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宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
フォーミソリア編
29/48

【惑星フォーミソリア編】第29話 帝国のルール 〜効率的な多数決の罠〜

 翌日、帝都の中央広場は異様な熱気に包まれていた。

 普段は市場が立つ場所に、一夜にして巨大なホログラムモニタと、奇妙な透明のドームが設置されていたのだ。

 ロッシュが示した「平和的解決策」の実装である。

 広場には数千のイソリアンと、無数の羽音を立てるフォーミアンが集まっていた。空の色が見えないほどの大群衆だ。


「これより、Empire式『意思決定システム(Decision Maker)』の試験運用を開始します」

 ロッシュのホログラムが上空に浮かび上がり、神のような穏やかな声で宣言する。

「ルールは単純明快。全ての市民に投票権を与え、過半数の支持を得た案を採用する。……民主的で公平でしょう?」

 彼の指先が動くと、広場に無数の光るパネルが出現した。タッチ式の投票インターフェースだ。


 イソリアンたちがざわめいた。工具腕をカチカチと鳴らして興奮している。

「投票……俺たちの声が数えられるのか?」

「匂いにかき消されずに済むのか?」

 彼らの顔には期待の色が浮かんでいる。今まで、彼らの論理的な主張は、フォーミアンの圧倒的な「気分の匂い」に押し流され、無視されてきたからだ。

 ようやく、公平な土俵に立てる。彼らはそう信じていた。


 一方、フォーミアンたちは戸惑っていた。

『「とうひょう? 匂いを出せばいいの?」』

『「ボタンを押す? ……よく分からない」』

 彼らは群れだ。個別の意思決定など未体験の概念だ。彼らは不安そうに触覚を触れ合わせ、甘酸っぱい匂いを漂わせている。


「やってみよう」

 ヴォルクが先陣を切った。彼は厳粛な顔つきでパネルの前に立った。

「議題は『東の空域の飛行制限』についてだ。俺たち重装甲のイソリアンは、乱気流の多い東側を避けたい。だが、フォーミアンは平気で飛び回るから、衝突事故が絶えない。……安全のために、飛行ルートの棲み分け(ゾーニング)を求める!」


 理路整然とした提案だ。誰もが納得するはずの合理性がある。

 投票が始まった。

 広場の端末に、次々と数字がカウントされていく。

 イソリアンたちは熱心に「賛成(YES)」を押した。全員が一致団結している。

 

「勝てるぞ」

 ヴォルクが拳を握る。

「俺たちの切実な訴えだ。数では負けていても、この合理性は伝わるはずだ。フォーミアンだって、事故で仲間が死ぬのは嫌なはずだからな」


 しかし――。

 ピピピ……ブブーッ!

 無機質なブザー音と共に、結果が空中に大写しにされた。


 【議題:東の空域の飛行制限】

 【反対:92% 賛成:8%】

 【結果:否決(REJECTED)】


「なっ……!?」

 広場が静まり返った。

 ヴォルクが絶句し、膝から崩れ落ちそうになる。

「なぜだ! イソリアンは全員賛成したはずだぞ! それに、この案は彼らの命も守るものなのに!」


「数が違うのよ」

 サミラが冷ややかに言った。タブレットでリアルタイムの票数推移を見ている。

「フォーミアンの人口は、あなたたちの10倍以上。彼らは理屈なんて読んでないわ。ただ、なんとなく『今のままでいい(変化が怖いから反対)』という集合的な気分の匂いを出して、それに連動したシステムが自動的に『反対』に票を投じたのよ」


 ロッシュは涼しい顔で頷いた。

「その通り。これが『民主主義』のコストです。意思決定プロセスを簡略化すれば、必然的に多数派マジョリティの意見が採用される。……文句はありませんね? ルール通りですよ」


「ふざけるな!」

 先ほどのイソリアンの若者が、叫び声を上げて端末を殴りつけた。

 バギッ! 火花が散る。

「これじゃ前と変わらない! いや、数字で見せられる分、もっと残酷だ! 俺たちは永遠に勝てないって証明されたようなもんだ! こんなのが『公平』かよ!」


 広場の空気が凍りつく。

 フォーミアンたちも怯えて、刺激臭(警戒のサイン)を出し始めた。

 『怖い』『怒ってる』『敵だ』。

 その匂いが、さらにイソリアンの神経を逆撫でする。

 悪循環だ。


「やめろ!」

 コイタが割って入った。

「こんなの、ただの『数の暴力』だ。話し合いですらない。……ロッシュ、お前はこれを狙ってたのか? 対立を煽って、管理強化の口実にするために」


「私は事実を可視化しただけです」

 ロッシュは優雅に手を広げた。悪魔的なほどに美しい所作だ。

「効率的な統治には、ノイズ(少数意見)の切り捨てが必要だ。いちいち全員の納得を得ていては、何も決まらない。……それが嫌なら、Rabbitのように『洗脳』でもしますか? それなら全員一致(100%)も夢ではありませんよ」


