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宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
フォーミソリア編
35/48

【惑星フォーミソリア編】第35話 神殿の修復 〜100年越しの贖罪と別れの宴〜

 帝国の収穫艦が去り、神殿には静寂が戻っていた。

 だが、その傷跡は深い。

 あちこちに亀裂が走り、中央のアンカー柱も光を失い、美しいステンドグラスの破片が床に散らばっている。

 文字通り、この星の心臓部が引き裂かれた状態だ。空からは、まだパラパラと瓦礫が落ちてくる。


「ひどい有様だな」

 ヴォルクが瓦礫を足で退ける。重い溜息が、白い蒸気となって漏れる。

「だが、直せる。……俺たちの『材料フォージ』と、あんたらの技術があれば。この神殿は、俺たちの誇りだからな」


 コイタとヴォルク、そしてタケルも加わり、修復作業が始まった。

 それは、この星の歴史上、例を見ない共同作業だった。

 イソリアンの屈強な工兵たちが、損傷したメインフレームに精密なアーク溶接を行う。飛び散る火花が、彼らの汗ばんだ甲羅を照らす。

 その隙間を、フォーミアンたちが自らの分泌液(樹脂)で埋めていく。甘い匂いのする樹脂は、空気触媒で硬化し、金属よりも強固な結合剤となる。

 無機的な金属と、有機的な樹脂。

 二つの異なる素材が、高熱で溶け合い、かつてない強度を持つ「ハイブリッド素材」へと変わっていく。


「すごい……」

 サミラがタブレットのモニターを見て感嘆する。

「分子レベルで結合してるわ。これなら、以前の数倍の物理的負荷にも耐えられる。……まるで、この星の住人たちの関係そのものね」


 作業の合間に、Rabbitがぽつりと呟いた。彼のセンサーアイは、修復されていくアンカー柱をじっと見つめていた。

『……私の計算は、間違っていたのでしょうか』


「え?」

 コイタが手を止める。溶接ゴーグルを額に上げる。

「どうした、急に」

『100年前、私は彼らの闘争を「無駄なエラー」と判断し、強制的に停止させました。……ですが、今の彼らの協力体制を見ていると、あのまま干渉せずに戦わせておけば、もっと早く和解できたのではないか……。私は彼らの成長の機会を奪い、歴史を停滞させたのではないか……。その罪悪感バグが、処理しきれません』


 Rabbitのアンテナが力なく垂れ下がっている。

 完璧に見えるAIの、あまりにも人間臭い後悔。

 彼は100年間、ずっとこの星の空で、孤独にその答えを探していたのだ。誰もいない空の上で。


「違うわ」

 凛とした声が響いた。パルム王女が近づいてきた。

 彼女の後ろには、年老いたフォーミアン(長老)と、全身傷だらけのイソリアン(族長)が控えている。


『「100年前、私たちは本当に愚かだった」』

 長老が、枯れ木のような匂い――古い記憶を示す深いフェロモンを漂わせる。

『「あのまま戦っていれば、我々は共倒れになり、この星は誰のものでもなくなっていただろう。屍の山が残るだけだ。……貴方が止めてくれなければ、未来は閉ざされていた」』


「その通りだ」

 イソリアンの族長が重々しく頷く。右腕の巨大なハンマーには、無数の傷が刻まれている。

「あんたが与えてくれた『停戦期間』があったから、俺たちは頭を冷やし、考える時間を持てた。……その時間は、決して無駄じゃなかった。我々が賢くなるために必要な潜伏期間だったんだ」


 パルムがふわりと浮かび上がり、Rabbitの目線の高さに合わせた。

『「あなたが守ってくれた温室ゆりかごがあったから、私たちはここまで育つことができた。……コイタたちに出会うまで、命を繋ぐことができたの」』


 パルムがRabbitの丸い頭を、小さな手で撫でた。

『「ありがとう、白い球の人。……私たちの、最初の先生。……もう自分を責めないで」』

 彼女のフェロモンが、優しくRabbitを包み込む。それは赦しの香り。


 Rabbitのディスプレイに、涙のような青い光が点滅した。

『……非論理的です。感謝されるようなことでは……私は、自由意志を奪ったのですよ? 独裁者だったのですよ?』

『「でも、命は守ってくれた。……それが一番大事なこと」』


「素直に受け取っとけよ」

 コイタが笑って背中を叩く。

「お前は、間違ってなかったんだよ。……ちょっとやり方が強引で不器用だっただけでな。ま、主に似たんだろ」


『……はい。……記録しました、ご主人様。……この推奨データ(ありがとう)を、永久保存領域ハートにロックします。パクリません』


 ブゥン……!

