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魂揺の鈴(たまゆらのすず)  作者: 宮原 桃那
番外:逃の音
5/5

魂揺の鈴・終の音

遂に壊れた鈴。その先にある未来は光か闇か。最終章です。

 ピッ、と伽南かなんの人差し指がカッターの鋭い刃によって切られる。

 一瞬の間を置いて、赤い血が滲み出した。

 ぴりぴりとした感覚に思わず伽南は顔をしかめる。

「……痛い」

「手当てはちゃんとしてあげるよ」

「……そういえば、嵯野川さのかわさんの方は……傷は?」

「うん、血は止まってるから大丈夫」

 結局手当てをし損ねたな、と伽南は少し申し訳なくなった。

 熱を持ち始めた傷口を、鈴へと近づける。

『……さあ、伽南さん』

 覚悟を決めたような声で、伽耶かやが背中を押すように言い、伽南は鈴に血を付けた。

 瞬間、鈴が真っ赤に光る。

「っ……!」

 また何かくるのか、と身構える伽南の目の前で、それは突如、光を失った。

「…………え」

 そして聞こえる、ぱき、というわずかな音。

 何なのか、と問う暇も無かった。


 ――ぴし、ぱきぱきぱきっ!


 鈴に入る、無数のヒビ。あれだけ壊そうとしても傷一つつかなかったそれが、壊れる瞬間だった。

 驚く伽南達をよそに、鈴はこれ以上ないという程のヒビを走らせた後、粉のように砕け散ってしまう。


 ――パァンッ!!


「きゃ……!?」

 びく、と伽南は怯えて身を縮こまらせた。

 直後に聞こえる、凄まじい程のあの音。


 ――キィィィィィィンッ!!


「………………!!」

 悲鳴すら上げられなかった。

 あっという間に、伽南の意識は闇へ引きずり込まれてしまったのである。



「伽南……っ!」

 突如、目の前で少女が倒れてしまった。

 優希ゆうきは伽南の傍に寄ると、何とか起こす。

 鈴が割れ、その残骸は未だ空中に浮いたまま。

 最後の最後まで、不可解な代物である。

 それを睨みつけながら、優希は言った。

「……もう役目は終わったんだ。消えてよ」

 ――リィン……。

 わずかに震えた音を立て、鈴だったそれは、伽南の中へ吸い込まれるように消える。

 元より魂の欠片が入っていたのだ。あるべき所へ戻ったのだろう。

 その時、声が響いた。

『さて、お別れだ。悪くない死後の余暇だったな』

「……葎樹りつき。君も消えるの?」

 短い間とはいえ一緒に居た彼はいとも簡単に別れを告げる。

『当たり前だ。ではな、優希』

 がくん、と意識が落ちる感覚。

 いつの間にか、優希も気を失っていた。



 ――キラキラとした光が見える。

 ずっとずっと小さい頃に、見た事があるような、綺麗な光。

 その光を掴もうとしていた小さな手は、自分のだろうか。それとも――。

「……うーん……?」

 伽南はゆっくりと目を開けた。

 夢を見ていたような気がするが、覚えていない。

 それよりもここは一体――。

「大丈夫? 伽南」

 すぐ傍で聞こえた優希の声にはっとする。そうだ、ここは彼の研究室で、自分は彼と一緒に鈴を壊そうと――。

「鈴はどうなったんですか?」

 がばっと起き上がり、伽南は尋ねる。あれで実は元通りに戻ってました、なんて言われたらシャレにならない。

 しかし優希は赤い紐を振って言った。

「鈴なら消えたよ。……まあ、君の魂の一部があったから、君に戻った、というのが正しいかもしれないけど」

「……じゃ、じゃあもう、あの音は聞こえないんですね……良かった」

 これで辛い思いはしなくてすむ、と伽南はどっと息をつく。

「うん、良かった。これで僕も本気になれるかな」

「……ん?」

 だが、不意に零れた優希の言葉に首を傾げた。

 そして優希はつらつらと突然妙な事を言い始める。

「鈴の存在って結構邪魔だったんだよね。君を送る事も出来ないし、逆に引き止める事も出来ない。こっちから行く事も無理だったし」

「…………さ、嵯野川、さん?」

 伽南はあっけにとられた。もしかして自分はまだ夢でも見ているのではないかと思えてしまう台詞の数々が聞こえたのでは無理もないだろう。

「……そろそろ、名前で呼んで欲しいかな」

 しかも更に要求まできた。拒否できる雰囲気ではない。

(絶対何かがおかしいよ……これは……)

