ノボルうわさ その一
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保健室に行くと、柊が死んだように机にうつぶせで突っ伏していた。どんだけ燃費悪いんだか。
「元気ないね、柊先生」
「そうだね、淡島君。人の心配するなんて、淡島君はとってもエロい子だ」
「あれ、エロい子なの? エラい子じゃないの?」
「エラい子は保健医の白衣で強調されたおっぱいを見ながら話しかけません。それとスカートが短いからってフトモモを凝視しないように。先生? 柊先生?」
淡島君はともかく、副委員長は柊を揺すって起そうとする。保健医のくせに保健室でゆっくり寝てもいいはずはないと思うけどな。
そんなことを考えているとプルプルと彼女の体が動き出す。寒いのか? いや、そんなわけない。
「あーダメ死ぬ。足りない、全っ然足りない、死ぬ。ヤバい……死ぬかも」
「ダメです。そんなに何回も死なないでください。何が足りないんですか、先生」
「何がって……そりゃ刺激よ刺激」
柊は机に額をくっつけたまましゃべる。それに対し、
「シゲキ?」
副委員長は聞き返す。
「なんていうかこう……」
「「……こう?」」
副委員長と淡島君は目を見張る。やめろ、聞く価値なんて微塵もないぞ。
「こう、子宮を突くようなというか、脳に直接響くようなというか……そういうカイカ――」
「――柊先生。俺、ベッドを借りたいんだけど……空いてます?」
グイん、と柊は人間とは思えない速さで俺をベッドに押し込む。一体柊の体のどこにそんな力があるのだろうか。疑問である。
「ええ、もちろん!!」
「先生元気だね」
「そうだね淡島君……って君はなんでそんな溶けた鉄のような赤い顔で二人を見ているのかな、このヘンタイ」
「いや変態じゃなくて淡島だけど」
「それじゃあ柊先生、委員長をよろしくお願いします。ほら行くよ、ヘンタイ」
「いや変態じゃなくて淡島だけど」
と、三谷はヘンタイの後ろから首をその小さな手で掴み、引きずっていった。
なんていうか、淡島君もとい、ヘンタイはどうしてこうも性の欲求に忠実なのだろうか。
きっと、女兄弟がいたら思わず風呂場を覗きに行って撃退されてしまった挙句にまた繰り返す性格なのだろうな、彼は。
「ご主人様ぁ、授業を抜け出してまで私に会いに来てくれたのねぇーー!! いやーん、琴美うれしー!!」
「うるさいよ、痴女。俺は腹が減ってんの。どこかに悪霊とか幽霊とかさ迷ってはないものか?」
「やーーん、サキュバスならここにいるけど」
柊はあっけらかんと答えた。どうしても今この時間に行為を済ませたいらしく、それはやはり普通の男子高校生なら卒倒してもおかしくないような魅力なのだろう。
だったら、さっきのヘンタイの状態はそれほどおかしくなはいのかもしれない。
しかし、どちらにせよ俺には関係ないことなので、考えるのはやめにしよう。それほど腹が膨れるわけではないし、人間界で暮らすための金は手に入らない。
金とは、たいてい万能の道具である。
「どうでもいいよ。悪魔の因子を受け継いでるアンタから力を奪ったところで、薄くなりすぎの力はたかが知れてる。それより何か事件ないの?」
「ないわよ」
「嘘だ」
「どうして?」
「嘘をついてるからだ」
お互いに顔を見、目の奥が見えてしまうのではないかと思うほど凝視する。
「あ、そ」
ここまで言うと柊は大人しく離れて自身の服を整える。スラッとした清楚な服と、その上に着ている白衣の白さが少し眩しい気がした。
「どんな事件だ」
「……事件っていうか、噂みたいね」
「噂……ね。教頭がハゲでカツラでした、とかじゃなければいいんだけど?」
「ウチの教頭は地毛よ。むしろカツラなのは校長の方」
校長ならどーん、と構えていればいいのに。
そりゃあ恥ずかしいことかもしれないけど、嘘が表に出てきたときの逃げ場というものはとても少ない。噂も同じようなもので、突き詰めていくと大したことのない、たわいもない嘘が原因だったりするのだ。
「そんで、噂ってのは?」
「知らない」
なんだと。
「知らないってことはないだろ、知らないってことは」
「いや、噂があるのは知ってるわよ。なんか陰気臭い噂がね。でもそれだけよ。具体的な内容は知らない」
使えない奴。
