1-2「出会い(さいかい)」
その日の夜、月鹿はつばめの園を抜け出して近くの路地裏を歩いていた。道に沿って一定の感覚で立ち並ぶ街灯の光は薄暗い。遠くの空に小さく浮かぶ三日月のほのかな輝きに照らされて、月鹿の左肩から垂れ下がる灰色の三つ編みがうっすらと白い輝きを放っている。普通の中学生なら怖がって近づこうともしないような人けのない細く薄暗い道を、月鹿はゆっくりと、しかし迷いのない足取りで進んでいく。目的地は特にない。ただ何となく、そうした方が良いような気がした、から…!?
先にも述べた通り、月鹿は路地裏を歩いていた。"普通"の、"建物と建物の間にある細い道"を歩いていた、筈だ。月鹿が覚えている限り1番最初の記憶ではもうすでにつばめの園に住んでいた。施設の先生方からこのあたりの路地は危ない人がいるかもしれないから通らないようにと言われているが、この路地は商店街に行くまでの近道であり、月鹿がひとりで商店街に行く時は必ずこの道を通っている程に慣れ親しんだ道だ。確かにここの路地は車1台通るのがやっとなくらいの広さしかなく、少々ややこしい形をしているが、7、8年通り続けた道で、その上つい数時間前にも通ったばかりの道で今更迷うなど絶対に有り得ない。それなのに…
月鹿が今立っているのはどう見たって知らない場所。あたり一面、見回す限りの木、木、木。
おかしいと思って引き返そうと振り返るも、つい数秒前まで歩いていた筈の路地はおろか人が通って来た形跡すら見えない。道があったはずの暗闇には、人の手が一切入っていない森のようにどこまでも草木の生い茂った風景が続いている。あまりに突然の出来事に月鹿の脳が追いつかず思考が停止しているとふと、前方にうっすらと光が見えることに気が付いた。足元には長く細い砂利道が伸びている。混乱しているのだろうか。こんな道、つい数秒前までは無かった筈。まるで光の元に案内でもしているかのように突如として現れたその道に、月鹿は怪しさを感じながらも、草木をかき分けてこれまで歩いてきたと思われる方向に戻るのは何故かやめておいた方がいい気がしたので、仕方なく辺りを警戒しながら光に向かって歩いて行った。
光の正体は紅く光る灯篭だった。左右に均等に並ぶ灯篭の先には祠が見える。アーチ状に積み上げられた石でできた祠の前には小さな賽銭箱があり、その前には花が供えている。中には不思議な形の…地蔵のようなものが微笑みながら手を合わせている。そして地蔵の首には、銀色に光る斜めに傾いた十字架…とその下に八方に尖った金具の付いた、なんとも言えないダサさの不思議な形のネックレスがかけられている。そのネックレスを視界に収めた時、気づくと月鹿は何故かネックレスに向かって手を伸ばしていた。そして月鹿の手がネックレスに触れようとしたその瞬間…
バチッ
「っ!」
『 見 つ け た 』
ネックレスを触ろうとした手が焼けるように熱い。視界が滲む。熱い。呼吸が荒い。熱い。意識が途切れる。熱い。熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
「ウィンド!」
突然吹いた強風に吹き飛ばされた月鹿の体がコンクリートにぶつかり、肩に鋭い痛みが生じた。その衝撃で月鹿は正気を取り戻す。今、何をしようとしてた…?!
