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蛙化⭐︎〜悪役令嬢

作者: 猫モフ師団
掲載日:2026/06/27

イケメン王子に耳毛が生えていたというだけの話だと思います。

セシリアはぼんやり温室内のオレンジ色と黄色の薔薇を眺めていた。

この待ち時間の間に書類仕事をしたら無駄にならなくていいのに。

とか考えながら。

公爵家だからって事で婚約者になった私。

アレク王子と同年代は私以外はほぼ男児だった。

「何て不自由な人生なんだ」

とか考えてるネガティブ思考な私。



そろそろ約束の時間から50分過ぎた。

セシリアは残した本日の仕事に思いを馳せた。

王妃陛下が今日のお茶会の後に手伝って欲しい仕事があるとおっしゃっていた。

内容は聞いていないけど、今頃私が行かなくて困っていらっしゃるだろう。

それと学校の敷地の結界装置に魔力を注ぎたかった。

今週は第一聖女マリ様の当番なのだけど、あの方はメモリぴったりに注ぐので急な不足に対応できない。

週末なので特に危ない。

先週の私の当番の週末の日に160%注ぎ込んでおいたのですが……。

貯蔵タンクをいくつか並列繋ぎにしてもらうよう神官長に再度進言しましょう。

お茶会の後に学校の結界装置を確認したかったのですが。

のんびりしてると完全下校時間になってしまいます。

はぁ…………。



帰ろうかな?

王子に会わないで帰るとお父様とお母様から長々とお小言を聞かされる。

深々とした溜め息を吐いていると、学園に隣接した聖堂の方向からアレク王子が歩いてきた。

艶やかな金髪がサラサラと風に靡いている。

ゆるやかな足取りで、お茶会のテーブルに近づいてくる。

傾き始めた西日が温室のガラス窓から斜めに差し込み、彼の髪を照らしキラキラと輝いている。

相変わらず、外見が優れておられる。

アレク王子はセシリアの向かいに座ると優雅な手つきで前髪を払った。

「すまない。第一聖女マリがクッキーを焼いたというので軽くお茶を振る舞ってもらっていたのだ」

「……私とのお茶会の前にお茶ですか。ソウデスカ。せめて遅れるという連絡をいただけると嬉しく思いますわ」

「ああ。今度からそうする」

「はぁ……」

セシリアは大きく溜め息を吐いてしまった。

「今度もまた遅れるという事なのですね。週一のお茶会は無くても私はかまわないのですけれど。年一にしてもらえるかしら」

今度、王妃陛下にお会いした時にお願いしよう。

年一回に出来ないかなぁ。

「はぁ……」

いけない。

連続で溜め息が。


アレク王子が咎めるような目でセシリアを見る。

「君の溜め息は嫌味ったらしくて鬱陶しいな。俺も溜め息吐いていいかな?」

そう言うとアレク王子は顔を背けながら深々とため息を吐いた。

アレク王子が顔を背けながら吐いた鼻息で彼の重たいサイドの髪がふわっと浮いた。

その瞬間、西日が当たった左耳が(あら)わになった。



「!!!!あ!!!!」


セシリアはその瞬間ありえないものを見た。

アレク王子の左耳の耳珠軟骨に真っ青な耳毛が堂々と3本生えていたのだ。


耳珠軟骨の裏側から正面に向かって3本。

太くて立派な青毛が放射状に生えている。

アレク王子の金髪と対比色の鮮やかな青だ。


「あ……青い耳毛が3本…ヱ絵盂y苧c4位vてffcyb4い6rfギェffcyb?斐>?睦f繧ョ繧ァwfdらぇ」

セシリアはその毛を脳内で処理しきれなくて言語中枢がバグった。



お茶会のテーブルへ軽やかな足音が近づいてきた。

「アレク様ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜♡」

甘ったるい声。

第一聖女マリ様だ。

セシリアは眼振(がんしん)を起こした瞳をみられまいと扇で顔を隠した。

アレク王子の声がする。

「マリ!さっきぶりだね」

「アレク様ぁ〜〜〜〜。アタシさっき大切な事を伝え忘れましたわ〜〜〜」

「何かな?」

「卒業式典パーティーでの衣装合わせの事ですの」

「あ、ああ」

「アタシかんがえましたの♡アタシのドレスはアレク様のひとみの色にあわせて琥珀色に近いアプリコット色にしようとおもいますの♡布地全体に入れる刺繍はアレク様の髪色に合わせて金糸ですわね。そしてアレク様のいしょうにはアタシの髪色のピンクのクラバットをさしいろにしていただけるとうれしいですわ。そしてお揃いのイヤリングを付けたいの♡アタシのひとみの色の青のラピスラズリかブルーダイアモンドでどうかしら♡」


