エルゥ
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「うーん。くさいな」
塔の門の前に立った夏島は頭をかきながら言った。夏島あらため、リードは悪魔である。そこにいるのが人間か悪魔か天使かなど、におい一つで把握できる。
リードがここで「くさい」といったのは強大な力を持った敵がいるからという意味だ。
「とりあえず入るか」
リードは門を開けた。
「こんにちはリード君」
「あん?」
「君が来るとガブリエルが言っていたのでね。ここで門番をすることにしました。いやあ、懐かしい。最後に見たのはいつだったでしょうか。百年ぶりですか? いやどうだったかな?」
「おまえ……誰だ?」
「……そんな! 悲しい!! そうですよね。そりゃあそうですよね。だって私たち、初対面なんだからァァァァ!!」
門の先にいた男は、咆哮しながら盾をかまえてリードへ突進した。紋章の付いた銀色の四角い盾だ。それもただの突進ではない。リードは盾が自身の体にぶつかるまで動けなかった。
「はええな……少しカスっちまった」
ざっと百メートル程後ろ、門の外にリードは跳んだ。
「いいやァ! それは私の台詞だね。聞いてたよりぜんっぜん速い。今の一撃で普通の人間は消し飛ぶんだがなァ!!」
盾の男は門の外ぎりぎりのところで答えた。
「普通の人間? それじゃあ普通の悪魔は消し飛ばせねえんじゃねえのか?」
「知ってるぞ。おまえは悪魔だが体は人間だ。身体能力は確かに悪魔並みだが、再生能力はどうかなァ?」
「…………」
「しかもおまえは武器を持っていない! 私の速さから逃れることはできても、私に致命傷を与えることはできない!! 私は門番。私は守護者。この門より外には出ない。そこで人間界が蹂躙されるのを見ているがいいさァァァァ!!!!」
「ハン。門の中に引きこもってるやつに言われたくないね。それと武器がないだって? 武器なんてそこらに転がってらあ」
リードは落ちていた空き缶を拾って男に向かって投げた。
「そんな届かない力で投げてなんになる? ゴミが武器だと? 笑えるなァ――!?」
「そら、蹴り飛ばすぜ!」
盾の男に向かって投げた空き缶は届く数メートルで落ちた。
が、落ちる寸前にリードはそれを敵に向かって蹴りつけた。
「当たるものかァ!」
盾の男はゆるりと避けた。瞬間、リードは男の死角から蹴りを入れた。重い手応えをリードは感じた。
「グッ……ガッ!?」
「やっぱりそうだ」
「な、に?」
「おまえ、時間を操る天使だな。権天使ってやつだ。おかしいと思ったんだよ。いくら速いにしても髪も服もなびたたないのはな」
門の中に落ちた空き缶を眺めながら続ける。
「門の外に出ないのは門の中でしか能力を使えないからだ。最初に缶を避けた時、缶はおかしいくらい緩やかに落ちた。自分以外の時間を遅くしたってことだろ? それにどうして避けた? 盾で防げばいいのによ」
リードの言葉に、男は震えた。
「ふふふふ。ガブリエルから聞いたとおり面倒な悪魔だァ。そのとおり! 私は権天使エルゥ!! 悪霊からの守護を司る精霊だァァァァ!!! だがわかったところでなんになる。守護者の私に勝てるというのか。盾の私を貫けるというのか、悪魔よ!!」
「フン。てめえに触れりゃあこっちのもんだ。おおかた、その盾が発動の道具だろ。ブッ壊してやるぜ。うらァ!!」
ビュン、と缶を投げ飛ばす。缶はすぐに留まる。リードはといくつも角度で、縦横無尽に投げ飛ばす。缶は尽きて、その場の瓦礫やら自転車やらいくつもいくつも投げ飛ばす。一つ一つ、実際の速度を生身が受けたら体を貫いいてしまうほどのスピードである。
「無駄だ無駄だァ! そんなカスが私に当たるとでも思っているのかァァァァ!!」
「当たるとも――フッ!!」
「……ガァッ!」
悪魔の拳が盾に、エルゥの体に刺さる。一瞬だった。エルゥが時間遅延している間に留まった、視界を塞ぐゴミを落とした瞬間にリードは盾ごとエルゥを貫いた。
「な……んて、力なんだァ……」
「こっちにきて食事はほとんど食ってねえから余分な能力使えねえんだ。悪霊を一匹と悪魔の因子を少し。蜘蛛は食う気がしなかったから、おまえを食うことにするぜ」
リードはエルゥに馬乗りになって首を絞めた。
「わ、私を食らう……わた、私が悪魔の血肉になるだと……? ふ、ふざけるな! 悪魔なんぞに私の体はやらんぞ! 絶対に、絶対に!! 肉の一片たりとも! 血の一滴たりともだァァァァ!! ガブリエル! ガブリエル! わ、わた、わたし、私を助けてくれ……助け――」
「――いただきます」
むしゃむしゃと、ホールに血肉が響きわたった。
魂の、一片の欠片も残さずに。
エルゥ