【惑星ルルドー編】第14話 神殿の青光 〜継承される力と妨害電波〜
集落からさらに奥へ数キロメートル。鬱蒼とした密林を切り裂くように、その「神殿」は静かに佇んでいた。
一見すると、苔むした古代の石造遺跡に見える。マヤやアステカのピラミッドに近い、階段状の構造物だ。
だが、近づいてみるとその異質さが際立っていた。
崩れかけた石柱の断面からは、鉱物とも有機物ともつかない黒い繊維が覗いている。
「これ、自然石じゃない……」
コイタは柱に触れた。
ひやりと冷たい。だが、石のざらついた冷たさではない。磨き上げられた伝導性の高い金属のような、吸い付くような感触だ。
指先でなぞると、繊維の束が微かに収縮した気がした。
「カーボンナノチューブ……? いや、それも植物の維管束みたいに自己修復・自己増殖するタイプか? 構造材自体が生きてるのか」
超古代文明の遺跡だと思っていたが、これは明らかに地球の文明レベルを遥かに超えたテクノロジーの産物だ。
少なくとも、こんな辺境の惑星で自然発生するような技術ではない。
『「ここはパイオニア様が最初に降り立った聖地だ」』
案内役の若き戦士、ケムルーが厳かな声で言った。
彼はしなやかな茶色の毛並みを持つ、ルー族一番の使い手だ。背中に背負った槍の穂先が、木漏れ日を浴びて光る。その瞳には、畏怖と誇りが入り混じっている。
その隣には、三毛猫のような模様を持つミミケーが控えていた。
神殿の巫女として、彼女は儀式の準備を整えるために同行している。手には香を焚く小さな器を持ち、静かに祈りの言葉を唱えている。
『「この奥に『星のへそ』がある。……選ばれし者、つまり『空の民』の血を引く者しか触れることは許されない、禁断の領域だ」』
ケムルーが続ける。
『「パイオニア様は、この神殿を通じて星々と対話されました」』
ミミケーが静かに補足する。
『「私たちルー族は、代々この聖地を守り、お告げを受け継いできたのです。……星の使い様、どうかお気をつけて」』
「星のへそ、ね。……サーバー室の間違いじゃないか?」
コイタは軽口を叩きながらも、油断なく周囲を観察した。
熱帯特有の、肌にまとわりつく湿気が消え、代わりにピリピリとした静電気が髪を逆立てる。
オゾンのような匂い。
足元の床には、幾何学模様のラインが淡く発光し、道案内のように奥へと続いていた。
踏むたびに光が波紋のように広がる。
最深部。
ドーム状の広間の中心に、それはあった。
高さ3メートルほどの、青白く脈動する六角柱のモノリス。
表面には無数の光の粒子が、血管の中を流れる血流のように高速で循環している。
「きれいだ……」
コイタが魅入られたように近づくと、モノリスが反応した。
ブゥン……という重低音と共に、光のラインが激しく明滅し、空中にホログラムのような紋様を描き始める。
それは文字だった。地球のアルファベットに似ているが、もっと根源的で、無駄を削ぎ落とした純粋な論理コード。
『アクセス承認。……生体認証シークエンス、開始』
頭の中に、無機質だがどこか懐かしい、女性のような声が直接響いた。耳ではなく、脳の聴覚野を直接インパルスで叩く音だ。
次の瞬間、モノリスから光の触手が伸び、コイタの左手首に蛇のように絡みついた。
「うわっ!?」
