、そのままキッと睨み付けた。

 

 交錯する視線は対照的だ。

 かたや敵意を剥き出しにした犀川結菜と、かたや顔面蒼白の八神千草。

 状況だけ見れば千草が一方的な言いがかりをつけられているようにも見えた。

 しかしその内容は、渋谷にも思うところがある、


「ちょ、ちょっと待てよ。どうしたんだいったい?」

「はぁ? って、アンタか。かんけーないヤツは引っ込んでなよ」


 と、割り込もうとした渋谷だが、部外者扱いされ、あえなく引き下がらざるをえない。

 

 関係ない訳ではない。

 彼女たちの口から飛び出た化物という単語。英雄である渋谷が、聞き逃す訳にはいかない話題だ。


 しかし渋谷は建前上、普通の高校生でもある。

 考え無しに言葉を放つわけにもいかない。


「渡会くん、ちょっと」


 と、渋谷を手招きしたのは遠弥だった。彼もまたこの状況に思うところがあるらしい。


「これ、何が原因で揉めてんだ?」

「僕も詳しいことはわからないけれど……」


 遠弥が語るには、昨日の放課後、あの女子グループたちが一つ眼に襲われたという話がクラスで広がった。

 そして、タイミングよく当事者である千草が登校してきたことで、この事態に発展したという。

 

「彼女たちは化物をけしかけたのは八神さんじゃないかと思ってるみたいなんだ」

「なんでそうなるんだ!?」


 状況的に、彼女たちは千草に助けられたということになる。

 しかし、そもそも化物を退治するほどの力を持つ者というのは、この町においてたった一人しかいない。

 美朝以外の存在が化物を倒したという事実は、その者もまた化物ではないかという考えを、彼女たちに植え付けた。


 そして、その化物と行動を共にしていた千草もまた――。


「――くそッ」


 渋谷は毒づいて自分の認識の甘さを悔いた。

 こういう状況はいくらでも予想が出来たはずだ。犀川達をフォローしたのは渋谷と琴音だった。この状況を防ぐ事が出来たのはあの場に居合わせた二人だけだろう。

 だが、ここで渋谷が無理矢理割り込んだとしても事態をややこしくするだけだ。ここで渋谷が英雄であるということをカミングアウトしても、全く効果はない。

 ――どうすればいい。

 

 そんな渋谷の、僅かな俊巡の間に、


「待ちなさい」


 割って入る声がある。美朝だ。


「……美朝」


 困惑したように顔をあげる千草。

 そして、犀川達の表情が強張る。彼女たちの言う化物。それと戦う存在として知られる美朝の登場に、先程までの気勢がやや怯んだ。


「やめなさい。見ていて不愉快だわ」


 美朝が毅然として告げる。

 千草はすがるように美朝を見ていた。ただそれもどうしてという疑念が強いように思えた。

 そんな二人を茶化すように、


「ふ、ふぅん? あんた、そいつ庇っていいの? 化物倒すのがアンタのお仕事でしょ? それとも、やっぱりアンタも化物のお仲間だったってわけ?」


 そうして冷たい笑いを浮かべる女生徒。

 その一言は、英雄である自分達への最も屈辱的な言葉だった。しかし反論する暇もなくどこか調子をあげて女生徒は続ける。


「そうよ、ねぇ。みんなだって思ってたんじゃないの? コイツはいったい何者なんだろうってさ! 化物相手に戦うヒーローって言えば聞こえは良いかもしれないけど、つまりフツーじゃないってことじゃんか。そんなのあの化物とどう違うって言うのよ!」


 周囲を見回し、女生徒の主張が伝播する。


「確かに……そうだよな」「アタシもそう思ってた」「わ、私も……」


 声が端々から上がり始める。それは同意の声を含み、皆少なからず思っていた困惑や疑問が、ここぞとばかりに沸き上がる。


 静かな感情の爆発。世界に対する違和を抱えた言葉がたったの一言で塞き止めていたモノを決壊させたように。

 だが――、


「待ってください!」


 その流れを絶ち切らんと切実な声が割って入る。

 その声の主は、


「琴音、お前……」


 渋谷の傍らに立つ、普段は控えめな少女。彼女は渋谷をちらと見やり、ここは任せてとでも言いたげに、軽く頷いてから、


「――待ってください……。みんなの気持ちも、わかります。でも……」

「でもって何よ!」

「――でも。私達がこうして学校に通えているのは麻雛さんたちのお陰じゃないんですか!? 今まであの化物と戦ってきてくれたことを、どうしてそんな風に言えるんですか!?」

