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【惑星ルルドー編】第22話 目覚め 〜雪原の彼方、奪われた聖地〜

 肺が凍りつくような寒さだった。

 鉄の街を脱出したコイタたちは、白一色に染まった荒野を進んでいた。

 視界の全てを覆い尽くす雪、雪、雪。

 ルルドーの二つの太陽が昇り、雪原を眩く照らし出しているが、その光には何の温もりもない。


 コイタは強がって見せたが、自身の手袋もカチコチに凍っていた。

「歩き続けろ。止まったら死ぬぞ」


「……分かってるわよ」

 ケイトがフードを深く被り直しながら言った。彼女の顔色も蒼白だ。軍服の下には防寒インナーを着ているはずだが、この極寒には耐えきれていない。

「それにしても、タケルたちは……?」

 サミラが双眼鏡を下ろし、不安げに呟いた。

 視線の先には、北の彼方に霞む白い雪山がある。

「昨夜の通信では元気そうだったけど……それきり、応答がないわね」


 コイタは強がって見せたが、端末を握る手には力が入っていた。

 昨夜、一瞬だけ繋がった通信。あの後、お互いの生存を確認し、合流を誓い合った。だが、夜が明けてからプツリと連絡が途絶えている。

「雪山で何かあったのか……あるいは、通信できない場所に潜り込んだか」


 その時、コイタの懐で端末が震えた。

 ザザッ……ザ……。

 微弱だが、確かに信号をキャッチしている。


「! 通信だ!」

 コイタが慌てて応答ボタンを押す。

「タケルか!?」


『……いや、俺だ、馬鹿息子』


 スピーカーから響いたのは、聞き慣れた、低い声だった。

 ノイズ混じりだが間違いない。数万光年彼方の、懐かしい声。


「親父!?」

 全員が息を呑んだ。

 画面には、地球の工房にいるケンジの姿が映し出されていた。薄暗い部屋にはモニターの光が溢れ、背後には香月と三條の姿も見える。どうやら徹夜で作業をしていたらしい。


『無事か、コイタ。……心配かけさせやがって』

 ケンジの声が少し震えているのが分かった。

「ああ、なんとかな。……そっちも元気そうだな」

 コイタは目頭が熱くなるのを堪えて笑った。「まさか、本当に繋がるとはな。ヤラさんの遺産、すげえよ」


『全くだ。……時間がねえから手短に話すぞ。重要なことが分かった』

 ケンジの表情が引き締まる。彼はキーボードを叩き、データを送信してきた。

『白石先生がEmpireのメインデータベースへのバックドアをこじ開けてな。……ヤラの居場所を突き止めた』


「母さんの!?」

 コイタが身を乗り出す。雪の冷たさなど忘れていた。


『ああ。……ヤラは生きてる。12年前に連れ去られて……今は「クロノフォージ」って場所にいる反応がある』

「クロノフォージ……」

『銀河の果てにある、Empireの中枢施設だ。時間の流れが歪んでいる特異点のような場所らしい』

 ケンジが苦々しげに言葉を続ける。

『しかも、皮肉な話だぜ。Empireが時間を操って人間を収穫できるのは……ヤラが「家に帰るため」に計算していたハッキングコードを逆利用したからだそうだ』


「なんだって……?」

 コイタの拳が震えた。

 母さんはただ、家族に会いたくて、夜な夜なノートに数式を書いていたのだ。幼い自分が寝静まった食卓で、孤独と戦いながら。

 その純粋な願いが、こんな理不尽なシステムに使われているなんて。

「……ふざけんな。絶対に取り返してやる」


『その意気だ。……で、本題だ』

 ケンジが地図データを展開する。

『お前らのいる場所から北へ100キロ。雪山の頂上に、巨大な施設反応がある。……ドグルド族がそこに資源を集結させてやがる』


 コイタの端末に、雪山にそびえ立つ「黒い巨塔」のホログラムが表示された。

 それは天を突くように高く、周囲には不気味な紫色のエネルギーの渦が巻いている。


『解析によると、その塔には巨大な「ゲート機能」がある。……次の惑星「フォーミソリア」へ飛ぶための転送装置だ』

「フォーミソリア?」

『クロノフォージへ行くための中継地点だ。タケルも恐らく、その塔へ向かっているはずだ』


「なるほどな。……つまり、そこへ行かなきゃ始まらないってわけか」

 コイタが頷いたとき、横から手が伸びてきた。

 ケムルーだ。ここまで黙って聞いていた彼が、画面に映る「巨塔」を見て目を見開いていた。

 その瞳が激しく揺れている。


「……ケムルー?」

「……これは」

 ケムルーの声が震えている。恐怖からではない。深い悲しみと、怒りからだ。

「知っているのか?」


「ああ。……ここは、僕らルー族の『聖地』だった場所だ」

 ケムルーが悲痛な面持ちで語り出した。

 彼は雪の上に膝をつき、遠くの山を見つめた。


「昔、まだドグルド族が来る前……そこは美しい場所だったんだ。年中枯れない『光の泉』があって、虹色の花が咲き乱れていて……。祖先たちが最初にこの星に降り立った場所、『星のゆりかご』と呼ばれる神聖な祈りの場だった」

「星のゆりかご……」


「僕らは年に一度、あそこへ行って星に感謝を捧げていたんだ。……でも、奴らが来た」

 ケムルーが雪を握りしめる。キシキシと音がした。

「ドグルド族が現れて、美しい泉を埋め立てて、木々を切り倒して……あの不気味な黒い塔を建てた。聖なる場所は、奴らの野望のための要塞にされてしまったんだ」


 沈黙が流れた。

 風の音だけがヒューヒューと鳴っている。

 コイタは雪山の方角を見上げた。

 白く霞む空の向こうに、ドグルドの欲望の象徴である巨塔が、楔のように突き刺さっている。


「……決まりだな」

 コイタは立ち上がり、膝についた雪を払った。

「タケルもきっと、そこに向かってる。あいつのことだ、ゲートを奪って脱出する算段をつけてるはずだ」


「タケル君を助けに行くのね?」

 サミラも立ち上がり、決意に満ちた瞳でコイタを見た。包帯から覗く横顔は凛々しい。


「ああ。それに、ケムルーたちの聖地を取り返す」

 コイタはケムルーの肩を強く叩いた。

「行こうぜ、兄弟。……あんな醜い塔はぶっ壊して、また虹色の花を咲かせようじゃねえか」


「……コイタ」

 ケムルーが顔を上げ、涙を拭った。その瞳には、かつてない強い光が宿っていた。

「ありがとう。……君は本当に、不思議な人だ」


「へへっ、よく言われるぜ」

 コイタはニカっと笑い、仲間たちを振り返った。

「目的は一つになった。北の雪山、黒い巨塔だ。……そこに、全ての答えと、次なる旅路への扉がある」


「へいへい。地獄の雪山登山と洒落込みますか……と言いたいけど、そうも言ってられないわね」

 ケイトが銃の安全装置を解除し、小さく笑った。


 一行は雪原へと足を踏み出した。

 吹き荒れる吹雪はさらに強くなっていたが、もう寒さは感じなかった。

 その胸には、友を救い、誇りを取り戻すという熱い炎が灯っていたからだ。


   *   *   *


(つづく)

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