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宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
フォーミソリア編
25/48

【惑星フォーミソリア編】第25話 匂いと言葉 〜浮遊都市と二つの種族〜

 光の渦を抜け、実体化した瞬間に重力が戻ってきた。

 全身を押しつぶすようなGがかかる。

「うわあああっ!」

 リオの叫び声と共に、コイタたちは地面――いや、不思議な弾力のある岩盤の上へと投げ出された。

 ドサッ! ズザザザーッ!

 雪原ではなく、少し温かい岩の上を転がり、ようやく止まった。


「……いってぇ……」

 コイタは身体を起こし、手足を確認した。折れてはいない。

 全身を包んでいた青白い光の膜が、フワリと霧散していく。

「Rabbitの絶対防御イージスモードか……。あいつ、マジで守ってくれやがった」


「みんな、無事か!?」

 タケルが眼鏡を直しながら起き上がる。

「なんとかな……。生きた心地がしなかったぜ」

 リオが大の字になって空を仰いだ。「もう二度と御免だ、あんなジェットコースターは」


 サミラとケイトも、ふらつきながら立ち上がる。

 全員、ボロボロで煤けているが、五体満足だ。ゲートの超エネルギーを生身で通過して無事だったのは、奇跡としか言いようがない。


 ふと、風が変わった。

 その瞬間、俺たちを包んだのは「匂い」だった。

 視覚よりも先に、嗅覚が世界を認識する。

 甘い花の香り、オイルの焦げた臭い、雨上がりの湿った土の匂い、そして微かな柑橘系の刺激……。

 数えきれないほどの種類の匂いが、まるで情報の洪水のように押し寄せてくる。


「うわっ、なにこれ……デパートの化粧品売り場?」

 リオが鼻をつまんで顔をしかめる。

「臭ぇ! なんか頭がクラクラするぞ」

「成分分析……フェロモン濃度が異常に高いわね」

 サミラが端末を操作しながら、興味深そうに周囲を見回した。

「ただの自然発生じゃないわ。これは『言語』よ。あちこちで化学信号ケミカル・シグナルが飛び交ってる」


 嗅覚の衝撃が落ち着くと、次は視覚が圧倒された。

 俺たちは、空中に浮かぶ巨大な岩盤――浮遊大陸の上に立っていた。

 空は淡い紫色の雲で覆われ、その合間から幾何学的な形をした「都市」の全貌が見える。

 半透明の琥珀色をした塔や、銀色に光るドームが、蜘蛛の巣のような繊細な通路で立体的に繋がっている。

 都市全体が、まるで巨大なシャンデリアのように空に浮かんでいた。


「ここが……次の世界」

 コイタは息を呑んだ。

 ルルドーの野性的な森や、錆びついた鉄の街とは大違いだ。

 ここには「洗練された文明」がある。


『ようこそ、惑星フォーミソリアへ』

 Rabbitが浮遊しながら告げる。

『EmpireAIの第2管理惑星。……別名「香りの庭園」です。重力係数は地球の0.9倍。大気成分は窒素と酸素、および微量の幻覚性揮発物質を含みますが、人体には無害です』


「……おい、Rabbit」

 コイタが声をかけた。

「今、こっちに来る時、また変なノイズ混じりじゃなかったか? 光も一瞬消えてたし」

『……否定。バックグラウンドで最新の翻訳辞書を更新していたため、処理落ちが発生しました。システムに異常はありません』

「ふーん……ならいいけど」

 コイタは少し納得いかない顔をしたが、それ以上は追求しなかった。



「庭園……にしては、ずいぶんと物々しい出迎えだな」

 タケルが空を指差した。


 ブォォォン……。

 低い羽音を響かせ、上空から無数の影が降下してくる。

 羽を持った人々だ。

 いや、正確には二つの異なる種族の混成部隊だった。

 背中に虹色の薄羽を持つ「蟻」のような華奢な種族と、全身を硬い殻で覆った「甲殻類」のような屈強な種族。


 カシャン! ジャキッ!