「……青……」

「どうしたんだい?セシリア?」

「あ……青は………ちょっと……その……」


その頃セシリアの脳内は大変な事になっていた。

青く煌めく耳毛の下に同じく煌めくイヤリングのブルーダイアモンド

ダンスで回転する度、キラキラと輝く耳毛の青!!!

時々風に揺らめく魅惑の青の…………耳毛。

青い燐光(りんこう)を放ちながら回転する2人。

風で靡く(なびく)アレク様の髪。

(あら)わになる左耳。


いけませんわ。

王家の威光が揺らぎます。


せめてせめてイヤリングではなくネックレスにしていただけないかしら。

狼狽(うろた)えるセシリアにアレクの心配そうな声が聞こえる。

「セシリア、顔色が青いよ?」

「ヒッ」

セシリアは扇を取り落とし、自分の顔を両手で覆った。

「私の顔が……あ髱偵>縺ョ縺ァ縺吶°」

セシリアの脳内は再び大変な事になった。

自身の顔に青い毛がモサモサ生えている幻覚に捕らわれた。

セシリアは自分の顔を指の腹でゴシゴシ擦り、顔に毛が生えていない事を自身に言い聞かせた。

だが、どうしても脳内に浮かぶのは、3本づつの青い耳毛が自身の顔全体に等間隔に生え揃っている情景だった。

セシリアは処理落ちを起こし、とうとう気を失ってしまった。



☆☆☆☆☆

気がつくと、自室のベッドだった。

セシリアは身支度をして急いで学園に向かった。

学園へは遅刻しないで到着した。

セシリアは結局1日半寝ていたらしい。

おかげで頭がスッキリである。

青い耳毛の件以外でも色々ストレスを溜めていたのだろう。

疲労が抜けて爽快である。

1限目は数学。

2限目は歴史。

3、4限目は魔法実習。

昼休憩

5限目は選択科目

6限目は課外活動。


セシリアは第13聖女なので隔週の週明け6限目に結界装置の魔力タンクに魔力注入する役割がある。

第一聖女のマリ様と交代でやっている。

6限目では心配なので昼休憩の時間に魔力注入しようと思っている。

数式の描かれた黒板をぼんやり眺めていたらパリ〜〜〜〜ンという軽い破砕音が響いた。

音は軽いものの、膨大な空間のズレ的な物を感じた。

間違いなく結界が割れた音だ。


セシリアは授業の途中ではあったが立ち上がり、実習林に向かった。

スカートをしっかり摘み階段を駆け下りた。


王都はグルッと街壁に囲まれている。

学園は一部街壁の開口部があり、開口部の外は実習林だ。

ここを塞いでいないのは、学園生に魔物の脅威を肌で感じて欲しいという初代学園長の意向だ。

実習林で魔物と相対する事で貴族の義務を学んで欲しいという教育理念だ。


ただ、さすがに開けっ放しはどうなのか?という事で部分結界発生装置が設置してある。

その装置の魔力タンクは学園の敷地内にあるのだが、近頃タンクの減りが異常に早い。

そもそも学園の開口部のみの結界発生装置なのだが、王都全体の街壁の強化魔法発生装置の方に魔力が使われている疑惑がある。

一度、神官長(97)に質問した。

街壁のメインタンクが経年劣化で最大貯蔵量が65%以下になっているため学園の魔力タンクから流用してるらしい。

何故修理しないのか聞いたら「予算が降りてこない」と小声で呟いた。

現神官長は年齢だけ高いけど権力は高くない。


階段を駆け下りながらセシリアは考える。

先に魔力タンクに注ぐか、開口部で戦うか判断に迷う。

タンクが20%以下だと結界が立ち上がるのに時間が掛かる。

多分、現場で戦う方が被害を減らせる。

玄関口を出たら、だだっ広い校庭の真ん中に魔物が数匹突っ立っている。

餌を探しているんだろう。

魔物がセシリアの方を向く。

魔物と目が合う。


魔物はまさかの「青毛ワーウルフ」だった。

寒冷地に多く発生するという魔物だ。

全身の毛がアレク王子の耳毛と同じ色。


青にも種類がある。

明るい水色系とか

黒に近い紺とか

不透明で発色の良い真っ青とか。


