ノボルうわさ その三
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そのあと、緑木さんは丁寧なおじぎをして、保健室を退出した。
俺たちと言えば。
「ねぇ、夏縞模様君」
「いや、夏島だけど。縦縞でも横縞でも、親子縞でも孝行縞でもよろけ縞でも折れ縞でもないから」
「博識なのを自慢したいのは分かったからもういいよ。大丈夫かな?」
なんだコイツ。喧嘩売ってんのか。
「大丈夫とは?」
「だからさ、夏島君。三谷さんが言いたい大丈夫っていうのは、緑木さんのことじゃない?」
「よくわかったね、淡島君。ご褒美をあげよう」
「マジで!? なになに?」
「このヘンタイ!!」
「ありがとうございます!?」
「はい、ご褒美の罵り言葉でした」
「くっそ、思わず反応してしまった自分が憎い!!」
仲良いね、君たち。
とか、なんとか淡島が廊下を殴ってるうちに三谷は続ける。
「それで大丈夫なのかな、緑木さん。なんだか疲れてるように見えたけど」
「どうして?」
「どうしてって……そんな感じがしただけだけだよ。友達をあれだけ心配してさ」
心配……ね。
あれは心配というよりむしろ――。
「知らないよ。というか、お前らはどこまで付いて行く気?」
もう校門外まで歩いてきているんだけども。いい加減しつこい奴らだ。
金魚のフンか?
それともタバコの臭いが染み付いた指か?
「いや。僕としては、夏島君が誰か人妻に対していやらしいことをするのではないかという気配を感じとったので、それを未然に防ごうという――」
「端的に述べろ」
「綺麗な女性とお話がしたいのであります!」
素直でよろしい。
「三谷は?」
「私は……まぁ、面白そうだから?」
なんで疑問形? 俺が首をかしげたのを見て、三谷は続ける。
「なんていうか、関わっちゃいけないんだろうなって気がするんだけど、怖いものみたさっていうか……そんな感じ?」
だからなんで疑問形? そこで改めて三谷を正面から見た。容姿は前に述べたとおりだけど、雰囲気が変わっていることに気がついたからだ。
なんだこれは。お前誰だ。そんな雰囲気だ。
人間誰でも気配というか雰囲気というものを持っている。
『優しさ』『畏怖』そういった感情の類から、『鋭利』『圧力』といった感情外のモノまである。
そして、三谷桜子という人間の気配が一瞬変わった。
が、ホントに一瞬。心を隠すのが上手いんだか下手なんだか。
ま、いいか。
「気をつけろよ」
それだけ言って、俺たちは歩きだした。
「で、夏島君はどこに向かって歩いているの?」
「蒼園さんち家」
「行ったことあるのかっ!?」
「ないよ。けど……」
「けど?」
「緑木さんは蒼園さんの家に行ったことがあるみたいだから。わかる」
「なにそれ」
どういうこと、と淡島は疑問の声を発した。
「ま。足跡みたいなもんだよ」
俺は地面を見ながら答えた。
淡島は「はあ?」とか「むう」とか唸っている。後ろに三谷と淡島がいるので顔は見られないが、淡島はきっと面白い顔をして地面を見ているに違いない。
三谷は……まぁ、それなり?
蒼園奏子の家は学校から歩いて三十分といったところにあった。
学校が山にあって、奏子さんの家が坂である通学路を下って、駅の反対側の場所だ。なんという田舎な学校。周りが森しかない。
「ここみたいだな。住みにくそう。なんて家だ」
「ふうん。まぁ……普通の家、でしょ」
三谷は言う。
「けど」
「まーまー。家に誰かいるでしょ。聞いてみるのが手っ取り早いじゃない?」
言いつつ淡島は呼び鈴を押した。呼び鈴というのは、ポーン、という音で出来たボールを家の中に投げ込むような印象を受ける。うるさいことこの上ない。
呼び鈴を押すと、女性が一人出てきた。
「…………」
やけに肌の色の白い女性だ。雪みたいに白くて、絹のように柔らかそうな肌。
「……」
「えっと、私たちは――」
三谷が言いかけたところで、俺の後ろにいた男が風を切って女性の目の前に現れた。
何を隠そう。
いや、隠しようも隠すつもりもないけれど、淡島である。
「ああ、なんてお美しい身なりをされた方でしょうか。特にその長い白い髪。珍しい? いや、白髪に染める人は少ないですがそれなりに居ることは存じておりますので僕は気にしませんよ。いやいや、むしろむしろその透けるように綺麗な髪を是非ともこの手で触ってみたく――あ、お怪我されたんですか? 首に傷が……ああ、僕は淡島涼といいます。よければ連絡先を交換――」
「……ようけん」
ぴしゃりと。
そう一言。
「ようけん? いえいえ、要件なんてあなたに会うためにここに来たのであり――」
ここで三谷は蒼園さんの母と思わしき女性と淡島の間に入って説明をした。
「申し訳ありません。この男の事は気にしないでください。オツムテンテンのアホの子なので。蒼園奏子さんのことなのですが……」
「……かえって」
「帰って……? いえ、奏子さんの容態を」
「かえって」
「だ、だからっ」
「やめろ、三谷」
「でもっ」
「どうやら無理みたいだ。というか、死体と話す趣味はない」
俺は腹のあたりを蹴り飛ばす。
「夏島! お前っ!!」
「淡島。胸ぐらを掴むな。苦しい。見てみろ」
身体は勢い良く半円を描いて天井に飛んだ。
いや。
「天井から糸で吊るされてるみたいだ! 人形劇の人形みたいに」
「『みたい』じゃない。ただの人形だよ。チャイムを鳴らすと人が出る仕組みなんだ。でも言葉を喋らすのは難しいから、一定の言葉しか言えないんだ」
クソ。
イラつく。
人間を人形にしやがって。
ノボルうわさ その三
「なにこれ?」とか「はあ?」とか思った方は正常です。
キャラが全然違うように感じるのはデフォ。
久々に書いたら作者も「なんだコイツ。こんなキャラいたっけ?」とか思ったのは内緒。