気づいたとき
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「ぐお、なんて魔力の薄さだ」
魔界から人間界に出るとなんとも言えない息苦しさを覚えた。窮屈というか、物足りないというか。なんというか……要は存在しづらいってカンジだ。
「えっと、今は西暦何年の何時何分……だ?」
状況を確認しようと周りを見渡して見ると、派手な落書きが地面……あ、こんくりーと?にされていた。ついでに塀にも。どうやら狭い十字路らしい。
「派手な装飾だこと。で、俺の足を掴んでいる君は何をしてるのかい? というか、生きてる?」
「……ゲホッ! ゴホッ!!」
「おっと、まだ死んでなかったか。辛抱強いね君は。体中から血、いっぱい出てるけど」
「た、助け……」
「助け? 一体何から? 金? 人? 不幸? それとも――」
雷でも落ちたかのような音と、馬鹿デカい獣手が地面をえぐった。俺は倒れてる人間を肩に担いで後ろに下がる。
「■■■■■■――!!」
「それとも化け物からかい?」
顔を見れば、人間は恐怖の色に染まりきっている。
「い、い、いきなり、おそ、おそ、襲ってきて……」
「いきなりってことはないだろー。君、なんかしたんじゃないの?」
「し、し、して、してない……わ、私は、私はただ歩いてただけで――」
「おや、そうかい。ならそれはあちらが悪いな。まったく」
まったくもって人間界に出てすぐ地縛霊とはツイてないにも程がある。こちとら魔界から追われてるっつーのに。
「そんで、地縛霊の君は何をしてるのかな? 生きている人間を襲うのは違反だぞ。よく見ろ、この人間はまだ死んじゃいない」
「■■――!!」
短く、化け物はわめく。獣の遠吠えがうるさくてかなわない。
「口を出すな!! オレサマはこの街で一番強ェーんだァァァ! 一番強ェオレサマがオレサマの縄張りで何をしようがオレサマの勝手だろーがァァァ!!!」
「あ、そ」
『聞く耳もたん』ってか。生前はワンマン社長とかだったりして。腹の足しになる……か? 強いと豪語してる割に全然美味しそうじゃないな。
でもまぁとりあえず――、
「おい、魚頭。とにかく今からお前を殺すから抵抗するな」
「何を言うかと思えば小さいの。小僧一人で何ができる!! 今からお前を食い殺してやるゥゥゥ!!」
地縛霊は勢い、大きな腕と手で襲ってくる。が、
「小さいとはなにか、小僧とは何か。食い殺すのはこっちのセリフだ」
俺は敵の腕を掴み、そのまま――、
「引きちぎるぜ魚ヤロウ」
「■■――!!」
「もう片方も。魚には腕なんていらないだろう!」
食べにくいし。
「■■■■■■――!!」
叫び声がうるさい。面倒なので丸呑みにしてしまう。
「――――――!!」
今度は叫ぶ間もなく、敵は俺の腹の足しにした。味の方はそこまで不味くもないが、美味しくもない。ま、新鮮なモンだ。
捕食が終わると、人間は苦しそうに呼吸したて倒れる。というか、よく生きてるな。普通なら死んでるってのに。
「で、人間。君の名前は?」
「ひ、柊琴美」
息絶え絶えに言葉を発する。
「では柊琴美、案内してくれ」
「ど、どこへ?」
どこって……何をとぼけているんだろう、この女は。背の高い髪の短い女。なぜだか白衣が似合いそうな雰囲気を持っている。
「決まってる。君が殺した人間の元へだ。傷は今治すから待ってなさい。違反を見逃したこっちのミスだから、これくらいはやっておこう」
魔界から逃げてきた身だけど。
「な、何を言って……」
「一般人に幽霊が見えるわけないだろう? ああいうのが見えるのは人殺しだけ。さっきのは凶暴な霊だし、君の殺気に惹かれたんだろう……あ、『さっき』と『殺気』は冗談ではなく」
「そんな……」
「殺したのは一人? ま、そんなとこか。痴話喧嘩で? ふうん、単純な理由。で、初めて人を殺した? ふむ、まぁ、それは見ればわかったけどさ」
「どうしてそんなこと……」
「わかるのかって?」
女性は睨みつけるような目でこちらを見る。健気な顔だ。まったくもって。俺は答える。
「いや、君の後ろにいる学生服を着た大人しげな男の子に聞いた」
気づいたとき