青毛ワーウルフの毛はアレク王子の耳毛と同じ発色の良い真っ青だった……。


「髱偵≠縺企搨髱偵?縲憺搨縺?ッ帙?縲懷ォ後?縲懊?」


セシリアは瞬時に冷静さと判断力を失った。

「ヒギゃゃやぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

という絶叫とともに手のひらから極太の光線が漏れた。

光線の端を掠っただけで先頭の「青毛ワーウルフ」は蒸発した。

校庭の魔物は蒸発したが、開口部から次々現れる「青毛ワーウルフ」

セシリアは何処からともなく現れた壮年騎士5人に抱えられ手のひらを魔物の方に向けさせられていた。

移動式砲台にされている。

セシリアと騎士の連携のおかげで、魔物の襲来はすぐ片づいた。




☆☆☆☆☆

気がつくと、セシリアは学園の結界装置の魔力タンクの端子を握らされた状態で担架(たんか)に寝かされていた。

目覚めたセシリアは壮年騎士たち5人に深々と謝罪した。

冷静さを失った事を謝罪したが、騎士たちは笑って

「威力が爽快でした笑」としか言ってくれない。



コソコソと帰宅したセシリアは

早めの夕飯を食べ、早々に眠りについた。

翌日は臨時休校だったので昼まで爆睡した。

空腹で目覚めたので厨房へ向かって歩いていた所、不意に後ろから羽交締めされた。

瞬時に光魔法で反撃しそうになったが思い直した。

いつも王妃陛下が使っている香水の香りがした。

振り返ると、王妃陛下だった。

「公爵家なのに警備がザルね。貴女の家は危機感が足りないわ。そんなんじゃ人攫いに遭うわね」

「私は大丈夫です。それにいつも5人も護衛騎士をつけて下さって感謝しております」

「え?護衛?王家からは出してないわよ?」

「ああ。神殿でしたね」

セシリアは深々と礼をとった。

「それよりも本題。貴女、おととい来てくれなかったから困ったのよ?」

「はっ。申し訳ございません」

「貴女にね、極秘裏に頼みたい事があるの」

セシリアは自室に引きずり込まれた。

扉を閉めると、王妃陛下は(ひたい)に巻かれた包帯を外した。

「私ね、眉毛が繋がってしまったのよ。貴女に脱毛を頼もうと思って」

セシリアは見上げる。

王妃陛下の眉は一文字(いちもんじ)だった。

キリッとしつつ間抜けなのでセシリアは笑いを堪えるのに精神力の全リソースを使った。

「いかがなさいましたか?」

王妃陛下は暫く逡巡した後、

「隣国でね『光永久(ひかりえいきゅう)脱毛』っていうのがはやっててね」

「はい」

「私もやってみようと思ったのよ。それでねマリちゃんに頼んだの。あのコ気軽に請け負ってくれたわ。でもね脱毛したのにボウボウに生えてきちゃったのよ」

「第一聖女マリ様の属性は光成分を含んでおられないので増毛(ぞうもう)になるのも仕方ないかと……」

「そうね。貴女はほぼ光成分ですわよね?」

「はい。回復は全く出来ません」

「それいいわね〜〜。脱毛にぴったり」


セシリアは昨日の青毛の魔物が瞬時に蒸発するのを思い出した。

私の光魔法の威力があんなだったとは知らなかった。

それを王妃陛下に当てるのはちょっと……。

もしかして魔物を倒した事によるレベルや熟練度が上がっているかもしれない。

レベルは確実に上がっている筈。

それを国のトップの顔に当てるなんて問題外である。

セシリアはしっかりした魔法誓約書を渡された。

事故があっても罪に問わない、と。

いきなり顔は危ないので脇の下から試させてもらった。

慎重に魔力を絞り、無事に脇の下の脱毛は終わった。

次はいよいよ眉毛の繋がった部分だ。

お腹が空いたので、一旦昼休憩にした。

手軽に摘めるサンドイッチ。


今日のお茶はバタフライピー。

王妃陛下がいらっしゃったのでメイド長が張り切ったんだろう。

11月なのに涼しげな青い液体に氷が浮いている。

そしてこれはもっともダメな色だ。


よりにもよって今この時に鮮やかでダメダメな青

