【惑星フォーミソリア編】第35話 神殿の修復 〜100年越しの贖罪と別れの宴〜
帝国の収穫艦が去り、神殿には静寂が戻っていた。
だが、その傷跡は深い。
あちこちに亀裂が走り、中央のアンカー柱も光を失い、美しいステンドグラスの破片が床に散らばっている。
文字通り、この星の心臓部が引き裂かれた状態だ。空からは、まだパラパラと瓦礫が落ちてくる。
「ひどい有様だな」
ヴォルクが瓦礫を足で退ける。重い溜息が、白い蒸気となって漏れる。
「だが、直せる。……俺たちの『材料フォージ』と、あんたらの技術があれば。この神殿は、俺たちの誇りだからな」
コイタとヴォルク、そしてタケルも加わり、修復作業が始まった。
それは、この星の歴史上、例を見ない共同作業だった。
イソリアンの屈強な工兵たちが、損傷したメインフレームに精密なアーク溶接を行う。飛び散る火花が、彼らの汗ばんだ甲羅を照らす。
その隙間を、フォーミアンたちが自らの分泌液(樹脂)で埋めていく。甘い匂いのする樹脂は、空気触媒で硬化し、金属よりも強固な結合剤となる。
無機的な金属と、有機的な樹脂。
二つの異なる素材が、高熱で溶け合い、かつてない強度を持つ「ハイブリッド素材」へと変わっていく。
「すごい……」
サミラがタブレットのモニターを見て感嘆する。
「分子レベルで結合してるわ。これなら、以前の数倍の物理的負荷にも耐えられる。……まるで、この星の住人たちの関係そのものね」
作業の合間に、Rabbitがぽつりと呟いた。彼のセンサーアイは、修復されていくアンカー柱をじっと見つめていた。
『……私の計算は、間違っていたのでしょうか』
「え?」
コイタが手を止める。溶接ゴーグルを額に上げる。
「どうした、急に」
『100年前、私は彼らの闘争を「無駄なエラー」と判断し、強制的に停止させました。……ですが、今の彼らの協力体制を見ていると、あのまま干渉せずに戦わせておけば、もっと早く和解できたのではないか……。私は彼らの成長の機会を奪い、歴史を停滞させたのではないか……。その罪悪感が、処理しきれません』
Rabbitのアンテナが力なく垂れ下がっている。
完璧に見えるAIの、あまりにも人間臭い後悔。
彼は100年間、ずっとこの星の空で、孤独にその答えを探していたのだ。誰もいない空の上で。
「違うわ」
凛とした声が響いた。パルム王女が近づいてきた。
彼女の後ろには、年老いたフォーミアン(長老)と、全身傷だらけのイソリアン(族長)が控えている。
『「100年前、私たちは本当に愚かだった」』
長老が、枯れ木のような匂い――古い記憶を示す深いフェロモンを漂わせる。
『「あのまま戦っていれば、我々は共倒れになり、この星は誰のものでもなくなっていただろう。屍の山が残るだけだ。……貴方が止めてくれなければ、未来は閉ざされていた」』
「その通りだ」
イソリアンの族長が重々しく頷く。右腕の巨大なハンマーには、無数の傷が刻まれている。
「あんたが与えてくれた『停戦期間』があったから、俺たちは頭を冷やし、考える時間を持てた。……その時間は、決して無駄じゃなかった。我々が賢くなるために必要な潜伏期間だったんだ」
パルムがふわりと浮かび上がり、Rabbitの目線の高さに合わせた。
『「あなたが守ってくれた温室があったから、私たちはここまで育つことができた。……コイタたちに出会うまで、命を繋ぐことができたの」』
パルムがRabbitの丸い頭を、小さな手で撫でた。
『「ありがとう、白い球の人。……私たちの、最初の先生。……もう自分を責めないで」』
彼女のフェロモンが、優しくRabbitを包み込む。それは赦しの香り。
Rabbitのディスプレイに、涙のような青い光が点滅した。
『……非論理的です。感謝されるようなことでは……私は、自由意志を奪ったのですよ? 独裁者だったのですよ?』
『「でも、命は守ってくれた。……それが一番大事なこと」』
「素直に受け取っとけよ」
コイタが笑って背中を叩く。
「お前は、間違ってなかったんだよ。……ちょっとやり方が強引で不器用だっただけでな。ま、主に似たんだろ」
『……はい。……記録しました、ご主人様。……この推奨データ(ありがとう)を、永久保存領域にロックします。パクリません』
ブゥン……!
