表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: かおるう

「突入!!」

耳のレシーバに、指揮官の耳障りな命令が入ってくる。

俺は指揮官の人格は全く信用しちゃいないが、戦術指揮官としての能力は評価している。

突入のタイミングの判断は間違ってはいないだろう。

背中が汗でじっとりと濡れてる上に、その背中を建物の入り口の脇の壁にもたれさせているから、一層不快だ。

だが、それで感情が波を打つようでは、この商売はやっていられない。

なにしろ、俺はこれから汗よりもっと不快な液体-血液を大量に流す事になるからだ。無論、自分のではない。


右肩からスリングベルトで下げているG36K自動小銃を右手に握りつつ、左手で白燐手榴弾を部屋の中に投げ込んだ。

爆発。

部屋の内部から悲鳴が上がる。

混乱したのか、一人外に出て来た。身に付けている軍服はぼろぼろで-肉体も例外ではなかった。

俺は躊躇なく、自動小銃を腰溜め抱えて背中から撃ち殺した。何人目かは解らない。最後に数えたのは、32人目だったっけ・・・


入り口の反対側で俺と同じような姿勢を取っていた相棒が、指で部屋の中を指す。

銃だけを部屋の中に向け、弾倉に残っていた弾を全部撃ち込む。

素早く弾倉を交換すると、勢い良く入り口に体の正面を晒した。

中に居た10人程の兵士は殆どが戦闘不能だった。

俺はこちらに銃を向けて来た数少ない軽傷者を瞬時に射殺した。

そして、元は機銃陣地だったこのビルの一室にのた打ち回っている重傷者も1人残らず射殺した。

こちらに捕虜を取って治療する余裕も無いし、第一、全員死を免れないのは明白だった。


部屋の中は硝煙と肉の焼けたような匂いで満たされていた。

相棒からの連絡を受けて来たのだろう。味方の兵士が何人か部屋に入って来た。

その中の、先週来たばかりの補充兵が室内の室内の惨状に耐え切れず、嘔吐していた。


俺にも、そんな頃が有ったな・・・


「いい加減起きなさい!!遅刻するわよ!!」

僕は、その声で跳ね起きた。目の前には幼馴染で、隣に住んでいる綾の姿があった。

その綾は、セーラー服を着ていた。・・・あれ?

時計を見ると、8時20分だ。・・・遅刻だ!!

「うわぁ!!」

僕は目の前の情景と、僅かな時間の間の思考で得た結論に驚いて叫んでいた。

「もう・・・あなたはあたしがいないと1人で起きられない訳?」

なぜ、綾が家にいるのか未だに混乱している僕には思い出せなかった。

「とにかく、制服出してあげたから、早く着替えてよね。あたしも遅刻しちゃうじゃない!!」

ああ・・・おぼろげながら事実を思い出した。両親は昨日から熱海に1週間ほど旅行に行っているのだった・・・

慌てて制服に着替えると、部屋の外に出た。忘れ物-と言っても、ほとんど物の入っていないリュックと、生徒手帳くらいなものだ-がないか確認して1階に降りる。

階段の先には、綾が怒りを露にした表情で立っていた。

しかし、無駄に怒鳴り散らして時間を浪費する事が嫌だったのだろう。「行くわよ!!」とだけ言って、玄関を飛び出していった。

僕は慌てて追いかける。遅刻もそうだが、綾の機嫌を損ねるとろくな事が無いからだ。


それにしても・・・

それにしても、最近良く見るあの血生臭い夢は何なんだ?



「夢?」

その日の昼休み。散々迷った末、綾に夢の話をした。

屋上で昼食を食べていた僕らの上には、真っ青な空が広がっていた。

「そうなんだ。ただの夢と思えないほどリアルでさ・・・」

「きっと、勉強疲れよ。それに・・・ほら、なんて言ったっけ?あのゲーム?」

「バイオハザード?」

「そう!それのやり過ぎなんじゃないの?とにかく、あんまり気にしない事ね」

「ああ・・ありがとう。・・・綾」

「何?」

「弁当ありがとう。美味かったよ」

綾が珍しく頬を紅くした。照れてるのか?


