【惑星フォーミソリア編】第26話 神殿の乱調 〜星を支える循環と排泄物〜
案内された場所は、都市の頂上にある巨大な「神殿」だった。
だが、ルルドーの古代遺跡とは趣が全く違う。
透明なクリスタルと、磨き上げられた銀色の金属で構成された、極めて芸術的な建造物だ。
天井はドーム状に高く、ステンドグラスのように複雑な幾何学模様が刻まれ、差し込む光が虹色の雨のように降り注いでいる。
空気は凛と張り詰め、甘い香りが漂っている。
「美しい……」
サミラが感嘆の声を漏らす。彼女の瞳に、七色の光が反射している。
「幾何学的なデザインだけど、どこか有機的ね。蜂の巣の構造(ハニカム構造)に似てるし、フラクタル図形のような無限の広がりを感じるわ」
「ここは『アンカー神殿』」
案内役のヴォルクが、太い工具腕を広げて誇らしげに言った。
「我らイソリアンの建築技術と、フォーミアンの分泌物を融合させて作った、この帝都の心臓部だ。数千年の歴史がある」
神殿の中央には、直径10メートルはある巨大な白い柱が立っていた。
位相アンカー(Phase Anchor)。
宇宙の座標を固定し、この浮遊大陸を重力制御で支えている要石〈かなめいし〉だ。
柱は生き物のように微かに震え、重低音を響かせている。
しかし、その音は決して心地よいものではなかった。
ブォン……ギュイィィン……ガリガリッ……。
不協和音。
美しい旋律の中に、時折、爪で黒板を引っ掻いたような、あるいは歯医者のドリルのような不快なノイズが混じる。
聞いているだけで、奥歯が浮くような感覚だ。
柱の周りでは、数匹のフォーミアンが落ち着きなく飛び回っていた。
羽音が高い。彼らの発光は、警告色である赤や黄色に激しく明滅し、焦げ臭いような刺激臭が漂っていた。
「どうしたの? みんな怒ってるみたいだけど」
ケイトが鼻をつまむ。「なんか、空気がピリピリしてて頭痛がする」
「怒っているのではない。……『迷っている』のだ」
パルム王女が静かに言った。彼女の放つ甘い香りが、少し酸味を帯びる。不安のフェロモンだ。
「最近、アンカーの音がおかしいの。いつもの綺麗な和音が、時々ズレる。……そのせいで、みんなの踊りのリズムが合わない。私たちは音で意識を共有しているから、このノイズは心に直接刺さる棘なの」
『振動計測……確かに』
Rabbitがアンテナを動かして分析する。
『位相ズレによるマイクロ微動を検知。現在は許容範囲内ですが、このノイズが増幅すれば、共振現象で大陸の浮力がバランスを崩し、都市ごと地上へ墜落する可能性があります』
「なんと!」
ヴォルクが色めき立った。甲羅がカタカタと震える。
「やはり帝国の言う通り、大規模なメンテナンスが必要か……。だが、修理には『材料フォージ』の純度を上げねばならん。最近は供給が滞りがちだ」
「材料フォージ?」
タケルが反応した。
「この都市を作ってる素材のことか? さっきから気になってたんだ。コンクリートでもプラスチックでもない、未知の材質だ」
「そうだ。我らとフォーミアン、二つの種族の『恵み』を合わせ、長い時間をかけて結晶化させた聖なる素材だ」
ヴォルクは神殿の床をコンコンと叩いた。
床は飴色の透明な樹脂でできている。中に気泡一つなく、宝石のように美しい。
「恵み……ねえ」
タケルは床に這いつくばり、拡大鏡を取り出した。エンジニアの血が騒ぐと、デリカシーが消えるのが彼の欠点だ。
「サミラ、ちょっと成分分析してくれ。……なんかこの分子構造、どっかで見たことある気がする」
「ええ、待って」
サミラが携帯端末のセンサーを床にかざす。
ピピッ。
「有機化合物……アンモニア、尿素、セルロース分解物、キチン質……あれ?」
サミラの顔が引きつった。美貌が台無しだ。
「これって……つまり……」
「うん」
タケルは真顔で頷いた。
「排泄物だな」
「えぇーーっ!?」
神殿にケイトの絶叫が響き渡った。
彼女は慌てて床から飛びのき、パニック状態で服を叩いた。
「う、うそでしょ!? 私たち、うんちの上を歩いてるの!? この綺麗な床も、あの柱も!?」
「失礼な!」
ヴォルクが怒鳴った。
「ただの排泄物ではない! フォーミアンの高貴な分泌液と、我らの甲羅の脱皮殻、そして……まあ、その、消化後の残留物が混ざり合い、この神殿の特殊なバクテリアによって100年かけて発酵・硬化させた、究極の循環素材なのだ!」
