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現代神話ヒロイズム  作者: 石上士悟朗
第一章 英雄を救うのは
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第二十二話 狂気乱舞

 刹那、渋谷は獅子の気配が薄くなったと感じた。

 そこにある魂の密度は紛れもなく獅子のモノで、だというのに徐々に薄れていく存在感が渋谷の感覚に齟齬を生んでいた。

 嫌な予感がする。いったいこれから何が起こるのか、それを見極めんと渋谷は構え――


『いけませんっ!』

「――ッ!?」

 

 寸前、鼻先まで迫っていた大の拳が今まさに振り抜かれんとしていた。

 胸のうちにノータイムで届いたスサノオの喚起が、渋谷の超感覚を奮い起たせた。

 轟と振り抜かれた必殺の一撃。全力での回避が間一髪間に合い、髪のひと房を掠めて擦過する。通り抜けた風圧が目の前に迫っていた死を感じさせる。

 しかし、目を背けてなるものか。全身のバネを使って攻めに転じる――


「なッ!?」

 

 ――はずだった。

 

 あわや一発という一撃は紙一重かわした。そうだ、かわしたのだ。だというのに腹にめり込んだ拳が遅れて激痛を運んできた。


「ごッ……ふ――!」

 

 五臓六腑を打ち付ける、槌の様な重拳。威力余さず身体を駆け巡り、胃と肺がまるごとひっくり返ったかのような不快感に満たされ、困惑する脳内が警鐘を打ち鳴らす。俺はいったい何をされたんだ――


「渡会君っ! ――このォ!!」

 

 美朝が飛び出した。再び渋谷に迫らんとした獅子に向け雷速で放つ刃。


「落ちろッ!!」

 

 雷剣二本が×印の軌跡を描いた。獅子の拳を腕ごと断ち切らんとする軌道。

 だが、


「駄目だ、麻雛ッ!!」

 

 混濁する意識を必死に手繰り寄せ、得た予感を伝えんと渋谷は声を張り上げる。


「ハァッ!!」

 

 短く咆哮。呼気を吐き出す美朝は止まらない。

 剣閃が大気を切り裂いて、雷を伴って獅子を穿つ。だがこれは何度も見た光景の焼き直し。獅子の動きはここから――


「ここ……でしょ――ッ!!」

 

 分かっていた。美朝はそれをふまえたうえで動いている。

 霧消した獅子の身体が残した残像を斬り払い、美朝は視線を自らの背後へと向け、


「はああぁぁぁァァァッ!!」

 

 刃鳴る雷。抜き放たれた八刃は美朝の持てる全力だった。

 刹那、背後に忍び寄った獅子の影。

 内反りの刃はまるで鎌か爪のように、獲物の命を奪い取るべくそれへ殺到する。雷光が爆ぜ、渋谷の視界いっぱいを埋め尽くした。

 

 ――轟音。

 あまりにも強烈な猛雷が、街灯やロータリーを凄惨な荒地へと作り変えていた。

 美朝の乾坤一擲は果たして――


「まだ……足りぬ!」

「ッ!?」

 

 転瞬、美朝の目前へと獣の王は疾駆していた。

 結果は瞭然。無傷のもとに駆けた獅子は、


「その身に貰ってゆけッ――!!」

 

 渾身の拳を英雄の少女へと叩き付けていた。


「づッ、アァッ――」

 

 調和の取れた力の流動が成された必殺。たまらず美朝の身体は宙へと投げ出され、地を二度、三度と跳ね飛んだ。


「麻雛ァッ!!」

 

 もはや立てない。渋谷の声は届かず、意識は闇の中へと落ちた。

 すかさず立ち上がり、渋谷は美朝へと駆け寄らんとする寸前、


「――背を向けるのか? ここで」

 

 その声が、渋谷の足を止める。


「味方の無事を案じるよりも敵の命を刈り取るのが戦場における鉄則だとなぜ理解せん」

「な……に……?」

 

 まるで諭すような声音。助言でもするかのように語りかける獅子は、美朝を心配する渋谷を嘲るように笑って、


「二人ならば我に勝てると言ったか。――違うな、二人故に届かんのだ。戦場では常に己一人。味方の存在は己を手助けするものではなく、その死を己の起爆剤とするためのモノだろうが」

