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【惑星ルルドー編】第17話 明かされる真実 〜散らばった星々〜

「開けろ……! 頼む、開いてくれ!」

 牢獄エリアからの脱出路。

 コイタは銀の腕輪を、通路を塞ぐ分厚い資材搬入用ゲートの電子ロックパネルに押し当てた。

 さっきの牢屋の鍵とは桁違いだ。この区画全体を封鎖するメインゲートのセキュリティは、軍事レベルの堅牢さだった。

 頭の中で『解錠アンロック』のイメージを強く念じる。鍵を回すのではない。ロックの論理回路そのものを「開放状態」に書き換えるイメージだ。


 腕輪が脈打ち、青白い光が回路図のような幾何学模様を描いて広がる。

 バチバチッ!

 制御盤から火花が散り、プラスチックが溶ける臭いが鼻を突いた。

「ぐぅ……!」

 反動キックバックが脳に来る。針で刺すような痛みがこめかみを走ったが、コイタは歯を食いしばって耐えた。

 ガゴン、という重い音がして、ロックが外れた。

 厚さ20センチはある鋼鉄の気密扉が、油の切れた悲鳴のような軋みを上げてゆっくりと開いていく。


「行くぞ、ケイト! ここはもう安全じゃない」

 コイタは彼女の手を引いて走り出そうとした。

 だが、ケイトは動かなかった。その足は地面に接着されたように一歩も踏み出せない。


「ちょ、ちょっと待って! あれを……あれを持って行かなきゃ!」

 彼女が震える指で差したのは、廃棄場の奥にあるガラクタの山だった。

 そこはまさに「機械の墓場」だった。

 壊れたドグルドの兵士の義足、旧式の作業ロボットの残骸、用途不明の錆びた金属パーツ……それらが無造作に積み上げられ、腐ったオイルの臭いを放っている。

 その頂上に、泥と油にまみれた白い球体があった。


「Rabbit……!」

 コイタは瓦礫の山をよじ登った。鉄屑が手のひらに食い込み、錆で靴が汚れるが構わない。

 崩れ落ちそうになる足場を駆け上がり、その球体を抱き上げた。

 

 ずっしりと重い。

 いつもなら、コイタの手の中で温かく脈打ち、生意気な軽口を叩いてくるはずの相棒。

 今は、ただの冷たいプラスチックと金属の塊だった。

 いつもは青く輝いている瞳のラインが消え(ブラックアウト)、表面には痛々しい亀裂が走っている。内部フレームまで達する深い傷だ。


「これ……どうして……」

「こいつ、私をかばって……」

 下から見上げていたケイトが、唇を血がにじむほど噛みしめる。

「落下した時、エアバッグを展開してクッションになってくれたの。……私の代わりに、岩に叩きつけられて」


 脳裏に浮かぶ光景。

 恐怖に叫ぶケイトを、小さな体で必死に守ろうとする白い球体。

 『生存確率計算。……ターゲット(ケイト)の保護を最優先』

 そんな無機質なログを残して、機能を停止したのだろうか。


「……馬鹿野郎」

 コイタの声が震えた。

 こいつはAIだ。ただのプログラムだ。自己保存を最優先にするコードが書かれているはずだ。

 それなのに、なんでケイトなんかを守って壊れるんだよ。

 文鎮になっちまったじゃねえか。


「……大丈夫だ。俺が直す」

 コイタは球体をバックパックに押し込んだ。

 重さが背中にのしかかる。それは物理的な重量以上の、命の重さだった。

 心臓が早鐘を打つ。直せるか? コアメモリは無事か? 基板が割れていたら終わりだ。

 不安を押し殺し、エンジニアとしての冷静さを取り戻す。今は脱出が先だ。


 ビーッ! ビーッ!

 施設中に赤い回転灯が回り始め、けたたましい警報が鳴り響いた。侵入者が発覚したのだ。

「走れ!」

 二人は通気ダクトを見つけて、蓋を蹴破り、強引に潜り込んだ。


 狭い。熱い。

 ダクトの中は埃とカビの臭い、そして焼けたオイルの臭いが充満していた。

 這いつくばって進む。肘や膝が擦りむけるが、止まれば後ろからドグルドの兵士が追いかけてくる。

 カサカサッ!

 足元を何かが猛スピードで走り抜ける。地球のドブネズミに似ているが、眼が4つある奇妙な生物だ。

「ひっ!?」

 ケイトが悲鳴を上げそうになるのを、コイタが後ろ手で口を塞ぐ。

「静かに。……ダクトの中じゃ銃声みたいに響くぞ」


 永遠にも思える匍匐前進の末。

 ようやく出口の格子が見えた。コイタは渾身の力でそれを蹴り飛ばす。

 ガシャーン!

