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【惑星ルルドー編】第21話 奪還と収束 〜氷上の計算式〜

 猛吹雪の雪山。

 視界が白一色に染まる中、巨大な赤い単眼が不気味に輝いていた。


 ズゥゥゥン!!

 雪煙を上げて、多脚戦車ガーディアンが迫る。

 その巨体に搭載されたガトリング砲が回転を始めた。


「走れリオ! ジグザグにだ!」

「無茶言わないでよ! 雪が深くて足が……!」

 タケルとリオは、新雪に足を取られながら必死に駆けた。

 ガガガガガッ!

 背後で雪原が爆ぜる。鉛の雨だ。

 岩陰に飛び込む二人。数秒遅ければ蜂の巣だった。


「ハッキングは!? あんたの得意技でしょ!」

 リオが叫ぶ。彼のまつ毛は凍りつき、唇は紫色だ。

「無理だ! あいつはスタンドアローン(独立制御)だ! 外部ポートも暗号化キーも物理的に塞がれてる! ただの殺戮マシーンだ!」

 タケルが絶望的に叫び返した。

 知性が通じない相手。論理が通用しない暴力。

 それが一番怖い。


 その時。

 ザザ……ザザッ……。

 タケルの端末からノイズ混じりの声が聞こえた。


『……ケル! タケル! 聞こえるか!?』

「コイタ!?」

 タケルは端末を耳に押し当てた。

「お前、無事なのか!」

『ああ、サミラさんも一緒だ! ……それに、こいつもやっと目を覚ました!』

『「……再起動リブート完了。……オハヨウ、コイタ。……タケルたちにロックオン警報!」』

『Rabbitが、修理なおった直後に「異常な高エネルギー反応」を検知したんだ!』


「最悪だよ! ガーディアンだ! 雪山に戦車がいるんだよ!」

 ドゴォォン!

 岩が砕かれ、破片が降り注ぐ。

『戦車だと!?』

「弱点はないのか! お前、こういうの詳しいだろ!」


『……映像を送れ!』

 タケルは震える手でカメラを起動し、岩陰からガーディアンを映した。

『……でかいな。この前、森で戦ったやつと同型か。……タケル、あいつの脚の関節を見ろ。凍結防止用のヒーターがついてる』

「それがどうした!」

『雪山じゃ、そこが一番の弱点だ。……急激に冷やせば金属疲労で折れる!』


「冷やすって……ここはマイナス20度だぞ! これ以上どうやって!」

『物理演算を使え! ……そこの崖の上、雪庇せっぴ張り出してるだろ!』


 タケルは上を見上げた。

 頭上に、数トンはありそうな巨大な雪の塊が、今にも崩れ落ちそうにせり出している。


「……なるほど。そういうことか」

 タケルはニヤリと笑った。エンジニアの答えはいつもシンプルで乱暴だ。

「リオ! あいつをあの崖の下まで誘導できるか?」

「はあ? 死ねっての!?」

「信じろ! あいつを生き埋めにする!」


 リオは覚悟を決めた顔をした。

「……もし失敗したら、あんたのパソコンのデータ、全部ネットにばら撒くからな!」

 彼は岩陰から飛び出した。

「こっちだ、鉄クズ! 俺はここだぞ!」

 雪玉を投げつける。


 ギギギ……。

 ガーディアンが反応し、リオを追って動き出した。

 その巨体が、崖の真下に差し掛かる。


「今だ! 計算通り(ジャスト)!」

 タケルはポケットから、非常用の発煙筒を取り出し、崖の上の雪庇に向けて全力で投げた。

 同時に、自身の端末から高周波ノイズを最大出力で放射する。

 音による振動。


 ズズ……ドグォォォォン!!

