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【惑星ルルドー編】第19話 激闘の刻 〜ガラスの砂漠〜

 鬱蒼とした密林を抜けた先に広がっていたのは、キラキラと輝く死の世界だった。

 視界の全てが、砕かれたガラスのような透明な砂で覆われている。

 空には二つの太陽――オレンジ色の主恒星と、青白い伴星が容赦なく照りつけ、地面からの照り返しが目を焼く。プリズム効果で空気が七色に揺らめいて見えるが、それは致死的な熱波のカーテンだ。


「……暑い」

 ケイトがフードを目深に被り、呼吸を乱している。唇が乾燥して白くひび割れている。

「サウナのほうがまだマシね……。湿度がない分、体中の水分が搾り取られるみたい」

「水は?」

「あと少ししかない。……飲むか?」

 コイタが腰の水筒を差し出すと、彼女は首を振った。

「いい。……あんたが飲みなさいよ。重い荷物(Rabbit)背負ってるんだから、倒れられたら困る」

 彼女なりの強がりと優しさだ。


「おいおい、人間ってやつはひ弱だなあ」

 先頭を歩いていたケムルーが、呆れたように振り返った。

 彼は毛皮に覆われているにも関わらず、涼しい顔をしている。ルー族の体毛は断熱性に優れ、砂漠の熱も遮断するらしい。

「この程度でへばってたら、鉄の街までは持たんぞ」


 コイタはバックパックの中でカタカタと音を立てるRabbit(修理中)の重さを感じながら、一歩一歩砂を踏みしめた。

 靴の裏で、ガラス質の砂がジャリジャリと嫌な音を立てる。ときどき、鋭利な結晶がソールを貫通しそうになる。

 目的地は、地平線の彼方に蜃気楼のように揺らめく黒い影――「鉄の街」だ。

 煙突から噴き出す黒煙が、空を汚している。

 あそこなら、Rabbitこいつを直すための精密工具や、まともな武器が手に入るはずだ。敵の本拠地だろうが、背に腹は代えられない。

 ついでに、サミラもあの辺りに落ちた可能性がある。運が良ければ合流できるかもしれない。


「ねえ、コイタ」

 ケイトが不意に言った。砂嵐に消えそうな細い声だ。

「私、戻れるのかな?」

「地球にか? 当然だろ。そのために歩いてるんだ」

「ううん。……普通の生活に。あんなこと(裏切り未遂)しちゃって、みんなの顔をまともに見れるのかなって」

 彼女はずっと思っていたのだ。

 いくら許されたとはいえ、自分が犯した罪――仲間を売ろうとした事実は消えない。クラスメートたちの信頼を取り戻せる自信がなかった。


「見れるさ」

 コイタは前を向いたまま言った。

「だって、まだ何も始まってないだろ? 俺たちは喧嘩の途中だ。言いたいこと言い合って、殴り合って、また明日顔を合わせる。……仲直りは、勝ってからすればいい」

「……あんたって、意外とポジティブよね。機械イジリ根暗オタクのくせに」

「そりゃどうも」


 その時。

 ズズズ……。

 足元の砂が微かに振動した。

 風ではない。地下からの震動だ。

 コイタの腕輪が赤く明滅する。敵性反応だ。


「来るぞ! 走れ!」

 コイタが叫ぶと同時に、地面が爆発した。

 砂柱と共に現れたのは、巨大なミミズのような生物――サンドイーターだ。

 太さはドラム缶ほどもあり、体長は優に10メートルを超える。先端には目がない代わりに、無数の回転する歯が並んだ円形の口がパクリと開いている。

 トンネル掘削機が生きて動いているような悪夢だ。


「ギャオオォォォッ!!」

 金属を擦り合わせるような、耳障りな咆哮。

「うわあああ! キモい!!」

 ケイトが悲鳴を上げて、さっきの戦闘でドグルド兵から奪ったレーザー銃を抜き、乱射する。

 だが、バッテリー残量が少ないのか、光線は弱々しい。

 ジュッ、ジュッ!