「使えない奴……とか思わないでよ? もうじき三年生女子のカウンセリング時間なの。それもオカルトじみた変な噂」
なんだかんだ言って、それなりに情報を集めようとする性があるらしい。悪魔に特有のそういうのを嗅ぎ分ける力は残っているらしい。
で、俺としてはとてもそれについて興味があるので、
「あ、そ」
そう答えるだけにしておいた。寝よう。
結果として、寝ていて俺は保健室でのカウンセリングの内容を聞かずに終わった。精神は睡眠を必要としていなかったが、肉体は思ったより疲れていたようである。
結構深く寝ていた気がしないでもないようなあるような、そうはいってもお腹がすいていたので結局はそんなに寝ていなかった。
一体、俺は何を言っているのだろうか。
「というか、アンタは俺の上で寝るな」
「ええー、なんでー」
「何、その棒読み加減。とってつけたように仲の良い振りすんなよ」
「……いやいや仲よくね?」
「そんなことげぇぇぇえええ」
「うん、どう見ても教師と生徒の不純な関係にしか見えないって、秋島君」
なぜか、三谷と淡島が上からのぞき込んでいた。お前ら人間かってほど気配なかったと思うんだけど。寝ぼけていたとはいえ、これには驚いた。
「いや、そんなアンニュイな気分でもないし、夏島だけど……今何時?」
「そうだっけ? ごめん、夏鳥君。もう放課後。四時間くらい寝てたんじゃないかな」
なんだ、そんなに寝てたんだ。
「寝てた寝てた。だからもっと寝よう」
寝ないから。何言ってんのこの保健医。
「いや、夏島だけど。てか――お前ら何やってんの?」
「何とはなんだ。せっかくお前の荷物を持ってきたやったというのに。友達の好意を無下にするつもりかい」
「…………別に」
「その間は何!?」
「何って……別に?」
「言う価値もないのか!」
「うるさいよ、淡島君。と、そういえばケータイ。さっき君のケータイが鳴ってたんだっけ」
三谷は俺のケータイをポン、と投げつけてきた。俺のケータイに電話がかかるなんて――あるのだろうか。いや、あるか。この肉体の持ち物だから当然っちゃ当然?
そんなことはないか。電話帳を全て消し、アドレスも電話番号も変えて今や一人も残って、いやいやいや一つだけあるのを失念していた。
「依頼者、か」
帰宅。と言っても一人暮らしだ。夏島という男子高校生の家庭は既に崩壊していて、家はあっても中身は空っぽであった。
いや、実にいい趣味である。
「もしもし。はい、依頼ですね? わかりました。都合のつく日時を――そうですか、では明日。場所は……大山高校の保健室で」
と、このように少し前から仕事をすることにした俺であった。
そして、睡眠を必要としていないこの体と精神をどうすればいいのか悩んでいるうちに朝になっていたのは俺としても予想だにしなかった。
「で、なんで三谷と淡島は俺の前に立ち塞がってんの?」
「なんでとはおかしい。僕は夏島君がなにか女の子に対していやらしいことをするのではないかと直感が働いたまでなので気にしなくていいよ」
と、淡島は微笑む。
何言ってんの、コイツ。
「私は冬島君についていると、とても面白そうな直感が働いたからこうして立ちはだかっているだけ」
と、三谷は笑う。
コイツも何言ってんの。
「いや、寒さでがたがた震えるような時期の反対の季節の夏島だけど。それと断る。いやらしいことをするわけでも、面白いことをするわけでもないからお前らの直感は間違ってる。俺はバイトに行くだけだ」
「それは僕が決めること」
「そして私が決めること」
二人はどうして知らないが自分たちの中でもう行くことを決定しているような瞳をしていた。例えるならそう、小学生のテストを受けて、返却されたときに満点なはずであると確信している。
そんな顔だ。
アホらしい。
「ま、いいけど。必要以上に話さなければいいさ」
結局、俺は折れた。なんだか別に気を張って隠すのも馬鹿らしくなってしまったのだ。
保健室につくと、女生徒が保健医となんだか話し込んでいるのがわかった。そうして柊はこちらに気づくと、女生徒を立たせた。
「こ、こんにちは。あなたがゴーストバスター……さん、ですか?」
そう彼女が言ったかと思うと後ろにいた二人はクスクスと笑い出した。
ノボルうわさ その一
ヘンタイな友達って困るなぁ。淡島困るなぁ。