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ノボルうわさ その二

3/11 更新


「ご、ゴーストバスターって……」


 そんな風に淡島と三谷は笑っているのだ。ま、依頼主にとってこんな名前なんてどうだっていいのだろう。そんなことを気にするより他に気になることがあって、とても深刻なのだろうな。


 そんなことを考えていると柊がニコリと笑って人差し指で方向を指す。


「夏島君、隣の個室でやったら?」


「そーする。じゃあ、そっちで」


 こうして、話し合いが始まった。


「あの、えっと、驚き、ました。柊先生に、教えて、もらった人、が……その、同じ学校の人、だったなんて」


 まぁ、そんなもんかもしれない。


 こんな事態になると思っていなかったのか、淡島は美人に食いついて目がそこから離れなくなっている。


 背の低い、少しオカッパのような髪型に見える。前髪は横に一直線に……はなっていなくて斜めに一直線だった。


 体つきはふくやかで、スカートは今どきの女子より長い。真面目なのだろう。休み時間にはおしゃべりより読書を好みそうな雰囲気だ。


 胸は大きいほうだと思う。腰つきも色っぽいし、なんというか抱き枕を連想させる女の子だ。男子が注視すればそれに気づくだろう。


 奥ゆかしさや大人しさは男子にとって好物だ。


 だが、この人には、決定的に人を惹きつける魅力が欠けている。


「僕たちに敬語なんていいですよ。先輩なんですから。三年生……って聞きましたけど」


「は、はい。あ、うん。そう……そう、です」


「そんな途切れ途切れに話さないでくださいよ。読点が多くなって読者が読みにくくなるじゃないですか」


「ドク、テン?」


「ドク、シャ?」


 三谷と淡島はキョトン、としている。


 気にすんなよ。


「何をそんなに緊張しているんですか。それとも、何かに怯えているんですか?」


 言うが早いか淡島が勢い良く起立した。


「ちょ、ちょっと、夏島君!?」


「夏大陸君、それは少し失礼なんじゃない?」


 三谷もそれに同意したようだ。


「うるさいわよ、二人とも。それにこれは彼の仕事よ。口出しをする権利なんてあなたたちにはないわ」


「いや、夏島だけど。大陸じゃなくて島なんだけど。てゆうか柊も否定しろよ」


 言いながら柊は俺たちの前に湯呑を置いていく。濃い緑色と白い湯気がふんわりと空気に融けていくその様は吐息のようだ。


「でも!」


「いいんです!!」


 と、女生徒が声を大きく割り込んだ。


「話を、聞いてもらえるんですから。今まで、誰にも、そ、相談、できなくて」


「何があったんですか? というか、なんで糸くずなんて髪につけているんですか。女子なら髪の毛を気にしてくれる友達がいるものですけど」


「おい、夏島君!」


「いえ、いいんです! 私、私は、友達、少ないので。その、親しいお友達が――」


「『――最近学校に来ない』とかですか?」


 これは三谷だ。


「引きこもり……じゃあないっぽいですね」


「学校に来ないのは、風邪ではなくてですか? 僕みたいに体が弱いと風邪にかかって仕方ないんですよ。ほらぁ、インフルエンザとかよくかかって――」


 にこやかに言うことじゃないし。


 それにどうでもいいよ、その情報。誰が得をするっていうのか教えて欲しいくらいだよ。


「私は緑木といいます。お友達は蒼園奏子」


「蒼園……。ああ、蒼園さんってあの人か」


 三谷は知っているらしい。


「三年生の美化委員の人。委員会で委員長やってた」


 ふうん。コイツは委員会のことをよく知っているようだ。


「で、その人は学校に来ず、何をしてるかわからないと?」


「……電話が、あったんです。その、電話で様子が、様子がおか、おかしくて。『登ってくる、登ってくる』って、お、怯えてて……だから私、奏子にもう一度連絡をした、んですけど……」


 けど?


 『けど』というのは『だけれども』の省略形で、前に述べたことと相反することをいうときに用いる言葉だ。


 つまり、


「つまり連絡が取れなかった」


「はい」


 と、女学生……もとい小動物を連想させる雰囲気をもった緑木さんはコクリと頷いた。


 考える。


 考える。


 考えろ。


 登ってくる?


「何が『登ってくる』……なんてのは言っていなかったんですか?」


「…………」


 答えない?


「言っていたんですか?」


「あ、いえ、言ってはいませんでした。でも、噂が……」


 噂?