青い水面を見ていたら魔力の流れが乱れはじめた。

これはマズい。

下手をしたら「殺人」である。

下手をしなくても「殺人」だ。

それも王族を……。


セシリアは魔力の流れが乱れていると説明して延期か中止を申し出た。

王妃陛下は瞳を伏せて悲しそうに

「明日、西の辺境伯夫人と北の辺境伯夫人との会合が開かれるのよ。

お二人とも王都に到着されてると思うのよね。今更中止に出来ないし。私この眉毛で人前に出られないわ。コレ剃っても剃っても瞬時に生え揃うのよ」

セシリアは圧に負けて脱毛を続ける事となった。

自分が死んでも貴女の親族は処刑しないという自筆の誓約書を渡された。


押しつぶされそうな緊張感の中、無事に光脱毛は終わった。

嬉しそうにいそいそと帰っていく王妃陛下。


夕方、疲れ切ったセシリアはベッドに倒れ込んだ。

枕に顔を埋める直前、枕に焦げがあるのを発見した。

2cm×2cmの焦げた跡。

枕を裏返しても同じ位置に焦げ跡。

ベッドにも。

ベッド下の床にも。

階下に降りて天井を見上げる。

階下は父の執務室である。

執務机中央に置かれたガラス製のインク壺に穴が空いている。

インクが机に広がっている。

セシリアが天井を見上げると父公爵もつられて見上げる。

執務室の床にも焦げ跡。

もう1階降りて天井と床を確認する。

焦げ跡がある。

ここは大食堂である。

床下にはワインセラーがあるが確認するのが恐かった。

ワイン樽に穴が開いていた。

中身が床に広がっている。

光線が地中まで貫通しているという事だ。


セシリアは血の気が引いた。

王妃陛下の頭蓋内を周囲の細胞を焼きながら光線が貫通したのだ。

眉間を焼いたのだから、脳味噌の中心を焼いたという事だ。

王妃陛下は軽い足取りで帰っていったけど夜中に死んでしまう事も十分あり得る。

明日早朝、王妃殿下を訪問しようと決意した。

だが恐くて恐くて寝付けない。

セシリアは安眠香を焚き、安眠茶を飲み、ふとんを頭まで被り再び寝入った。


そして寝過ごした。

起きたら昼過ぎだった。

父も母ものんびり昼食をとっている。

父の手元には新聞があるが、号外ではない。

セシリアは震える自分を叱咤(しった)して登城した。



☆☆☆☆☆

side王妃陛下

西の辺境伯夫人と北の辺境伯夫人とは学生の時の同級生でいまだに仲良し。

2人とも美容に力を入れていて若々しい。

私も眉毛が繋がってなくて心から安心した。

お茶会はとてもとても満足のいく時間で楽しかった。

2人とも国防の要。

充実した会合になった。

女同士の会話も弾んだ。


2人が帰って自室でのんびりしていたら侍女の案内で商人が入ってきた。

(私何か取り寄せしてたかしら?思い出せないわね?)

商人はテーブルにブルーダイアモンドを並べ始めた。

「????はて???」

商人は持ち込んだブルーダイアモンドの品質について次々説明を始めた。

「こちらは伝統ある産地アムブロス帝国のダロル山産である事の保証書がついております」

「まぁ透明感が綺麗ね。カットの角度もいいわね」

「ですね。そしてこちらが最も青が濃いローバイン竜帝国産の最高級なブルーダイアモンドになります」

「青が濃いわね」

「です。そして含有魔力が桁違いで、あふれるように燐光がこぼれます。色も大きさも揃った4粒がこちらになります」

確かに発色の良い特級品のダイアモンドだ。


4粒の金額を言われた。

1年分の国家予算だ。

私はブルーダイアモンドの購入をキャンセルした。

商人は嫌な顔一つせずキャンセルさせてくれた。

ローバインのものはすぐ売れるから心配ないとのこと。

アムブロスの宝石は値崩れしているらしいけど。

最近にわかに流通するようになったローバイン産の宝石はどれも含有魔力量が桁違いなのだそうだ。

私は勉強になったなーと思った。でもローバイン竜帝国は知らない国だ。

不勉強だった。新興国ではないらしいけど海の向こうの別大陸かな?

