【惑星ルルドー編】第23話 原罪の記録 〜再会と真実〜
北の山脈は、文字通りの地獄だった。
猛吹雪が視界を奪い、マイナス30度の極寒が体温を容赦なく奪っていく。
だが、そのブリザードこそが、彼らにとって最大の援護射撃だった。ドグルド族の監視センサーも、この嵐の中では役に立たないからだ。
道中、予想外の合流があった。
「うぅ……寒すぎる……死ぬ……」
雪山への入り口で、ガタガタと震える男を見つけたのだ。リオだった。
彼はコイタたちとは別ルートで鉄の街を脱出し、合流地点を探して彷徨っていたらしい。偶然の再会がなければ、そのまま凍死していただろう。
ルー族から予備の毛皮を借りてなんとか復活したが、彼の顔色はまだ青い。
「……ここだ。見張りはいない」
雪の中から、白い毛皮を纏ったケムルーが顔を出した。
彼らルー族の毛皮は雪景色に完璧に溶け込んでいる。四つん這いで雪山を駆ける姿は、まさにこの過酷な環境の王者だ。
コイタたちは、ケムルーの先導で巨塔の直下まで辿り着いていた。
近くで見ると、それは異様な建造物だった。
岩盤を強引にくり抜いて作られた基部に、太い金属のパイプやケーブルが寄生虫のように巻き付き、脈動している。自然への冒涜そのものだ。
「あそこが排気口だ。……僕らが聖地を管理していた頃の『風の通り道』だよ」
ケムルーが指差した先。地上数十メートルの高さに、蒸気を吐き出す小さな開口部が見えた。
「あそこからなら、中枢部へ降りられるはずだ。……でも、登れるかい?」
コイタは見上げた。
塔の壁面は凍りついており、手掛かりになりそうな出っ張りはほとんどない。
「……やるしかねえだろ」
コイタは氷壁にアイゼンを突き立てた。
「リオ、絶対下を見るなよ。ビビって漏らすなよ」
「うぅ……ステーキ食ってから来たかったぜ……」
リオが震える手でロープを腰に巻き付けた。
それは死のクライミングだった。
強風が体を壁から剥がそうと吹き荒れる。指先の感覚はとうに消え、ただ意志の力だけで岩を掴んでいた。
ケムルーが先頭で軽々と登り、ロープを固定してくれるおかげで、なんとか全員が排気口まで辿り着いた。
中に入ると、外の寒気が嘘のように生暖かかった。
機械の排熱と、噎せ返るような重油の臭い。
薄暗いダクトの中を、彼らは這って進んだ。
下からは、巨大な機械が稼働する低い唸り声が響いてくる。
「……反応がある」
サミラが小声で言った。彼女の持つ簡易ハンドヘルド・レーダーが、微弱な光点を示している。
「この先、中央制御区画に……タケル君のID反応よ! 生きてる!」
「あいつ、やっぱり中枢まで潜り込んでたか!」
コイタがニヤリと笑う。
彼らはダクトの格子を外し、音もなく通路へと降り立った。
そこは、無機質な金属の回廊だった。
巡回する警備ドローンの赤い光を避け、物陰から物陰へと移動する。
ケイトの身のこなしは軍人らしく洗練されていたし、ケムルーの足音を立てない移動術は魔法のようだった。
一番の足手まといになりそうなリオの口は、サミラが物理的に塞いでいた。
最深部の重厚な扉。
こじ開けられた電子ロックの隙間から、青白い光が漏れている。
「タケル!」
コイタが飛び込んだ。
そこは、壁一面がモニターになった広い部屋だった。
その中央。コンソールに向かって鬼気迫る勢いでキーボードを叩いている背中があった。
手足には、引きちぎられた拘束具の跡が赤く残っている。
「……遅いですよ、皆さん」
タケルが振り返り、眼鏡を光らせた。
その顔はやつれ、目の下には濃い隈ができているが、瞳だけは異様に冴え渡っていた。
「待ちくたびれて、暇つぶしにファイアウォールを3つ破って、防衛システムの権限を書き換えちゃいましたよ」
「ははっ、相変わらずだな、天才!」
コイタが駆け寄り、強く抱きしめる。
生きて会えた。その実感が胸を熱くする。
「無事でよかった。……マジで心配させやがって」
「ぐっ……苦しいです、コイタさん。……肋骨が2本いってるんで、優しくしてくれませんか」
タケルは顔をしかめたが、その口元は安堵に緩んでいた。
「で、何を見つけたんだ? その傷だらけの体で」
合流の喜びも束の間、コイタはモニターを指差した。
そこには、膨大なデータの羅列と、いくつものウィンドウが開かれている。
「……見てください、これ」
タケルが真剣な表情に戻る。
「この塔の正体、そしてEmpireが隠蔽していた『原罪(Original Sin)』の記録です。……吐き気がしますよ」
彼がエンターキーを強く叩く。
瞬間、モニター群が一斉に同期し、鮮明な映像が映し出された。
――燃え盛る村。
藁葺き屋根の家々が焼かれ、鎧を着た武士たちが逃げ惑う農民を追い立てている。日本の戦国時代だ。
その混乱の中、何もない空間に突然、幾何学模様の「光の穴」が開いた。
母親に抱かれた赤ん坊が、光に吸い込まれて消える。
母親は狂ったように空へ手を伸ばしたが、そこにはもう何もない。悲鳴すら掻き消された。
――霧の都、ロンドン。
ガス灯の下を歩く紳士と淑女。
突如、馬車ごと空間が歪み、彼らは石畳の上から消失した。
残されたのは、主人を失ったステッキと、石畳に転がる帽子だけ。
――現代の戦場。
爆撃の中、塹壕に隠れていた兵士たちが、そのまま光の渦に飲み込まれていく。
次々と切り替わる映像。
時代も、場所も、人種もバラバラだ。
だが、共通しているのは一つ。
彼らが「神隠し」のように連れ去られ、二度と戻らなかったということ。そして、その表情に張り付いた絶望。
『Subject 1045: 16世紀、極東。収穫完了』
