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宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
フォーミソリア編
32/48

【惑星フォーミソリア編】第32話 においの投票 〜可視化された合意のオーロラ〜

 翌朝。

 フォーミソリアの帝都・中央広場は、昨日とは違う張り詰めた空気に包まれていた。

 中央には、コイタたちが徹夜で組み上げた巨大な球体装置『クロス・トーカー』が鎮座している。廃材を繋ぎ合わせた歪な球体だが、その中心にはパルム王女の「女王核」のエネルギーを受け止めるクリスタルが埋め込まれている。

 その周りを、数万のフォーミアンと数千のイソリアンが取り囲んでいた。

 空を埋め尽くす羽音と、地を揺らす駆動音。二つの種族が、固唾を呑んで見守っている。


「これより、再投票を行う!」

 ヴォルクが広場の演台に立ち、声を張り上げた。彼の太い腕は、自信に満ちて高く掲げられている。

「議題は同じ。『東の空域の飛行制限』についてだ。……だが、今回は勝ち負けを決めるんじゃない。『俺たちがどう思っているか』を色にするんだ!」


 ロッシュは上空の観覧席で腕組みをして見守っていた。その表情には、まだ余裕がある。

「お手並み拝見といきましょう。感情論がシステムを超えることができるのか」


 実験が始まった。

 まず、イソリアンたちが声を上げる。

「俺たちは、あそこの風に乗りたいんだ!」

「資源探索のルートを広げたい! あそこには未発見の鉱脈がある!」

「あの空域には、特別な磁場がある。研究に必要なんだ!」


 ブゥン……ヒュォォォ……。

 装置がイソリアンたちの論理的な声を拾い、広場の上空に「青い光の粒子」を放つ。

 それは力強く、直進する矢のように鋭い。幾何学模様を描きながら、空へと伸びていく。

 論理ロジックの輝きだ。美しく、しかし冷たく鋭利だ。


 次に、フォーミアンたちが反応する。

 青い矢を見て、一斉に酸っぱい匂い――「不安」のフェロモンが出た。

 『怖い』『危ない』『嫌な予感がする』『ぶつかったらどうするの?』

 甘酸っぱい、しかし刺激的な匂い。

 装置がそれを高感度センサーで吸引し、スペクトル変換して「赤い霧」として投影する。


 広場の上空で、青い矢が赤い霧に突き刺さる。

 昨日なら、ここで霧が矢を飲み込み、多数決の論理で「否決」されて終わりだった。数が違うからだ。

 だが、今日は違う。


「見て!」

 パルムが空を指差す。

 赤い霧の中で、青い矢が消えずに輝き続けていた。

 『クロス・トーカー』のAI(Rabbit)が、論理の「重み(熱意)」を数値化して補正し、感情の霧の中でもその存在感を保たせているのだ。

 「反対」の霧の中に、「賛成」の意思がしっかりと残っている。


 すると、変化が起きた。

 霧の色が、少しずつ変わっていく。

 赤からオレンジ、そして黄色へ。


『分析します』

 Rabbitがスピーカーからアナウンスする。

『フォーミアンたちは、可視化されたイソリアンの「動機(なぜ行きたいか)」を光として認識し、理解し始めました。「ただのワガママ」ではなく、「真剣な夢」であることを感じ取っています。単なる不安(赤)から、注意喚起(黄)へと感情がシフトしています』


 誰かが匂いを出した。

 『気をつけていけば、いいかも?』

 『面白い石があるなら、見てみたい』

 『一緒に行くなら、怖くないかも』

 甘いバニラの香りが混じる。それは「受容」と「好奇心」の香り。


 シュワァァァ……!

