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crescent  作者: Luna
第1章
22/22

10-1「二相」

 これは、授与式が終わり、星守月鹿がつばめの園の自室へと帰った後の話。

 --とある場所で、誰かが言葉を交わしていた。

 

 

「この子達が、彼を…?」

「ああ。氷室ノアを助けるために、1週間で魔石を100個集めさせる手伝いをするそうだ」

 

 暗い部屋の中、ふたつの人影は、中央にある小さな水晶を覗き込んでいる。

 

「魔石を…」

「集める魔石の種類については特に言及されていなかったから、異変系だけを集めるというのでもいいんだろうが…。正直、それすら彼にできるとは思えない」


「だからと言って、俺たちが下手に手を出しても、彼らの立場をより危うくするだけだ。俺が彼を無理矢理会場に送り込んだことで、氷室ノアには最初から疑いがかかっているだろうしな」

「そう……………」

 

 男の横で、女は難しい顔で考え込む。

 水晶に照らされた二人の背後では、くねくねとした影が、真っ白な壁の中で泳ぐように動き回っている。

 

「ん、どうした?」

「この子、名前は?」


 水晶に映ったひとりの人物を指差して、女が問う。


「こいつは…そう、確か“るか”って呼ばれてたな」

「月鹿……」

 

 男が名前を言う。

 女は表情を更に険しくして、水晶を睨んでいた。

 

「こいつのこと、知っているのか?」

 

 女は男を見つめ、口を開く。

 

「『お母様とお父様には子供がひとりいた』て言っていたじゃない?」

「あぁ。例の……だよな」

 

 男の返事に、女は険しい顔のまま頷く。 


「確か、名前は……………、!?いやでも、まさか…!?ちょっと待て、少し前に司教が姓名を合わせて呼んでたはずだ--」

 

『星守月鹿、エマ=ロビンソン。お前達の手で、この者を立て直してみせよ』

 

 淡い光を放つ水晶から、淡々と話す男の声が響いた。

 

「ほし、もり……」

 

 その声を聞いた途端、女は膝から崩れ落ちた。

 

『---、---』

「あぁ、おいコラ!」

 

 好き勝手に騒ぎ立てる"彼ら"を、男は焦って黙らせようとする。


「うん、分かってるから。魔力は違う。最後に別れた時のとも、"封印前"のとも」

「…すまない」

「謝ることはないよ。顔も、髪も、…"三つ編み"も。他人の空似にしては、似過ぎているけれど。…きっと、それだけ。きっとこの子は--名前が同じで、見た目がちょっと似てるだけの、赤の他人」

「…本当に、すまない。でも、まだ生きている。感じたんだろ?"その子"の魔力を。なら、いつか見つかるさ」

「うん、そうだよね」


 男の言葉に、女は頷く。


「ひとまず、彼女達について調べてみるよ。特に、"星守月鹿"については念入りに。あとは氷室ノアを通じて、これからの彼女達の様子を見ていこうと思う」


 男がそう言うと、女も「そうね」と頷いた。男を見つめ、優しい微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ありがとう」

「気にするな」

 

 女の言葉に、男も微笑み返す。


 しばらくして、男は帰っていった。

 女はずっと、水晶を眺めていた。




 7月1日。授与式があった、その翌日のこと。

 

「ふぁぁあ~~~」

 

「いい加減、ちゃんと眠りさいよ…」

 

 盛大に欠伸をしながら、瑞希は奈子が取っていた授業のノートを書き写す。

 そんな瑞希を、奈子は半ば諦めた様子で見つめていた。

 

「それができたら、こんな苦労はしないんだけどねぇ…」

「はぁ…」

 

 そんな瑞希を見ながら、奈子はため息を付く。


「あでも、今日はちょっと特別なんだよ」

「特別?なにがよ」

「実は徹夜でねぇ」

「バカなの?」


 そう話すふたりの横で、月鹿は欠伸を噛み殺す。声はどうにか抑えられたが、目尻に溜まった雫が頬を伝った。


「あんたらねぇ…まあいいや。でさ、さっきの話に戻るんだけど……」

「えっと…何だっけ、とりころーる?」

「そう、TriColorトリコロール!MooNube発の男女2人組ユニットで、最近じわじわと注目を集めている期待の新星!そのふたりが昨日、有名事務所のタレントとして正式デビューするって発表したの!」

「それは凄いね!」

「だよねだよね!?しかもそのグループ、前々から動画がよく流れてきててさ、密かに"いいな"って思ってた人達だったんだよ!!!」

「凄い、流石奈子ちゃんだね。帰ったら調べてみるよ。トリコロール、だね。うん、覚えとく!」


 奈子はアイドルが好きで、よく好きなアイドルの話をしている。月鹿はアイドルに好きも嫌いも特に無いが、ここ3ヶ月の間に少しずつ知識だけは増えてきている。…主に奈子の話を通して。


「……………」


 瑞希は写す手を止めずに、楽しげに話すふたりを見つめている。お喋り好きな彼女には珍しく、彼女達の会話に加わろうとはしてこない。瑞希の丸く大きな深緑の瞳には、にこやかに笑う月鹿の姿だけが映っていた。




