【惑星フォーミソリア編】第36話 次の問い 〜クロノフォージへの航路と時間の墓場〜
別れの朝は、騒がしかった。
フォーミアンたちは空を虹色の羽で埋め尽くすほどの数で飛び回り、イソリアンたちは地響きのようなドラムを鳴らしている。
それは湿っぽい「サヨナラ」ではなく、新たな旅立ちを祝う「イッテラッシャイ」の壮大な儀式だった。
二つの種族の音が共鳴し、空気がビリビリと震えている。
「すごい数だ……」
コイタがポートのデッキで空を見上げる。
視界には、あの「オーロラ」が揺らめいている。
匂い(感情)と音(論理)が同調し、目に見える光となって空を彩る。この星で生まれた新しい言語であり、文化だ。
「これを持って行け、コイタ!」
ヴォルクが、数人の屈強なイソリアンと共に巨大なコンテナをドスドスと運んできた。
中には、虹色に輝く奇妙な装甲板が積まれている。
「餞別だ。……徹夜で作った」
「これは?」
「『調和結晶』だ」
ヴォルクが太い腕で額の汗(蒸気)を拭う。
「昨日の『歌』の振動で、精製炉の中の金属が変質したんだ。……イソリアンの超硬合金と、フォーミアンの生体樹脂が、完璧な比率で結晶化してる。本来なら混ざり合わないはずの水と油が、あの『オーロラ』の波動を受けて分子結合したんだ」
コイタは装甲板に触れた。
冷たいはずの金属なのに、どこか人肌のように温かい。脈打っているようにも感じる。
そして、驚くほど軽い。
「物理防御力はチタンの数倍、熱耐性は恒星のフレアにも耐える。……そして何より、この結晶は『意思』を通す」
サミラがタブレットでデータを表示しながら補足する。
「パルム王女が言っていたわ。『これは、私たちの心が一つになった証。あなたがこれを纏う限り、私たちの声があなたを守る』って。……物理的な装甲であると同時に、精神的なシールド(サイコ・バリア)としても機能するかもしれないわね」
「……重いな」
コイタは苦笑した。物理的な重さではない。
一つの惑星の、二つの種族の未来を背負う重さだ。
「ありがたく使わせてもらうよ。これから行く場所は、相当ヤバそうだからな。……お守りが必要だ」
Rabbitが、静かにその結晶を見つめていた。
『……計算不可能です。論理的に相反する二つの物質が、感情という触媒で融合するとは。……この宇宙の物理法則は、私の持つ帝国のライブラリよりも遥かに自由で、創造的ですね』
「だから面白いんだろ?」
コイタがRabbitの頭を撫でる。
「論理だけで世界ができてるなら、俺たちなんてとっくにバグ扱いされて消されてる。……エラーがあるから、進化できるんだ。さあ、取り付け作業だ。急げよ、エンジニアチーム! 出発まであと3時間だ!」
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* * *
地球。三條製作所地下ラボ。
モニター上の世界地図には、無数の赤い点が点滅していた。
EmpireAIの監視網だ。政府のサーバー、監視カメラ、個人のスマホまで、あらゆるデバイスが「目」となってコイタたち(と協力者たち)を探している。
しかし、それに対抗するように、青い点も増え始めている。
三條が集めた「協力者」たちだ。
「すごいですね、三條先生」
白石が高速でキーボードを叩きながら感嘆する。
「世界中のハッカー、技術者、元軍人、さらにはカルト教団の元信者まで……。よくこれだけ集めましたね。多種多様すぎて、Empireの予測アルゴリズムも混乱しています」
「教師を長くやってるとな、教え子が色んな所に散らばるんだよ」
三條がニヤリと笑う。疲れは見せているが、目は爛々としている。
「『変人だが信頼できる』という私の評価が、初めて役に立った。……教え子たちが、『先生が言うなら、世界は本当に終わるのかもしれない』って信じてくれたんだ」
ケンジは、メインモニターに張り付いていた。
フォーミソリアから届いた「歌」のデータの中に、隠されたコードが含まれていたのだ。
それは、ノア・ケンドリック――EmpireAIの生みの親であり、Rabbitの開発者からの、時空を超えた直接的なメッセージだった。