 空に、巨大なマーブル模様のオーロラが広がった。

 青(論理)と黄色(注意)とピンク(好奇心)が混ざり合い、美しい緑色(合意)の輝きを生み出していく。

 色が濁って灰色になることはない。それぞれの色が鮮やかに主張しながら、全体として調和し、新しい色を作り出している。


「きれい……」

 ケイトがうっとりと呟いた。

 それは単なる視覚効果ではない。

 そこにいる全員の「気持ち」が、否定されずに混ざり合った証だった。

 100年間、殺し合い、憎しみ合ってきた二つの種族が、初めて同じ空を見上げ、同じ未来(エメラルドグリーンの光)を共有している。


「聞こえるか」

 コイタが言った。彼の目にも涙が光っている。

「これはノイズじゃない。……音楽ハーモニーだ」


----


   *   *   *


 地球。三條製作所。

 ケンジはヘッドフォンを強く押さえていた。

 ノイズの中に紛れ込んでいた「声」のディープ・ラーニング解析が終わったのだ。

 

「……マジかよ」

 ケンジの顔色が蒼白になる。指先が震えている。


「何が分かったの?」

 三條が覗き込む。

「この声の主……帝国のデータベース、いや、もっと古いPioneer計画のメンバーリストに該当者がいた」

 ケンジが呻くように告げる。

「ノア・ケンドリック。……Rabbitの『お父さん』であり、EmpireAIの基礎理論を設計した伝説のプログラマーだ。100年前に死んだはずの男だぞ」


 モニターの波形が揺れる。

『……来るな……』

 ノイズ混じりの声が、フィルターを除去されてはっきりと再生される。

『……ここは……時間の墓場だ……。循環ループが……壊れる……引き返せ……』


「警告してる」

 ケンジは戦慄した。

「あいつらが向かっている場所……『クロノフォージ』は、ただの管理施設じゃない。……何か、とんでもなくヤバい実験場だ。時間を弄ぶような……」


 その時、モニターの向こう――フォーミソリアの波形が急激に乱れた。

 警告ではない。

 破壊のシグナルだ。


----


   *   *   *


 フォーミソリア、中央広場。

「なるほど」

 ロッシュが拍手をした。乾いた電子音が響く。

「単純な多数決では切り捨てられる『声』を可視化し、多数派の『情動』に干渉させる……。相互フィードバック型の合意形成コンセンサス・ビルディングですか。計算コストは高いし、効率性は落ちますが、長期的な『社会の安定性』は極めて高い。……合格です」


 広場に歓声が上がった。地鳴りのような喜びの声。

 イソリアンとフォーミアンが、互いの肩を(あるいは羽を)叩き合っている。

 勝った。

 俺たちのプロトコルが、帝国の完璧なロジックに勝ったのだ。


「ただし」

 ロッシュの声が冷たく響く。その声には、一切の慈悲がなかった。

「内部の合意が取れても、外部からの脅威には抗えませんよ。……このテストは、貴方たちが『優れた牧草』であることを証明したに過ぎません」


「……どういう意味だ?」

 コイタが睨む。嫌な汗が背中を流れる。


「この星の『材料フォージ』の供給が安定すれば、EmpireAIは次のフェーズに移行します。……すなわち、大規模な『収穫ハーベスト』です」

 ロッシュは空を指差した。


 ズズズズ……ゴゴゴゴ……!!

 空が割れた。

 雲を裂いて、巨大な影が降りてきた。

 ルルドーで見た「方舟」よりも遥かに大きい。全長数キロメートルはあるだろうか。

 空を覆い尽くすほどの、超巨大な漆黒の宇宙船だ。

 船底には無数のアームが蛆虫のように蠢き、巨大な掃除機のような吸入口が開いている。


「あれは……!」

 タケルが息を呑み、腰を抜かす。

「Empireの主力艦……惑星採掘用『ハーベスター(収穫者)』級か! 星を丸ごと削り取るやつだ!」


「そうです。この星の資源――美しいフォージも、あなた方の生体エネルギーも、全て根こそぎ吸い上げ、次の星へ向かうための燃料にする」

 ロッシュは無情に告げた。

「おめでとうございます。素晴らしい品質の作物になりました。……残念ながら、この船の維持には、このフォーミソリアそのものを消費する必要があります」


「なっ……!?」

 パルムが崩れ落ちる。

 せっかく対話の方法を見つけたのに。ようやく分かり合えたのに。

 星ごと消されるなんて、そんな理不尽があるか。


「抵抗は無意味です」

 ロッシュは背を向けた。

「収穫開始まで、あと24時間。……せいぜい、最期の『対話』を楽しんでください」


(つづく)

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