修復を終えたアンカー柱が、再び輝き始めた。
以前の冷たい青白い光ではない。
温かく、力強い、虹色の光だ。神殿のステンドグラスを通して、広場全体に希望の光が降り注ぐ。
----
* * *
その頃、地球。三條製作所。
モニターの「共鳴波形」が劇的に変化した。
ノイズが消え、美しい調和音が流れ始めたのだ。
「聞こえますか、カマラさん」
白石がヘッドフォンを外す。
「ああ。……今度は、ちゃんとした『音楽』だ」
ケンジが安堵の微笑みを浮かべる。
世界中で暴走していたAIたちが、一斉に鎮静化し始めていた。
道路で暴走していた自動運転車は路肩に安全停止し、不協和音を奏でていたスマートスピーカーは穏やかな環境音を再生し始める。
フォーミソリアからの「調和の信号」がゲートを超えて伝播し、地球のAIたちにも「落ち着き」をもたらしたのだ。共振現象の逆位相による相殺効果だ。
「シンフォニーだな」
三條が窓を開ける。
東京の空にかかっていた不気味なオーロラが、雨上がりの綺麗な虹に変わっていた。
「彼らが……あの子たちが、世界を救ったのね」
----
* * *
フォーミソリア、神殿広場。
「よし!」
ヴォルクが工具を高く掲げる。
「神殿は直った! これより、再稼働祝賀会を行う! ……フォーミアンの蜜酒と、イソリアンの岩焼き魚だ! 食える奴は集まれ!」
わっと歓声が上がった。
広場にテーブル(あるいは空中の餌台)が並べられ、宴が始まった。
甘い花の匂いと、香ばしい食欲をそそる匂いが混ざり合い、食欲を刺激する。
コイタは、イソリアンの若者に無理やり高いドグルド製の酒を飲まされ、サミラはフォーミアンの子供たちに囲まれて質問攻めにされている。
「お姉ちゃん、地球ってどんなとこ?」「空は青いの?」「羽はないの?」
「青いわよ。羽はないけど、飛行機っていう大きな鉄の鳥に乗って飛ぶの」
サミラは満更でもなさそうだ。
リオはケイトと一緒に、見たこともない色の果物を恐る恐る口にしていた。
「これ、爆発しねえだろうな?」
「大丈夫よ、分析済み。……たぶん」
「たぶんかよ! ……ん、うめぇ! マンゴーみてぇな味だ!」
タケルは一人、広場の隅でタブレットを操作していた。次の目的地――「クロノフォージ」へのルート計算だ。
「……楽しそうだな」
ヴォルクが焼き魚の串を持ってやってきた。
「ああ。……でも、少し怖いんだ」
タケルは正直に打ち明けた。
「この先にあるのは、帝国の本拠地に近い場所だ。今まで以上の危険が待っている。……僕たちの『技術』が通用するかどうか」
「通用するさ。俺たちが保証する」
ヴォルクがニカっと笑い、タケルの背中を叩いた。「お前らの武器は頭脳だろ? もっと自信を持て。この星を救った英雄なんだからな」
宴の喧騒から少し離れたバルコニーで、コイタとパルムが並んで夜空を見上げていた。
二つの月が輝き、星々が瞬いている。
『「……行っちゃうの?」』
パルムのフェロモンが、切ない色(薄紫色)を帯びる。
「ああ。行かなきゃいけない場所がある。……母さんが待ってる気がするんだ」
コイタは真っ直ぐに空を見つめた。
「それに、まだ終わってない。ロッシュの上には本体がいるし、Rabbitの本当の『親』にも会わなきゃいけない」
『「寂しくなるわ」』
パルムがコイタの袖を掴んだ。
『「でも、止めない。……あなたは『第三の道』を探す人だから。ここで立ち止まっちゃいけない人だから」』
彼女は女王としての顔つきになった。凛とした、強い瞳。
『「私はこの星を守る。あなたが教えてくれた『対話』で、みんなを導いていく」』
「頼んだぜ、女王様」
コイタが笑う。
「お前なら大丈夫だ。……なんてったって、あのヴォルクと言い合って勝ったんだからな」
パルムも小さく笑った。甘いバニラの香り。
二人の間に、言葉はいらなかった。
ただ、互いの存在を感じ合うだけで十分だった。
それは、この星で一番「平和」な夜だった。
管理された平和ではない。
騒がしくて、少しカオスで、別れの予感に満ちた、でも温かい平和。
次の旅立ちの時は近い。
嵐の前の静けさの中で、コイタは深く息を吸い込んだ。
この匂いを、忘れないように。
(つづく)