「仲間が死んでも構わねぇって事かよ……!」

「然り。――助け合う? 違うだろう、邪魔だどけ。あぁ無事でよかった? そんな事をのたまう暇があるなら兵の一人でも屠って来い。そんな甘さは要らぬ。研磨した尊き戦の真を持った(つわもの)だけが戦場(ここ)にあればいい」

 

 常在戦陣、故我一人。

 戦を求めた魂が語る、たったひとつの戦の理。


「さぁ、これでこの場は整った。我は端から貴公との命のやり取りを望んでいたのだ。なればこそ、存分に死合おうではないかッ!!」

「こ、の、野郎――ッ!!」

 

 視界が定まる。渋谷の神気が異常な高まりを見せた。故にそれは、奇しくも獅子の語った通りの事が起きたと言える。

 仲間を糧とし、力とする。美朝が倒れたことが渋谷の起爆剤となったのだ。

 膨れ上がり、高まる神気。熱血をサーキットに駆け抜ける力の奔流が渋谷の思考さえも白熱させる。

 そして、今。

 力が地面へと伝達した。


「来るか――ッ!」

「遅ぇッ!!」

 

 一瞬で彼我の距離はゼロとなり、抜き身の刃が地面を這うように飛んだ。逆袈裟。


「疾ッ」

 

 居合い抜きの要領で放たれた斬撃は、疾風を纏ったさながら竜巻の如し。

 穿つ。獅子の身体を斜めの一閃が迸った。

 しかし、


「まだ届かんわ!!」

 

 最早予定調和とばかりに無傷の獅子がノイズに消えた残像とは別の方向より襲い来る。

 美朝を沈めた拳がまたもや振り抜かれ――


『渋谷様、左にございます!!』

「応ッ!!」

 

 振り抜きの動作を回転に繋げ、渋谷は迫った拳を掻い潜った。

 虚を突かれた形の獅子に、半ばしゃがみこんだ姿勢の渋谷は、屈伸の反動を利用して突きを打つ。


「チィッ!!」

 

 獅子の反応も早い。紙一重で仰け反りかわしてみせると、がら空きとなった渋谷の腹へ丸太のような脚部による蹴りを見舞う。


「ぐ、このォォオオオ!!」

 

 一撃? 構うものかよ。

 相討ち覚悟でがむしゃらに振るった刃。獅子の身体へ遂に渋谷は一太刀を浴びせた。


「が、あぁあああああ!!」

「ヌ、おォォォォオオオ!!」

 

 戦況はここより加熱する。

 咆哮一斉。大音声がかつてない喊声となって響き渡る。

 

 獅子の繰り出した技は至って単純であった。

 『当たらなかった』可能性を呼び出すことが出来るのなら、『当たった』可能性を呼び出すことが出来るのもまた道理。つまり、それが攻防一体の型『獅子舞・連獅子』である。

 相手の攻めは当たらなかった時の可能性によって無傷でいなし、自らの攻めは当たった時の可能性によって必殺とする。

 単純であるがゆえにどうしようもなく強い。それがこの獅子の持てる技の粋。

 しかし、渋谷がたまたまやってのけた『相討ち』という捨て身が、この時獅子の技をすり抜けた。

 何故ならば、獅子が干渉できるのは己に関する可能性の操作であるからして、起こる事象に関しては全くといっていいほど対処は出来ない。

 獅子の攻めが当たった瞬間に渋谷の攻めが当たる。その当たるという可能性を無かった事にしてしまえば、当然『当たらなかった』可能性だけが残る。

 

 言ってしまえばただそれだけのことだ。

 獅子は当たらなかった時の可能性を選択し、仕切り直す事も出来た。しかし、そうはせずに両者痛み分けという可能性を選んだ。

 理屈も思惑もなく、がむしゃらに行った渋谷の選択。獅子の精神性が、それを是としたのだ。

 渋谷が望んだ戦いの流れを尊重した形。

 つまり――望むところだ、と。


「はぁぁぁぁあああああ!!」

「ぜあぁぁあぁあああ!!」

 

 そうして展開された両者が傷を負いながらも、どちらかが果てるまで続くという戦場が生まれた。

 片や刀、片や拳という全く違う得物を用いた命のやり取り。

 しかし、確かにある、相手を倒す事しか望まない狂気と、自分はこいつより強いという強迫観念。

 むしろその狂気は獅子だけが持っている、戦場を生き抜き、戦いを至上としてきた者だけが得る事ができる感覚であった。

 

