表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

『君、またミスをしたのか』と冷徹な上司に呼び出されたが、なぜか心の声がダダ漏れで説教どころではありません

作者: 夢見叶

「佐藤、また計算が合わないぞ」


 静まり返ったオフィスの空気が、さらに三度ほど下がった気がした。

 私のデスクの前に立っているのは、営業一課の絶対君主、氷室《ひむろ》蓮《れん》課長だ。

 整った顔立ちに、銀縁の眼鏡。背も高く仕事も完璧。けれど、その眼差しは南極の氷よりも冷たい。


「も、申し訳ありません……! すぐに修正します」

「……あとで私のデスクに来なさい。話がある」

「は、はい」


 課長が去った後、私はデスクに突っ伏した。

 終わった。入社して三年、何度目の呼び出しだろう。

 きっと愛想を尽かされたに違いない。氷室課長は私を嫌っている。誰にでも厳しいけれど、私には特に当たりが強い気がするのだ。


「はぁ……行かなきゃ」


 重い足取りで、パーテーションで区切られた課長の席へと向かう。

 覚悟を決めて、私は声をかけた。


「失礼します。佐藤です」

「入れ」


 短く冷たい返事。

 中に入ると、課長は眉間に深いシワを寄せてパソコンの画面を睨んでいた。私が前に立っても、視線すら寄越さない。


「あの、先ほどの見積書の件ですが……」

「佐藤。君はこれで何度目だと思っている」


 低い声が響く。私は思わず身を縮こまらせた。


「すみません、確認したつもりだったんですが……」

「つもり、では困るんだ。君のその不注意さが、いずれ大きな損失に繋がる可能性があると、何度言えば――」


 そこまで言って、課長がふと口をつぐんだ。

 眼鏡の奥の瞳が、じっと私を見つめている。

 怒られる。怒鳴られるかもしれない。私はギュッと目を閉じた。


 その時だ。


「(――はぁぁぁ、可愛い)」


 え?

 今、誰か喋った?


 恐る恐る目を開ける。

 目の前には、相変わらず眉間にシワを寄せた氷室課長がいるだけだ。

 空耳か。いよいよストレスで幻聴が聞こえるようになったのかもしれない。


「……反省しているのか」

「はい、深く反省しています」

「ならいい。次は気をつけるように」


 淡々とした口調。

 しかし、その直後。


「(上目遣いで涙目の愛理ちゃん、破壊力高すぎだろ……! くそっ、抱きしめて『いいよいいよ、ミスくらい僕がカバーするよ』って言いたい! 言いたいけど、上司として示しがつかない! 俺のバカ!)」


「……え?」


 私は思わず声を出してしまった。

 課長が怪訝そうに眉をひそめる。


「なんだ?」

「い、いえ。あの、課長? 今、何かおっしゃいました?」

「次は気をつけるように、と言っただけだが」


 課長の顔は、鉄仮面のように無表情だ。

 でも、確かに聞こえた。

 愛理ちゃん? 抱きしめて? 僕?


 じっと課長を見つめる。

 すると、課長の視線がわずかに泳いだ。


「(うわっ、そんな大きな目で見つめないでくれ。心臓が持たない。今日この日のために新しいネクタイ締めてきてよかったー! 愛理ちゃん気づいてくれたかな? いや、説教された直後にネクタイ褒める部下いないよな……あああ、嫌われたくないなぁ)」


 ――全部、聞こえてる。

 心の声じゃなくて、口から出てますよ、課長!!


 私はポカンと口を開けてしまった。

 あの鬼の氷室課長が? 私のことを?

 というか、新しいネクタイって私のために?


「あの、課長」

「……なんだ」

「そのネクタイ、よくお似合いですね。爽やかなブルーで」


 試しに言ってみた。

 課長の表情はピクリとも動かない。

 しかし。


「(キタァァァァァーーーッ!! 愛理ちゃんが褒めてくれた! 死んでもいい! いや死なない、このネクタイ一生洗わない! 表情筋、耐えろ! ここでニヤけたら変質者だぞ!)」


 課長の手が、プルプルと震えている。

 デスクの下で、拳を握りしめているのが見えた。

 ……なにこの人。

 面白い、じゃなくて。


 可愛い。


 今まで恐怖の対象でしかなかった氷室課長が、急に愛しい生き物に見えてきた。

 私はこみ上げる笑いを必死に噛み殺し、一歩前に進み出た。


「課長、あの」

「な、なんだ。話は終わったはずだが」


 少し声が裏返っている。

 私はニッコリと、これ以上ない笑顔を向けた。


「今夜、もしお時間があれば、この間のミスの埋め合わせに食事でもいかがですか? ……ネクタイのお礼も兼ねて」


 その瞬間、課長の眼鏡がカシャンとずり落ちた。


「(えっ!? デート!? これ実質デートの誘いだよね!? 神様ありがとう! 明日地球が滅亡しても悔いはない!!)」


「……コホン。まあ、部下の指導も上司の務めだ。行ってやらないこともない」


 真っ赤になった耳を隠すように、課長が顔を背ける。

 その背中からは、隠しきれないハートマークが溢れ出ているようだった。


 鬼上司の攻略法、意外と簡単かもしれない。

 これからは、ミスじゃなくて笑顔で攻めてみよう。

 そう心に決めて、私はスキップしたい気分で課長のデスクを後にした。


 背後で「よしっ!」という小さなガッツポーズの音が聞こえたのは、聞かなかったことにしておこう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


このお話が

「面白かった!」

「課長の心の声かわいい!」

「二人のその後が気になる」


と少しでも思っていただけましたら、

ページ下にある【☆☆☆☆☆】をタップして評価をいただけると、大変執筆の励みになります!

(★5つ頂けると泣いて喜びます……!)


ブックマーク登録もぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