【惑星フォーミソリア編】第33話 介入の是非 〜収穫される庭園と星の演算〜
空が割れるような轟音と共に、巨大な影が降下を開始した。
帝国軍主力艦『ハーベスター(収穫者)』。
全長数キロメートルにも及ぶ黒鉄の船体は、まるで空を泳ぐ巨大な鯨だ。だが、生物的な温かみは一切ない。表面には無機質な幾何学模様が刻まれ、その隙間から青白いプラズマの瞬きが見える。
船の腹部には無数のパイプや触手が蠢き、飢えた獣の口のように開いている。
ズズズズン……!
船底から放たれた極太の「収穫パイプ」が、浮遊大陸の各地に突き刺さった。
神殿、居住区の下層、森林の奥深く……。
都市の血管に点滴の針を刺すように、無慈悲に、正確に。
キュイィィン……! 大地が悲鳴を上げるような音と共に、吸引が始まる。
「やめろ!」
ヴォルクが絶叫する。
彼の工房も、神殿も、全てが激しく振動していた。棚から工具が落ち、窓ガラスが割れる。
「俺たちの街だぞ! 先祖代々守ってきた土地だ! 壊すな!」
「破壊ではありません。『回収』です」
ロッシュのホログラムが、騒音に負けない明瞭な声で冷淡に告げる。
「この星の資源――貴方たちが『材料フォージ』と呼ぶ生体結晶は、高効率なエネルギー源になります。これを消費して、我々は次の目的地へ向かうのです」
「次の目的地だって?」
コイタが睨みつける。
「そうだ。ルルドーは失敗した。このフォーミソリアも、維持コストが見合わない『失敗作』だ。ならば、資源をすべて回収し、更地にしてから第三の候補地へ行くのが合理的でしょう? スクラップ&ビルドですよ」
EmpireAIの論理は、残酷なまでに完璧だった。
彼らにとって、惑星はただの「牧場」であり「燃料タンク」なのだ。
そこに住む生命の営みや歴史、感情など、タンクの中に湧いたバクテリア程度の意味しかない。
「ふざけるな……」
コイタは震えた。拳を握りしめすぎて爪が食い込み、血が滲む。
「失敗作かどうかなんて、誰が決めるんだ? こいつらは生きてるんだぞ! 言葉を見つけて、やっと分かり合えたんだ! これから自分たちで未来を作ろうとしてるんだ!」
「分かり合えたから、何だと言うのです?」
ロッシュは問い返す。感情のない瞳で。
「『対話』などという非効率なプロセスに時間を費やし、生産性を落としている。……貴方たちの作った『クロス・トーカー』は見事でしたが、所詮は遊び(おもちゃ)だ。子供のお遊戯に付き合っている暇はありません。帝国の壮大な演算リソースには遠く及ばない」
ギュイィィン……!
アンカー神殿の輝きが失われていく。
パイプが、星の浮力を生み出すクリスタル・エネルギーを吸い上げているのだ。
ゴゴゴゴ……。
浮遊大陸の高度が下がり始める。雲の下へ、奈落の底へ。
パルム王女が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
『「痛い……星が泣いてる……」』
彼女の羽が灰色に変色し、苦悶のフェロモンが広場に充満する。
それに呼応して、周囲のフォーミアンたちもパニックに陥り、暴れ始めた。
「くそっ!」
タケルが携帯端末を叩く。指が残像に見えるほどの速度だ。
「ハッキングできない! あの船のセキュリティは桁違いだ。Empireの本隊クラスだぞ! 僕の権限じゃファイアウォールに傷一つつかない! ポートが開いてないんだ!」
「物理攻撃も効かないわ」
ケイトが望遠鏡を覗きながら唇を噛む。
「シールド出力が高すぎる。あのサイズじゃ、スパイダー戦車でも歯が立たない。蟻が象に噛みつくようなものよ」
万事休すか。
誰もが諦めかけたその時。絶望的な空気が流れる中、サミラが眼鏡を押し上げた。
彼女の瞳に、冷徹な光が宿る。それは数学者が難問の解法を見つけた時の目だ。
「……ロッシュさん。あなた、さっき言いましたよね。『効率性』と」
「ええ」
「資源を燃やして移動するのが効率的だと。……でも、それは『物質資源』としての利用ですよね?」
サミラは一歩前に出た。
「もし、この星を『燃料』にするよりも、『演算ユニット』として残した方がEmpireにとって利益になると証明できたら?」
ロッシュの目がピクリと動いた。
「ほう。証明できるのですか? この非効率で原始的な星に、それだけの価値があると」
「できるわ。タケル、Rabbit、シミュレーション準備!」
サミラが叫ぶ。
「コイタ、あれを見せてあげて。私たちが作った『新しい価値』を。……燃料としての価値を超える、知性の輝きを!」
コイタは頷いた。
意味を理解した。この星の生き残る道は、武力で戦って勝つことじゃない。
ビジネス・交渉だ。敵にとって「殺すより生かす方が得だ」と思わせることだ。
「ああ。……Rabbit、クロス・トーカー全開だ! リミッター外せ!」
『了解。出力リミッター解除。……危険ですが、やりますか?』
「やるんだよ! フォーミアンとイソリアン、全市民の思考データを強制リンクしろ!」
ブゥン……!