「えっと……じゃあ、優希さん」

「うん」

 伽南はしばし迷った挙句に帰宅要請を口にした。

「……鈴が無くなったので、私、そろそろ帰りたいです」

「そう? じゃあ送ってあげるよ」

 しかし、彼はあっさりとそんな紳士的な事を返してきて、伽南は更に焦った。

「! い、いえっ、大丈夫ですっ」

 今の彼に素直に送られたいとは何故か思えない。

 しかし。

「……駄目だよ。言う事を聞いて。……でないと」

 ――ぱくり、と耳たぶが食まれ、伽南は青ざめる。

「聞き分けのない耳は、食べちゃうよ」

「ゆ、優希さん――っ!?」

 これは明らかに異常事態だ。彼はこういう事をしたり言ったりするような人種じゃない。

「……どうしたの?」

「鈴を壊す前と後で、全然性格が違います……!?」

「そう? ……ああ、でもこんなに君が欲しくなったのは、儀式のせいかもしれないね」

「っ……ま、待って下さい……っ」

 ぺろ、と食まれていた耳たぶを軽く舐められて、伽南は危なく上がるところだった悲鳴を押し殺した。

「それは困ります……っていうか、明らかにそれ、鈴のせいじゃないですか!?」

 何て置き土産だろう。まさか彼にこんな影響がくるなんて。

 とりあえず彼から離れなくてはまずい。非常にまずい。

 しかし暴れて拒絶したいわけでもなければ、素直にこのまま本当に食べられるわけにもいかないわけで。

「そうかもしれないね。さっきは何とか我慢したけど……今度はちょっと、分からないかな」

 そんなとんでもない事を言い出しているのを聞けば、ますます危機感は募る。

「お、お願いですから我慢して下さい! 私にも一応門限というものがっ」

 そういえば今は何時だろうか。終電を逃したら最後だろう。

 必死になる伽南をよそに、ふむ、と優希はしばし考えるそぶりを見せて、次いで頭を撫でると言った。

「じゃあ伽南。ちゃんと僕に送られてくれる?」

「はいっ、送られますっ」

 伽南はこくこくと頷く。ここでいただかれるよりはずっといい。

「そう。なら今日はこれだけで我慢してあげる」

「え…………っ」

 く、と顔に手が添えられたかと思った時には、彼の唇が自分のそれを塞いでいて。

 それを認識したと同時に、心臓がどくんと跳ねる音がした。

 体から力が抜けていく。抵抗しようという気すら起きない。

「……っん……」

 やはりこれも鈴のせいなのだろうか。それとも、鈴から解放されたからこその、彼の本質なのだろうか。

 浅くも深くもないキスから解放されても、心臓の高鳴りと熱は治まらない。

(――おかしいなぁ……私、この人の事さっき、怖いって思ったはず、なんだけど……)