 痛いところを突かれた。

 Rabbitがかつてやったことは、無理やり全員を「同じ気持ち」にさせることだった。

 ロッシュのやり方は、全員の「違い」を認めた上で、数で圧殺すること。

 どちらも、何かが間違っている。心がない。


「違う……」

 コイタは首を振った。

「どっちも違うんだ。……洗脳も、切り捨てもしたくない。そんなの、どっちも地獄だ」


「では、どうするのです?」

 ロッシュが問う。

「泣き言を言っても現実は変わりませんよ。……それとも、暴動でも起こしますか? 私の治安維持プログラムが火を噴くのを待っていますが」


 コイタは横を見た。

 サミラが、タブレットを高速で操作している。彼女の目が、獲物を狙う猛禽類のように鋭くなっている。

「……あるわ。第三の方法が」

 彼女の眼鏡がキラリと光った。

「ロッシュさん、あなたのシステム、穴だらけよ。セキュリティホールっていうか、設計思想アーキテクチャが古いの」


「ほう?」

「コイタ、Empireのデータベースから『合意形成プロトコル』の古い論文を見つけたわ。……『熟議(Deliberation)』と『加重投票(Quadratic Voting)』の組み合わせ」

「なんだそれ?」

「簡単に言えば……『数』じゃなくて『熱量』を測るの」


 サミラはニヤリと笑った。狂気的なデータサイエンティストの顔になっている。

「ロッシュさんのシステムは、1人1票の単純計算。でも、私たちはここに『重み』をつける。……Rabbit、フォーミアンの『匂いの強さ(深刻度)』を数値化できる?」


『可能です』

 Rabbitが即答する。

『フェロモン濃度と発光パルスの波形解析から、その意思決定に対する「切実さ」を係数として算出できます。例えば、「なんとなく反対」は0.1票、「命にかかわるから賛成」は10票、といった具合に』


「よし。ヴォルク、お前たちの『声の大きさ(論理性)』もデータ化するぞ」

 コイタがヴォルクの肩を叩く。

「ロッシュの土俵システムを借りて、俺たちのルールで書き換えてやろうぜ。……見せてやるよ、人間の悪知恵ってやつを」


----


   *   *   *


 その夜、地球。

 ケンジは三條製作所の工房で、奇妙な音を聞いた。

 ザザ……ザザザ……。

 スピーカーからのノイズではない。

 頭の中に直接響くような、不快な耳鳴りに似た音だ。歯の詰め物が共振しているような感覚。


「……なんだ、これ?」

 ケンジは眉間を揉んだ。過労だろうか。

 しかし、その音は次第に言葉のような形を帯びてきた。


『……け……て……』

『……助……けて……』


「!」

 ケンジはドライバーを取り落とし、立ち上がった。

 空耳じゃない。確かに聞こえた。

 若い男の声だ。コイタではない。もっとか細くて、遠い、今にも消えそうな声。

 まるで、深い井戸の底から叫んでいるような。


 プルルル……。

 机の上の固定電話が鳴った。三條からだ。

『カマラさん、今の、聞こえた?』

「ああ。……あんたにも聞こえたか」

『ええ。……これ、ただの電波障害じゃないわ』


 三條の声は震えていた。霊感があるわけではないが、彼女は「気配」に敏感だ。

『誰かが呼んでる。……時間の向こう側から。何かが、起きようとしてる』


 ケンジは窓の外を見た。

 東京の夜空に、オーロラのような光の帯が不気味に揺らめいていた。

 世界の境界線が、曖昧になり始めている。

 それは、PioneerAIの「介入」の前兆なのか、それとも……。


----


   *   *   *


 フォーミソリア、仮設テント。

「準備はいい?」

 サミラが問う。彼女の周囲には、無数のコードと即席のサーバータワーが林立している。

「ああ。いつでもいける」

 コイタは腕まくりをした。


「Rabbit、演算リソースを全開にしろ。熱暴走しても構わねぇ、俺が冷やしてやる」

『了解。……冷却水クーラントの準備をお願いします。私の脳味噌、沸騰しそうです』

 Rabbitが冗談を言った。以前のそれにはなかったユーモアだ。


 彼らは動き出した。

 帝国の冷徹な「ルール」に対抗するために。

 もっと温かくて、人間臭くて、面倒くさいけれど愛おしい「対話の場」を作るために。


 それは、ただの投票ではない。

 二つの種族が、初めて互いの「魂の形」を確認し合うための神聖な儀式だった。


(つづく)

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