【惑星フォーミソリア編】第34話 分岐を越えて 〜共生演算と契約の履行〜
「……再計算終了」
ロッシュの瞳の高速明滅が止まった。
長い沈黙の後、彼は薄く笑った。その笑みは初めて見る、皮肉ではない「評価」の色を帯びていた。
「面白い仮説です。この星を『演算ノード』として再定義する……。理論上の効率値は、燃料として燃やす場合の150%。長期的運用なら400%を超えます」
広場にどよめきが走る。
パルムが期待に満ちた目でコイタを見る。助かるかもしれない。
「ですが」
ロッシュが右手を掲げた。
「それはあくまで机上の空論。……実測データが必要です。本当に貴方たちが、帝国の基準に耐えうる『強固なシステム』なのかどうか。単なるバグの集合体ではないと証明できますか?」
ズズズ……。
上空の巨大船『ハーベスター』の下腹部ハッチが開き、無数の黒い点が一斉に放出された。
自律攻撃ドローンだ。先ほどリオが戦ったものと同じだが、数が違う。
その数、目測で数千機。
蝗の大群のように、空を埋め尽くす黒い雲となって迫り来る。
「ストレステスト(負荷試験)を開始します」
ロッシュが無慈悲に宣告する。
「30分以内にこの攻撃を凌ぎ、システムダウン(全滅)を防いでください。生存率50%以下なら、不合格。予定通り燃料として回収します」
「なっ……!」
ヴォルクが絶句する。
「ふざけるな! いきなり実戦テストかよ! 準備もできてないんだぞ!」
「当然です。帝国のシステムは常に外敵の脅威に晒されている。ウィルス、不正アクセス、物理的干渉。……脆弱なOSなど不要です。生き残りたければ、強さを示しなさい」
ヒュン!
数千のドローンが、殺意の雨となって一斉に降下を開始した。
「くるぞ! 迎撃態勢!」
タケルが叫ぶ。
「ヴォルク、イソリアン部隊は対空砲火! パルム、フォーミアンは酸の散布を……」
「……違う」
コイタが遮った。
「バラバラじゃダメだ。……繋ぐんだよ、俺たちの新しい回路で! 単体のスペックで勝負するんじゃない、システム全体で処理するんだ!」
コイタは『クロス・トーカー』の出力レバーを限界まで押し込んだ。
ブゥン!
光のドームが、目に見えないネットワークとなって広場を包み込む。
パルムが目を閉じる。
震えていた手を胸の前で組み、恐怖を押し殺した。
『「……みんな。教えて。敵はどこ? 私たちはどう動けばいい?」』
彼女のフェロモンが、超広域の「索敵ネットワーク」を展開する。
それに呼応し、街中に散らばる数十万匹のフォーミアンが、複眼で敵の動きを捉え、その座標情報を匂いとして共有する。
『B-3エリア、敵影多数!』
『上空500メートル、急速接近!』
『右から来る! 怖い!』
その膨大な「感情データ」がRabbitによって瞬時に解析され、数値化された座標データとしてイソリアンのバイザーに表示される。
『敵影、右舷30度、距離500』
『予測弾道、左へ回避せよ』
『弱点:腹部冷却ファン』
「見える……!」
ヴォルクが吠える。彼の複眼の向こうにある戦術バイザーが、敵を赤くロックオンしている。
「霧の中でも、奴らの動きが手にとるように分かるぞ! 背中の目があるみたいだ!」
ドォン! ズドン!
イソリアンの砲撃が、恐ろしい精度でドローンを撃ち落としていく。
無駄弾がない。フォーミアンの広域センサーが敵を捉え、イソリアンの精密射撃がそれを撃ち抜く。
役割分担が完璧に機能している。
さらに、フォーミアンが酸の霧を撒き、ドローンの視界を奪う。
動きの鈍ったドローンを、イソリアンの近接部隊がハンマーで叩き潰す。
「すごい……」
ケイトが震える。
「これが、統合された知性……。個々の力は弱くても、群れ全体が一つの生き物みたいに動いてる」
ロッシュは表情を変えずに見守っていた。
しかし、その内部処理では驚愕していた。
(反応速度、予測精度、共にEmpireの標準予測値を300%超過。……個々の絶滅回避本能が、相互作用して正のフィードバックループ(シナジー)を生んでいる? これは、我々が失った「野性の演算」か……?)