「ヴァァァァァァァァァァァァアアアアアアアア」
ガンッ
前を見ると巨大なハンマーを持った少女が沢山のおぞましい怪物達を殴り飛ばしている。フリフリのレースの付いた服を着て、明らかに普通の人とは思えない身のこなしで戦う彼女は、まるで漫画の中の登場人物のようであった。
「おりゃっ!」
少女は次々と襲ってくる化け物の攻撃から月鹿を守るようにハンマーを振る。
「あんた、大丈夫?」
「………….」
「おーい?」
「…………」
「あのー?」
「…………」
「ねえ、ねぇってば!!!」
「…….……」
「いい加減戻ってこい!!!」
少女が叫ぶと同時に月鹿の周りを囲むように強い風が吹く。
「…ぇ?……!」
周りを囲む風のあまりの強さに、月鹿は我に帰った。
「やっと気づいた!」
「あの、これは…」
「説明は後!あんた退魔師でしょ!数も多いし核なら分けてあげるから、手伝いなさいよ!!!」
「たいまし…?」
月鹿はただの中学生だ。退魔師などというよく分からないものになった覚えなど当然ない。
「ちょっと何ぐだぐだやってんの!?さっさと変身して!これ防いでやってんだから!!!」
「変、身…?」
この少女は一体何を言っているのだろうか。月鹿が首を傾げると、少女は敵の攻撃を弾きながら驚きと苛立ちの混ざった声で叫ぶ。
「はぁ?!ちょっと待って、そこから!?あーもう、聖典、持ってるでしょ!それ使って!あとは…なんか、こう…とにかく祈って!」
聖典なんて持ってないと言おうとした月鹿は、自身の右手が何か堅い物に触れている事に気がついた。視線を向けるとそこには少し分厚い手帳型の本が落ちていた。表紙には先ほど地蔵の首にかけてあったネックレスと同じ形の金属がついており、中心では赤い宝石が鈍い輝きを放っている。このいつから持っていたのかすら分からない本のことについて不思議に思っている暇はない。月鹿が本を抱えて目を閉じると、表紙の宝石が輝きだした。光が収まり、月鹿は朱殷色の目を開く。月鹿はそこで、自分が先ほどまでとは全く違う格好をしている事に気がついた。月鹿が身につけていたはずのTシャツとスウェットパンツの面影は跡形もなく、今の月鹿は赤黒いジャケットの上に黒いコートをはおり、左右非対称のブーツを履いている。右足の太ももあたりと腰のポケットからはそれぞれ銀色の鎖が垂れ下がっており、頭には赤黒いベレー帽が乗っかっていた。
「ヴァァァァァァァァァアアア!!!」
(!?)
「おっりゃあ!」
月鹿に向かって飛んできた化け物の攻撃を、少女がハンマーで弾く。少女はすかさず攻撃をし、化け物は汚い音とともに肉片を飛び散らしながら潰れていった。潰れた肉塊の中で、きらりと何かが輝いた様に見えた。
「ちょっと、死にたくないなら戦う!変身できたんでしょ!こいつら結構強いし、あんたを守りながらだとまともに戦えないんだけど!」
「戦う…」
「そう、早く!」
化け物達の攻撃はだんだんと加速していく。
「待っ」
「ヴァァァァァァァ!!!」
困惑した月鹿の背後から敵の攻撃が飛んでくる。気づいた少女は防ごうとするが、
「間に、合わ………!」
キィンッ
直後、甲高い音が響いた。目の前では銀色に光る鎖が、月鹿を守るように伸びている。すかさず月鹿は、化け物が攻撃を弾かれたことによって少し後退した所に入り込み、右手に握った短剣を化け物めがけて振り下ろした。
ズシャ
パリンッ
「ヴァ、ァァァアアァァ…」
短剣に当たった何かが砕ける音がしたと思うと、目の前の化け物は呻きながら塵になって消えていった。
「あんた、大丈夫!?」
その光景を横目に戦っていた少女が月鹿に向かって叫ぶ。少女は月鹿の元へ駆け寄ろうとするが、よそ見をした少女に向かって化け物の攻撃が降り注いだ。
「うわぁ!ああ、もう、この、おりゃあ!!!」
間一髪で避けた少女は、再び前方にいる化け物をハンマーで押し潰す。鈍い音を立てて敵は潰れていく。ふたりの猛攻により、無限にいるかと思えた化け物達はあっという間に居なくなっていった。