「『あやとり糸』」


 ジ、と湯呑をのぞき込みながら、両手でしっかりと握った器の中の左右反転した三谷は言う。


「何、ソレ」


 と、聞く前に三谷は顔を上げ、続ける。


「最近ここらで流行ってる噂だよ。知ってるでしょ、あやとりくらい」


 まぁ……知らないわけじゃない。ちっとくらいは文化というものを理解しているつもりだったりする。


 『あやとり』とは。


 1本の紐の両端を結んで輪にして、主に両手の指に紐を引っ掛けたり外したりしながら、特定の物の形に見えるようにする伝統的な遊びで、地域によって『いととり』『ちどり』なんて呼ばれているモノ。


 なんて、説明的地の文はそれほど読まれないと聞いたことがあるので、そんなものなのかと思ったりした。


 確かに、本を読む途中で会話文を優先的に見てしまうような気がする。


 地の文というのは文章ならではの説明を加える部分だ。これが映像なら、問題はあまりないと思うは思う。


 が、いかんせん文章だ。


 もちろん、会話文を読んでいるだけでわかるにはわかるが、内容の細部までは読み取ることができない。


 ので。


「1本の紐の両端を結んで輪にして、主に両手の指に紐を引っ掛けたり外したりしながら、特定の物の形に見えるようにする伝統的な遊びで、地域によって『いととり』『ちどり』なんて呼ばれているモノ」


 口に出して言ってみた。


 淡島はふむふむ、と頷く。


 多分、聞いてはいないだろう。


 きっと、頭の中ではこの緑木さんは見る限り奥ゆかしく見えるが、ホテルではいやらしく振舞い、その魅力的ボデーで……とか、そういう妄想想像空想夢想しているに違いない。


 対し、三谷はしゃんとした姿勢を保って緑木さんを見ている。真面目な顔で、この出来事について真剣に考えているようだ。


 三谷はうん、と頷いて先を進める。


「親しい人同士が糸と糸でおまじないをするんだ。詳しいやり方とかはよくわからないけど、糸を介して、二人で約束するっていうのがそのおまじないの内容らしいよ。だいたいはカップルがやるものらしいけど」


「約束? 一体何を約束するっていうのかねぇ」


 そう俺が言うと三谷は呆れたような顔をした。


「カップルっていうぐらいだから、恋愛絡みでしょ。相思相愛でいられますように、とか、ずっと幸せでいられますように、とか……いろいろあるんじゃないの」


「あ、じゃあさ、じゃあさ――」


「『自分の性的な奴隷になりますように』とかじゃなければどうぞ」


「……やっぱいい」


 どんだけ淡島は素直なんだよ。


 俺は続ける。


「……そうかい。じゃあ、その奏子さん? は誰かとおまじないをしたっていうことですかね?」


「は、はい」


 緑木さんはゆっくりと額を下げた。


「お願い、します。奏子を、奏子をた、助けて、くだ、さい。何でもします、から」


 相変わらず読点が多い。


「任せてください! 僕たちが華麗に解決してみせましょう!!」


「え、なんで淡島が言うの?」


「大丈夫です、緑木先輩、問題ありません。だから、だから後で――」


「その、『後でその胸に飛び込ませてください』とか、じゃなければ、良いです、よ?」


「……やっぱいいです」


「淡島……素直なのはいいことだ」


 言いつつ、俺は淡島の肩を叩いた。なんとまぁ……。


 それにしても『友情』というやつだろうか。綺麗なものだ。友情パワーでなんでも出来る、やってやる世代って、なんだか無茶が多い気がする。


 余命幾拍の友達の手術代のために強盗するとか、数パーセントしか成功率がないのにソレに賭けをしたりするんだよね。


 『アイツのために!』とか、『これしか方法はない!』とかなんとか言って、違法行為とか、下手したら自分が死ぬかもしれないようなことを人間ってのはやってしまう。


 自分がその人を思っているように、自分を他の人が思ってくれているのを忘れて。


 それってすげぇ。


「わかりました。じゃあ……二万円で」


「え、お金取るの?」


 三谷は思いがなかったようで、俺を見た。


 何言ってんだ、コイツ。


「俺と緑木さんは友達か?」


「まぁ、あったばかりだから友達とは違う……かな?」


「じゃ、家族か?」


「そうなの?」


「違い、ます」


「赤の他人だ。じゃあ、恋人?」


「そりゃ絶対に違う。もしそうなら僕は絶対に君を許さない」


 お前何様だよ、淡島君。


「じゃあ、お金」


「「なんで?」」


 ……素直なのは良いことだよ全く。


 俺はたまらずため息をつく。


「あのねぇ、友達でも恋人でもないのに無償で何かするっておかしいでしょ。それにこれ、普通に霊商法のところに行ったら百万とか取られてるっつーの」


「でも!」


「いいんです!!」


 緑木さんは声を荒らげた。


「奏子は、奏子は戻って来るん、です、か?」


「いえ、戻ってくるとは限りません。でもきちんと調査はしますよ。安心してください。金の分は働きます」


 しれ、と俺は答える。すると三谷は当たり前だ、という顔をして睨んできた。


 そう怖い顔をするなよ。綺麗な顔がほかの人は全員見つけたのに、あと一人が見つからなくて、必死に探すかくれんぼの鬼みたいだ。


「で、どうですか? 払います? それとも、払いません?」


 緑木さんは、たっぷり三十秒、湯呑の中を見つめて考えてから、答えた。


「わかり、ました。奏子を、探して、ください。お、お金は、は、払います」


「だから読点が多いですってば。じゃあ、前金で一万、後で一万にしましょう。というわけで――」


 俺はス、と手の指の先を緑木さんに向ける。


 緑木さんはおどおどとした様子で、自身の財布から折り目の付いていない、綺麗な一万円札を取り出した。


 そして、真っ白で、キラキラとした金具が、とても印象的な財布だった。



ノボルうわさ その二

メタい?

そんな時もありますよ(遠い目)

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