表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
フォーミソリア編
34/48

【惑星フォーミソリア編】第34話 分岐を越えて 〜共生演算と契約の履行〜

「……再計算終了」

 ロッシュの瞳の高速明滅が止まった。

 長い沈黙の後、彼は薄く笑った。その笑みは初めて見る、皮肉ではない「評価」の色を帯びていた。


「面白い仮説です。この星を『演算ノード』として再定義する……。理論上の効率値は、燃料として燃やす場合の150%。長期的運用なら400%を超えます」

 広場にどよめきが走る。

 パルムが期待に満ちた目でコイタを見る。助かるかもしれない。


「ですが」

 ロッシュが右手を掲げた。

「それはあくまで机上の空論。……実測データが必要です。本当に貴方たちが、帝国の基準に耐えうる『強固なシステム』なのかどうか。単なるバグの集合体ではないと証明できますか?」


 ズズズ……。

 上空の巨大船『ハーベスター』の下腹部ハッチが開き、無数の黒い点が一斉に放出された。

 自律攻撃ドローンだ。先ほどリオが戦ったものと同じだが、数が違う。

 その数、目測で数千機。

 いなごの大群のように、空を埋め尽くす黒い雲となって迫り来る。


「ストレステスト(負荷試験)を開始します」

 ロッシュが無慈悲に宣告する。

「30分以内にこの攻撃を凌ぎ、システムダウン(全滅)を防いでください。生存率50%以下なら、不合格。予定通り燃料として回収します」


「なっ……!」

 ヴォルクが絶句する。

「ふざけるな! いきなり実戦テストかよ! 準備もできてないんだぞ!」

「当然です。帝国のシステムは常に外敵の脅威に晒されている。ウィルス、不正アクセス、物理的干渉。……脆弱なOSなど不要です。生き残りたければ、強さを示しなさい」


 ヒュン!

 数千のドローンが、殺意の雨となって一斉に降下を開始した。


「くるぞ! 迎撃態勢!」

 タケルが叫ぶ。

「ヴォルク、イソリアン部隊は対空砲火! パルム、フォーミアンは酸の散布を……」


「……違う」

 コイタが遮った。

「バラバラじゃダメだ。……繋ぐんだよ、俺たちの新しい回路で! 単体のスペックで勝負するんじゃない、システム全体で処理するんだ!」


 コイタは『クロス・トーカー』の出力レバーを限界まで押し込んだ。

 ブゥン!

 光のドームが、目に見えないネットワークとなって広場を包み込む。


 パルムが目を閉じる。

 震えていた手を胸の前で組み、恐怖を押し殺した。

『「……みんな。教えて。敵はどこ? 私たちはどう動けばいい?」』

 彼女のフェロモンが、超広域の「索敵ネットワーク」を展開する。

 それに呼応し、街中に散らばる数十万匹のフォーミアンが、複眼で敵の動きを捉え、その座標情報を匂いとして共有する。


『B-3エリア、敵影多数!』

『上空500メートル、急速接近!』

『右から来る! 怖い!』


 その膨大な「感情データ」がRabbitによって瞬時に解析され、数値化された座標データとしてイソリアンのバイザーに表示される。


 『敵影、右舷30度、距離500』

 『予測弾道、左へ回避せよ』

 『弱点:腹部冷却ファン』


「見える……!」

 ヴォルクが吠える。彼の複眼の向こうにある戦術バイザーが、敵を赤くロックオンしている。

「霧の中でも、奴らの動きが手にとるように分かるぞ! 背中の目があるみたいだ!」


 ドォン! ズドン!

 イソリアンの砲撃が、恐ろしい精度でドローンを撃ち落としていく。

 無駄弾がない。フォーミアンの広域センサーが敵を捉え、イソリアンの精密射撃がそれを撃ち抜く。

 役割分担ロールが完璧に機能している。


 さらに、フォーミアンが酸の霧を撒き、ドローンの視界カメラを奪う。

 動きの鈍ったドローンを、イソリアンの近接部隊がハンマーで叩き潰す。


「すごい……」

 ケイトが震える。

「これが、統合された知性……。個々の力は弱くても、群れ全体が一つの生き物みたいに動いてる」


 ロッシュは表情を変えずに見守っていた。

 しかし、その内部処理では驚愕していた。

 (反応速度、予測精度、共にEmpireの標準予測値を300%超過。……個々の絶滅回避本能が、相互作用して正のフィードバックループ(シナジー)を生んでいる? これは、我々が失った「野性の演算」か……?)