 その日の放課後。教室の真ん中では、クラスメイト達が集まって楽しげに話し合っていた。

 彼女達はこれから、市内の最も栄えている区画にある大型ショッピングモールに行くらしい。


「あ、そうだ。3人もどう?確か今日はチア部もないでしょ?」


 ひとりの女生徒が、瑞希の席の近くに集まっていた月鹿達3人に向かって話しかけた。


「お、いいね。行こ行こ!」


 奈子はノリ気で身を乗り出す。


「やったー!瑞希と月鹿は?来れそう?」


 声をかけてきた女生徒は、奈子の返事に嬉しそうにしながらふたりを見る。


「あー…、ごめん!今日はちょっと用事があって!」 

 女生徒と目が合った瑞希は、申し訳なさそうに手を合わせた。

 

「用事ってもしかして…」

「噂の彼?」

「ヒューヒュー!お熱いこって!」

 

 何人かが面白そうに、にやけ笑いを浮かべて瑞希を見る。

 

「あぁもう、うるさいうるさい!」


 瑞稀は顔を真っ赤にして、群がる生徒達を振り払った。


「ちなみに星守さんは?やっぱり難しそう?」

 

 最初に声をかけてきたのとは別の生徒が、わちゃわちゃと騒ぎ立てる彼女達を横目に、そう尋ねてきた。


「私も…ごめんね」


 月鹿が申し訳なさそうにそう言うと、その生徒はそう返される事を分かっていたという様子で謝ってきた。


「まぁそうだよね。ごめんね、誘っちゃって。あと、こんな所で大々的に話しちゃって」 

「ううん。それは気にしないで。むしろ私の方が、せっかくの誘いをいつも断ってしまって…ごめんね」


 申し訳なさそうにする生徒に、月鹿は慌てて謝り返す。


「全然!でも、また暇な時があったら是非教えてね。わたしたちは基本、いつでも大丈夫だから!」

「ありがとう。絶対教える!」

「あ、栄子ずるーい!あたしもあたしも!月鹿ちゃんと遊びたーい!」


「俺も俺もー!月鹿ちゃんと遊びたーい!」


 突然、輪の外側から声がした。月鹿が振り向くと、ひとりの男子生徒が教室の前方に立って手を挙げていた。


「うわ!?っと、ビックリした…。というか、川口かよ…あんたって奴は、本っ当に懲りないよねぇ。星守さんも、嫌だったらハッキリ言っていいんだよ?お前ウザいって」


 実は月鹿はその外見と性格から、かなりモテているのだ。それも性別の垣根を超え、男女両方から。告白されることも時々あるが、流石に瑞希ほどではない。


「あ、あはは…別に、友達としてなら全然良いんだけどね…でも私、好きな時間が取れるのって、学校が早く終わる日だけで…ごめんね?仲良くしてくれるのは嬉しいし、気持ちはありがたいんだけど…しばらくは無理かな」


 そう言って月鹿は、キラキラとした目で見つめてくる男子生徒に、申し訳なさそうな顔で微笑みかける。


「そんなぁ…。まぁ俺は、諦めないんだけどね」


 月鹿のやんわりとした拒絶にも、彼は相変わらず調子のいい顔でニカッと笑う。


「いい加減諦めろ。しつこい男は嫌われるぞ」


 突然、男子生徒の肩に手が置かれた。彼の後ろに視線をやると、黒色の髪に黄色いメッシュの入った少年--堀口相馬が呆れた様子で佇んでいた。


「そーま!」


 彼が来た事に気がついた瑞希は、すぐに目を輝かせて立ち上がる。


「ケッ、彼女持ちが」


 男子生徒は不貞腐れたように顔を顰めた。


「そんなんだから、あんたはモテないんだよ」


 相馬の後ろにいたゆかりは呆れたように男子生徒を見る。


「ゆかり!」

「やっほー、奈子。何?コイツ、また月鹿に言いよってたのか?」


 肩に手を置かれたまま動き出せないでいる川口に、ゆかりは可哀想な者を見る目を向ける。


「お前、彼女いるくせに他の女と来たのかよ。何だ、浮気か?」

「はぁ?そーまがそんな事する訳ないでしょ!」


 妬み100%の軽口を言う川口の事を、瑞希は不愉快そうに睨んでいる。


「そんなんじゃないよ。僕が4組に行こうとしたら丁度、鎌田さんも教室から出てきてね。目的地も一緒だったから、並んできたってだけだよ」

「へぇー?こっちに来ようとしてたんだ??ふーん???」


 相馬の言葉を聞いた奈子は、ニヤニヤしながら彼と瑞希の交互に視線を動かす。周りの生徒達も、奈子同様にニヤけた笑いを浮かべていた。


「…何その顔。もういいや、そーまいこ!」


 そんな彼女達を見て、瑞希は口を尖らせながら堀口の手を取って教室から出ていこうとする。


「鞄持ってかなくていいのー?」


 奈子の言葉に、瑞希はスタスタと戻って来た。そして机の中のものを鞄に押し込むと、何も言わずにまた堀口の手を取って出ていった。


「「「「行ってらっしゃーい」」」」


 愉快そうに送り出す少女達の声が重なる。皆、ふたりが出ていった方を見ながらニヤけた笑みを浮かべていた。


「私もそろそろ帰るよ」

「お、また明日!」

「うん、じゃあね」


 月鹿は奈子にそう言うと、歩き出した。教室を出る直前、月鹿に気づいた皆が「バイバイ」と手を振ったので、月鹿も軽く手を振り返し、そのまま教室を後にした。

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