青なら別の石でもいいでしょ?という事で青ガラス玉を購入した。

これをイヤリングに加工するらしい。

「私はイヤリングをどうしようとしたのかしら?」

商人が答えてくれた。

「アレク王子の卒業祝いでお作りになられるとお聞きしましたが」

はて?息子が学校を卒業したくらいでブルーダイアモンドなんて贈らないわよ?

過去の私はどうしちゃってたのかしら?

まぁ、いいわ。盛大な無駄遣いしないで済んだのだから。


☆☆☆☆☆

その後、セシリアが真っ青な顔をして訪問してきた。

「頭が痛いとか吐き気がするとか目が回るとかそういうのないですか?」

セシリアがお医者様みたいな事を言い出している。

私は頭をブンブン振ってから

「あら。なんともないわよ」

「そうですか……。マリ様の回復魔法の魔力が頭蓋内に溜まっていたのでしょう。眉毛が繰り返し生えてくるとの事でしたから。第一聖女マリ様の回復魔法に心からの感謝を」

そう言いセシリアは跪き祈りを捧げた。


立ち上がったセシリアは表情を改め

「あの……つかぬことをお伺い致しますが……アレク王子の血縁関係の方に青い髪の方はいらっしゃるのでしょうか?障りがあるようでしたらお答え頂かなくて大丈夫です。診察に関係ない興味本位の質問ですので」

「え?青い髪?私の母親はレイエテ聖国の出身なのだけど向こうの人は割と青髪多いわね。母の兄も真っ青だったわ」

セシリアはちらりと王妃陛下の耳穴を見た。

無毛である。

セシリアは瞳を閉じ、聞かれない音量で静かに静かに息を吐いた。


☆☆☆☆☆

sideアレク王子

今日の昼過ぎ、セシリアが青い顔して王城内を歩いているのを見た。

最近具合が悪そうにしている事が多い。

執務を手伝ってくれない事にいらだっていたが、あの姿を見ると無理は言えない。

とはいえ、執務が滞っているのは事実だ。

マリに頼んでセシリアを回復してもらって執務を手伝わせるっていうのはどうだろう?

良い案だと思う。


☆☆☆☆☆

あれからセシリアはストレス性胃炎で倒れた。

街壁の強化魔法陣を動かす魔力タンクに突然予算がおりて願ったとおり並列繋ぎになって魔力注入が月に1度になった。

セシリアは寝込んでいるのだが、担架に乗せられて端子を握らされている事が度々ある。


なぜか最近第一聖女マリが時々セシリアの所に治療に来る。

顔を合わせる度、マリはセシリアにいちゃもんをつける。

セシリアは悩む。

心当たりがない事ばかり言われるのだがどうしたらいいんだろう?

先日はイヤリングがブルーダイアモンドじゃなくてガラス玉だった事を猛烈にネチネチ(なじ)られた。

いや私それ関係ないんじゃ?

一切関係ないと思うのだけど?

それと仕立てたドレスの刺繍が金糸じゃなくて黄色の糸だった事も(なじ)られた。

それ本当に関係ないんだけど?

別に黄色でもいいんじゃないですかね?


