ノボルうわさ その四
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「さて、さっきのを操っていたのはここの上だな。糸だし。真上からしか操れないだろ」
「え、え、ちょ、ちょっと待って! タンマ! ウェイト! じゃすともーめんとぷりーず!!」
と、ここで、淡島は叫んだ。
「? どうした」
見れば、三谷も淡島と同じく、床にしゃがみこんで、顔を歪ませている。
怯えている。恐怖している目で俺を見ていた。
「夏島。これ……ドユコト? 人形? なんだよソレ……なんなんだよソレ!!」
なんだよソレ。
と言われても。
なんなんだよソレ。
と言われても。
「人形は人形だ」
「……だって、さっきの人間――」
「ただの人間の人形だよ。首んとこ。鎖骨らへんにあった傷。お前が指摘したとこ。あれは牙の痕なんだよ」
「き……ば?」
「蜘蛛の牙だな。その証拠に見ろ。血はほとんど出ていないだろう。多分奏子さんの母親だろうけども、中身は空っぽ。ホントウに外見だけの人形に過ぎないんだよ」
「人間を食べる蜘蛛が、ここにいるの?」
恐る恐る、三谷は俺に尋ねる。
「いる。真上にな」
俺は人差し指を天井に向ける。
「ま……う、え?」
淡島は息絶え絶えに。
なんとか言葉をひねり出した声である。
ペタンとしゃがんだまま。ぴくりとも、二人の体は動かない。
「身体。動かないのか? 怖いだろ? 泣きたいだろ? 叫びたいだろ? ……帰れよ。速く。腰抜けの女には無理だ」
「……ッ! 腰抜けの女!? 訂正しろ!!」
「淡島も。この上にはとびきりの美人がいるだろうが。諦めて帰れって。無理すんなよ。こんなとこで死にたくないだろ?」
「……無理なんかじゃ――ねーーよ!!」
ピン。
「「えっ」」
切れない、か。
「糸だよ。恐怖に反応する糸。そこらじゅうに糸がはびこってて、それがお前たちにも絡み始めたんだ」
「糸? そんなモノ見えないぞ……」
「見えないなら見えなくていい。この光景はショッキングすぎる。それに、見えたらまた怖くなるだろうよ。怖いと感じれば、さらにキツく糸が体に絡む。そうすれば格好の餌だ」
「夏島には……その……糸が見えるのか?」
――――トスン、トスン、トスン、トスン。
「視えるよ。視えるし、俺にも絡んでる。うっとおしい糸だな、全く」
――――トスン、トスン、トスン。
「怖くないの?」
――――トスン、トスン。
「怖いわけあるか。虫けらが沸いてるだけで虫酸がはし――」
――――トン。
「る。で、ちょいと用事があって家に入らせてもらった。何か文句は?」
俺は振り返らずに、階段から降りてきた、後ろにいるモノに問うた。
「■■■■■■」
「ふむふむ」
「■■■■」
「ふむ」
「■■」
「……ふうん」
「何て、言ってるんだ?」
淡島は俺に聞く。
「いい質問だ、淡島。虫けらの言葉なんぞわかりたくもないね」
途端。
俺の体が宙に浮いた。逆さ釣りである。
「アンタが奏子さんか」
ふうん。
肉体は既に死亡。魂は蜘蛛に捉えられてる。本体は……。
「その櫛か。呪いの発端は」
「呪い? 呪いって?」
「あやとり糸って言ってたな、三谷。正確には、クモのあやとりだ。」
「クモの、あやとり?」
「伝承がある。水辺で男が釣りをしていた。いや、男と記載されていたり、洗濯をしていたともあったから、それはどちらでもいいけど。その男の足に蜘蛛が糸を結んで、どこかえ消えた。男はその糸を足から外して腰掛けていた切り株に結んだ。しばらくすると、その切り株が川に落ちた」
「切り株が……川に?」
「そう。川に落ちた。糸を結ぶという行為は、『重み』のあることなんだよ。運命の赤い糸なんて言うだろ? あれは前後しているようで、正しい」
「赤い糸って……恋に落ちた二人がするあれか?」