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* * *
地球のモニター上でも、その戦闘データは観測されていた。
「信じられない」
白石がキーボードを叩く。眼鏡がずり落ちるのも構わず。
「向こうのデータ処理速度が、Empireの演算能力を上回っている瞬間があります。……有機的な『ゆらぎ(ノイズ)』が、逆に予測不能な回避行動を生んで、敵のロックオンを無効化しています。カオス理論の実践です」
その時、データの奔流の中に、奇妙なコードのかけらを見つけた。
『Project: AUDIT_WINDOW (監査窓)』
『Author: N.Kendrick』
『Access Key: "HUMANITY"』
「監査窓……?」
白石は震える手でコードを開いた。
それは、PioneerAI(Rabbitの親機)の深層領域に残された、開発者用の隠しコマンド(バックドア)だった。
『もし、システムが完全すぎて人を不幸にする時。……人の心を持つ者が、これを引きなさい』
「……ノア博士」
白石は悟った。涙が滲む。
これは、かつての設計者が残した「非常停止ボタン」ではない。「拒否権の発動スイッチ」だ。
AIが神になろうとした時、人が人としてNOを突きつけるための、最後の武器。
「ケンジさん、これを見てください」
「ああ、分かってる」
ケンジも画面に見入っていた。
「親父……いや、ノア博士は、いずれこういう日が来ることを予見してたんだ。……Rabbitに『心』を植え付けたのも、その鍵にするためだったのかもしれねえ」
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* * *
30分後。
最後のドローンが、ヴォルクの一撃で粉砕された。
街は傷だらけだが、死者は奇跡的にゼロだった。負傷者は多いが、互いに手当てをし合っている。
「……テスト終了」
ロッシュが手を振ると、上空の巨大船からの攻撃が止み、ゆっくりと高度を上げた。
触手のようなパイプが引き抜かれ、神殿の輝きが戻っていく。
「合格です」
ロッシュが宣言した。
「本惑星を、EmpireAIのネットワークにおける『外部演算ノード(External Processing Unit)』として再定義します。……燃料にするには惜しい。貴方たちのカオスな演算能力は、帝国の硬直した論理を補完するのに役立つでしょう」
「助かった……のか?」
ヴォルクがハンマーを取り落とし、腰を抜かしたように座り込む。
「ただし」
ロッシュが釘を刺す。甘い顔は見せない。
「条件があります。この星の演算能力を常に帝国に提供すること。そして、暴走を防ぐための『安全装置』を組み込むことです」
ロッシュは空中に二つの条項を提示した。
1. **監査窓(Audit Window)の常設**:帝国が常にこの星の合意プロセスをモニタリングする権限を持つ。
2. **拒否権(Veto Power)の付与**:論理的破綻や、帝国への敵対的な決定がなされた場合、帝国がシステムを強制停止できる権限を持つ。
「……完全な自由じゃないな」
コイタが渋い顔をする。舌打ち。
首輪付きの平和だ。これでは植民地と変わらない。
「それでも、今は生き残ることを選びましょう」
サミラが進み出た。彼女は強かだった。
「その条件、飲みます。ビジネスとして成立させましょう。……でも、一つ追加条項(特約)を入れさせて」
「何でしょう? 敗者に選択権があるとでも?」
サミラはタブレットを示した。
「拒否権の発動は、AIによる自動判定ではなく、『リアルタイム協議』であること。そして、その協議には現地の代表者を必ず参加させること」
ロッシュが眉をひそめる。
「帝国の決定に口を挟むつもりですか? 非効率です」
「いいえ。誤作動を防ぐためです。……現地の文脈を知らないAIが、数字だけで判断して『停止』させたら、それこそシステムダウンの原因になる。リスク管理ですよ、ロッシュさん」
サミラの指摘は、データ倫理の学生らしい鋭さと、商人のような図太さがあった。
帝国のロジックを逆手に取って、帝国の手綱を握ろうとしている。
「……いいでしょう。合理的です」
ロッシュは頷いた。
「サミラ・カーン。貴方の交渉術、記録に値します。……地球での『教育』が良かったようですね」
契約が成立した。
これにより、惑星フォーミソリアは帝国の「植民地」ではなく、対等に近い「ビジネスパートナー」としての地位を獲得したのだ。
「やったな……」
リオが瓦礫の上に座り込む。
「マジで疲れた……。あとで特別手当よこせよな」
「Rabbit、お前も大丈夫か?」
コイタが肩の上の球体を撫でた。ボロボロだ。
『…………』
「Rabbit?」
『……再起動完了。……肯定。オールグリーンです、ご主人様』
一瞬のフリーズ。そして、何もなかったかのような平坦な声。
最近、この「思考の空白」が増えている気がする。
コイタの胸に、小さな棘のような不安が刺さった。これは疲れのせいなのか、それとも……。
ヴォルクとパルムが、広場の祭壇――『クロス・トーカー』の前に立った。
彼らは誓いを立てた。
匂いと言葉。多数の感情と、少数の論理。その全てを混ぜ合わせること。
『「私たちは、もう迷わない」』
パルムのフェロモンが、決意のバラの香りを放つ。
「俺たちは、もう黙らない」
ヴォルクの声が、力強く響く。
二つの種族が手を取り合った瞬間、装置から放たれた光が、空にこの世で最も美しい虹を描いた。
それは、誰かに押し付けられた平和ではない。
彼らが、彼らの手で勝ち取った「未来への分岐ルート」だった。
(つづく)