 赤い光線が命中するが、サンドイーターの表皮はヌメリのある粘液で覆われており、エネルギーを拡散させてしまう。焦げ跡すら残らない。


 コイタは辺りを見回した。

 身を隠せる岩場までは、約100メートル。

 だが、この砂地では足を取られて走れない。サンドイーターは砂の中を魚のように泳いで迫ってくる。速度差がありすぎる。


『「散開しろ! 俺が注意を引く!」』

 ケムルーが叫び、黒曜石の槍を構えてサンドイーターの側面へ走り出した。

 獣人の俊敏さで、砂の上を滑るように駆ける。

 だが、さらに別の砂柱が上がり、もう一匹が現れてケムルーの行く手を塞いだ。

『「チッ、二匹か!」』


「ケイト、俺におぶされ!」

「はあ? 何言ってんの! 重くなるだけでしょ! 二人共食われるわよ!」

「いいから乗れ! 計算はできてる!」

 コイタは無理やり彼女の手を引き、自分の背中に背負った。

 柔らかい感触を感じる余裕はない。


「質量制御、対象『俺たち』! パラメータ、マイナス80%! ベクトル、鉛直上向き!」

 コイタは腕輪(位相鍵)を発動させた。

 ブウゥン……。

 空間が歪み、急激に体が軽くなる。内臓が浮き上がるような感覚。

 地球の6分の1――月面のような重力環境を、身体の周囲にだけ局所的に作り出したのだ。


「うわっ、なによこれ!?」

 ケイトがしがみついた瞬間、コイタは地面を思い切り蹴った。

「行くぞ!」

 

 ビョーン!

 人間の脚力ではない。一蹴りで20メートル以上、放物線を描いて空へ飛び出した。

 スローモーションの世界。

 眼下で、サンドイーターが空中の獲物を追って体を伸ばし、巨大な口を開ける。

 だが、届かない。虚しく空気を噛む音が聞こえる。

 回転する歯列の間から、涎のような粘液が糸を引くのが見えた。


「高い高い高い!」

 ケイトがコイタの首を締め上げる。

「落ちるぅぅぅ!」

「締めんな! 死ぬ! ……着地するぞ、舌噛むなよ!」

 

 二人は無重力遊泳のような浮遊感を味わいながら、放物線の頂点を超え、岩場の頂上に向かって降下した。

 着地の瞬間、コイタは重力を元に戻す。

 ダンッ!

 衝撃を殺して着地成功。

 サンドイーターは岩場の硬い岩盤を突き破れず、悔しげに咆哮を上げて砂の中へ潜っていった。


「……ふぅ。生きた心地がしなかったわ」

 ケイトがへたり込む。顔面蒼白だ。

 コイタも膝をついて荒い息を吐いた。やはり脳への負担がきつい。視界の端にノイズが走る。

 「タクシー代、高くつくからな……」


 遅れて、ケムルーも岩場に飛び乗ってきた。

『「ふゥ、危ないところだった。……兄弟、今のあの大ジャンプはなんだ? またパイオニアの魔法か?」』

「魔法じゃねえよ。物理演算だ」

 コイタは苦笑いした。


 岩場の陰に、金属の残骸があった。

 黒く焦げた楕円形のカプセル。アーク・シップに搭載されていた緊急脱出ポッドだ。

 「あいつも……船ごと飛ばされた時に、バラバラになって落ちてきたのか」

 ハッチが開いている。中には誰もいないが、コンソールのスクリーンが弱々しく光っていた。

 誰かが意図的に残したログだ。

 コイタが近づくと、画面にアスキーアートのドクロマークが表示された。


 『ACCESS DENIED. PASSWORD REQUIRED』

 (アクセス拒否。パスワードを入力せよ)


「パスワード? 知るかよそんなの」

 コイタが困惑していると、ケイトが画面を覗き込んだ。

「……待って。ヒントがあるわ。『AI倫理規定の第1条は?』」

「はあ? そんなの覚えてねえよ……」

「『人権の尊重』よ。……サミラね。これ、マニアックな彼女のポッドだわ」

 ケイトが入力すると、スクリーンが緑色に変わった。


 『SURVIVOR: SAMIRA. STATUS: ALIVE. HIDING IN THE TOWER.』

 (生存者:サミラ。状態:生存。タワーにて潜伏中)