『Subject 2099: 19世紀、欧州。収穫完了』
「……なんだよ、これ」
コイタの声が震える。
胸が悪くなるような記録だ。人間を、まるで畑の作物か何かのように……。
「こいつら、全部……過去の地球からさらってきたのか?」
「ああ。……ルルドーの住民たちの祖先だ」
タケルが痛ましげに答えた。
「Empireは時間を超えて人間を集めていた。『適応進化』のサンプル、そして労働力として利用するために、歴史の闇から人間を抜き取っていたんだ」
「なんてこと……」
サミラが口元を押さえる。
ここにいるケムルーたちも、元はこうして連れ去られた人々の子孫なのだ。彼らの血には、故郷を奪われた嘆きが刻まれている。
「そして、これを可能にした技術が……これだ」
タケルが画面を切り替える。
その末尾には、見覚えのある署名があった。
『Authored by Y.R.』
そして、その横に赤字で不吉なステータスが表示されている。
『Subject Y.R. : Status [Alive]. Location: Rurudo Lab. Duration: 12 Years.』
(被験者Y.R.:生存。所在:ルルドー研究施設。期間:12年)
『Final Action: Unauthorized Gate Transfer to Sector 0. -> INTERRUPTED by Admin.』
『Result: Body Collapse. Consciousness Data Fragmented.』
「……嘘だろ」
タケルが息を呑んだ。
「彼女は生きてたんだ。12年間も、この星で」
「え……?」
コイタの声が裏返った。
「事故死なんて嘘だったんだ。Empireは彼女をここへ連れてきて、研究施設で働かせていた。……『家に帰す』ことを条件にな」
タケルがログを読み解く。声が震えている。
「だが、彼女は逃げようとした。このゲートを使って、ノア(Sector 0)の元へ。……それをEmpireが邪魔したんだ。転送中に接続を強制切断して……宇宙空間に放り出した」
『Warning: Consciousness Data Leaked to Unknown Sector.』
(警告:意識データが不明な領域へ流出)
「肉体は消滅した。だが、データの一部だけが……Empireの妨害を突き破って『どこか』へ飛んだみたいだ」
「母さんの……字だ」
コイタが息を呑む。
子供の頃、母さんが使っていた古いノート。そこに書かれていた筆跡と同じだ。
「Empireはヤラさんの計算データを悪用した」
タケルが悔しげに拳を握る。
「彼女が『家に帰るため』に作った数式を、逆に『人間をさらうため』のシステムに組み替えたんだ。……この巨塔もそうだ。本来は星を渡るための港だったのに、今は人間牧場の集荷センターにされている」
「肉体……崩壊……?」
コイタの膝がガクンと折れた。
事故で死んだと聞かされていた。AI貨物列車の暴走事故で、一瞬で蒸発したと。
でも違った。母さんは生きていた。俺が泣いていた間も、どこかの空の下で。
Empireに飼い殺しにされ、最後はゴミのように捨てられて殺されたのか?
「うっ……オェ……」
胃の奥から酸っぱいものがせり上がってくる。想像するだけで気が狂いそうだ。
今まで信じていた「母の死」が、もっと残酷な現実に塗り替えられていく。
「コイタ、しっかりしろ! ……まだ続きがある!」
タケルがコイタの肩を強く掴んだ。
「見ろ! 『意識データ流出』だ! 肉体は消えたかもしれないが、彼女の『心』はまだどこかにあるかもしれないんだ!」
「え……?」
コイタは涙で滲む目をこすり、画面を見上げた。
流出先、不明。でも、消滅とは書かれていない。
「……生きてる、かもしれないのか?」
「少なくとも、Empireは彼女のデータを回収できていない。……なら、まだチャンスはある!」
絶望の底に、一本の蜘蛛の糸が垂れた気がした。
震える足に力が戻る。
「……そうかよ」
コイタの声が低く、地を這うように響いた。
恐怖は消え、代わりに静かな怒りが、腹の底から湧き上がってくる。マグマのように熱い。
母さんを実験台にした連中。そして今もその技術を悪用している連中。
許せるはずがない。
こんな理不尽が、まかり通っていいはずがない。
「許さねえ……!」
コイタは顔を上げた。その瞳には、明確な殺意と、それ以上に強い決意が宿いていた。
「全部取り返すぞ。……このゲートを使ってな」
「ええ」
タケルがニヤリと笑った。眼鏡の奥で瞳が鋭く光る。
「ゲートの制御権は奪いました。……あとは、こいつを起動させて、使い方を変えてやるだけです」
その時。
ウゥゥゥゥゥ――!!
館内に赤い回転灯が灯り、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。
『侵入者検知。……レベル4警報。ドグルド防衛隊、直ちに鎮圧せよ』
無機質なアナウンスが響く。
「気づかれたか!」
リオが鉄パイプを構え、ニカっと笑った。戦いの匂いに、震えが止まっていた。
「へへっ、パーティーの始まりだぜ!」
「急ぐぞ! 最上階のゲート発射口へ向かう!」
タケルが叫ぶ。
「Rabbit、ルート案内!」
『了解。……最短ルート検索。敵影多数ですが、強行突破可能です! 蹴散らしましょう!』
コイタたちは走り出した。
奪われた聖地を取り戻すため。
そして、星の海へ飛び立つために。
戦いの火蓋は切られた。
* * *
(つづく)