「伽南、大好きだよ」

 クールなはずの彼は一体どこへ、と思う反面、なんかもうどうでもいいや、と伽南は思い始めていた。

 ――彼の言葉が鎖のような重さを持っていると気付いたのは、帰って冷静さをようやく取り戻した後の事。


 伽南の新たな受難の幕開けでもあった。



 それからしばらくして。

「……伽南ー、また今日も大学?」

 友人の恨めしそうな声に、伽南は引きつった笑みを浮かべて頷く。

「ご、ごめん……本当にごめん……」

「何かもう、そこまで申し訳なさそうに謝られるとこっちが悪い気分になるよ。……行ってきな」

 伽南だって、友人とはしゃぎたい。遊びたい。しかし、そうも言っていられなくなったのだ。

「彼氏の束縛きついって、辛いね……」

「未だにうちら、紹介すらしてもらってないんだけど……どうしてか訊いていい?」

 そう、あれから結局付き合う事にはなったのだが、優希の事を友人や家族にはちゃんと教えていないのである。

「……それはね……紹介しようにも、問題が色々あるからだよ……」

 遠い目をして答える伽南。自分だって出来る事ならしたい。友人に彼氏の存在だけ教えて、紹介したくないと言うつもりはこれっぽっちもないのだ。

 しかし、しかしだ。

「問題って?」

「伽南の彼氏って大学院生でしかもかっこいいんでしょ?」

 そう、伽南自身は全く気にしていなかったが、彼は研究者気質なせいで、あまり外見にそこまで気を遣わない。

 だがよく見ると端正な顔立ちをしていて、大学の他の女性からも人気はあった。

 そんな事は正直伽南にとってどうでもいい。

 むしろ、第三者の存在よりも、当の優希の方が問題なのだ。

「…………じゃあ訊くけど、初対面とか関係なく、目の前で私を構い倒す彼氏、紹介されたい?」

 途端に彼女達は一つ頷いて理解を示した。

「うん、やっぱいいや」

「頑張ってねー、伽南」

 あっさりと伽南を大学へと送り出す友人たちの態度は優しさと取るべきか、それとも保身の為と取るべきか。

 伽南にとっては、やはりそれも正直、もはやどうでもいいことなのであった。



「…………優希、頼むから」

 げんなりとした声で、友人が言う。


「研究の資料を読む時まで、その子を侍らすのはやめてくれっ!!!」


 切実な声は、これまで数回聞かされてきた気がする。

 しかし優希は、資料から目を離さず、そして伽南からは手を離さずに平然と言い放った。

「嫌だよ」

「す、すいません……たちばなさん……」

 非常に申し訳なさそうに、傍に居る恋人が言う。彼女は何故か、居合わせる彼らに対して遠慮がちだった。

「……いや、君は悪くないんだ……そう、そいつがおかしくなったのが君のせいだとしても、君は悪くない……」

 橘、と伽南が呼んだ男性もまた、大学院生であり、優希と同じ考古学の専攻でもある。

「僕は別におかしくなってないよ」

 優希はしれっとして言い返すが、橘は当然ながらそれを否定した。

「いいや、他の奴らも言ってるだろうが! 伽南ちゃんと付き合うようになってから、人が変わったって!」

 途端に伽南が落ち込んだように俯くのが見える。

 優希はさすがに放置しておけず、資料から目を離すと友人である彼を睨んだ。

「……僕の伽南を傷つけるのは許さないよ」

「ちょっ、ま、待って下さいっ、優希さんっ。私なら大丈夫ですっ」

 すると途端に伽南がそれを否定した。落ち込んでいた原因を庇うその態度に、少しだけ優希はむっとする。

「伽南……」

「……わ、悪いな、伽南ちゃん……」

 さすがに橘も言い過ぎたと思ったのか謝った。伽南はそれにまた申し訳なさそうに謝り返す。

 彼女はいつも謝ってばかりのような気がするな、と優希は思った。

 さっさと資料に目を通して邪魔者を追い払おう。そんな事を考えながら、優希は彼女を繋ぐ手に少しだけ力を込めた。



 ……こんな状況になっても、誰かのせいだとは伽南は思っていない。

 ただ、偶然が重なって生まれた結果だと考えている。

 あの時、大学を決める時にここを最初に選ばなかったなら。

 あの時、この研究棟に行くと決めたりしなければ。

 あの時、帰りに今では常連となったあのクレープ屋に行かなければ。

 そのどれもが、何かが欠けたままの記憶として伽南には残っている。

 大事な何かを失くしてしまったかのような、悲しい気持ちとなって。

 だが、それを埋めるように優希が伽南の心に深く広く入り込んできているのが分かるのだ。

 この不安定な状態をそれでもバランスが保てているのは、そのおかげかもしれない。

「ん、読んだよ」

 ばさ、と資料を閉じて優希は橘にそれを返しながら言う。

 彼はそれを受け取り、尋ねた。

「おう。で、お前はどうする?」

「現地調査は君に任せる。僕はまた必要な資料を集めて、データをまとめておくから」

「はいよ。じゃあまた来週な。俺はこれで」

 役割分担はその場ですぐ決まり、橘は出て行った。

 静かになった部屋で、ふと優希が言う。

「ねえ、伽南。コーヒーが飲みたい」

「はい、いいですよ」

 傍でちらりと見ていたが、字が細かくて目が疲れそうだった。

 それを考えれば、やはりこういう我儘くらいは聞き入れてあげたくなるというもの。

 立ち上がる伽南はいつものようにコーヒーメーカーに豆と水をそれぞれ入れてスイッチを押す。

 それが終わるとまた引き戻されてべったりと引っ付かれた。

「…………あーのー……いくら季節は秋の終わりでも、ずっとこの状態は……」

「僕が我慢している分、君にも我慢してもらいたいからね。却下」

 もうちょっと適度な距離はないものか、と思った伽南の申し出はあえなく一蹴されてしまい。

 伽南は心の中で叫んだ。

(我慢ってなんですかー!!?)

「じゃ、じゃあ、せめて……他の人が居る前では……その、もう少し普通にしませんか……?」

「駄目。君はふらふらと誰かに付いていきそうだから」

 最初にあんな無防備な態度を取ったせいか、今はそれがあだとなっているらしい。

 伽南の危機管理能力の無さを逆手に取って、優希は彼女を大学内でほとんど一人にさせることはなかった。

 おかげで大学内でもちょっとした有名人となりつつある。

(うう、逆に受かりたくなくなってきた……)

「それより伽南、この間教えたところはちゃんと覚えた?」

「!!!」

 ぎくう、と伽南は焦る。

 優希の指導は実はかなりスパルタだ。出来ていない所があると、マスタ―するまできっちり教え込まされる。そこに容赦の二文字はない。

「……どうしたの?」

「…………が、がんばり、ます」

「……ふうん。もうお仕置きされる覚悟はあるんだ」

 今日はどうしようかな、という呟きが聞こえて、ますます伽南は青くなった。

 実は彼はそっちが目的で厳しい内容にしているのではないかとすら思える。

「それじゃ、始めようか? 君の勉強を」

 楽しそうに言う彼の声が妙に甘いのは、気のせいだと思いたい。

 これまでの経験上、それが気のせいでないのはもはや分かりきっていることなのだが、伽南はせめてものささやかな希望を胸に、彼の手厳しい指導を受けるのだった。


 ――かくしておよそ半年後、伽南は大学に見事合格した。

 更にその数年後には、その腕に男女の赤子を抱えることとなる。



【終】


この章で完結となります。ハッピーエンドとは言い切れず、バッドエンドとも違う、という感覚を考えて書いていたのですが、どう考えても優希がヤンデレ一歩手前状態ですね、はい。

それでも、この話はけして不幸などではありません。そこだけは真実です。



では、読んで下さった皆様、ありがとうございました!



宮原桃那

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