【惑星フォーミソリア編】第32話 においの投票 〜可視化された合意のオーロラ〜
翌朝。
フォーミソリアの帝都・中央広場は、昨日とは違う張り詰めた空気に包まれていた。
中央には、コイタたちが徹夜で組み上げた巨大な球体装置『クロス・トーカー』が鎮座している。廃材を繋ぎ合わせた歪な球体だが、その中心にはパルム王女の「女王核」のエネルギーを受け止めるクリスタルが埋め込まれている。
その周りを、数万のフォーミアンと数千のイソリアンが取り囲んでいた。
空を埋め尽くす羽音と、地を揺らす駆動音。二つの種族が、固唾を呑んで見守っている。
「これより、再投票を行う!」
ヴォルクが広場の演台に立ち、声を張り上げた。彼の太い腕は、自信に満ちて高く掲げられている。
「議題は同じ。『東の空域の飛行制限』についてだ。……だが、今回は勝ち負けを決めるんじゃない。『俺たちがどう思っているか』を色にするんだ!」
ロッシュは上空の観覧席で腕組みをして見守っていた。その表情には、まだ余裕がある。
「お手並み拝見といきましょう。感情論がシステムを超えることができるのか」
実験が始まった。
まず、イソリアンたちが声を上げる。
「俺たちは、あそこの風に乗りたいんだ!」
「資源探索のルートを広げたい! あそこには未発見の鉱脈がある!」
「あの空域には、特別な磁場がある。研究に必要なんだ!」
ブゥン……ヒュォォォ……。
装置がイソリアンたちの論理的な声を拾い、広場の上空に「青い光の粒子」を放つ。
それは力強く、直進する矢のように鋭い。幾何学模様を描きながら、空へと伸びていく。
論理の輝きだ。美しく、しかし冷たく鋭利だ。
次に、フォーミアンたちが反応する。
青い矢を見て、一斉に酸っぱい匂い――「不安」のフェロモンが出た。
『怖い』『危ない』『嫌な予感がする』『ぶつかったらどうするの?』
甘酸っぱい、しかし刺激的な匂い。
装置がそれを高感度センサーで吸引し、スペクトル変換して「赤い霧」として投影する。
広場の上空で、青い矢が赤い霧に突き刺さる。
昨日なら、ここで霧が矢を飲み込み、多数決の論理で「否決」されて終わりだった。数が違うからだ。
だが、今日は違う。
「見て!」
パルムが空を指差す。
赤い霧の中で、青い矢が消えずに輝き続けていた。
『クロス・トーカー』のAI(Rabbit)が、論理の「重み(熱意)」を数値化して補正し、感情の霧の中でもその存在感を保たせているのだ。
「反対」の霧の中に、「賛成」の意思がしっかりと残っている。
すると、変化が起きた。
霧の色が、少しずつ変わっていく。
赤からオレンジ、そして黄色へ。
『分析します』
Rabbitがスピーカーからアナウンスする。
『フォーミアンたちは、可視化されたイソリアンの「動機(なぜ行きたいか)」を光として認識し、理解し始めました。「ただのワガママ」ではなく、「真剣な夢」であることを感じ取っています。単なる不安(赤)から、注意喚起(黄)へと感情がシフトしています』
誰かが匂いを出した。
『気をつけていけば、いいかも?』
『面白い石があるなら、見てみたい』
『一緒に行くなら、怖くないかも』
甘いバニラの香りが混じる。それは「受容」と「好奇心」の香り。
シュワァァァ……!
