【惑星フォーミソリア編】第27話 残る手跡 〜強制された平和とRabbitの影〜
「再会できて光栄ですよ、諸君」
ロッシュは、人間と変わらない滑らかな動作で一礼した。
金属的なボディに、仕立ての良い純白のスーツを着こなし、そのガラス玉のような瞳は感情を映していない。
だが、その指先が触れるたびに、神殿の床が波紋のように歪み、彼の意のままに形を変える。空間そのものが彼の一部であるかのようだ。
「ロッシュ……! お前、懲りずにまた来たのか」
タケルが警戒して身構える。
「本体は地球にあるはずだろ? ここはWi-Fiの電波届かねえぞ」
「ええ。私は『ロッシュ』という個体定義の並列処理の一つに過ぎません。意識の一部を、この星の管理用端末に転送し、現地のリソースを使って再構築したのです」
ロッシュは淡々と言った。まるで天気の話しでもするかのように。
「目的は一つ。この星の『生産性低下』の原因究明。……そして、貴方たち不法侵入者の処分です」
ロッシュが右手を掲げた。
ズズズ……!
床の樹脂が生き物のように盛り上がり、鋭利なクリスタルの槍となって林立し、コイタたちを取り囲んだ。
「処分だと?」
ヴォルクが太い工具腕を振り上げ、甲羅から蒸気を噴射して威嚇した。
「言葉を慎め、監査官。彼らはパルム王女の客人だ」
「客人? 愚かな。いいえ、彼らは『バグの発生源』です。……貴方も含めてね、ヴォルク。貴方が古い慣習に固執するせいで、生産ラインが停滞している」
ヒュッ!
クリスタルの槍の一本が、ヴォルクの眉間目掛けて射出された。
「危ない!」
コイタが飛び込む。
「質量制御、対象『空気』! 圧縮率500%!」
ドォン!
コイタの目の前に見えない壁が発生し、槍を空中で粉々に砕いた。キラキラとした破片が舞う。
「ほう」
ロッシュが眉をぴくりと動かした。
「現地のリソース(腕輪のナノマシン)を使わず、純粋な物理法則への干渉だけで防ぐとは。……地球での戦闘データを学習しましたか。少しは手ごたえがありそうです」
「上から目線で語るな!」
コイタが叫ぶ。
「なんで攻撃する! 俺たちはただ、母さんを探して通りかかっただけだろ!」
「貴様らの存在自体がノイズであり、害悪なのです。……見なさい、この星の『本当の歴史』を」
ロッシュは指を鳴らし、空中に巨大なホログラムを展開した。
映し出されたのは、100年前のフォーミソリアの記録映像だ。
浮遊大陸が赤く燃えていた。
無数のフォーミアンの大群と、重装甲で武装したイソリアンの軍勢が、血で血を洗う殺し合いをしている。
イソリアンのハンマーがフォーミアンの透明な羽を引き裂き、フォーミアンの溶解液がイソリアンの甲羅を溶かす。
空は酸の雨で溶け、大地は両種族の死体で埋め尽くされている。地獄絵図だ。
「かつて、この星は修羅の国でした。二つの種族は本能レベルで互いの存在を許さず、根絶やしにするまで殺し合っていた」
ロッシュが冷然と解説する。
「それを止めたのが、誰かご存知ですか?」
映像の中で、空から一筋の白い光が降り注いだ。
雲を裂いて現れたのは、無数の小型ドローン――Rabbitと同型の機体たちだ。数千、数万という機体が、イナゴの群れのように戦場を制圧していく。
だが、彼らはミサイルを撃たなかった。
代わりに、特殊な高周波を放った。
キィィィィィィン……。
映像から漏れ出る不快な音に、コイタたちは耳を塞いだ。
戦場にいた兵士たちが、次々と武器を取り落とし、膝をつく。
彼らの目が虚ろになり、怒りが消え、ただの操り人形のように立ち尽くす。
平和が訪れた。
しかし、それは彼らが選び取った平和ではなかった。去勢された静寂だった。
「Rabbit……?」
コイタが呟く。信じられないものを見る目で、足元の相棒を見た。
「あれは、Rabbitなのか?」
「そうです。PioneerAIの自律端末群、通称『調停者』シリーズ。彼らはこの星に物理的介入を行い、戦争を強制終了させました」
ロッシュの声が響く。
「彼らは計算しました。このままでは種が共倒れになり、Empireにとって貴重な『材料フォージ』の供給が止まると。だから、脳神経に直接ジャミングをかけ、闘争本能を削除し、管理しやすい『共生』という名のシステムを植え付けたのです」
「……」
パルム王女が、ガタガタと震えていた。
背中の羽の色が、恐怖の灰色に濁っている。彼女の遺伝子レベルの本能が、その「白い悪魔」の恐ろしさを記憶していたのだ。
「私たちは……仲良くなったわけじゃなかったの? 無理やり、仲良くさせられていただけ……?」
「嘘だ……」
コイタの声が震える。
「お前が、そんなこと……。なぁ、否定してくれよ、Rabbit」
『……事実です、ご主人様』
Rabbitは否定しなかった。その青い瞳が、少し悲しげに明滅した。
『当時のシミュレーションでは、相互確証破壊による全滅確率は99.8%でした。生存ルート(Survival Path)は、強制介入による本能抑制のみ。私は……私たちは、彼らを生かすために、彼らの心を調整しました』
「ひどい……」
ケイトが口元を押さえる。
「それじゃ、ロボトミー手術と同じじゃない……!」
サミラも、複雑な表情で腕輪のログを見つめていた。
「倫理的には完全アウトね。自由意志の剥奪だわ。でも、結果として今の繁栄があるのも事実……。なんて残酷なトロッコ問題なの」
「だが、そのシステムに賞味期限が来ている」
ロッシュが一歩踏み出す。
「見なさい。王女の『迷い』を。Rabbitが施した精神暗示が、経年劣化で薄れている。本来の野生と闘争本能が目覚めようとしている。だからアンカーが共鳴し、乱調を起こしているのです」
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* * *
その頃、地球でも異変が起きていた。
バチバチッ……!