 彼らは円陣を組んで俺たちを取り囲むと、一斉に武器を構えた。

 蟻たちはクリスタルの槍を、甲殻類たちは右腕に内蔵された機械アームを展開する。


「動くな!」

 甲殻類の一人が叫んだ。

 声だ。彼らはちゃんと音声言語を使っている。

「貴様ら、どこの所属だ! 許可なく『アンカー神殿』に転送してくるとは!」


 そいつは、他の連中より一際大きく、青銀色の分厚い甲羅を持っていた。

 右腕が巨大な多機能工具マルチ・ツールのようになっている。歴戦の戦士――あるいは現場監督といった風情だ。


「俺たちは……その、旅人だ!」

 コイタはとっさに答えた。

「怪しいもんじゃない。……まあ、見た目は怪しいかもしれないけど、敵意はない!」

「旅人だと? フェーズゲートは1000年も閉じていたのだぞ」


 青銀の甲殻類――ヴォルクは、疑わしげに俺たちを観察した。

 そして、鼻(らしき器官)をヒクつかせた。

「……それに、なんだその『匂い』は。無臭だぞ。貴様ら、心を閉ざしているのか?」


「匂い?」

 コイタが戸惑う。

「いや、俺たちは毎日風呂に入ってるわけじゃないから、多少は……」

「違う。感情の匂いがしないと言っているのだ。……不気味な連中だ」


 その時。

 ヴォルクの横から、ふわりと甘く、それでいて凛とした香りが漂ってきた。

 あたりが静まり返る。

 兵士たちが道を空けた。


 半透明の琥珀色をした、小さな蟻の少女が進み出てきた。

 背中の羽が虹色に揺らめいている。

 彼女は宙に浮いた小さな輿パレットに乗っていた。身につけている装飾品は、光を屈折させる宝石のようだ。


(……きれいだ)

 コイタは思わず見惚れた。

 昆虫のような異形さはあるが、その佇まいは高貴で、どこか儚げだった。


 彼女――パルム王女は、何も言わなかった。

 口を開く代わりに、背中の羽を細かく震わせる。

 シュワァァ……。

 周囲に、レモンのような酸味のある香りが広がった。


「?」

 コイタは首を傾げた。

「なんて言ってるんだ?」


『翻訳します』

 Rabbitが割り込む。

『パルム王女はこう言っています。「あなたたちからは、懐かしい匂いがする。……『白い球』の匂いね」と』


「白い球……Rabbitのことか?」

 コイタがRabbitを見ると、パルム王女の羽がピンク色に輝き、今度は甘いバニラの香りがした。


『「正解ピンポン」……だそうです』

 Rabbitが通訳する。


「匂いと光で会話してるのか……」

 ケイトが感心したように言う。

「すごい。フェロモン通信と発光信号の複合ね。……これじゃ、嘘をつきたくても生理反応が出ちゃうわ」


「下がらぬか、下等種族ども!」

 ヴォルクが苛立ちを露わにして割って入った。

「パルム様に気安く近づくな。……王女よ、こやつらは危険です。身元不明、所属不明、さらに言語プロトコルも未定です。即刻、拘束して監査局へ突き出すべきかと」


 パルムは首を振った。

 今度は、ミントのような清涼感のある香り。


『「だめよ、ヴォルク。……彼らは『お客さま』だわ」』

 Rabbitの訳に、ヴォルクは渋い顔をした。

「お客さま……? しかし、神殿に土足で……」

『「いいの。……久しぶりの新しい匂いだもの」』


 パルムは輿から降り、コイタの目の前に立った。

 透き通るような複眼が、じっとコイタを見つめる。

 そして、小さな手を差し出した。


『「私はパルム。……あなたたちの匂い、もっと嗅がせて?」』


「えっと……俺はコイタ」

 コイタは戸惑いながらも、その手を握り返した。

 冷たくて、硬質で、でも不思議と温かい手だった。


 その瞬間。

 パシッ! と静電気が走ったような感覚があった。

 周囲の蟻たちが一斉に羽を震わせ、あたり一面がフローラルな香りで満たされた。

 歓迎ウェルカムの合図だ。


「……やれやれ」

 ヴォルクは工具腕の先で自分の頭(甲羅)をガリガリと掻いた。

「パルム様がそう言うなら仕方がない。……ついて来い、異邦人ども。我が『イソリア』と『フォーミア』の共生都市へ案内してやる。だが、変な動きをしたら即座にハサミで挟むからな」


 こうして、俺たちの新しい冒険が始まった。

 言葉と匂い。

 論理と感情。

 二つの異なる「伝え方」が混ざり合う、空の上の世界で。


----


   *   *   *


 夜中の3時。

 ケンジは充血した目でモニターを見つめていた。

 ルルドーからの信号が途絶えてから12時間。

 新しい信号をキャッチしていた。


「……変だな」

 ケンジは首をひねる。

「今までのデジタルなパルスじゃない。……なんだこれ、まるで心電図みてえだ」


 波形が、不規則に揺れている。

 0と1の信号ではない。もっとアナログで、有機的なゆらぎを含んでいる。

 

「変調方式が、電気的じゃないのか?」

 三條がコーヒーを運びながら、画面を覗き込む。

「ええ。……これ、たぶん『化学変化』を信号に変換してるんだと思うわ」


「化学変化?」

「匂い、とか」

 三條の言葉に、ケンジは目を丸くした。

「匂いで通信するってのか? ……どんだけお洒落な星なんだよ」


 だが、その信号には確かな意味が含まれていた。

 RabbitのIDコードと、コイタたちのバイタルサイン。

 

「生きている」

 ケンジはコーヒーをすすった。

「あいつら、またとんでもない場所に飛び込んだみたいだな」

 

 窓の外。

 夜空の向こうで、何かが始まろうとしていた。

 しかし、それを感じ取っているのはケンジたちだけではなかった。


 街のどこかで、真新しい白いスーツを着た男が、静かに空を見上げていた。

 「……見つけたぞ、バグめ」

 その瞳の奥で、赤い光が点滅していた。


(つづく)

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