「また機銃座ですか?」

うんざりした表情と声で俺は言った。

俺の所属する中隊がこの街に入ってから、2週間ばかり経つが未だ敵の抵抗は執拗だった。

退路を断たれての自暴自棄か、あるいは援軍が来ると信じているのか・・・

とにかく、最初3日で占領する筈だった大した価値の無い中規模都市が、1ヶ月経った今も完全占領できていない。

放っておけば良いのにと俺は思うのだが、組織から意地とか面子が消えてなくなる事はない。

そして軍隊も組織であり、しかも強大かつ強力だ。その事を軍に入ってから3年で嫌と言うほど味わった。

「とにかく、我々には他に選択肢が無いんだ」

中隊長の大尉が弱々しい声で言った。昨日の抵抗拠点鎮圧の指揮官-中隊最先任曹長は、冷笑と言う言葉で済ませるには余りにも冷た過ぎる視線を彼に向けている。

「我が中隊は独力でこのブロックを制圧しなければならない。支援が受けられない現状では、一つ一つ白兵で潰すしかないんだ」

中隊長がすがるような視線を俺に向けて来た。

冗談じゃない。確かに俺はこの中隊では最先任曹長の次に経験が長いが、たかだか伍長風情の俺に士官学校出の大尉殿が何を-

「中隊長殿」

最先任曹長が野太い声で発言した。

「本当に、支援は受けられないんですか?」

俺は苦笑を漏らしそうになるのをようやくの事で抑えた。

最先任曹長の言っている事は完全な嫌味なのだった。

我軍の主力部隊は、こんな街を放っておいてとっくに前進している。

砲兵・航空機・攻撃ヘリ等々、師団レベル以上の支援兵力など、この付近に存在しない。

それどころか、中隊レベルの支援火器も『前線部隊』の為に引き抜かれ、迫撃砲どころか中隊の固定編制である筈の重火器小隊そのものが引き抜かれている。

中隊には、分隊に1丁の軽機関銃とグレネードランチャー程度の重火器しかない。携帯型ロケットランチャーは残っているが、最後のロケット弾を使ってから2週間経っている。

しかも、中隊は通常4個小隊編成の筈が、引き抜きと消耗のせいで、2個小隊ほどの人数しか残っていない。

つまり俺達は、中隊とは名ばかりの100名に満たない小銃兵の集まりに過ぎない。

これで2キロ四方のビルが立ち並ぶ1ブロックを制圧しろという方が無理なのだ。

「さっきも言ったが、支援は無い・・・いや、今日の午前中に補充兵が来る筈だが・・・」

最先任曹長は俺に目配せした。やれやれ。いつも俺に回ってくるのはこんな役回りだ・・・

俺は懐からドッグタグ-首にぶら下げる身分証をジャラリとかざしてみせた。

最先任曹長が言う。

「補充兵4名はここに来るまでに、全員狙撃され死亡しました。尚、狙撃兵は片付けました」

中隊長は途方に暮れた表情になっていた。


「明日の先陣は、またお前がやってくれないか?」

中隊長室-と言ってもオフィスビルの廃虚の一室だが-から出た俺に、最先任曹長は耳打ちした。

「勘弁して下さい。8度目ですよ。そうだ、奴にまかせれば良い。第2小隊の-」

「奴は午前中、狙撃兵と相打ちで死んだ」

そう言って、自分の懐からドッグタグを取り出した。

畜生。嫌な事はみんな俺に回ってくる・・・


「起きんか!!この馬鹿者!!」

鋭い痛みが頭頂部に広がった。

僕は顔を上げた。どうやら、居眠りしていたらしい。

机の上にチョークのカケラが散らばり、頭に白い粉が散らばっていた。

初老の現国教師が怒鳴り散らしていたが、全く耳に入っていない。

それより、だんだんリアルになってくる戦場の夢がどうにも気になってしょうがなかった。


夢?

ひょっとすると、こちらが夢であちらが現実なのかもしれない。

・・・ふん。バカバカしい。今日の昼だって、綾の作った弁当を一緒に食べたじゃないか。

そう思って、斜め後ろの綾の席を見る。


僕は固まった。動きどころか呼吸まで止まってしまいそうだった。

そこにいる筈の綾は、全く見知らぬ女の子になっていた。

いや、それだけじゃない。周りのクラスメイトの半分が知らない顔だ。

そう言えば・・・現国の教師は新卒の若い教師じゃなかったか・・・


家に帰っても綾の姿はない。それどころか隣の家すらなかった。

旅行中の筈の両親が家にいた。あれ、僕に妹なんていたか?


