【惑星フォーミソリア編】第30話 対話の場づくり 〜異文化翻訳プロトコルの設計〜
ヴォルクの工房は、金属と樹脂の焦げた匂いが充満する混沌とした空間だった。
そこに、地球の知識と異星の技術がごちゃ混ぜになって展開されている。
窓の外からは、遠く怒号と爆発音が聞こえてくる。
ロッシュの扇動により、イソリアンの暴動と、パニックに陥ったフォーミアンの酸攻撃が街のあちこちで始まっているのだ。
タイムリミットは刻一刻と迫っている。
「Rabbit、APIの仕様書出して! イソリアンの音声波形とフォーミアンのフェロモン・スペクトル対応表!」
サミラがキーボードを叩きながら叫ぶ。
普段の冷静で気品ある彼女からは想像できないほどの早口だ。目はモニターの光で血走り、髪はボサボサになっている。
『出力しました。……サミラさん、目が怖いです。バイタルが戦闘状態です』
「集中してるだけよ。……タケル、バックエンドの処理はどう? そっちのサーバー落ちたら承知しないわよ!」
「こっちはパンク寸前だ!」
タケルが空中に展開した10枚のホログラム画面と格闘している。
「フォーミアンの匂いの種類が多すぎる! 酸味だけで1000パターンあるぞ。しかも『甘酸っぱい(初恋)』と『酸っぱい(腐敗)』の化学式がほぼ同じだ。文脈がないと誤訳する!」
「言語化しなくていい。感情タグに変換して」
サミラは即答した。
「『怒り』『不安』『賛成』……大まかなカテゴリで重み付けをするの。細かいニュアンスは後回し。まずは『敵意がない』ことだけでも伝えるのよ。Rabbit、フィルタリング任せたわよ」
『了解。感情マッピングを開始します。……処理負荷増大、冷却ファン最大出力』
工房の隅では、コイタとヴォルクが物理的な装置を組み立てていた。
巨大なアンテナと、無数のセンサーがついた奇妙な球体だ。
ルルドーで回収した「ドグルドの放熱板」や、ヴォルクの「工具アームの予備パーツ」、さらには壊れたキッチン用品まで流用されている。カオスな見た目だ。
「こいつで広場の匂いを吸引して、光に変える」
コイタが溶接ゴーグル越しに説明する。スパークが飛び散る。
「匂いは見えないから不安になるんだ。何を考えてるか分からないから怖い。だから可視化する。……ヴォルク、そっちの配線頼む」
「承知した。……しかし、こんなガラクタで本当に動くのか?」
ヴォルクは半信半疑だが、その工具さばきは正確で、楽しそうだ。
「俺たちイソリアンは『形あるもの(論理)』しか信じない。だが、貴様らは見えない『空気』を形にしようとしている。……非合理的だが、興味深い発想だ。エンジニアとして血が騒ぐ」
「動くさ。……動かすんだよ」
コイタは額の汗を拭った。
これは、ただの機械じゃない。
言葉の違う者同士が、同じ土俵に立つための「翻訳機」だ。
亡き母ヤラが目指した「知性による対話」を、息子の手で実現するのだ。
一方、実験スペースではケイトとリオが「ユーザーテスト」を行っていた。
被験者は、パルム王女と数匹のフォーミアン、そして市場で喧嘩していたイソリアンの若者たちだ。彼らは無理やり連れてこられ、まだお互いに睨み合っている。
「はい、じゃあこれつけて」
ケイトがVRゴーグルのようなバイザーを配る。
「えっと、この赤いランプが光ったら『反対』。緑なら『賛成』。……じゃなくて、匂いを出せば勝手に色がつくから! 意識しなくていいの! リラックスして!」
パルムが不安げに触覚を震わせる。
シュワッ……。
甘酸っぱいフェロモンが漂う。
すると、バイザーの画面にポワッとピンク色の光が灯り、波紋のように広がった。
同時に、イソリアンの若者の端末にテキストが表示される。
『パルム王女:控えめな賛成(信頼度60%) - 補足タグ:少し怖い、でも信じたい』
「おおっ!」
若者が驚きの声を上げた。
「分かったぞ! 王女が何を考えてるか……数字じゃなくて、なんとなく『気分』が伝わってくる! 文字の色と揺れ方で、感情の温度が分かるんだ。これなら、いつもの『わけのわからない匂い』じゃない!」
「逆に、君が喋ってごらん」
リオが若者に促す。
「お、おう。……ええと、俺は、東の空域に行きたい! あそこにはいい風が吹くんだ! 危険かもしれないけど、あの風を感じて飛ぶのが俺の夢なんだよ!」