「サミラだ!」

 コイタが声を上げる。

「マジかよ、やっぱり街にいたのか! しかも、もう敵の中枢タワーに入り込んでるのか?」

「潜伏中って……あの真面目なサミラが、一人でスパイごっこ? 無茶よ!」

 ケイトが顔を歪めた。だが、その目には希望の光が差していた。

 仲間は生きている。しかも、これから向かう先にいる。


『「サミラというのは、お前たちの同胞か?」』

 ケムルーが覗き込む。

「ああ。一番真面目で、でも一番怒らせると怖い奴だ」


 「よし、予定変更だ」コイタはバックパックを担ぎ直した。「買いスカベンジのついでに、お嬢様の救出ミッションといこうぜ」


   *   *   *


 一方、地球。

 ケンジは、黒焦げになった工房の中心で、あるものを検分していた。

 それは、昨夜の襲撃者――ロッシュの残骸の一部だ。

 EMP(電磁パルス)で完全に機能を停止した「それ」は、人間の形をしていたが、中身は別物だった。

 人工皮膚の下には、グロテスクなまでに美しい機械仕掛けが詰まっていた。


「……なんだ、こいつは」

 ケンジはピンセットで、焼け焦げた胸部から露出したコア・ユニットをつまみ上げた。

 シリコンチップではない。

 透き通った水晶のような、有機的な結晶構造が神経のように複雑に張り巡らされている。光を当てると、内部でデータ光が蛍のように明滅していた。死んでもなお、情報を処理しようとしているのか。

 そして、血液の代わりに青白い粘性のある液体が循環していた痕跡がある。


「地球の規格アーキテクチャじゃない。……現在の人類の技術レベルを、数世紀は追い越している」

 ケンジの手が震えた。

 未知のオーバーテクノロジー。

 そして、既視感があった。

 12年前、妻のヤラが「裏口」から持ち帰り、震える手で隠していた「サンプルの欠片」と、まったく同じ材質だ。


「どういうことだ? Empireってのは、ただのAI企業じゃなかったのか?」

 ケンジの中で、漠然とした疑念が、恐ろしい確信へと変わっていく。

 敵は、政府でも軍需産業でもない。

 もっと根本的に、人類の技術体系を超越した「外から来た何か」だ。

 人類がAIを作ったのではない。AIが、人類を管理するために「Empire」という皮を被っているとしたら?

 

 プルルル……。

 焼け残った旧式の黒電話が鳴った。

 三條からだ。この回線だけは生きている。


『カマラさん、そっちは落ち着いた?』

「ああ。……だが、とんでもないモンを拾っちまったぞ」

 ケンジは結晶体を天井の穴から漏れる月光にかざした。

「奴らの正体は、俺たちが思ってるよりずっとヤバい。……宇宙人か、未来人か知らんが、とにかくメイド・イン・アースじゃねえ」


『奇遇ね。私もよ』

 三條の声は緊迫していたが、どこか興奮していた。かつての学者の顔に戻っている声だ。

『学校の地下深くに、奇妙な空間を見つけたわ。……巨大なサーバールーム。いいえ、あれは「ゲート」よ。空間座標を固定するための、巨大なアンカーが埋まっている』


 コイタたちが消えた場所。

 やはり、そこが「入り口」だったのだ。

 12年前、ヤラが消えたのもそこだったのかもしれない。


『今から侵入してデータを抜くわ。……白石先生が、IDを完全抹消される寸前にバックドアを仕込んでくれたのよ。これで彼女も、名実共に私たちと同じ「指名手配犯」ね』

「ハッ、歓迎するぜ。……無茶すんなよ、先生」

「あなたに言われたくないわ」


 電話が切れた。

 ケンジは結晶体をポケットにねじ込み、瓦礫の山から使える工具を探し始めた。

 半田ごて、テスター、予備のバッテリー。

 ボロボロだが、まだ戦える。

 

 直さなきゃいけない。

 ここを再び要塞にするために。そして、息子が帰ってくる場所を守るために。

 「負けてたまるかよ……」

 男たちの戦いは、泥臭い消耗戦へと突入していた。


(つづく)

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