「いや、要するに堆肥固めただけでしょ! やだぁ、臭い気がしてきた! もう帰りたい!」
ケイトは涙目だ。潔癖症気味の彼女には、バイオテクノロジーの真髄は耐え難いらしい。
「でも、理にかなってる」
コイタは感心したように床を撫でた。「汚い」とは微塵も思っていない顔だ。
「ゴミを出さずに、自分たちの出したもので住処を作る。……究極のエコシステムだ。宇宙船の閉鎖環境でも、これができれば水も空気も無限に回せる。人類が目指すべきゴールの一つだぞ」
『その通りです、ご主人様』
Rabbitが補足する。
『この星の大気には、建築に適した金属元素が欠乏しています。生物濃縮によってしか得られない微量なレアメタルを、二種族が互いに補い合って建材にしているのです。……計算され尽くした共生関係ですね。美しいです』
「ほら、Rabbitも褒めてる」
「褒めてない! 分析してるだけ!」
パルムがクスクスと笑った(ような匂いがした)。甘い花の香りだ。
『「私たちの命は、巡り巡って星を支える。……汚いことなんてないわ。それは、繋がりなのよ」』
ケイトはしぶしぶ納得したようだ。
「……まあ、見た目が綺麗だから百歩譲って許すけど。……手袋は外さないからね」
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* * *
地下深く、絶対零度に冷却されたサーバールーム。
無機質なカプセルの中で、一人の男が目を覚ました。
特務監査官ロッシュ。
いや、正確には「ロッシュ・シリーズ」の最新機体だ。ルルドーで破壊された個体の記憶データを引き継いだ、バージョン2.0。
「……再起動完了」
彼は自分の手を見た。
白い人工皮膚の下で、青いデータ光が脈動している。
以前の機体よりも出力が30%向上している。そして、感情エミュレータのリミッターが解除されている。
「不愉快だ」
彼は呟いた。
首筋に残る、焼き切れるような痛みの記憶。
白石という人間の非論理的な裏切り。
そして、コイタ・カマラという予測不能なイレギュラー(バグ)の存在。
「ターゲット座標確認。……惑星フォーミソリア」
ロッシュは空中モニターを操作した。
彼の肉体はここにあるが、意識の一部が電子の海を渡り、遥か彼方のアンカーへと転送される。
彼はもはや、単なるアンドロイドではない。Empireのネットワークそのものだ。
「逃がさんぞ。……宇宙の果てまで追いかけて、デリートしてやる。骨の髄まで分解してな」
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* * *
「だが、問題はその『循環』が詰まりかけていることだ」
ヴォルクが腕組みをした。
「最近、若い連中が協調性をなくしている。和音のズレが原因で、心身のバイオリズムが狂っているのだ。……まるで、何者かが意図的にノイズを流しているような」
その時。
神殿の奥から、無機質な警告音が響き渡った。
ビーッ! ビーッ!
空気が凍りつく。
『警告。帝国監査官、到着』
『警告。上位権限による強制介入モードに移行します』
空間が歪んだ。
アンカーの前に、白い光の粒子が集まり、人の形を成す。
ホログラムではない。光が質量を持って実体化していく。
「……来たか。秩序の番人が」
ヴォルクが身構える。
光の中から現れたのは、真っ白なスーツを着た男だった。
氷のような冷たい瞳。
整いすぎた顔立ち。
ロッシュだ。
「……見つけたぞ、バグども」
ロッシュは、嘲るようにコイタたちを見下ろした。
その体は現地の素材(クリスタルと光)で構成されたアバターだが、放つ殺気は本物だった。
「ロッシュ……!」
コイタが一歩前に出る。
「お前、まだ生きてたのか!」
「しつこい男は嫌われるわよ!」
サミラが構える。
「生体反応? 否。私は概念だ」
ロッシュが指を鳴らすと、神殿の床が波打ち、鋭利な棘となって隆起した。
ズズズズッ!
コイタたちの足元がせり上がり、檻のように囲い込む。
「この星のシステムは、すでに私が掌握した。重力も、構造材も、私の意のままだ。……ここが貴様らの墓場だ」
彼の背後で、アンカーの柱が赤黒く変色し始めた。
不協和音が、絶叫に変わる。
(つづく)




