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短編小説集

雪解け

作者: 七瀬 夏葵

【春】と【未来】をテーマに書きました。

宜しければご一読下さい。


********

春はまだ来ない。

3月。

本州ならもう梅も咲いているというこの時期。

私はいつもと同じ重装備で家を出た。

フード付きのコートに手袋、マフラー、おまけに裏起毛の長靴。

除雪機が入ったばかりの雪道は、スケートリンクのようにつるつると良く滑る。

転ばないようにゆっくりと歩いていたその時だった。


「ミク~~~!」


響いた明るい声に、私は足を止め振り返った。


「おはようサチ」


ほっぺたを赤くして、白い息を吐きながら駆け寄って来た彼女は、私の挨拶に明るい笑みを浮かべた。


「おっはよ!今日も寒いね~~」


「うん。ホントに」


頷きながら、私は目の前に広がる白い景色を見つめた。

去年の今頃なら、もうとっくに道路が顔を出していたのに。

お父さんは、まだハウスが建てられそうにないとぼやいていた。

米農家はこの時期、いつもなら苗を育てる為のビニールハウスを建て始める。

でも今年は皆、なかなかハウスを建てられない。

せっかく建てても、雪が降って潰れたら大変だからだ。

去年なんか、もう雪は降らないだろうとタカをくくっていたら、突然大雪が降りだした。

おかげでウチは、せっかく建てたハウスが一つ潰れてしまった。

今年は去年以上にいつ雪が降るか分からない。

農家にとっては頭の痛い問題だけど、十年くらい前にはこれが普通だったらしい。

気候が正常に戻りつつあるんだと考えれば、それも良い事なんだろう、と社会の先生は言っていた。

でも私は、やっぱり早く雪がなくなって欲しいと思う。

雪だらけのうちは、自転車にも乗れない。

遊びに行くにも買い物に行くにも、とにかく不便で仕方がないのだ。


「しかしアレだね。いよいよウチらも卒業か~」


目を細め、しみじみと言いだした彼女に、私はちょっとだけ淋しさを覚えながら答えた。


「ん、そうだね。サチは隣町のあの高校だっけ?やっぱ大学目指すの?」


「うん。大学行ってさ、卒業したら音楽の先生になりたいんだ」


「そっかぁ。すごいねぇ。サチなら多分、良い先生になれるよ。頑張って!」


うん、と照れたように笑う彼女に、私はチクリと胸が痛んだ。

彼女、サチは、幼稚園からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だ。

えくぼが可愛い、天然パーマの女の子。

昔からピアノをやってて、将来は音楽関係の仕事に就きたい、なんて事を言ってたしっかり者だ。


――――私とは大違いだよね……。


何の目標もなく、漠然と地元の公立高校に進学を決めた私。

そりゃ、そっちの方がお金がかからないからって親に言われた事もあるけど。

でもね、やっぱり思う。

夢とか目標がある人って、なんだか凄くうらやましい。


「ミク?」


いつの間にか黙り込んでいた私を、サチが心配そうな顔で覗きこんで来た。


「……あ、ごめん。何でもないんだ」


私の言葉に、サチは淋しげな笑顔を浮かべた。


「そう?なら、いいけど……」


「うん。たださ、こうやって一緒に学校行くのも、今日で最後なんだよなって思ったらさ、何か、ね……」


とっさに口をついて出た言葉もまた、私の本心だった。

幼稚園からの10年間。

私とサチは、毎日こうやって一緒にいた。

けどもう、明日からは、私の隣にサチはいない。

そう思うと、なんだか無性に悲しかった。


「ばかね……」


呟いたサチは、ふいに私がかぶっていたフードをめくった。

手袋を外したサチの、長く細い指が私の頭をくしゃりと撫でる。


「学校が違ったって、一生会えなくなるわけじゃないんだから」


くしゃくしゃと私の髪を撫で、サチは優しく笑う。


「休みには一緒に遊んで、試験前には一緒に勉強しよう。これまでとおんなじように、さ」


ふわり。

サチのやわらかい天然パーマの髪が風に揺れた。

いつもはトロいサチが、こういう時はまるで年上みたいにしっかりして見える。

こういうトコが、サチのすごいトコなんだ。


「……ん。そうだよね」


思わず熱くなった目をこすって、笑顔を返した。


「あ!そろそろ急がなきゃ!最後くらい遅刻しないで行かないとね!」


にっこりと笑い、サチは手袋をはめ直して私の手を握った。

手袋ごしに伝わるサチの手の感触が嬉しくて、私は「うん!」と元気に返しながら笑った。


サチはサチの、私は私の道を行く。

今は見えなくても、きっとこれから見えて来る。

その先にある、未来が。

もうじき来る、雪解けのように・・・・・・。

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― 新着の感想 ―
[一言]  春は始まりの季節ともいわれるけど、それに不安を覚える人も多くいますね。新生活が始まるときとか期待と不安で胸がいっぱいだったことを思い出しました。  ミクとサチの未来が明るいものであってほし…
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