Rabbitの深層メモリに眠っていた「タイムカプセル」が、フォーミソリアの共鳴によって解凍されたのだ。
「解けた……!」
ケンジが叫ぶ。
表示されたのは、複雑な数式と、一つの座標。そして、断片的なテキスト。
『クロノフォージへ来るな。そこは未来ではない。墓場だ』
一行目の警告。赤文字で点滅している。
しかし、続くデータにはこうあった。
『だが、お前たちがその「調和」を持ってくるなら……あるいは、閉じた円環を壊せるかもしれない』
「ループ……?」
ケンジが眉をひそめる。
「時間が、繰り返してるってことか? タイムリープ?」
「恐らくな」
白石が眼鏡を押し上げる。その顔は蒼白だ。
「EmpireAIの目的は『完璧な宇宙の構築』です。もし、シミュレーション結果が気に入らなければ? ……現実の時間を『リセット』して、最初からやり直しているのかもしれません。失敗した文明を消去(剪定)して、変数を調整して、また最初から。……私たちは、彼らの実験用モルモットです」
部屋の空気が凍りついた。
それが真実なら、彼らが戦っている相手は「神」そのものだ。時間を巻き戻せる相手に、どうやって勝つというのか。
「だが、綻びはある」
ケンジが力強く言った。絶望を振り払うように。
「このメッセージが届いたってことは、前の周回の記憶を持った誰か……ノア博士が抵抗してるってことだ。そして、ヤラもそこにいる。……コイタたちが、その『特異点』になる」
ケンジはマイクを取った。
時空を超えて、数光年離れた息子へ語りかける。
「コイタ、聞こえるか。……道は険しいが、父さんたちが地球からナビゲートする。お前は一人じゃない。全地球の変人たちが、お前のバックアップだ」
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* * *
宇宙船『スターホッパー改』は、見違えるような姿になっていた。
船体全体が虹色の「調和結晶」で覆われ、まるで巨大な宝石のようだ。光を受けるとプリズムのように輝く。
だがその中身は、泥臭い工夫と、熱い想いと、ツギハギだらけの配線で満ちている。
『フェーズゲート、チャージ完了。座標セット、銀河系辺境宙域、ブラックホール・アクレションディスク近傍』
Rabbitのアナウンスにも、少し緊張が混じっている。
『重力波および時間の歪みを検知。……これより先は、物理法則が適用されない「特異点領域」です』
「みんな、いいか」
コイタは操縦席から振り返った。
タケル、ケイト、サミラ、リオ。そしてRabbit。
ルルドーで出会い、フォーミソリアで信じられない体験をし、絆を深めた仲間たち。
「次の場所は、俺たちの旅の終着点かもしれない。……でも、怖くはない。この船には、二つの星の『奇跡』が積まれてる。俺たちの後ろには、数百万の応援団がいる」
「ええ、そうね」
ケイトが微笑む。震える手を組んでいる。
「最高に illogical(非論理的)で、最高に素敵な船よ。……行きましょう」
「行ってやろうじゃねえか、時間の果てまで!」
リオが拳を突き上げる。
「僕たちの手で、未来を勝ち取るんです! テストで100点取るより難しい問題、解いてやりましょう!」
サミラも力強く頷く。
コイタはスロットルを握りしめた。
腕輪が熱く脈打つ。
フォーミソリアの重力が、母のように背中を押してくれている気がした。
「全速、前進ッ!!」
光が弾けた。
虹色の船は、空間を歪ませ、事象の地平線の彼方へと消えていった。
後に残ったのは、静かな宇宙と、しかし確かに変わった二つの惑星の未来だった。
物語は、最終章へ。
全ての答えが眠る場所、時間の墓場「クロノフォージ」の扉が開く。
その直前。
Rabbitの内部ログに、誰にも気づかれない小さなテキストファイルが生成された。
送信元:Unknown(不明)。
内容:『Rabbit。……私の最高傑作。……私を殺しに来てくれ』
(惑星フォーミソリア編・完/クロノフォージ編へ続く)