「逆だよ。赤い糸で結んだ二人が恋に落ちるんだ。ふざけた話だけれど、よくやるおまじないでしょ。おまじないは契約だ。契約に背けば罰が当たる」
奏子さんが、『死』に落ちてしまったように……。
ゴクリ。
息を呑む音が聞こえた。
「約束を破ったら『針千本飲ます』と同じこと。恋や愛に対しての罰は――さてなんだろうね。てゆうか、糸がピアノ線みたいに固くて痛いな」
「……緑木さんと奏子さんって……レズ?」
これは淡島だ。お前は頬を赤らめるな。
「だろうよ。普通の友だちとならしないだろ。単なるおまじないだしな。そんで、奏子さんが契約違反――とか」
けれど、おまじないが現界するなんて……。
「じゃあ、あの財布は――」
「…………。まあ、奏子さんが救出不可能なことはわかった。そろそろ頭に血がノボって参っちまう。この家もダメ。人間もダメ。となればもう用はない。燃えろ」
パチン。
家が燃えていく。いや、糸が、死体が、蜘蛛が燃えていく。
ドンドンと、ボウボウと、燃えていく。
「■■■■■■!!!!」
「? なに? なんの音!?」
「知らない奴には見えないさ。聞こえるだけ凄いな、三谷は」
その時。
音が弾けて。
――――カツン。
時間が止まった。
「――ッ!!」
「人間味あふれるわねぇ。悪魔のクセに。獣のクセに。くだらない事しちゃって」
「クソ! 三谷、淡島、見るな!!
「あら、いいじゃない。見てくださって結構よ。三谷桜子さん。そして、淡島涼クン。規定時間停止は作動しているから見えないと思うけれど」
目の前に立ちふさがる俺を他所に、奴は三谷と淡島の後ろへと移動した。
「うーん。人間って脆いのね。心には迷いばかり。闇を抱え。信じることもできず。死んでいく。下賤のモノ。くだらぬ種族」
悩ましげな目付き。慈愛の目に見えるその瞳が映しているのは、失望感だ。
「堕天使が……」
「あらあら? 悪魔風情が天使である私に逆うのですか? いいですわよ。けれど良くて? 追われているのでしょう? リード。同族殺しのフリードリヒ。なんて――無様」
クスクスと、天使は笑う。
コイツ……なんで知ってる?
「私は天使ですよ? それくらい知らなくてどうします」
「何が望みだクソアマ」
「まあまあ、口が悪くて下品な獣ですこと。そんなに睨まないでくださる? 思わずあなたの大事にしているお友達を殺してしまいそうです」
天使は、ふわりと、ゆっくり三谷の首に、長く尖った爪を近づける。
「おまじないを広めたのはお前か」
ニコリ。
「いいえ。私は緑木葉子とお話しただけです。前進できるようアドバイスをしただけですことよ」
「気持ち悪い言葉遣いしやがって。アドバイスだと? お前は人間を死に陥れただけじゃねーか」
「陥れた……だなんて。私は救って差し上げたのですよ。退屈しのぎに。まあ、陥れたと言えばそうかもしれませんが。なんて甘美な響きでしょうね。『陥れた』とは」
「……いい加減その手を三谷から離せよ」
そうですわね。と、手を離す。人間を触り続けていると手が汚れてしまいますし。
なんて付き足した。
「望みは叶いました」
「なに?」
「あなたとお話したかったのですよ、リード」
「嘘付け」
チ、チ、チ、チと、天使は舌を鳴らした。
「嘘ではありませんよ。あなたと話すのはおまけみたいなものです。あなたのような獣の悪魔と話すのは嫌なのですけれど、待てども待てども人間に転生しようとしないあなたをみかねて会いに来てしまったのです」
「……くそったれ」
「ま、いいでしょう。先ほど緑木葉子も死にましたし。退屈しのぎにはなりました。ああ、緑木葉子の件はすべての処理はあなたにお任せしますので」
「お前ッ!!」
「ほら、急がねばさらなる犠牲者が出ますよ。私の目的はだいたい済ました。またお会いしましょう。ごきげんよう」
時は動き出した。
ノボルうわさ その四
ふぃ、フィクションです。