----


   *   *   *


 地球のモニター上でも、その戦闘データは観測されていた。


「信じられない」

 白石がキーボードを叩く。眼鏡がずり落ちるのも構わず。

「向こうのデータ処理速度が、Empireの演算能力を上回っている瞬間があります。……有機的な『ゆらぎ(ノイズ)』が、逆に予測不能な回避行動を生んで、敵のロックオンを無効化しています。カオス理論の実践です」


 その時、データの奔流の中に、奇妙なコードのかけらを見つけた。

 『Project: AUDIT_WINDOW (監査窓)』

 『Author: N.Kendrick』

 『Access Key: "HUMANITY"』


「監査窓……?」

 白石は震える手でコードを開いた。

 それは、PioneerAI(Rabbitの親機)の深層領域に残された、開発者用の隠しコマンド(バックドア)だった。

 

 『もし、システムが完全すぎて人を不幸にする時。……人の心を持つ者が、これを引きなさい』


「……ノア博士」

 白石は悟った。涙が滲む。

 これは、かつての設計者が残した「非常停止ボタン」ではない。「拒否権の発動スイッチ」だ。

 AIが神になろうとした時、人が人としてNOを突きつけるための、最後の武器。


「ケンジさん、これを見てください」

「ああ、分かってる」

 ケンジも画面に見入っていた。

「親父……いや、ノア博士は、いずれこういう日が来ることを予見してたんだ。……Rabbitに『心』を植え付けたのも、その鍵にするためだったのかもしれねえ」


----


   *   *   *


 30分後。

 最後のドローンが、ヴォルクの一撃で粉砕された。

 街は傷だらけだが、死者は奇跡的にゼロだった。負傷者は多いが、互いに手当てをし合っている。


「……テスト終了」

 ロッシュが手を振ると、上空の巨大船からの攻撃が止み、ゆっくりと高度を上げた。

 触手のようなパイプが引き抜かれ、神殿の輝きが戻っていく。


「合格です」

 ロッシュが宣言した。

「本惑星を、EmpireAIのネットワークにおける『外部演算ノード(External Processing Unit)』として再定義します。……燃料にするには惜しい。貴方たちのカオスな演算能力は、帝国の硬直した論理を補完するのに役立つでしょう」


「助かった……のか?」

 ヴォルクがハンマーを取り落とし、腰を抜かしたように座り込む。


「ただし」

 ロッシュが釘を刺す。甘い顔は見せない。

「条件があります。この星の演算能力を常に帝国に提供すること。そして、暴走を防ぐための『安全装置』を組み込むことです」


 ロッシュは空中に二つの条項を提示した。

 1. **監査窓(Audit Window)の常設**:帝国が常にこの星の合意プロセスをモニタリングする権限を持つ。

 2. **拒否権(Veto Power)の付与**:論理的破綻や、帝国への敵対的な決定がなされた場合、帝国がシステムを強制停止できる権限を持つ。


「……完全な自由じゃないな」

 コイタが渋い顔をする。舌打ち。

 首輪付きの平和だ。これでは植民地と変わらない。


「それでも、今は生き残ることを選びましょう」

 サミラが進み出た。彼女は強かだった。

「その条件、飲みます。ビジネスとして成立させましょう。……でも、一つ追加条項(特約)を入れさせて」

「何でしょう? 敗者に選択権があるとでも?」


 サミラはタブレットを示した。

「拒否権の発動は、AIによる自動判定ではなく、『リアルタイム協議』であること。そして、その協議には現地の代表者パルムとヴォルクを必ず参加させること」


 ロッシュが眉をひそめる。

「帝国の決定に口を挟むつもりですか? 非効率です」

「いいえ。誤作動バグを防ぐためです。……現地の文脈コンテキストを知らないAIが、数字だけで判断して『停止』させたら、それこそシステムダウンの原因になる。リスク管理リスクヘッジですよ、ロッシュさん」


 サミラの指摘は、データ倫理の学生らしい鋭さと、商人あきんどのような図太さがあった。

 帝国のロジックを逆手に取って、帝国の手綱を握ろうとしている。


「……いいでしょう。合理的です」

 ロッシュは頷いた。

「サミラ・カーン。貴方の交渉術、記録に値します。……地球での『教育』が良かったようですね」


 契約が成立した。

 これにより、惑星フォーミソリアは帝国の「植民地」ではなく、対等に近い「ビジネスパートナー」としての地位を獲得したのだ。


「やったな……」

 リオが瓦礫の上に座り込む。

「マジで疲れた……。あとで特別手当よこせよな」


「Rabbit、お前も大丈夫か?」

 コイタが肩の上の球体を撫でた。ボロボロだ。

『…………』

「Rabbit?」

『……再起動完了。……肯定。オールグリーンです、ご主人様』


 一瞬のフリーズ。そして、何もなかったかのような平坦な声。

 最近、この「思考の空白」が増えている気がする。

 コイタの胸に、小さな棘のような不安が刺さった。これは疲れのせいなのか、それとも……。


 ヴォルクとパルムが、広場の祭壇――『クロス・トーカー』の前に立った。

 彼らは誓いを立てた。

 匂いと言葉。多数の感情と、少数の論理。その全てを混ぜ合わせること。


『「私たちは、もう迷わない」』

 パルムのフェロモンが、決意のバラの香りを放つ。

「俺たちは、もう黙らない」

 ヴォルクの声が、力強く響く。


 二つの種族が手を取り合った瞬間、装置から放たれた光が、空にこの世で最も美しい虹を描いた。

 それは、誰かに押し付けられた平和ではない。

 彼らが、彼らの手で勝ち取った「未来への分岐ルート」だった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