ギャーギャー喚く(わめく)マリ様の相手をしていたらストレス性胃炎が悪化した。

果てしない分量の吐血をして布団が3枚ダメになった。

もったいない。

お気に入りの羽布団だったのに。

あまりにも状況が酷いので治療をお断りしたら代わりにアレク王子が来るようになった。

枕元に手付かずの仕事を『置き逃げ』される。

もう嫌。

あの2人と関わり合いになりたくない。




☆☆☆☆☆

月日が流れ、卒業式典当日。

パーティー会場。

セシリアは深紅のドレスを着用している。

赤は赤でも黒に近い赤。

いつ吐血してもいいようにという配慮の血の色なのである。

気分も体調も最低である。


会場の端に担架を抱えた壮年騎士が5人待機している。

いつも私に端子を繋ぐ人たちだ。


今日のエスコートは一応アレク王子である。

セシリアは投げやりな気分になり

(アレク、頭髪も体毛も禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ禿げろ)と心の中で呪詛を吐く。

イライラが少し収まった。


ストレス源のアレク王子に

「第一聖女マリ様のエスコートに行かれてはどうかしら?」と追い払ってみる。

アレク王子は目を眇めて(すがめて)低い声を出す。

「は?」

「私、イライラすると吐血しますのよ。ですのでマリ様の所へ行かれてはどうかしら?」

アレク王子はますます低い声が出る。

「俺がいるとイライラするって事?」

セシリアのイライラゲージが上昇し始めた。

「ソウデスワネ♡」

アレク王子が両手の平を上に向けて肩を上げ頭を振る。

「はぁ〜〜〜〜。君の嫌味って面倒くさ系女の臭いがするよ」

アレク王子が顔をブンブン振ったせいでサイドの重い髪が浮く。


「!!!あ!!!」


その時セシリアはとんでもないモノを見てしまう。

青い耳毛が3本から5本に増えていたのである。

「まさか5本に……増えるなんて……増えるなんて…?墓悽縺ォ蠅励∴縺ヲ縺?◆縺ェ繧薙※」

セシリアは再び処理落ちする。

手のひらから魔力が溢れてくる。

魔力が意志(・・)を持っている。

「青毛を焼き払いたい」……と。

右手の平の魔力暴走を左手の平で抑えていると行き場をなくした魔力が体内を移動し、眼球に集約した。

まさかと思った瞬間、

「目からビーム」が迸っていた。

今まで凝視していた部分、すなわちアレク王子の左耳の耳毛のあたりに収束している。

あわてて目を反らすと第一聖女マリ様のピンクブロンドが目に入る。

マリ様の上半身全身を射程範囲に収めてしまった。

もう遅い。既に光は迸ってしまっていた。

私は殺人鬼いえ、連続殺人鬼になってしまった。

顔を抱えてうずくまっていると

(ひたい)に濡れタオルを当てられた。

背中をポンポンされている。

この手際の良さはいつもの騎士さんたちだろう。

私の専属護衛のようだけど、何処から派遣されてるのか聞いていない。

気にする事でもないか……。


立ち上がると、舞台上の惨状が見えた。

アレク王子は生きていた。が、頭左半分が無毛になっている。

耳毛が処理されている。

心から安心した。

マリ様も生きていた。

全身照射したのに生きている。

さすが聖女である。

でも無毛である。綺麗だったピンクブロンドの頭髪も眉毛も睫毛(まつげ)も。

マリ様が会場に響き渡るつんざくような恐ろしい悲鳴を上げた。

「ギョエエエエエエエェェェエエェェエエエェェェ〜〜〜」

会場が静まり返り人々が後ずさった。

「私は私は……アタシはアタシよアタシなのよぉ〜〜〜〜邪魔しないでぇぇぇえええ〜〜〜!私の体を返して〜〜〜〜私の両親を返して〜〜〜〜私の体から出て行ってぇぇぇええええええええええぇぇっぇっぇ〜〜〜〜!!!アタシはまだ終わってないわぁ〜〜〜ログアウトしないんだからぁ〜〜〜。まだ誰も攻略できてないのにぃぃぃいいいいぃぃ〜〜〜私の体を返してぇ〜〜〜〜〜私の体に攻略?とか馬鹿な事させないでぇぇぇぇぇぇぇぇえぇええぇぇ〜〜早く出て行って〜〜〜〜」