「――――」

「私だって、怖いと思ったことはあります。けど私は、麻雛さんが私達と変わらない事だって知ってるんです!」


 その言葉にもっとも胸を打たれていたのは美朝だったように思う。

 渋谷以上に、美朝は英雄としてその言葉を受け取るのに相応しいことをしてきた。美朝はただ静かに、そして、その言葉を強く噛み締めているように渋谷には見えた。


 そして――、


「――僕も、この空気は好きじゃないかな」

「ああ……まったくだぜ」

「ケンカは良くないよぉ」

「あの……少し落ち着きましょう……」


 新たに声をあげたのは四人。遠弥、清春、渚、愛莉だ。


「僕らは何も知らない。ただ守られていただけだ。そして、それで良しとしてきたのも僕たちだろう? なら憶測や偏見だけで言うものじゃないよ」

「ホントそれな。俺だってまだ化物を直接見たことは無ぇけどよ。それでも俺達を守ってくれてんのが誰かぐらいは知ってんよ」

「麻雛ちゃんも、八神ちゃんも、私達のクラスメイト! それじゃダメなの?」

「きっとこのままじゃ……取り返しがつかない事になってしまいます……」


 この四人のそれぞれの言葉が、雰囲気に流されるだけのクラスメイト達に待ったをかける。

 

 ぽつりぽつりと声をあげていたクラスメイト達は、ばつが悪そうに口をつぐむ。


 そうした流れの中にあって、声を荒げていた犀川達すらも鼻白んだように、次の言葉を言えなくなる。


 だが――渋谷も、そして美朝も、クラスメイト達でさえも、気付かない。


 この場の当事者で、この騒動のきっかけとなった少女が、まったく口を開いていないことを。

 そして彼女の変化を――、


『――――ッ! 渋谷様!!』

『――――ッ! 美朝!!』


 声に呼ばれ、弾かれたように英雄達は顔を契約神へ向ける。


「――ッ!?」


 スサノオ達の切迫した表情に渋谷達は意識のチャンネルを切り替え、ようやくその変化に気付いた。


「――千草ッ!?」


 先日と同じ様相の変化がそこにある。

 まるで狐面の男のような美しい金色の髪がなびかせ、神気を纏う八神千草がそこにいた――。



      ●


 ――なん、で!?