熱い。
焼印を押されたような激痛が走る。
だが、ただの熱ではない。血管を通じて、何かが――膨大な情報質量が、物理的な重みを持って血液の変わりに流れ込んでくる感覚。
星図、重力定数、次元座標、量子暗号キー……理解できないほどの桁数のデータが脳裏を駆け巡る。脳が焼き切れそうだ。
『管理者権限を確認。……位相制御キー(Phase Key)、インストール実行中』
『警告。適合率、低下中。対象の脳容量が不足しています。圧縮転送に切り替えます』
コイタは膝をついた。脂汗が噴き出す。
「ぐ……っ! 勝手に……詰め込むな!」
光が収まると、左手首には銀色のタトゥーのような刻印が残っていた。
まだ完全な円環ではない。途切れた回路図のような、未完成の幾何学模様だ。
『インストール完了。……位相制御キー、初期化中。機能制限モードで起動します』
コイタは荒い息を吐きながら、脈打つ手首をさすった。
皮膚の下に、極薄のチップが埋め込まれたような違和感。脈打つたびに、微かな熱を感じる。これはもう、ただの人間の体じゃない。
ケムルーが目を見開いて、その場に平伏した。
『「おお……光を纏った! パイオニアの証だ! やはりお前は……伝説の勇者か!」』
ミミケーも膝をつき、祈るように両手を組んだ。
『「予言が……本当に成就したのですね。星の使い様、どうか……どうかこの星をお救いください」』
その瞳には、涙が光っていた。
「勇者とかガラじゃないっての……。ただの、認証キーだろ、これ」
コイタは照れくさそうに頭を掻いた。
その時。
ドォォォォン!!
凄まじい爆音が神殿を揺らした。天井から粉塵がパラパラと落ちてくる。
「なんだ!?」
『「敵襲!」』
ケムルーが野獣のような反応速度で跳ね起き、背中の槍を構える。
『「ミミケー、下がれ!」』
彼はミミケーを庇うように前に立ち、槍を構えた。
入り口の闇から、赤い眼光が無数に光った。
ブーンという低い羽音と共に、黒い球体――偵察ドローンを従えた、ドグルド族の兵士たちがなだれ込んできた。
彼らは全身を錆びた金属のスクラップ・アーマーで覆い、手には不釣り合いなほど洗練されたレーザーライフルを持っていた。
* * *
一方、地球。
無機質な白で統一されたEmpireAI監査局の特別モニタールーム。
特務監査官ロッシュは、氷のような無表情でタブレットを見つめていた。
画面上のエネルギーグラフが、異常なスパイクを描いて跳ね上がっている。
「……不可解なピークを検知」
ロッシュの手指が指揮者のように宙を舞う。
空中に展開されたホログラム・キーボードが、その動きに追従して高速で入力されていく。
「識別コード不明。だが、この波形のシグネチャ……先日ロストした不確定要素の生体反応に近い。いや、酷似している」
逃がした魚が、どこかの海で跳ねたのだ。それも、予想外に大きな音を立てて。
ロッシュは眉一つ動かさずに、索敵衛星のフォーカスを絞り込んだ。
座標特定シークエンス起動。全天ノイズフィルタリング開始。
あと数秒。数秒あれば、その信号の発信源が地球外――どの星系のどの座標なのか、ミリ単位で突き止められる。
ピピッ。解析率98%。
ターゲットロックまで、あと2秒。1秒。
ザザッ……ガガガガピーーーーッ!!