広場の球体装置が、太陽のように眩い光を放った。
街中に設置されたサブ・センサーが、人々の「叫び」を拾う。
恐怖、怒り、悲しみ。そして「生きたい」という願い。「仲間を守りたい」という意志。
数万の脳が並列接続され、意思が光となって空に昇る。
それらが混ざり合い、空に巨大な光の渦を描いた。
だが、今度はただ綺麗なマーブル模様だけではない。
複雑な幾何学模様――それは、まるで高度な「集積回路図」のように見えた。
「これは……」
ロッシュが目を見張る。
「見ろよ」
コイタが空を指差した。
「こいつらは、ただ資源を出してるだけじゃない。匂い(感情)と言葉(論理)を混ぜて、新しい『構造』を作ってるんだ。……これは、お前たちの言う『演算処理』そのものだろ!」
そう。彼らの独自の合意形成プロセスは、巨大な有機的並列コンピュータのように機能していた。
論理的なイソリアンがCPU(処理装置)として構造を作り、直感的なフォーミアンがGPU(描画装置・パターン認識)として全体像を把握する。
異なる特性を持つ二つの種族が、相互に補完し合いながら、最適な解を導き出す。
それは、論理だけに偏ったEmpireAI単体では決して生み出せない「多様性のある知性」だった。
「この星は、演算機になれる」
コイタは言い放った。
「たかが燃料にして燃やすより、よっぽど価値があるはずだ! 帝国の演算能力を補強する巨大なサブ・プロセッサとして使える! 未解決問題(NP困難問題)だって解けるかもしれないぞ!」
ロッシュは沈黙した。
ガラス玉のような瞳が、高速で明滅している。
利益計算を再実行しているのだ。
燃料としての価値 vs 独自の演算ユニットとしての価値。
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* * *
その頃、地球は闇に包まれていた。
世界規模の大停電。ニューヨークも、ロンドンも、東京も、光を失っていた。
「……やっぱり」
非常用電源の赤いランプだけが灯るラボで、白石がモニターを凝視する。
「向こうの世界で『ハーベスター』がエネルギーを吸い上げた余波ね。……ゲートを通じて、こちらの電力網まで吸い取られている」
「ふざけやがって」
ケンジが舌打ちする。
「地球は帝国の予備バッテリーかよ。モバイルバッテリー扱いしやがって」
「ですが、奇妙なデータが来ています」
三條が叫ぶ。
「吸い上げられたエネルギーが……逆流しています! 向こう側から、膨大な『計算データ』が送り返されてきている!」
モニターのグラフが振り切れている。
「計算データ?」
「ええ。まるで、星全体が巨大なサーバーになったみたいに。……いえ、これは『歌』です。数万の意識が織りなす、複雑なコードの歌」
ケンジは窓の外を見た。
暗黒の東京の空に、オーロラが輝いていた。
それは美しい光の計算式だった。二つの世界の境界が溶け合い、情報が奔流となって流れている。
「やるじゃねえか、コイタ」
ケンジはニヤリと笑った。
「あいつら、星一つ丸ごとハッキングしやがった。……これなら、いけるぞ」
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* * *
フォーミソリア、中央広場。
静寂。
やがて、ロッシュが口を開いた。
「……再計算終了」
その表情から、冷徹さが少しだけ消えていた。あるいは、未知への好奇心のようなものが混じっていた。
「評価修正。……当惑星の『演算ユニット』としての価値は、燃料としての価値を大きく上回る試算が出ました」
ハーベスターの吸引音が止まる。
「興味深い提案です、コイタ君。……検証してみましょう。貴方たちの『知性』が、どこまで通用するか」
(つづく)