 その変化は、千草にとっても予期せぬモノ。

 溢れ出てくる力の奔流は、先日初めて力を使ったときよりも明らか強く、大きいものだった。


 コントロールが効かない。

 千草は無駄だと知りながらも、両腕で自らの身体を抱くようにしながら、何故こうなったのかを考えた。


 そも、千草がこの力を手にしたのは、九重が千草の家を訪ねてきた晩のこと。


 九重は千草が望むものを叶えると言った。

 そして、千草が望んだのがこの力である。


 千草は美朝と同じ目線でなくば、彼女の真意を理解できないと考えた。

 美朝が抱えたモノ、それを分かち合い、そしてかつての親友としての関係に戻りたかった。


 そして、九重は自分の力の一部を、己の血液を千草に与えることで、行使出来るようにしたのだ。


 そして、千草は力を使い、まるで美朝がしてきたように凶を倒した。


 だが、千草が得たのは自分の存在が恐怖の対象として見られる拒絶だった。

 犀川達が言葉として伝えたもの。そしてそれにより生まれた違和感の放出。

 そしてそれこそが、自分やかつてのクラスメイト達が抱いた、美朝への感情と全く同じものだったと理解した。


 そして、その辛さを千草は知る。

 美朝がこれまで向けられていた感情が、これほどまでに冷たく苦しいモノであったのかと。


 でも、同時に嬉しくもあった。これで自分も美朝と同じだと思えば、それでも良かった。


 だが、美朝はそんな自分を庇ってくれた。

 きっと恨んでいるだろうに。千草も犀川達やクラスメイト達と変わらぬ感情を美朝に向けていたというのに。

 美朝だけではない。琴音や遠弥達もまた、自分を庇い、そして、クラスメイト達にも訴えかけてくれた。


 その姿は眩しくて、自分には出来なかったことを平然とやってしまうそんな彼女達が凄く羨ましくて。


 自分の浅はかさが恥ずかしい。これで美朝と同じだと思った事が、ひどく浅ましい事に思えた。


 そんな複雑な感情の起こりが、千草の裡で膨れ上がり爆発した。


 止まれという願いが叶わない。


 そんな望みは違うだろうと、狐がもたらした力が言うことを効かない。


 そうだった。


 自分が望んだ相手が誰であったのかなど考えた事は無かった。


 彼は――狐。


 人を化かし、己を化けさせ、また化かす。


 彼は言った。自分に化かされてみないか、と。

 そして、それにまんまと乗ったのは自分である。


 どうしてだろう、という後悔。

 また、いつものようにああすれば、こうしていればという後悔だけが千草の中に残る。

 

 だが何故、彼を信じようと思ったのか。

 それは――彼もまた、自分と"同じ"であったからだ。



      ●


 八神千草から吹き出た神気は、まるで竜巻のような衝撃となって吹き荒れた。


 ガラスが砕け、机がひっくり返る。

 渋谷達のクラスだけではない。その衝撃は、千草を中心として縦横無尽に駆け巡った。


 そして、いつしかソイツはそこに現れていた。

 音もなく、しかしこの時を待っていたとばかりに歓喜を必死に裡に秘める、狐面をしかと着けた男がいる。

 絶世の美丈夫でありながら、今はその顔を面の中に潜ませ表情を伺い知ることは出来ない。

 

 そんな異形の化物。

 

 人呼んで凶――名を、九重。


 九重は未だ力を抑えきれぬ千草を内に抱き抱え、宙に躍り出る。


「こ、この、え……?」


 不思議そうに少女は面をあげる。

 ひどく苦しそうな様子の少女。自分の望みのために利用し、このようにさせた。

 だがそれも終わりにしよう。

 今、見極めるときは来た。

 

 九重は指を二本、人差し指と中指を合わせる。

 するとその指を千草の額にかざした。

 たったそれだけの動作で、千草の表情がやわらいだモノに変わる。彼女から湧き出ていた神気の奔流さえも凪と消える。


「やめ、て……九重。あたし、あなたに――」


 千草のその言葉が何を意味しているのか、九重はわかっていた。だがそれでも、もはや止まるわけにはいかなかった。


 だから九重は、高らかに名乗りをあげた――。


「聞くが良い、愚かな人の子らよ。我が名は九重。己らが恐れる化物ぞ!!」


 学校中の生徒達が何事かと顔を覗かせる。

 未だ意識を追い付かせる事が出来ない者達に、九重は侮蔑の眼差しを送る。


「始終、己らの些事見させてもらった! 実に――くだらん。愚かで、醜い。ああヘドが出る。だが、それこそが人よ。何年経とうとも変わりはせん、ただの獣と違いのわからぬ餓鬼畜生。それでも。それでもお前達は、人を守ると言うのか、英雄よ――ッ!!」


 この地を守る英雄――。

 九重が相対するは、人の身に神の力を宿した、子供ら。


 そう、今こうして胸にかき抱く美しい少女と同じ者達。


 どこにも違いなど無い。

 我も、彼も、皆同じ。


 だからこそ問おう。人ならざる力を持つ英雄らに、


「答えよ! 人の子らの価値は、果たして主らが命を賭してまで救う価値はあるというのか!? 輝きを失ったその穢れ、堕ちていくだけの魂に、いかほどの価値があろうか!!」


 そうだ。

 自分は見たいのだ。輝き続ける魂を。

 穢れなき純粋な魂の姿を。


 かつて、その輝きを信じそして裏切られた九重。

 巡った時のなかで出会った、輝きをもつ少女に再び考えさせられた。


 だから今、その真価を正す。


 何故、九重が八神千草に惹かれたのか。


 それはきっと、少女も自分と"同じ"だったからだ――。


「いざ……見せてみよ!! 己らが信ずる輝きを――ッ!!」


 と、九重の神気が、金色の光となって輝きを放出した。

 そして、彼の背から広がるは、経た歳月によって老成された神格の象徴。


 狐を模した、白い面。

 金色の毛髪。

 九つの尾。


 日本古来より伝わる大妖が、ここに顕現する――。



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