 雪庇が崩落した。

 数トンの雪と氷の塊が、ガーディアンの頭上に直撃する。

 圧殺。

 鋼鉄の脚が耐えきれずにへし折れ、自重で押し潰された怪物は、白い雪の中に埋もれて沈黙した。


「……勝った……」

 リオが雪の中に大の字に倒れ込んだ。

 タケルもへたり込み、空を見上げた。

 吹雪が止んでいく。雲の切れ間から、美しい星空が見えた。


   *   *   *


 一方、地球。

 深夜の学校、地下通路。

 地下サーバールームを破壊した三條は、職員室から駆けつけた白石のアバターと合流し、出口を目指していた。


「ハァ、ハァ……!」

 三條の足が止まりそうになる。警報が鳴り響き、防火扉が次々と閉鎖されていく。

「急いでください。出口まであと少しです」

 白石が手を引く。彼女の体は義体だが、その手の温もりは人間と変わらない。


 だが、その出口の前に、白い影が立っていた。

 ロッシュだ。

 新品のスーツ。感情のない瞳。


「白石監査官。……貴様の行動は、論理的矛盾エラーだ」

 ロッシュが右手を上げると、そこから振動ナイフが展開された。

「なぜ人類バグに加担する? 効率的な管理こそが正義だ」


 白石は三條を背に庇い、一歩前に出た。

「効率? ……ええ、そうですね」

 彼女は不敵に微笑んだ。

「でも、貴方の計算には致命的な欠陥があります。……貴方は『感情』をノイズとして処理しすぎた」


 ロッシュが踏み込む。速い。

 だが、白石は逃げなかった。自ら彼に抱きつき、懐から取り出した工業用プローブを、彼の首筋のポートにねじ込んだ。


 バチチチチッ!!

「ガッ……!?」

「私が開発した『良心コンサイエンス』という名の論理爆弾ロジックボムです。……あなたが切り捨ててきた人々の痛みを、データとして同時再生しています。耐えられますか?」


「や、やめ……システム……オーバ……」

 ドォォン!!

 ロッシュの頭部がショートし、彼は崩れ落ちた。


「……行きましょう、三條さん」

 白石は傷ついた手で眼鏡を掛け直した。

「これで、私たちも完全に『向こう側』の人間ですね」

「ええ。……上等よ」


 二人は夜明け前の街へと走り出した。

 学校の裏門を抜け、人気の少ない路地裏へ。

 遠くでパトカーのサイレンが鳴り響く中、三條は息を切らせながら、手元のEインク端末を開いた。

 画面には、遠い星からの通信ログが表示されている。もちろん、正規の回線ではない。

 ケンジが起動させた「ヤラの遺産」――未知の通信モジュールが確立した量子回線を、白石が手元の端末に同期させているのだ。


「……聞こえてるわよ、あなたたち。……凄い技術ね、これ」

 彼女は夜空を見上げて呟いた。地球と数万光年離れたルルドーが、タイムラグなしで繋がっている。

 皮肉にも、Empireが世界を支配するために作った鎖を、ヤラという「異物」が断ち切ってくれたのだ。


   *   *   *


 ルルドーの鉄の街から脱出したコイタたちは、高台の岩場で朝を迎えていた。

 端末からは、タケルたちの安堵の声が聞こえてくる。


『……なんとか生きてるよ。コイタ、ありがとな』

「お前らが無事でよかったよ」

 コイタは息をついた。

 サミラも、ケムルーに支えられて座っているが、顔色は悪くない。


「みんな、聞こえるか?」

 コイタは空を見上げた。地球があるはずの方向を。

「俺たちはバラバラだ。ルルドーの森、鉄の街、北の雪山。それに地球。……でも、繋がってる」


 それぞれの場所で、それぞれの戦いがあった。

 でも、目的は一つだ。

 生き残ること。そして、このふざけた管理社会(Empire)をぶっ壊して、自由な空を取り戻すこと。


『ああ。……やってやろうぜ、兄弟』

 タケルの声。

『……教え子たちを……』

 ノイズの奥に、懐かしい三條の声が聞こえた気がした。




 朝日が昇る。

 ルルドーの二つの太陽が、彼らの新たな旅立ちを祝福するように輝いていた。

 反撃の準備は整った。

 ここからが、本当の戦いだ。


(つづく)

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