 だがここにおいてその異常性を渋谷も発現していた。

 いや、語弊がある。

 元から持っていたモノが開花したのだ。

 渋谷を満たす全能感。アドレナリンが痛覚を亡きモノと変え、ただ戦場に紅蓮の花を咲かすだけと己を突き動かす。

 身体の機能は確実に失われつつあるというのに、思考だけが妙にクリアになっていく。

 一歩間違えれば、狂気という奈落に堕ち、修羅へと成り果てる綱渡り。同時に刃が冴え、一太刀繰り出すたびに己が研かれていくのを実感する。

 それはまるで己の原初へと至る作業だ。

 

 刃が疾風となって躍り狂う。獅子の身体を切り刻み、血となる瘴気が吹き上がる。だがあいにくこちらもただでは済まず、口から熱血を吹き出した。

 

 だが、やれる。

 俺はまだ戦える。

 むしろこれからだろう。命のやり取りに甲斐を見出だすなんて思っても見なかったが、こんなに心が踊るのか。

 無我夢中。ええいままよと斬り払い、それが会心となるたび手に残る感触。

 それがたまらなく心地良い。

 俺はこの戦いで強くなっているという実感が今、渋谷を動かしている。

 斬り結ぶたびに傷が増えていくが構わない。変わりに魂が至高に向かっているのがわかるから。

 それは素振りと同じだ。振るった刃の分だけ己の糧となる。

 強くなれる歓喜をどうして邪魔だと思えようか。

 

 しかして、それは常人には無い異常だ。

 渋谷の異常性はこの町に来てからその兆候を見せていた。

 凶に襲われ、死が目前まで迫っているというのに渋谷は自分がここでは死なないという、荒唐無稽ともいうべき感覚を得た。

 それは魔象と対峙した時もそうであるし、今この時の拳戟の最中にあってもだ。

 生と死の狭間にあって、己の死を自覚できない。魂に刻まれた何かが死を否定しているようだ。

 

 そして、それを肯定したのは渋谷と契約したスサノオだった。

 神との契約は死によって成される。

 死が肉体という枷から魂を解き放ち、神の許へと誘うのだ。

 だが、渋谷が辿った手順が本来のモノで無かったとしたら?

 死はただのきっかけに過ぎず、そうなるだろうと予期されていた結果を手繰り寄せただけの行為だったとしたら?

 

 果たして生まれるのは、神の力を宿した英雄か?

 

 渋谷はその事を知らない。

 知るよしもないし、その余裕が今は無い。

 しかし、この場においてそれを知っている者がいる。

 この戦いさえも通過点と位置付け、全てを運命と俯瞰するただ唯一の者。

 全ての歯車を起動させるために、果ての無い輪廻へと身を投じた、女がいる。

 

 今は名を『スサノオと偽る』神が。

 

 激化する拳と剣の神楽。その舞は一体誰に捧げるモノなのか。

 知るのはただ己のみ。

 

 ――どうか、強くなって。

 

 わたくしが望む、益荒男となってと願う。

 この戦いはただのきっかけに過ぎない。

 あなたの英雄譚の終わりはもっと先。

 今は何も考えず、己の力を高めていればいい。その力にゆだねて、そして勝って。

 果てにある未来を望むのならば、あぁ弱くては駄目。研ぎ澄まされた刃でなければ断ち切れない。

 

 ――これが最後にしてみせましょう。

 

 もう、それは見飽きているの。あなたが居ないのは耐えられない。

 

 ――もう、離しませぬ。

 

 乗り越えるられるなら狂ってもいい。愛しているから狂えばいい。

 何度だって邪魔してみせろ。そのたび愛は強くなり、貴方も強く生まれ変わる。

 

 ――愛している。愛している。愛しているから。

 

 故に舞え、愛しの英雄よ。

 私がその力をあげるから。


「ハハハ、ハハハハハ――ッ!!」

「ククッ――クハハハハハ――ッ!!」

 

 今はただ、その神楽に酔いしれろ。


『ああ――愛しの、貴方様』


 貴方が好きと言ってくれたから。

 

 ほら私、笑えているでしょう?

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