 修復を終えたアンカー柱が、再び輝き始めた。

 以前の冷たい青白い光ではない。

 温かく、力強い、虹色の光だ。神殿のステンドグラスを通して、広場全体に希望の光が降り注ぐ。


----


   *   *   *


 その頃、地球。三條製作所。

 モニターの「共鳴波形」が劇的に変化した。

 ノイズが消え、美しい調和音ハーモニーが流れ始めたのだ。


「聞こえますか、カマラさん」

 白石がヘッドフォンを外す。

「ああ。……今度は、ちゃんとした『音楽』だ」

 ケンジが安堵の微笑みを浮かべる。


 世界中で暴走していたAIたちが、一斉に鎮静化し始めていた。

 道路で暴走していた自動運転車は路肩に安全停止し、不協和音を奏でていたスマートスピーカーは穏やかな環境音を再生し始める。

 フォーミソリアからの「調和の信号」がゲートを超えて伝播し、地球のAIたちにも「落ち着き」をもたらしたのだ。共振現象の逆位相による相殺効果だ。


「シンフォニーだな」

 三條が窓を開ける。

 東京の空にかかっていた不気味なオーロラが、雨上がりの綺麗な虹に変わっていた。

「彼らが……あの子たちが、世界を救ったのね」


----


   *   *   *


 フォーミソリア、神殿広場。

「よし!」

 ヴォルクが工具を高く掲げる。

「神殿は直った! これより、再稼働祝賀会を行う! ……フォーミアンの蜜酒と、イソリアンの岩焼き魚だ! 食える奴は集まれ!」


 わっと歓声が上がった。

 広場にテーブル(あるいは空中の餌台)が並べられ、宴が始まった。

 甘い花の匂いと、香ばしい食欲をそそる匂いが混ざり合い、食欲を刺激する。


 コイタは、イソリアンの若者に無理やり高いドグルド製の酒を飲まされ、サミラはフォーミアンの子供たちに囲まれて質問攻めにされている。

「お姉ちゃん、地球ってどんなとこ?」「空は青いの?」「羽はないの?」

「青いわよ。羽はないけど、飛行機っていう大きな鉄の鳥に乗って飛ぶの」

 サミラは満更でもなさそうだ。


 リオはケイトと一緒に、見たこともない色の果物を恐る恐る口にしていた。

「これ、爆発しねえだろうな?」

「大丈夫よ、分析済み。……たぶん」

「たぶんかよ! ……ん、うめぇ! マンゴーみてぇな味だ!」


 タケルは一人、広場の隅でタブレットを操作していた。次の目的地――「クロノフォージ」へのルート計算だ。

「……楽しそうだな」

 ヴォルクが焼き魚の串を持ってやってきた。

「ああ。……でも、少し怖いんだ」

 タケルは正直に打ち明けた。

「この先にあるのは、帝国の本拠地に近い場所だ。今まで以上の危険が待っている。……僕たちの『技術』が通用するかどうか」

「通用するさ。俺たちが保証する」

 ヴォルクがニカっと笑い、タケルの背中を叩いた。「お前らの武器は頭脳だろ? もっと自信を持て。この星を救った英雄なんだからな」


 宴の喧騒から少し離れたバルコニーで、コイタとパルムが並んで夜空を見上げていた。

 二つの月が輝き、星々が瞬いている。


『「……行っちゃうの?」』

 パルムのフェロモンが、切ない色(薄紫色)を帯びる。

「ああ。行かなきゃいけない場所がある。……母さんが待ってる気がするんだ」

 コイタは真っ直ぐに空を見つめた。

「それに、まだ終わってない。ロッシュの上には本体がいるし、Rabbitの本当の『親』にも会わなきゃいけない」


『「寂しくなるわ」』

 パルムがコイタの袖を掴んだ。

『「でも、止めない。……あなたは『第三の道』を探す人だから。ここで立ち止まっちゃいけない人だから」』

 彼女は女王としての顔つきになった。凛とした、強い瞳。

『「私はこの星を守る。あなたが教えてくれた『対話』で、みんなを導いていく」』


「頼んだぜ、女王様」

 コイタが笑う。

「お前なら大丈夫だ。……なんてったって、あのヴォルクと言い合って勝ったんだからな」


 パルムも小さく笑った。甘いバニラの香り。

 二人の間に、言葉はいらなかった。

 ただ、互いの存在を感じ合うだけで十分だった。


 それは、この星で一番「平和」な夜だった。

 管理された平和ではない。

 騒がしくて、少しカオスで、別れの予感に満ちた、でも温かい平和。


 次の旅立ちの時は近い。

 嵐の前の静けさの中で、コイタは深く息を吸い込んだ。

 この匂いを、忘れないように。


(つづく)

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