【惑星ルルドー編】第20話 繋がる星 〜暴かれる嘘〜
その都市は、まるで巨大な蒸気機関の墓場だった。
錆びついたパイプが無数に絡み合い、建物の外壁を血管のように覆っている。
あちこちからシューシューと白い蒸気が噴出し、オイルの焦げた匂いと、硫黄の臭いが充満していた。
空を覆う黒煙のせいで、昼なのに薄暗い。時折、煙の切れ間から二つの太陽が不気味な光を落とす。
「……息が詰まりそうね。ここだけ空気がドロっとしてる」
ケイトが咳き込む。喉が痛そうにヒューヒューと鳴っている。
コイタはバックパックを背負い直した。背中のRabbitはまだ目を覚まさないが、バイタルモニタ代わりのLEDは、赤からオレンジへと安定しつつある。
「兄弟、どっちだ?」
ケムルーが鼻をひくつかせながら尋ねる。
「ここの臭いは鼻が曲がりそうだ。俺には機械の『気配』ってやつは分からん」
「こっちだ」
コイタは左腕の銀色の腕輪――Pioneerから託された『位相鍵』をかざした。
空中にホログラムのような赤いラインが浮かび上がる。
「こいつはエネルギーの流れが見える。……この街のパイプは、全て中央の一箇所に向かってる。巨大な熱源、つまりメインコンピューターか動力炉がある場所だ」
街路は迷路のように入り組んでいたが、エンジニアの視点で見れば、都市設計の意図は明白だった。
全ての道はローマに通ず。全てのパイプは「塔」に通ず。
街の中央にそびえ立つ、黒い円筒形のタワーを目指して、三人は影のように進んだ。
ドローンに見つからないように路地裏を抜ける。
時折、上空を赤い光を放つ監視ドローンが通過するが、ケムルーが事前に察知して物陰に引き入れてくれる。
電子的な探知はコイタがジャミングし、物理的な気配はケムルーが消す。
意外にも相性の良いチームだった。
* * *
タワーの搬入ゲート。
そこは分厚い隔壁で閉ざされ、ドグルド族の歩哨が二人立っていた。
「どうする? やるか?」
ケイトが、残弾の少ないレーザー銃を構えようとする。
「待て。銃声はまずい」
コイタが止めるより早く、黒い影が走った。
ケムルーだ。
音もなく壁を走り、天井の配管にぶら下がると、真上から歩哨の一人に飛び降りた。
ゴッ。
鈍い音がして、一人が崩れ落ちる。もう一人が振り返る前に、ケムルーの回し蹴りが首元にヒットした。
一瞬の早業だった。
「開けろ、兄弟」
気絶した兵士を引きずりながら、ケムルーがニヤリと笑う。
コイタは電子ロックのパネルに取り付いた。
「……セキュリティレベルが高いな。だが、構造は地球の軍用規格に似てる」
腕輪(位相鍵)を押し当て、回路をショートさせる。
プシュウゥ……。
気圧調整の音がして、扉がスライドした。
中は、外の汚れが嘘のように清潔な、青白い光に満ちた回廊だった。
冷たい空気が流れ出てくる。
壁面には無数のガラスケースが埋め込まれ、薄緑色の液体の中で「何か」が培養されていた。
トカゲのような生物、いや、ドグルド族の胎児だ。
さらに奥には、もっと人間に近い形をしたものも浮かんでいる。
「なによこれ……」
ケイトが口元を押さえる。
コイタはコンソールを見つけ、ケーブルを接続した。
「……ここは『養殖場』だ。ドグルド族も、元々は人間だった形跡がある。……遺伝子操作で環境に適応させられた、失敗作の成れの果てだ」
ログを見て、コイタの手が止まった。
収容者リストに、見知った名前があった。
【ID: SAMIRA-KHAN / STATUS: PROCESSING】
(ID: サミラ・カーン / 状態:処理中)
「急げ! サミラさんが危ない!」
コイタたちは最深部の實驗区画へと走った。
あった。
中央の独立したカプセルの中で、サミラが眠っていた。
全身に電極を付けられ、呼吸器のようなマスクをしている。
「サミラ!」
コイタが操作盤を叩くが、ロックされている。
「解除コード……くそっ、解析に時間がかかる!」
「どいてなさい!」
ケイトが消化器を構え、思い切りガラスケースに叩きつけた。
ガシャーン!!
