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【惑星ルルドー編】第16話 再会の牢獄 〜光の迷彩と消去者の影〜

 敵の拠点は、切り立った断崖絶壁の上に、まるで悪性の腫瘍のようにへばりついていた。

 無骨な石積みの壁に、不釣り合いな高精度の監視ドローンが無数に張り付き、赤いレーザー光で周囲をスキャンしている。

 古代の城塞と、未来の軍事基地が悪魔合体したような異様な光景だ。


「正面突破は自殺行為だな」

 コイタは岩陰に隠れ、双眼鏡代わりの拡大アイ(腕輪の機能だ)で砦を見上げた。

 倍率を上げると、城壁の上に立つドグルド族の兵士の鼻の穴まで見えた。彼らの手にするレーザーライフルは、明らかに新品だ。メンテナンスオイルの光沢まで見える。

 隣でケムルーが、黒曜石の槍を強く握りしめている。

『「夜を待つか?」』

「いや、夜になれば奴らの赤外線センサーが生きる。体温を持つ俺たちは、真っ暗闇の中で光る電球みたいなもんだ。格好の的になる。……行くなら、太陽が一番高い今しかない。陽炎に紛れるんだ」


 コイタは左手首のデバイスを操作した。

 脳内でイメージするのは「光の屈折」だ。透明人間になる魔法じゃない。物理現象(レンズ効果)の応用だ。

 大気の密度を局所的に操作し、光を曲げることで、自分の姿を背景に溶け込ませる。理論は分かっているが、実戦で使うのは初めてだ。


「……光学迷彩オプティカル・カモフラージュ、展開。出力、ミニマムで維持」

 ブウゥン……。

 空気が歪む低い音がして、コイタの腕が透明になった。

 いや、完全に消えたわけではない。背景の岩肌が透けて見えるが、動くと陽炎のように揺らぐ。ガラス細工の人形が歩いているようだ。

「完璧じゃないな。解像度が低い。……でも、遠目のセンサーと、あのトカゲたちの動体視力なら誤魔化せるはずだ」


「俺が先に行く。ケムルーは反対側で騒いで、注意を引いてくれ。爆竹でも何でも鳴らして、派手にやってくれよ」

『「……死ぬなよ、兄弟」』

 ケムルーが静かに頷き、黒い影となって音もなく森へ消えた。数秒後、反対側で爆発音と獣の咆哮が響く。


 コイタは息を殺して、正門へと歩み出した。

 心臓の音がドラムのようにうるさい。自分の心音が敵に聞こえてしまうんじゃないかと錯覚するほどだ。

 門番のドグルド族が二人、すぐ目の前に立っている。

 彼らの身体からは、爬虫類特有の生臭さと、機械油の酸化したような異臭が漂っていた。


(バレるなよ……頼むぞ、俺の脳ミソ……!)

 コイタは彼らの脇をすり抜けた。

 ドグルドの一人がふと、コイタの方へ顔を向けた。

 黄色い縦長の瞳孔が細まる。長い舌がチロチロと出し入れされ、空気を探る。

 コイタは硬直した。呼吸を止める。汗一滴流せない。

 数秒の沈黙の後、ドグルドは興味を失ったように視線を外した。ただの熱風だと思ったのだろう。


 砦の中は、さらに異様な光景だった。

 粗雑な石積みの回廊に、高度な電子ロックの扉や、ホログラムの表示板が乱雑に取り付けられている。

 剥き出しのケーブルが蔦のように壁を這い、スパークして青い火花を散らしている。

 文明のツギハギだ。まるで、原始人がスマホを石斧にくくりつけて使っているような、生理的な不気味さがある。


 地下への階段を下りると、腐った水のような冷気が漂ってきた。

 最下層の牢獄エリア。

 カビと汚物、そして錆の匂い。

 鉄格子の向こうに、小さく丸まった人影が見えた。

 赤毛のショートヘア。ボロボロに汚れたエリート校の制服。膝を抱えて座り込み、頭を抱えてブツブツと何かを呟いている。


「……3、5、7、11、13、17、19、23……」

 素数だ。正気を保つために、秩序ある数字を数え続けているのか。

 恐怖に押しつぶされないための、彼女なりの防壁。

 間違いなく、ケイトだ!