マリ様の体から蛍光ピンクの魂が抜けていった。

マリ様は倒れた。


静まり返った会場から徐々に囁きが戻ってくる。

「悪霊じゃない?」

「悪霊だね」

「いまの光は悪霊払い?」

「ですね。強力な祓いの力でしたね」

「目から光が出てませんでした?」

「そこは気にしないであげて」

「ですわね。力強い祓いの力だったという事だけ記憶しましたわ」


マリ様が四つん這いで起き上がる。

這いずってセシリアに近づく。

「ヒッ」

「セシリア様!セシリア様ありがとうございます!私、体を乗っ取られて苦しかったんです。助かりました。ありがとうございます」

「い……いえ……どういたしまして?」


「俺も頭がすっきりした。セシリア今まで苦労かけてごめん……」

アレク王子の声が横から割り込む。

四つん這いで這い寄ってくる。

ヒタヒタと這い寄ってくる。

怖い。

キショい。

きも。

「こ……こ……来ないで…………」

後ずさるセシリア

「キショ。青耳毛生えた人なんて生理的に無理!無理無理!」

会場内をどこまでもどこまでも後ずさるセシリア。

「恐い。キモい 来ないで。来ないでぇぇぇえ〜〜〜」

立ち上がり追い縋るアレク王子。

肩に手を掛けられた。

「ヒョゲえええぇ〜〜〜〜」

セシリアの頬に指を掛ける。

「俺の目を見て。瞳を見て焦点を合わせて?どこ見てるの?」

と言いつつ顔を寄せてくる。

「お願い♡俺を見捨てないで?ごめんね♡セシリア♡今までの冷たい態度はマリに騙されてたからなんだヨ♡」


「ひぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇェえぇええええええぇ近寄るなぁぁああ繧ュ繝?す繝ァ逕キ」


セシリアの絶叫の気流でアレク王子の右耳が露わ(あらわ)になる。

「あ……」

まさかの右耳にも青い毛が3本。

「左耳の青耳毛は退治したのに右にも青耳毛があるなんて・・・・・」

内訳は

(耳珠軟骨の(へり)に1本。耳孔から2本)


心が折れたセシリアは吐血した。

「ゴボァアアア」

いつものように担架に乗せられる。

担架の安心感よ……。

担架にぐるぐる巻きに縛り付けられ固定されている。

騎士が

「急患!急患!」

「道を開けてください!」

とか口々に叫びながら走る。

上下運動がキツいが担架に固定されているので安心安全。

いつもは気絶しているので意識のある状態で運ばれるのは初めてである。

人気(ひとけ)のない場所に運ばれた。

城の裏手の魔導飛行船ツァオバールフトシッフ発着場だ。


(かご)?に乗せられた。騎士5人が同乗する。

羽ばたく音とともに急上昇する。

水平巡航になった。

息苦しいと思ったら口に何か当てられる。

「はい。吸ってー吐いてー安心して?酸素だから」

息苦しさが減った。

そのころには担架から起き上がり(かご)の中の椅子に座って緑色のドロドロの薬を飲まされた。

胃が治るそうだ。

かいがいしく世話をされ数日。

(かご)の隙間から陸地が見えてきた。


今までずっと海上だったのだ。

私はそっと状況を聞いてみた。

「どこに向かってるんですか?私はこれからどうなるんですか?」

騎士さんたちは簡潔に答えてくれた。

「ローバイン竜帝国へ向かっています。貴女の身分は『貴賓』になります」

「なるほど」

「貴女にはこれから空からローバイン竜帝国の中心に落下した隕石を見てもらいたく思います」

「隕石・・・・・?」

「先月我が国の食糧生産地域の中心に隕石が落下しました。隕石から大量の瘴気が出ていて我々は近づくこともできません。食糧支援の援助のお願いで貴国に出向いた際、貴女の強力な浄化の能力を知り派遣のお願いをしたのですけど貴国の国王陛下に渋られまして。短期間で貴国にお返しいたしますので、隕石の除去のお力添えをお願いできませんでしょうか?どうしても今すぐ帰国されたい場合は申し出てください」

セシリアは熟考する。

これはアレク王子と結婚しなくていいという大チャンスでは?

今まではあまり深く考えてこなかったけど、一度でも『生理的に無理(・・・・・・)』になるともう2度と近寄られたくない。

「お世継ぎを」とか言われたら死にたくなるだろう。

間違いなく死にたくなる。

想像しただけで鳥肌が立ってきた。

ウンウン。


何だろう。

遥か遠方の見知らぬ国の上空にいるという状況に感じる感情は?

この体の奥深くから溢れてくる開放感は。

手足を伸ばして深呼吸したい。

これが「爽快感」という感情だろうか?

私は最高の笑顔で

「成功報酬としてローバイン竜帝国の永住権をいただければと思います」

と告げた。



地面に降り立ったら深呼吸をしよう。

そして手を広げてくるくる回ろう。


fin






1度でも嫌だなーーと思うともう2度と好きにはなれない気持ちってわかりみが深いです。


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