突如、激しいホワイトノイズが画面を覆い尽くした。
美しいグラフが乱れ、真っ赤なエラーメッセージが視界を埋め尽くす。
『Signal Lost』『Data Corrupted』
「……通信障害?」
ロッシュが操作するが、カーソルが乱れる。ゴーストタップが発生し、勝手にウィンドウが閉じていく。
これは自然現象ではない。
「ソーラーフレアの影響か? ……否。周波数帯域が意図的に操作されている。特定の帯域だけを狙った、極めて原始的かつ暴力的な帯域飽和攻撃だ」
ロッシュの目が細められた。
誰かが、自分の「目」を塞ごうとしている。この絶妙なタイミングで。
スマートなハッキングではない。泥を投げつけて監視カメラを塞ぐような、野蛮なやり方だ。
* * *
港町のスラム街。
狭い工房の中は、灼熱の地獄と化していた。
ケンジは汗だくになりながら、改造無線機のコンソールにかじりついていた。
部屋中に積み上げられた真空管アンプ、軍用払い下げの送信機、そして自作のブースターがフル稼働し、冷却ファンがジェットエンジンのような悲鳴を上げている。
焦げた埃と、加熱した真空管の匂い、そして半田の松脂の匂いが充満していた。
「食らえっ! 20世紀の遺物パワーだ!」
ケンジがボリュームノブを、ストッパーがねじ切れるほど最大まで突き上げる。
アナログ出力メーターの針が、危険域の赤ゾーンに飛び込み、激しく震えて振り切れた。
彼が流しているのは、ただの雑音ではない。
古いAMラジオの深夜放送の録音、船舶無線の遭難信号、パチンコ屋の騒音、そして過去10年分の太陽黒点データをリミックスした、特大の「情報ゴミ」だ。
意味のない、しかしパターン解析を拒絶するカオスな波。
「デジタルの綺麗なお嬢さんには、この泥臭いアナログ波は消化不良を起こすだろうよ!」
ケンジは狂ったように笑った。目には狂気じみた光が宿っている。
EmpireAIは、高度なデジタル暗号なら0.1秒で解読するだろう。論理的な攻撃には無敵だ。
だが、あえて原始的で、論理性の欠片もない、ただ出力だけ無駄にデカいアナログ電波は、逆にAIの論理回路をおかしくさせる。
スマートな計算機ほど、バカの相手は苦手なものだ。
「見つかったな、バカ息子。……親父ができるのはここまでだ。今のうちに、遠くへ……」
バンッ!
過負荷に耐えきれず、送信機の一つが爆発し、火を噴いた。
黒煙が上がる。警報が鳴り響く。
それでもケンジは手を止めなかった。予備回路に切り替え、出力を維持する。
Empireの「目」が完全に塞がるまで、命を削って煙幕を張り続ける。
* * *
「逃げるぞ!」
神殿。
コイタはケムルーの肩を引いて走った。
ジュッ!
ドグルド族の放ったレーザーが、足元の石畳を一瞬で溶かす。
焦げた臭い。石がマグマのように赤熱し、沸騰している。
「くそっ、あいつらの武器、進みすぎだろ!」
コイタは叫んだ。
剣と魔法のファンタジー世界かと思いきや、敵だけゴリゴリのSF兵器を持っている。
毛皮を着た獣人が、光学照準器付きのライフルを撃ってくるなど、悪夢としか思えない。
バランス崩壊もいいところだ。
誰か(Empire)が技術供与しているのは間違いない。あのライフル、地球の治安維持部隊が使ってるやつにそっくりだ。
「こっちだ!」
コイタは神殿の壁にある目立たない亀裂――さっきインストールされた「地図データ」が脳内で光って示したルートへ飛び込んだ。
石壁の一部が回転し、二人が滑り込むと同時に、重い音を立てて閉まった。
ドガガガッ!
外でレーザーが壁を叩く音が連続して響くが、この未知の合金を含んだ厚い壁までは貫通できないようだ。
真っ暗な通路の中で、コイタは膝をつき、荒い息をついた。
心臓の音がうるさい。恐怖と興奮がない交ぜになっている。
左手首の銀色の刻印が、暗闇の中で微かに脈打って青い光を放っている。
「……親父、聞こえるか?」
ふと、遠い地球の父の声がした気がした。
『逃げろ』と、あのしゃがれた、不器用な声で叫んでいるような。
なぜだかわからないが、今この瞬間、自分が助かったのは偶然じゃない気がした。
コイタは熱い拳を握りしめた。
ただ逃げるだけじゃない。
ここで生き延びて、この力(キ―)を使いこなして、必ず帰るんだ。
待ってろよ、クソ親父。土産話、たんまり持って帰ってやるからな。
(つづく)




