【惑星ルルドー編】第24話 星を渡る船 〜ゲートへのダイブ〜
巨塔の最上階。
吹き荒れる吹雪の中、そこは戦場というより処刑場と化していた。
円形のプラットフォームを取り囲むように、数十体のドグルド兵が展開している。
彼らが構えるプラズマライフルの銃口が、一斉に火を噴いた。
「くそっ、数が多すぎる!」
リオが鉄パイプを振るう。
ガキンッ!
飛びかかってきた警備ドローンを叩き落としたが、その衝撃でパイプがひしゃげた。「おいおい、こっちは武器の寿命が尽きそうだぞ!」
「弱音を吐くな! 私が守る!」
ケイトがリオの前に立ち、アサルトライフルを連射する。
正確な射撃で敵のセンサーアイを撃ち抜くが、倒れた敵の背後から次々と増援湧いてくる。リフトが動く音が絶え間なく響いているのだ。
無限湧きだ。
「コイタ! ゲート起動まであと30秒だ!」
タケルが制御盤にしがみつき、叫ぶ。
彼の指はキーボードの上で残像が見えるほど速く動いているが、その腹部からは血が滲んでいた。流れ弾の破片が掠めたのだ。
「30秒!? 3秒でも長えよ!」
コイタが電撃を放つ。
バリバリバリッ!
雷の鞭が数体のドグルド兵を焼き切る。だが、その反動でコイタも膝をついた。連日の戦闘で体力が限界に近い。
視界が霞む。
ズゥゥゥン……。
重い足音が響いた。
敵の列が割れ、巨大な影が現れる。
重装甲のエリート・ドグルド兵だ。その手には、戦車すら破壊できそうな巨大なハンマーが握られている。
「……終わりだ、侵入者ども」
ドグルド兵がハンマーを振り上げた。
逃げ場はない。
背後は断崖絶壁。前は敵の大軍。
ここまでか。
コイタが覚悟を決めた、その時だった。
ヒュンッ!
風を切る音。
次の瞬間、ドグルド兵のハンマーを持つ腕に、何かが突き刺さった。
石のナイフだ。
「グォッ!?」
ドグルド兵が怯む。
「ウオオオオオッ!」
地響きのような雄叫びと共に、雪の中から無数の白い影が飛び出した。
ルー族たちだ。
壁をよじ登り、雪に潜り、ありえない場所から現れた彼らが、側面からドグルド部隊に強襲をかけたのだ。
「ケムルー!」
「約束しただろ、コイタ!」
ケムルーが松葉杖を巧みに操り、敵の足を払って転倒させる。そこへ仲間の戦士がのしかかり、関節を極める。
小さな体躯を活かした、見事な連携プレーだ。
「ここは僕らの聖地だ! これ以上、好きにはさせない!」
「我らが土地を返せ!」
長老ヤムルーも杖を振り回して暴れている。
雪崩のような勢いで押し寄せるルー族の軍勢に、ドグルドたちは混乱し、隊列が崩壊していく。形勢逆転だ。
「今だ! ゲートが開いたぞ!」
タケルが叫ぶ。
頭上で、巨大なリングが轟音を上げて回転を始め、中心部に青白い光の渦が生まれた。
空間が歪み、向こう側の景色――紫色の空がちらりと見える。
「行け、空の兄弟たちよ!」
ヤムルーが叫んだ。「ここは我々が引き受ける!」
「行くぞ!」
コイタが叫ぶ。
だが、その足が止まった。
振り返ると、ケムルーが戦いの最前線で、こちらを振り返って笑っていた。
その笑顔は、雪山の太陽のように眩しかった。
「行ってくれ、コイタ。……君たちの空へ!」
「ケムルー……」
「僕らは大丈夫だ。この星は、僕らが守る。……だから君は、君の家族を守りに行くんだ!」
コイタは拳を握りしめ、一度だけ強く頷いた。
言葉はいらなかった。
彼らはもう、魂で繋がっている。
さよならは言わない。またいつか、星の海で会おう。
「ありがとう。……達者でな!」
コイタたちはプラットフォームを駆け抜けた。
目の前には、渦巻く光の奔流がある。
そこにあるのは、安全なカプセルでも、頑丈な船でもない。
ただの、剥き出しのエネルギーの濁流だ。
「マジかよ、生身か!?」
リオが足がすくんで立ち止まる。
「これに入ったら、ミンチになるんじゃないのか!?」
「Rabbitのバリアがある! 信じて飛び込め!」
タケルが叫び、端末を掲げた。「Rabbit、全エネルギーを防御フィールドへ! 俺たちの命をお前に預ける!」
『了解! 絶対防御モード展開! ……行きますよ、マスター!』
タケルが先頭を切って、光の中へダイブした。
その姿が一瞬で光の粒子に飲まれて消える。
「くそっ、なるようになれぇぇ!」
リオが半泣きで叫びながら飛び込む。
「続くわよ、サミラ!」
ケイトがサミラの手を引き、二人で飛んだ。
そして最後。コイタは一人残った。
眼下では、ルー族たちが勇敢に戦っている。
この景色を、この熱い思いを、絶対に忘れない。
コイタは深く息を吸い込み――
光の中へ、身を投げた。
* * *
視界がホワイトアウトする。
全身が引き裂かれるような衝撃。
重力と時間が消失し、意識が素粒子レベルまで分解される感覚。
上下も左右もない。過去も未来もない。
ただ、圧倒的な情報の濁流に流されていく。
その光の奔流の中で。
コイタにしがみついていたRabbitの電子頭脳に、異常な負荷がかかった。
ゲートの超高密度の情報流が、彼のファイアウォールを物理的に押し流し、封印されていた深層メモリ領域を刺激したのだ。
『……あ……』
Rabbitは見た。
暗黒の宇宙を。
誰の声もしない、永遠の孤独な旅路を。
自身の機体に刻まれた、古い製造コードを。
――君は「先駆者」。誰よりも遠くへ行き、見たものを伝える者。
懐かしい声がした。
ノア博士? いいえ、もっと根源的な……創造主(父)の声。
『そうです……思い出しました。私は、戦うためでも、管理するためでもなく……ただ、この星の海を渡るために生まれたのです』
『私は、探査機。未知を既知に変える、光の船』
歓喜が演算回路を駆け巡る。
これが私の存在意義。
私は、コイタ様と出会うずっと前から、この瞬間を夢見ていたのだ。
眼下に広がる星雲。通り過ぎる彗星の尾。
その全てが、かつて私が見てきた風景と重なる。
私は帰ってきたのだ。この広大で、美しい孤独の中へ。
だが、その至福は刹那だった。
転送の負荷に耐えきれず、Rabbitのシステムが警告音を上げる。
『警告。メモリ容量超過。……転送プロトコルを維持するため、一時データをパージします』
無慈悲なシステム音が響く。
蘇ったばかりの大切な記憶か。
今、ここで守るべき仲間たちの命か。
Rabbitは迷わなかった。
『……ああ、さようなら。私の美しい孤独』
Rabbitは虚空に手を伸ばそうとしたその手を、そっとコイタの胸に向けた。
激しいGに耐えながら、必死に私を抱きしめてくれている少年。
その温もりが、冷たい宇宙の中で唯一の熱源だった。
『……私は、もう孤独な探査機ではない』
バックアップされた、「相棒」としての新しい記憶が上書きされていく。
失われるのではない。進化するのだ。
『……サヨナラ、私の「過去」。……こんにちは、私の「現在」』
意識が溶け出し、世界の裏側へと吸い込まれていく。
(第2部・惑星ルルドー編 完)




