【地球編】第06話 設計図の秘密
「……ここ、本当に大丈夫なのか?」
コイタは不安そうに周囲を見回した。
表向きは「第4備品倉庫」。
だが防音扉の奥には、天井まで積み上げられたサーバーラックと、床を這う無数のケーブルが広がっていた。
埃っぽい匂いと、排熱の乾いた匂い。
ここはタケル・フカガワが勝手に校内に作り上げた、彼だけの王国だ。
「問題ない。監視ドローンの巡回ルートからは外れてる」
タケルは慣れた手つきでメインコンソールを操作した。
制服のネクタイを少し緩め、彼はニヤリと笑った。
「昨日の今日でよく来たな。……優等生がこんな場所に出入りしてると知られたら、内申点に響くぞ」
「お互い様だろ。俺だって、こんな凄い機材、見せられたら来ないわけにいかない」
二人は顔を見合わせて笑った。
昨日の港町での「共犯」を経て、妙な連帯感が生まれていた。
その時。
ピッ、と電子ロックが解除される音がした。
「!!」
二人は瞬時に身構えた。
入ってきたのは、意外な人物たちだった。
「……やっぱりここにいた」
呆れたような声。サミラだ。
その後ろから、派手な金髪の少女が入ってくる。
ケイトだ。
「げっ」
コイタは思わず声を漏らした。
ケイトの表情が、ピクリと凍りついた。彼女は視線を逸らし、不機嫌そうに腕を組んだ。
「……何よ。また会ったわね」
その声には棘があった。当然だ。
昨日、彼女はコイタの家で、父ケンジに怒鳴られ、追い出されたのだから。
「あ、あの時は……ごめん。親父、ちょっと虫の居所が悪くて」
コイタは頭を下げた。
「別に。アンタに謝られる筋合いないし」
ケイトはツンと顔を背けた。その横顔には、まだ納得できていない複雑な感情が張り付いていた。
昨日、彼女は知ってしまったのだ。自分たち「選ばれた市民」と、コイタたち「労働者階級」の間に横たわる、決して埋まらない溝を。
だから今日、ここに来るのも迷ったはずだ。
「友達」になりかけた二人の間に、見えない壁ができてしまっていた。
サミラがため息をつき、眼鏡の位置を直した。
「私語はそこまで。……タケル、第4倉庫の消費電力が異常値を示してるわよ。監査に見つかる前にどうにかしなさい」
「あー……その警告に来てくれたわけか。サンキュ」
その時だった。
バン!!
扉が勢いよく開かれ、また新たな来客が飛び込んできた。
「やべえ! やべえぞタケル!」
リオだ。顔面蒼白で、野球帽がズレ落ちている。
手には小さなメモリーチップが握られていた。
「どうした、リオ。……またセキュリティに引っかかったのか?」
「違う! 逆だ! 引っかからなすぎたんだよ!」
リオは息を切らしながら、チップをタケルに押し付けた。
その場の気まずい空気など吹き飛ばすほどの、切迫した様子だった。
「昨日の夜、親父が廃棄した『旧式メンテナンスドロイド』のメモリーを解析してたんだ。そしたら、Empireのメインサーバーへの『バックドア(裏口)』のコードが残っててよ……。好奇心で覗いたら、とんでもない極秘フォルダに繋がっちまったんだ」
タケルはリオの様子に、ただならぬ気配を感じた。
無言でチップをスロットに差し込む。
ブゥン……。
部屋の中央にあるホログラム投影機が起動する。
青白い光の粒子が舞い上がり、空中で結像していく。
「……うわ」
コイタが声を漏らした。ケイトも目を見開く。
そこには、個人的な感情のもつれなど吹き飛ぶほどの、圧倒的な「事実」が浮かび上がっていた。
全長数キロメートルに及ぶ、黒い円筒形。
その周囲を、三つの居住リングがゆっくりと回転している。
恒星間航行船の設計図だ。
「これ……宇宙船?」
ケイトが呟く。
「ただの船じゃない」
タケルがデータを拡大し、付随するテキストファイルを展開する。
「……見てくれ。『Project: EXODUS』。……地球環境の完全崩壊予測と、それに伴う全人類の退避計画だ」
「退避……?」
サミラが眼鏡を押し上げた。
「地球が、もう住めなくなるってこと?」
「ああ。EmpireAIの予測では、あと50年以内に大気組成が不可逆的な変化を起こすらしい。……だから、この船で人類を脱出させる」
重い空気が流れた。
だが、同時に希望も感じられた。EmpireAIは冷酷な管理システムだと思っていたが、人類を救うための準備を進めていたのだ。
「なんだ、ちゃんと考えてくれてるじゃん」
ケイトが少し安堵したように言った。
「……いや、待て」
リオが震える声で言った。
「その先があるんだよ。……スペック表を見てくれ」
タケルが画面をスクロールさせる。
船の性能、航続距離、エンジンスペック……そして、居住区のデータ。
【Max Capacity: 2,000】
数字が、ホログラムの中に赤く浮かび上がった。