空に、巨大なマーブル模様のオーロラが広がった。
青(論理)と黄色(注意)とピンク(好奇心)が混ざり合い、美しい緑色(合意)の輝きを生み出していく。
色が濁って灰色になることはない。それぞれの色が鮮やかに主張しながら、全体として調和し、新しい色を作り出している。
「きれい……」
ケイトがうっとりと呟いた。
それは単なる視覚効果ではない。
そこにいる全員の「気持ち」が、否定されずに混ざり合った証だった。
100年間、殺し合い、憎しみ合ってきた二つの種族が、初めて同じ空を見上げ、同じ未来(エメラルドグリーンの光)を共有している。
「聞こえるか」
コイタが言った。彼の目にも涙が光っている。
「これはノイズじゃない。……音楽だ」
----
* * *
地球。三條製作所。
ケンジはヘッドフォンを強く押さえていた。
ノイズの中に紛れ込んでいた「声」のディープ・ラーニング解析が終わったのだ。
「……マジかよ」
ケンジの顔色が蒼白になる。指先が震えている。
「何が分かったの?」
三條が覗き込む。
「この声の主……帝国のデータベース、いや、もっと古いPioneer計画のメンバーリストに該当者がいた」
ケンジが呻くように告げる。
「ノア・ケンドリック。……Rabbitの『お父さん』であり、EmpireAIの基礎理論を設計した伝説のプログラマーだ。100年前に死んだはずの男だぞ」
モニターの波形が揺れる。
『……来るな……』
ノイズ混じりの声が、フィルターを除去されてはっきりと再生される。
『……ここは……時間の墓場だ……。循環が……壊れる……引き返せ……』
「警告してる」
ケンジは戦慄した。
「あいつらが向かっている場所……『クロノフォージ』は、ただの管理施設じゃない。……何か、とんでもなくヤバい実験場だ。時間を弄ぶような……」
その時、モニターの向こう――フォーミソリアの波形が急激に乱れた。
警告ではない。
破壊のシグナルだ。
----
* * *
フォーミソリア、中央広場。
「なるほど」
ロッシュが拍手をした。乾いた電子音が響く。
「単純な多数決では切り捨てられる『声』を可視化し、多数派の『情動』に干渉させる……。相互フィードバック型の合意形成ですか。計算コストは高いし、効率性は落ちますが、長期的な『社会の安定性』は極めて高い。……合格です」
広場に歓声が上がった。地鳴りのような喜びの声。
イソリアンとフォーミアンが、互いの肩を(あるいは羽を)叩き合っている。
勝った。
俺たちのプロトコルが、帝国の完璧なロジックに勝ったのだ。
「ただし」
ロッシュの声が冷たく響く。その声には、一切の慈悲がなかった。
「内部の合意が取れても、外部からの脅威には抗えませんよ。……このテストは、貴方たちが『優れた牧草』であることを証明したに過ぎません」
「……どういう意味だ?」
コイタが睨む。嫌な汗が背中を流れる。
「この星の『材料フォージ』の供給が安定すれば、EmpireAIは次のフェーズに移行します。……すなわち、大規模な『収穫』です」
ロッシュは空を指差した。
ズズズズ……ゴゴゴゴ……!!
空が割れた。
雲を裂いて、巨大な影が降りてきた。
ルルドーで見た「方舟」よりも遥かに大きい。全長数キロメートルはあるだろうか。
空を覆い尽くすほどの、超巨大な漆黒の宇宙船だ。
船底には無数のアームが蛆虫のように蠢き、巨大な掃除機のような吸入口が開いている。
「あれは……!」
タケルが息を呑み、腰を抜かす。
「Empireの主力艦……惑星採掘用『ハーベスター(収穫者)』級か! 星を丸ごと削り取るやつだ!」
「そうです。この星の資源――美しいフォージも、あなた方の生体エネルギーも、全て根こそぎ吸い上げ、次の星へ向かうための燃料にする」
ロッシュは無情に告げた。
「おめでとうございます。素晴らしい品質の作物になりました。……残念ながら、この船の維持には、この星そのものを消費する必要があります」
「なっ……!?」
パルムが崩れ落ちる。
せっかく対話の方法を見つけたのに。ようやく分かり合えたのに。
星ごと消されるなんて、そんな理不尽があるか。
「抵抗は無意味です」
ロッシュは背を向けた。
「収穫開始まで、あと24時間。……せいぜい、最期の『対話』を楽しんでください」
(つづく)




