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現代神話ヒロイズム  作者: 石上士悟朗
第二章 狐の嫁入り
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第三十七話 久方ぶりの団欒

「何よそれ……?」


 ポロッと、箸から筑前煮のタケノコがこぼれ落ちる。


 夕食時、渋谷は美朝に先ほど自分が遭遇した状況について話をした。


 良い出来だとご機嫌に話していた筑前煮の事など、もはやどうでも良いとばかりに美朝は食い入るようにこちらを見ている。

 それほどまでに八神千草のその変化に、衝撃を受けているのだろう。


 渋谷もそれには同感だった。

 まさかクラスメイトの一人が凶と協力関係を結ぶなどということが果たして信じられるだろうか――。


「千草……」


 苦い顔をして、奥歯を噛みしめる美朝。

 美朝と八神千草はかつて友人だった……らしい。浮かべた表情には複雑な感情が錯綜しているのが見て取れた。


『英雄なんて――必要ない』

 

 渋谷が思うのは、彼女が告げた言葉だ。


 彼女は何を思ってそう言い放ったのか。決まっている。目の前いる美朝の為だ。


 昨日の事件の後、渋谷と琴音は犀川結菜達が落ち着くまでその場で快方し、それから帰路についた。


 そのなかで、琴音は変わってしまった千草の様子に心当たりがあったのか「もしかして……」と呟いたのである。


 琴音は千草からとある相談を受けていた。

 それは英雄となった友人を怖いと思うことは無かったのかというものだ。


 その言葉に渋谷も胸がグッと締め付けられたが、琴音が大丈夫だよとばかりに笑顔で「私は渋谷君を怖いなんて思わないよ」と言った。

 そして同様の言葉を、千草にもまた答えとして言ったというのだ。


 問うてきた千草にどこか焦りのようなものを感じたという琴音。


 渋谷も、千草の気持ちにわかる部分は、ある。


 かつて友だった美朝が、ある時、英雄として化物と戦う力を手に入れてしまったことで、千草は美朝の前から逃げた。

 それが今になって、後悔という形で背中をつついている。

 偶然、自分もその異常に触れてしまったことで、見えていなかった、あるいは見ない振りをしていた部分が見えてしまったのだろう。


 渋谷も同じだ。たまたま異常に触れて、そのなかで戦う美朝を何とかしてやりたくて、今の自分がある。

 千草のような後悔による焦りではないが、共通する感情というのは確かに感じるのだ。


 渋谷には、千草が何を成そうとしているのかわかった気がした。

 だがそれでも、自分と彼女では選んだ手段が違う。

 そして、そんな千草の純粋な気持ちにつけこむ形で事を起こそうとしている凶に対しての怒りが、渋谷の裡で、より強くなる。


 ただ、それを美朝に伝えるべきかは判断に迷うところでもある。たから渋谷はひとまず、


「それで……どうするつもりだよ、美朝」

 

 と、美朝の意見を伺ってみる。

 美朝は眉を寄せながら、苦々しげに言葉を漏らした。


「もちろん……倒すわ。相手が凶なら」

「でも、八神さんは……!!」

「……わかってる。千草を止める方法は考えるわ。でも、もしダメなら、私がやる。――いいえ、私がやらなくちゃならない」

 

 嘘や冗談で言っているのでないことは眼を見ればわかる。そういう強さが彼女の良いところだと渋谷は知っている。――その強さに痩せ我慢が含まれていることも、知っている。


『一つ――よろしいでしょうか』


 と、控え目に手をあげて、スサノオがこちらをうかがっていた。


「どうした?」

『ご学友の様子に、何か違和を感じませんでしたでしょうか?』

「違和感……?」


 と、言われても、渋谷には何のことかパッと思い浮かばない。千草の変容ぶりに意識は細かいところにまで及ばない。


『はい。わたくしには、あの憑依が不完全なモノに思えました。霊体として安定していない――つまり、不安定な状態にある、と』

「――ッ!」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。


 千草を纏っていた神気は、大きく膨れ上がっていたが、けっして密度が高いモノではなかった。ところどころブレが生じ、拡散しているように見えなかっただろうか。

 彼女が纏っていた法被のような外套も、どこか朧げだった。


『いくら凶といえども神格に変わりはございませぬ。ゆえにその力を受け入れるにはそれ相応の素養が要求されるものです。しかし、八神様からは霊媒としての力を感じません』

「なら、今の状態は――」

『はい。大変危険な状態にあるかと』


 神気は神格が持つ力の源だ。それが人に流れ込むことで、渋谷たちは英雄としての力を得ている。

 しかし、渋谷達のようなケースは本来ならば偶然の産物でもあるのだ。


 人は死によって魂を肉体という枷から解き放たれる。その過程で高位の存在である神に触れることで英雄の力を得るのである。


 ならば、その過程無しにその身に神気を宿すというのはどういうことか。

 

『肉体が耐えられずに崩壊するでしょう』

「――ッ!?」


 渋谷が絶句。美朝もまた、少なくない動揺が表情に表れた。


『――助ける方法ならば、ございます』

「っ!? 本当かスサノオ!?」

 