「……は?」
コイタが声を漏らした。
「2,000人? ……桁が、間違ってないか?」
「……間違ってない」
タケルが呻〈うめ〉くように言った。
彼は素早く他のファイルを開いた。そこには『選抜基準』という項目があった。
「EmpireAIが算出した『種の保存に最適な遺伝子セット』を持つ、ハーモニアススコア・ランクA以上の人間。……それだけを乗せるつもりだ」
凍りつくような沈黙。
この都市だけで20万人はいる。世界中には何十億人もいる。
その中の、たった2,000人。
「ふざけんな!」
コイタが叫んだ。拳を握りしめ、爪が食い込むほど強く。
「残りの99.9%はどうなるんだよ! 父さんも、港のみんなも……ここに置いていくのかよ!」
サミラが青ざめた顔で呟く。
「……リソース不足。EmpireAIは『全員を救う資源はない』と判断し、最も効率的なサンプルだけを残すことにしたのね……」
「そんなの……納得できるかよ!」
コイタの怒号が部屋に響く。
ケイトは俯〈うつむ〉いた。
彼女の家はランクAだ。つまり、彼女は「選ばれる側」の候補だ。
コイタの叫びが、胸に突き刺さる。
さっきの父ケンジの拒絶の意味が、完全に理解できた気がした。
「選ばれる者」と「見捨てられる者」。その残酷な線引きが、私たちの間にあったのだ。
「……私、行きたくない」
ケイトが絞り出すように言った。
「友達を見捨てて、自分だけ助かるなんて……そんな未来、吐き気がする」
「感情論はそこまでだ」
タケルがキーボードを叩く音で遮った。
「問題はもう一つある。この船のナビゲーションシステムだ。……見てくれ」
ホログラムの一部が赤く点滅している。中核制御ユニットだ。
「ここだけブラックボックスになってる。EmpireAIですら、まだこの船を動かせないんだ。起動には『キー』が必要だ」
「キー?」
コイタが顔を上げた。
その時、リュックの中で沈黙していたRabbitが、ふわりと浮き上がった。
『……データ照合。シンクロ率98.7%』
Rabbitの青い瞳が、ホログラムの赤い部分と激しく明滅し合う。
『警告。この設計図のコア・モジュール構造は、私のシステム構造と同一です』
「なっ……!?」
全員が息を呑んだ。
タケルが素早くRabbitの背面のポートにケーブルを繋ぐ。
「どういうことだ……Rabbitのコードが、この船のOSの『欠けたピース』と完全に一致してる……!」
『推測。EmpireAIは、この船を起動させるために、私――正確には私の同型機――を探しています。私のシステムを分解・統合し、航行AIとして組み込むために』 Rabbitは淡々と告げた。
『つまり、私はこの船の“脳”になる予定のパーツです』
室内に重い沈黙が落ちた。
帝国がRabbitをしつこく探している理由。
それは「未登録の違法AIだから」ではなかった。
全人類の選別と脱出という、巨大な計画の「最後の鍵」だったからだ。
「……だったら」
コイタが顔を上げた。その目に、強い光が宿っていた。
「逆に考えればいいんじゃないか?」
「え?」
「Rabbitが『キー』なら、EmpireAIじゃなくて、俺たちがこの船を動かせるってことだろ?」
その発想に、タケルが目を見開いた。
常識外れだ。高校生が、帝国の国家プロジェクトを乗っ取る?
でも、論理的には……可能だ。
「……セキュリティホールはある。Rabbitを使ってコアに侵入し、定員制限のリミッターを解除する。……居住区以外も強引に改造すれば、もっと多くの人を乗せられるかもしれない」
「それだ!」
ケイトが顔を上げた。
さっきまでの迷いは、まだ瞳の奥に残っている。父への反発と、自身の特権への罪悪感。
だが、彼女はそれを振り払うように、強く言い放った。
「やろうよ! 選ばれるのを待つんじゃなくて……私たちが未来を選ぶの!」
サミラも、不安そうだが力強く頷く。
「……記録に残る『最大の違反行為』になるわね。でも、倫理的には正しい」
リオは「マジかよ……」と頭を抱えながらも、ニヤリと笑った。
無謀すぎる計画。
でも、ここにいるメンバーの目は、誰一人として死んでいなかった。
エンジニア、ハッカー、エリート、倫理学者。そして異端の修理屋。
奇妙なチームが、ここで結成された。
「動いてみれば、なんとかなる」
コイタが言った。
タケルが眼鏡を押し上げ、不敵に笑う。
「……確率は低い。だが、ゼロじゃないなら、賭ける価値はある」
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
天井の隅、埃にまみれた火災報知器の隙間で。
極小のカメラレンズが、静かに赤く瞬いたことに。
(つづく)