「ケイト!」

 コイタが迷彩を解いて格子に駆け寄る。

「……え?」

 ケイトがビクリと震えて顔を上げた。

 その目は虚ろで、焦点が合っていなかった。恐怖で瞳孔が開いている。だが、コイタの姿を、そして懐かしい薄汚れ作業着ツナギ姿を認めた瞬間、瞳に光が戻った。

「コイタ……? 嘘、これ幻覚? 酸素欠乏で見える夢? それとも死神?」


「本物だよ。……迎えに来た。遅くなって悪かったな」

 コイタが手を伸ばすと、ケイトはおずおずと、触れたら消えてしまいそうな幽霊に触れるように、指先を伸ばしてきた。

 指先の温もりを確認して、彼女の目から堰を切ったように涙が溢れ出した。


「バカ……バカぁ! 遅いのよ!」

 彼女は格子越しにコイタの胸板を拳で叩いた。

 ポカポカと叩く力は弱々しかったが、そこには安堵と甘えがあった。

「怖かったんだから……! 一人で、暗くて……一生ここから出られないかもって……」

 彼女は泣き崩れ、コイタの服を強く握りしめた。


「悪かったよ。……もう大丈夫だ」

 コイタは電子ロックに腕輪を当てて解錠した。ピッという軽い音がして、重い扉が開く。

 ケイトを抱き起こすが、彼女の足は震えて立っていられなかった。相当なストレスと疲労だ。


「ここが何処か知ってるの? ここは『処分場』よ」

 ケイトは震える指で奥を指差した。

 暗闇の中に、山のように積み上げられたスクラップが見える。

 いや、それは機械の残骸だけではない。かつてこの星で働かされていたであろう、旧式の作業ロボットや、有機素体の廃棄物だ。

 腕だけ、頭部だけ、動かなくなった部品が、ゴミのように捨てられている。


「このトカゲ(ドグルド)たちは、ただの作業員。……本当の主人は、あそこにいる」

 牢獄の監視塔。

 その頂上に、冷徹な赤い光を放つモノアイ(単眼)カメラが一つ、静かに回転していた。

 あれが監視AI端末だ。

 まるで神のように、全ての絶望を、事務的に記録し、見下ろしている。


   *   *   *


 一方、地球。

 放棄された旧市街の地下シェルター。

 カビ臭い空気の中、即席の作戦テーブル――古びた学校机だ――の上で、三條は端末を操作していた。

 画面には、生徒たちのデータが表示されている。

 コイタ、タケル、ケイト、サミラ、リオ。

 Empireの公式データベースからは既に抹消された名前たちだ。彼女はそれを、独自のオフライン・アーカイブに保存し直していた。

 手が微かに震えているのを、彼女は無視した。あれから三日。地上では大規模な指名手配が行われている。


「……三條先生」

 入り口の暗がりから、不意に声がした。

 白石だ。

 いつもの完璧なスーツ姿ではなく、実用的な作業着をまとい、手には携帯用のカフェイン錠剤のボトルを持っていた。

 彼女もまた、監査官の地位を捨て、こちら側に合流していたのだ。


「あら、白石さん。検問の様子は?」

 三條は顔を上げず、平静を装って答えた。心臓が跳ね上がるのを抑えつける。

 ここはいつ踏み込まれてもおかしくない。


「最悪ですね。……ドローン・ネットの密度が倍増しています」

 白石はボトルから錠剤を一つ出し、ガリッと噛み砕いた。

「監査局の本局から、特務監査官が派遣されました。……コードネームは『ロッシュ』」


「ロッシュ……?」

 三條の手が止まった。顔色が青ざめる。

 レジスタンスの間での噂話――都市伝説レベルの「死神」の名だ。

 問題を起こしたセクターごと消滅させたとか、逆らった人間の存在IDを抹消したとか、黒い噂には事欠かない男。


「ええ。彼は『掃除屋』ではありません。『消去者イレイザー』です」

 白石は低い声で続けた。

「彼は、バグと判断した対象を修正しようとはしません。存在そのものをデリートします。……子供たちの痕跡も、彼が来る前に完全に隠蔽する必要があります」


 白石は一枚の黒いメモリーチップを、机の上に滑らせた。

「これはロッシュの巡回ルートの予測データと、監視グリッドの死角ホールのリストです。……ケンジさんにも伝えてください。工房が特定されるのも時間の問題です」


「……ありがとう」

 三條が白石を見据える。

 かつては敵対していた監査官。今は頼もしい参謀だ。

「貴女がこっち側に来てくれて、本当によかったわ。……後悔してない?」


「……言ったでしょう。私は『計算外のエラー』を見るのが、たまらなく好きなんです」

 白石は自嘲気味に笑った。その笑顔は、かつて職員室で見せた冷徹なそれとは違い、どこか清々しかった。

「この完璧すぎるシステムに風穴を開けた子供たち……その結末を見届けるまでは、捕まるわけにはいきません。私の、最後の「研究テーマ」ですから」


 白石は踵を返した。

 その背中は闇に紛れて小さく見えたが、迷いはなかった。

 三條はチップを握りしめ、深く息を吸った。掌に食い込む硬質プラスチックの痛みが、現実を繋ぎ止める。

 最強の敵が来る。

 だが、私たちも一人じゃない。


(つづく)

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