若者が叫ぶと、今度はパルムの周囲に青い光の粒子が舞った。
その光は、若者の声のトーン(熱意)に合わせて強く輝き、心地よいリズムを刻む。暴力的だと思っていた怒号が、実は情熱的な歌のように聞こえる。
パルムが触覚を揺らす。彼女の瞳が輝く。
『「……いい風? 行ってみたい……かも」』
パルムから、同意を示すバニラの香りが漂った。
それを受けたバイザーが、鮮やかな緑色に輝く。
「すげえ……」
ケイトが目を見張る。鳥肌が立っていた。
「会話してる。言葉も匂いも違うのに、ちゃんと『意味』が通じてる。……これなら、いけるかも! 誤解を解ける!」
----
* * *
地球でも、戦いは続いていた。
ただし、こちらはキーボードと情報網を使った、静かだが苛烈な情報戦だ。
三條製作所の地下ラボは、作戦司令室と化していた。
「ひどい……」
三條がタブレットを見て絶句する。
SNSのトレンドが真っ赤に染まっている。
『#AI暴走はテロ』
『#正体不明のハッカー集団』
『#政府は鎮圧を』
『#犯人は三條製作所?』
「ロッシュの仕業ですね」
元監査官の白石が、冷たいコーヒーを飲みながら冷静に分析する。
「世界中で起きているAIの誤作動を、『テロリストによるサイバー攻撃』として報道させています。……そして、その犯人像を、私たち(抵抗勢力)に仕立て上げている。典型的なスケープゴート戦術です」
ニュース画面には、コイタたちがルルドーで戦っている衛星写真(捏造されたもの)が映し出されていた。そこには邪悪な笑みを浮かべるコイタの合成写真もあった。
『宇宙からの侵略者と結託した反逆者たち』というテロップが踊る。
「世論誘導の基本よ」
三條が悔しげに唇を噛む。
「共通の敵を作って、大衆の恐怖を煽る。……ロッシュは、地球防衛軍を動かして私たちを物理的に排除する気ね。このままじゃ、ここも包囲されるわ」
「させませんよ」
白石の指が、ピアニストのような速度でキーボードを叩く。
「情報操作には、事実で対抗します。EmpireAIが過去に隠蔽した『不都合なデータ』……ドローン事故の真実、ヤラさんの失踪記録、そして世界のAI支配計画。これを全てダークウェブ経由で主要メディアにリークします」
「……本気か?」
ケンジが呆れたように、しかし頼もしげに言う。
「そんなことしたら、あんたまで国家反逆罪で指名手配されるぞ。もうエリート街道には戻れねえ」
「構いません。……元々、監査官なんて退屈な仕事には飽きていたところです」
白石は不敵に笑った。眼鏡の奥の瞳が、少年のような冒険心で輝いている。
その顔は、かつての敵だった時よりもずっと人間らしく、生き生きとしていた。
「教育者として、悪いことをしたAIにはお仕置きが必要ですからね」
エンターキーを叩く音が、銃声のように響いた。
送信完了。
----
* * *
フォーミソリア、ヴォルクの工房。
「よし、アセンブル完了!」
コイタが最後のボルトを締めた。
中央の球体装置――名付けて『クロス・トーカー』が起動する。
ブゥン……ヒュォォォ……。
装置が低い唸りを上げ、ファンが回転し、工房内の空気(匂いと音)を吸い込み始めた。
そして、空中に美しい光の波紋を描き出す。
赤、青、緑、黄色……。
それぞれの色が混ざり合い、決して濁ることなく、美しいマーブル模様を作っていく。
それは、まるで新しい銀河が生まれたかのようだった。
「これなら……」
ヴォルクが震える声で言った。
彼は感動していた。自分の作ったガラクタが、こんなに美しい光を生み出したことに。
「俺たちの声は消えない。フォーミアンの匂いとも共存できる。……これが、新しい『合意』の形か」
サミラが眼鏡の位置を直し、満足げにモニターを見た。
「まだベータ版よ。バグもあるし、翻訳精度も完璧じゃない。でも……本番は明日の広場。ロッシュの鼻を明かしてやりましょう」
チーム全員が頷いた。
ルルドーでの「生存」のための戦いとは違う。
これは、未来を作るための「創造」の戦いだ。
コイタは強く拳を握りしめた。
明日の広場が、この世界の分岐点になる。
ロッシュの「管理」か、コイタたちの「対話」か。
勝負の時が迫る。
(つづく)