 格子が外れ、二人は転がるように外へ飛び出した。

 そこは、要塞の裏手にあたる、鬱蒼とした原生林の中だった。


「はぁ、はぁ……」

 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、二人は泥だらけの顔を見合わせて、へたり込んだ。

 生きてる。外に出られた。


「他のみんなは?」

 コイタが腰の水筒を渡すと、ケイトは一気に半分まで飲み干した。口元の泥を袖で拭う。

「分からない。……ゲートを通った時、空間が歪んで、みんなバラバラに弾き飛ばされたの」

 彼女は遠い目をして、震える声で語り出した。


「タケルとリオは、もっと北の方へ流されたわ。……渦の中で、ポッドが射出されるのが見えた。背景には白い山……雪山が見えた気がする」

「雪山か。……リオのやつ、あいつ寒いのが大嫌いだからな。文句言ってそうだ」

 コイタは軽口で恐怖を紛らわせる。


「サミラさんは……通信が途絶える直前、叫んでた。『鉄の匂いがする』『巨大な街が見える』って」

「鉄の街?」

「ええ。この崖の上から遠くに見える、黒い煙を吐く工場地帯よ。……たぶん、ドグルドの本拠地だわ」


 最悪の配置だ。

 戦力が分散している上に、よりによって一番非力で真面目なサミラが、敵の中枢(心臓部)に真っ逆さまに落ちた可能性がある。

 タケルたちは極寒の地でサバイバルか。知識はあっても、ひ弱な都会っ子二人だ。リオなんてスマホの充電が切れただけでパニックになるやつだぞ。


「合流しなきゃな」

 コイタは立ち上がり、バックパックのベルトを締め直した。

「無理よ。こっちは徒歩、あっちは空飛ぶドローン部隊。……地図もないのに、この密林を突っ切るなんて自殺行為だわ。見つかったら即死よ」

 ケイトは首を振った。恐怖がまだ抜けていない。


「それでも行くさ」

 コイタは木々の隙間から見える空を見上げた。

 二つの月が輝いている。冷たく美しい光だ。

「俺にはこれ(腕輪)がある。それに……地球であの頑固親父が待ってるんだ。手ぶらで帰ったら笑われる。『ほら見ろ、言わんこっちゃない』ってな」


 コイタは背中のRabbitの重さを確かめるようにポンと叩いた。

「まずはこいつを直す。……工具が必要だ。材料もな。街へ行くぞ」

「えっ? 敵の本拠地へ?」

「灯台下暗しってな。それに、エンジニアにとってジャンクの山は宝の山だ。……俺たちの武器を現地調達する」


「おっと、行くなら俺も混ぜてくれよ」

 不意に、頭上の枝から声が降ってきた。

 音もなく飛び降りてきたのは、ケムルーだった。

 彼もまた、所々に泥と煤をつけているが、金色の瞳は爛々と輝いている。


「ケムルー! 無事だったか!」

「当たり前だ。ドグルドの兵士どもを森の反対側まで引きずり回してやったさ」

 ケムルーは得意げに鼻を鳴らし、震えるケイトを見て少し目を細めた。

「……助け出せたようだな、兄弟」


「ああ、こいつがケイトだ」

「よ、よろしく……」

 ケイトがおっかなびっくり挨拶すると、獣人はニカっと牙を見せて笑った。


「よし、全員揃ったな。……行くぞ、反撃開始だ」

 三人は頷き合い、夜明け前の深い森へと歩き出した。


   *   *   *


 一方、地球。

 深夜2時。

 静寂を破って、ケンジの改造無線機に着信があった。

 通常の電話回線ではない。何重ものプロキシを経由し、軍事レベルの暗号化が施された、裏ルートの通信だ。


「……誰だ?」

 ケンジは警戒しながら、暗号解読キーを入力し、受信ボタンを押した。


『白石です。手短に言います』

 いつもの「鉄の女」のような冷静な声ではない。明らかに緊張で声が上ずっている。背後でキーボードを叩く音が聞こえる。

『特務監査官ロッシュが、あなたの工房の座標を特定しました。……突入まであと15分もありません。ドローン部隊が向かっています』


「ロッシュ……あの白いスーツの野郎か」

 ケンジは以前、遠目に見かけた冷徹な男の姿を思い出した。

 人間味の欠片もない、歩くデータベース。効率と秩序の化身のような男。自分とは正反対の存在だ。


『彼は完璧主義者です。バグ――つまり不確定要素を最も嫌います。……彼はあなたを逮捕しに来るのではありません。「消去デリート」しに来るのです』

 白石の息遣いが荒い。

『……逃げてください、カマラさん。今ならまだ間に合います。裏口から地下水路へ……』


「ふん。自分の城を捨てて逃げる職人がどこにいる」

 ケンジはニヤリと笑った。

 恐怖はない。あるのは、エンジニアとしての闘争本能だ。

「情報感謝するぜ、先生。……礼になんか美味いもん奢ってやるよ。スルメでいいか?」


 通話を切ると、ケンジはタバコを灰皿に押し付け、立ち上がった。

 工房を見渡す。

 ここはただの修理屋ではない。10年間、EmpireAIに対抗するために少しずつ積み上げてきた、俺の要塞だ。


 机の引き出しを乱暴に開ける。

 そこには、かつて妻のヤラが作った、危険すぎて封印していた試作デバイスがあった。

 テスラコイルを小型化したような、銅線がむき出しのコンデンサの塊。

 電磁パルス(EMP)発生装置だ。


「こいつは精密機器には劇薬でな」

 ケンジは溶接用の遮光ゴーグルを装着した。

 スイッチを入れると、キィィィィン……という蚊の鳴くような高周波の充電音が部屋に響き渡る。

 部屋中の空気が帯電し、腕の産毛が逆立つ。蛍光灯がチカチカと明滅する。


 さらに、床に散らばるケーブルを罠のように配置し、切断機カッターの電源を入れる。

 ありあわせの工具も、使いようによっては凶器になる。


「さて、お高くとまったエリート様に、泥臭い下町の喧嘩のやり方を教えてやるか」

 ケンジは重いモンキーレンチを握りしめ、入り口のドアを見据えた。

 来いよ、死神。

 ここはお前の墓場にしてやる。AIごときに、人間の執念ってやつを見せてやるよ。


(つづく)

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