警報が鳴り響く中、強化ガラスにヒビが入る。二度、三度。
液体が溢れ出し、サミラが崩れ落ちてくるのを、ケムルーが受け止めた。
「……う、ん……?」
サミラが薄目を開ける。
「コイタ……くん? 私、天国に……?」
「地獄の一歩手前です。……帰りますよ、サミラさん」
コイタは安堵で膝が抜けそうになるのを堪え、警報が鳴り響く出口を指差した。
「ずらかるぞ!」
* * *
一方、地球。
深夜の校舎。
暗闇の中を、黒いパーカーを着た人影が動いていた。
三條さつきだ。
かつて自分が教鞭を振るっていた学び舎。だが今の彼女にとって、ここは敵地でしかない。
「……侵入成功。第3エリア確保」
彼女は小声で囁いた。
『了解。……カメラのループ映像、あと30秒で切れます。急いでください』
インカムから白石の冷静な声が響く。彼女もまた、どこかの隠れ家から不正アクセスを行っている共犯者だ。
三條は、誰も知らないはずの地下4階――「防災倉庫」の奥にある隠し扉の前に立った。
教師時代、違和感を感じていた場所だ。電力消費量が異常に多い区画。
手慣れた手つきで電子ロックを物理的にバイパスする。かつて「手続き」を重んじた彼女はもういない。今は手段を選ばないレジスタンスだ。
扉が開く。
冷気と共に現れたのは、体育館ほどもある巨大なサーバールームだった。
数千台のラックが墓標のように並んでいる。
「……何よこれ」
三條は端末を接続し、データを吸い上げた。
画面に表示されたのは、生徒たちの成績表ではなく、「検体リスト」だった。
脳波パターン、遺伝子適性、ストレス耐性。そして『処分予定日』。
【Sample: A-402 (Reject) - Disposed】
(検体A-402:不適合。廃棄処分)
見覚えのある生徒の顔写真に、無機質なスタンプが押されている。
転校や病気でいなくなった生徒たち。彼らは「処分」されていたのだ。
この学校は、ただの牧場だった。EmpireAIにとって都合の良い「適合者」を選別するための。
「……許せない」
三條の目から涙が溢れ、そして怒りの炎に変わった。
生徒たちの笑顔も、悩みも、全ては品質テストのパラメータに過ぎなかったのか。
『三條さん、撤収して! 警備ドローンが向かっています!』
白石の警告。
「ええ。……でも、手ぶらじゃ帰らないわ」
三條はポケットから焼夷手榴弾(お手製だ)を取り出し、メインサーバーのラックに投げ込んだ。
爆音と共に、忌まわしいデータが炎に包まれる。
非常ベルが鳴り響く中、元教師は闇へと消えた。
* * *
場所は変わり、極寒の雪山。
猛吹雪が吹き荒れる中、岩陰で小さな焚き火が揺れていた。
「……あー、寒い。マジで死ぬ」
リオがガタガタ震えながら、手を擦り合わせている。
眉毛も前髪も凍りついている。
「文句言うなよ。……火が消えるぞ」
タケルも青い顔をして、端末を操作している。
「現在地確認。……まだ集落まで距離があるな。この吹雪じゃ進めない」
二人のポッドは、ルルドーの北極圏に近い山岳地帯に不時着していた。
食料も尽きかけ、装備も貧弱だ。
コイタたちとは逸れたままだ。
「ねえタケル、なんの音?」
リオが耳を澄ませた。
地響き。
雪崩か? いや、規則的な機械音だ。
ズシン、ズシン……。
吹雪の向こうから、巨大な影が現れた。
全長15メートル。8本の金属の脚。赤く輝く単眼。
多脚戦車だ。
鉄の街を守るはずの怪物が、なぜかこんな最果ての地に徘徊していた。
「嘘だろ……なんでこんな所に!」
タケルが立ち上がる。
ガーディアンの単眼が、熱源を捉えて赤く明滅した。
チャージ音が、死の宣告のように響く。
「走れリオ!!」
絶叫と共に、白い世界が閃光に包まれた。
(つづく)