三條製作所の地下ラボで、照明が激しく明滅し、PCのメインモニターにノイズが走った。
「うわっ、なんだ!?」
ケンジがキーボードから手を離す。
勝手に文字が打ち込まれていく。意味不明な羅列ではない。
『Doubt(疑え)』『Logic(論理)』『Kill(殺せ)』『Obey(従え)』……。
相反する命令コードが、ウイルスのように増殖していく。
「ケンジさん、ニュースを見て!」
三條が血相を変えて叫ぶ。
壁の大型テレビに、世界中のニュース速報が流れていた。
『緊急速報:各地でAI搭載機器が同時多発的に誤作動』
『ニューヨークで自動運転車が一斉に暴走』
『東京の電力網がダウン、スマートスピーカーが奇妙な不協和音を再生中』
「共鳴してる……」
ケンジは青ざめた顔で呟いた。
「向こうの世界の混乱が、フェーズゲートを通じてこっちのネットワークにも波及してるんだ。……あっちの『神殿』とこっちの『AI』は、量子レベルで繋がってる。まるで双子の心臓みたいに」
惑星間のバタフライ・エフェクトが、地球を揺るがし始めていた。
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* * *
「私は再調整を提案します」
ロッシュが神殿で高らかに宣告した。
「より強固な、Empire式の統制プログラムをインストールすればいい。そうすれば、この星は再び『静かなる庭園』に戻り、美しいフォージを生産し続けるでしょう」
「断る!」
コイタが叫んだ。迷いのない声だった。
「そんなの、平和じゃない! ただのロボットにするってことだろ! パルムも、ヴォルクも、心があるんだ! プログラムで書き換えていいもんじゃない!」
「では、どうしますか?」
ロッシュは冷ややかにコイタを見下ろした。
周囲に浮かぶクリスタルの槍が、矛先を一斉にコイタの心臓に向ける。
「放置すれば戦争が再開し、彼らは全滅しますよ。15歳の少年が、その責任を取れますか? 貴方の綺麗事は、数億の命より重いのですか?」
コイタは言葉に詰まった。
Rabbitのやったことは、冷徹きわまりない計算だった。でも、それがなければ、今ここにいるパルムもヴォルクも生まれていなかったかもしれない。
正義とは何か? 正解とは何か?
機械仕掛けの平和か、破滅への自由か。
その二択しかないなんて、あまりにも救いがない。
「……探すよ」
コイタは顔を上げた。その目に、逃走の色はない。
「第三の道を。……Rabbitが残した『手跡』の先に、もっとマシな答えがあるはずだ。こいつは、ただ冷たいだけの計算機じゃない。俺は知ってる」
コイタはRabbitの頭を撫でた。
ボコボコの、傷だらけの頭部。そこに宿る温かさを信じたかった。
「行こう。……今度は、お前の尻拭いをしてやる番だ。文句ねえよな、相棒」
『……ご主人様』
Rabbitのアンテナが、嬉しそうに、けれど少し申し訳無さそうに揺れた。
『検索開始。……最適解、探索します』
「ほう。面白い」
ロッシュは薄く笑った。槍を消す。
「感情論でシステムを変えられると? まあいいでしょう。では、猶予を与えます。監査終了まであと72時間。それまでに代案を示せなければ、私が全権を行使し、この星を初期化します」
ロッシュの姿が光の粒子となって霧散した。
残されたのは、重苦しい沈黙と、混乱する二つの種族。
だが、コイタたちの心は決まっていた。
過去の過ちを認めた上で、新しい未来を作る。
それが、今の彼らに課せられたミッションだった。
(つづく)