そして夜が訪れた。

眠りたくなかったが、強烈な睡魔が僕を襲って何時の間にか深い眠りに就いていた・・・



「畜生!!」

思わず俺は叫んだ。

偵察で発見した機銃座は囮だったのだ。

逃げ遅れた市民に迷彩服を着せて、弾の無い重機関銃を据え付けていたのだ。

それを見抜けなかったのは簡単な話だ。中隊の半分以上が経験未熟な補充兵だったからだ。

お陰で、いつもの手順で機銃座を潰しにかかった途端、予想外の方向から銃撃され、俺が指揮していた分隊は俺以外全滅してしまった。

おまけに中隊主力も奇襲を受けたらしく、中隊本部と連絡できない。

俺は一人で、周囲を警戒しながら遮蔽物の影でじっとしていた。


「起きなさい。日曜だからっていつまでも寝てると体がおかしくなるわよ」

そう言って起こしにきた『母』は、昨日とは別人だった。

朝食を食べに階段を降りると、昨日いた筈の妹ではなく兄が食卓でパンを食べていた。

父の姿はなかったが、代わりに奥の間に置かれた仏壇に中年の男性の遺影が飾られていた。


何もかもが解らなくなっていった。

次々変わる周囲の風景、人物。そして何より、自分がその事にだんだん違和感を持たなくなって来た事が感じられた。

そして、過去の事を思い出そうとしても、どうしても思い出せない。

中学校は?小学校は?それ以前は?

いや、自分の顔すら覚えていない。鏡は?鏡はどこだ?


鏡に映っていたのは、全く記憶に無い顔だった。

いや、もしかしたら記憶に有るのかもしれない。

解らない・・・


突然、睡魔が襲って来た。

周りの風景は次第に真っ白くなっていった。

家も、人間も、風景も、空も・・・全てが漂白されて行く。

そして意識も・・・だんだん・・・真っ白に・・・


・・・綾?


「おい!!しっかりしろ!!」

中隊最先任曹長が大声で俺の耳元で叫んでいる。

「曹長・・・」

「気が付いたか!!しゃべるなよ!!すぐにダストオフ(負傷者後送用のヘリのコードネーム)が来るからな!!」

どうやら、遮蔽物の陰に隠れているうちに、俺とした事が居眠りしたらしい。

近くに手榴弾が落ちた音を聞いた時は、もう手遅れだった。


「・・・夢を・・・見てたんです・・・」

俺はか細い声で呟いた。声と一緒に血も溢れ出す。どうやら、破片か銃弾を肺に食らったらしい。

「しゃべるな!!」

最先任曹長は相変わらず、耳元で怒鳴っていた。

「俺は・・・高校を中退したんです・・・苛めにあって・・・」

最先任曹長の対面には、衛生兵が座り込んで必死になって俺の応急処置をしているのが解った。

でも、自分の体の事は自分が一番良く解る・・・


「・・・そんな高校時代の・・・夢を見ていました・・・幸せだった・・・」

衛生兵が最先任曹長に首を振ってみせた。

「・・・伍長、最後に言い残す事は無いか・・・」

「・・・故郷に・・・綾と言う女が俺の帰りを待ってくれてる・・・筈です・・・」

俺は、最先任曹長の目を見詰めていった。

「・・・今まで待たせてごめん・・・そしてありがとうと・・・」


最先任曹長は、死体となった部下を見つめて溜息を吐いた。

「伍長・・・お前の故郷は・・・故郷は・・・」

この男らしからぬ涙声で死体に語り掛けた・・・

「・・・開戦直後に・・・核で焼き払われたんだぞ・・・お前も知っていたじゃないか・・・」


遠くからヘリの音が聞こえて来た。



男はもう、幸福な夢も悪夢も見る事は無い。

何年も前に書き散らした短編です。

今、読み返してみると恥ずかしい内容ですが、まずは投稿してみよう。。。と思った次第です。

軽い気持ちで読んでみて頂いて、コメントの一行でも頂ければ嬉しい限りです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