 そこでスサノオは、渋谷を試すような視線を向けた。


『――《神意顕創》。神の意思をそのままに世界の法と成すこの技を、渋谷様は覚えておいででしょうか?』


 忘れられるわけがない。

 渋谷がかのハクオウとの死闘の中で至ったその技が、渋谷を勝利へと導いた。


 しかし、渋谷はその技を自分の意志で出したという確信がない。あれはきっと、人々が救いを求める願いが形を成した奇跡のようなものだった。


「それが、八神さんを救うのに必要だっていうのか?」

『はい。その通りです』


 スサノオの首肯に、「ちょっと待って」と割って入る美朝。


「アンタ、そんな簡単に無責任なこと言わないでよ。あの技はそんなポンと出して良いような技なんかじゃないわ!」

「どういうことだよ?」

「バカ! 世界を創れる技なんて、一歩間違えればアンタに都合の良い世界を創れるってことよ! ちょっと考えればわかるでしょ!!」


 確かにそうだ。

 あの時自分が手にした力の膨大さは、おいそれと使って良い代物ではない。

 渋谷が至った神域は――天叢雲あめのむらくも。豊穣と災厄の二つを意味する雨を象った界が渋谷が望んだ世界の形だった。

 流れこむ人々の願いを刃へと成すその技は、願い次第では自分達へとその刃は向きかねない。


『《神意顕創》はあくまで創界を成すための技。いわば形のない大きな力の源流にすぎませぬ。それに指向性をもたせるのはあくまで渋谷さまの意思にございます。渋谷様が望むことで、ご学友を助ける力となる』

「アンタはその為に、リスクを負えって言うの!? 冗談じゃないわ。第一、私はアンタを信用していない。ライオン野郎と渋谷が戦っている時、アンタが渋谷にしたことに気付いていないとでも思ってんの!!」

『――――』


 美朝の指摘に、スサノオの表情が強張る。

 すかさず渋谷は助け舟を出そうとして、


『――わたくしが道を違えていることは、自身でも分かっていることです』


 スサノオがその助けはいらないとばかりに口を開く。

 その声は後悔による後ろめたさなど感じさせない力強さで、美朝に向けられる。


『ですが、今更それを変えることなど出来ないのです』

「……開き直らないでよ」

『いいえ、これは開き直りではありませぬ。わたくしは渋谷様に胸のうちに秘めた想いを打ち明けました。確かにそれはわたくしの想いの一端に過ぎないものではありましたが、渋谷様はそんなわたくしを信じてくださると仰ってくださったのです』


 スサノオは自分の後悔に、向き合うとここで宣言した。


『ですからわたくしもまた、渋谷様を信じることにしました。ゆえに、わたくしが申し上げるのは、渋谷様が望む願いを叶えるための方法に過ぎませぬ。たとえそれが危険を孕む手段であるとしても、渋谷様が望むのならば、わたくしは微力ながらお力添えをさせて頂きたく思っているのです』


 そんなスサノオが語る想いに、美朝は、


 「~~~はぁ」と。


「もういいわよ。私が悪かったわ、ごめんなさい」


 絞りだすように吐息して、謝罪する。


「私は渋谷を騙すようにして、いいように使ってるっていうのが我慢できないって思っただけ。渋谷がアンタのことちゃんと分かって、それで許してるっていうなら私が言うことはもう何もないわ。私だってタケミカヅチとのこと他人にとやかく言われたくないしね」

『ありがとうございます、麻雛様。渋谷様のこと、考えてくださっているのですね』

「ばっ、ち、違うわ! 私はただ、隠し事とかそういうのが気に食わないだけ、ホントそれだけだから! ――って、何よ渋谷!! 笑ってんじゃないわよ!!」


 久しぶりに見た美朝の素直じゃない様子に、渋谷は自然と笑みをこぼす。

 初対面でのスサノオと美朝のお互いの印象は最悪だったが、今は少しだけそれが和らいだのではないだろうか。


「ぷっ。く、ははは」

『ふふ。くすくす』

「な、なんなのよ、アンタら二人は!!」


 英雄二人と女神が一柱。

 久方ぶりの和やかな食卓の雰囲気は、どこにでもある、ありふれた日常だった。


「大丈夫だよ美朝。とりあえず、熊谷さんたちにも相談してみようぜ。俺達だけで決めるのはやっぱりマズイしな」

「……私はできるなら、君には戦ってほしくない。相沢さんもきっと、そう思ってるわ」

「そんなの俺もだよ」


 そしてそれは――八神千草も。

 

 だからこそ、渋谷は戦うということを選ぶ。

 英雄は――救いだから。


 人々が願うなら、英雄である渋谷は、戦うのだ。

 そうして美朝も戦い続けてきた。

 スサノオも、倒さなければならない敵を見据え、自分の想いとも、戦っている。


『関係ないよ。私にはみんな同じだもの。渡会君も美朝も、私も、九重だって同じだよ。きっとみんなそう思ってる』


 その言葉は真実だ。

 みんな同じだ。みんな何かと戦っている。


 ならばあの凶も、何かと戦っているのだろうか――?


 渋谷の思考は、狐面の男に向き、そして明日へと馳せる。

 そして夜は更けていく――。

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