第98話
その夜、ミスジ公爵邸。
カオルも結局どこから手を付けて良いかが分からず、ミスジ邸に忍び込んでいた。
公爵ながらも金の使い方が分からないこの男の邸宅は、上級貴族にしては小さい。
上級貴族にしては、だが。
床下で気配を消し、静かに部屋の気配を感じている。
今、真上にミスジが寝て居る。
(始末してしまうか?)
それも手ではある。
取り敢えず始末してしまえば、ミスジから次が送られて来る事はない。
だが『ミスジから』は。
(乗せやれやすいこの男・・・乗せたのは誰だ)
穏健を持って知られるミスジが、刺客を送る程に影響を与えた。誰だ?
それが分からねば、第2、第3の刺客が来る。
(む?)
考えていると、がらがらと馬車が走って来る音。
こんな時間に・・・
止まった。
ばたん! と馬車のドアが開く音がして、誰かが駆け込んでくる。
「夜分失礼! 夜分失礼!」
どんどんどん!
乱暴に玄関を叩く音。
ぱたぱたと誰かが出ていく音。
「どちら様で」
女中か。声に怖れが乗っている。
「オオカワです! 神祇のオオカワです!」
「オオカワ様?」
「急ぎです! ミスジ様に急いでお目通りを!」
「お待ち下さい! すぐに!」
「急いで!」
ぱたぱたぱた・・・女中の足音が聞こえてくる。
「サネミツ様! サネミツ様!」
「ううむ・・・何事か・・・」
「神祇のオオカワ様です。危急の用だと」
「オオカワ殿が? ううむ・・・ちと待て。すぐ着替える」
ごそごそ・・・
少しして、さらりと襖の開く音。
カオルも足音について、床下を這って行く。
「オオカワ殿、この」
「急ぎお尋ねしたい事がございます!」
ミスジの言葉を遮り、オオカワががなる。
「一体どうなされた? まあ落ち着いて、まずはお上がり下され」
「ここで結構!」
がらっ! ぱしーん! と玄関が閉まる。
「お女中! 政のお話! 下がっておって下され!」
「は、はい」
すぱすぱと女中が下がって行き、オオカワが息をつく。
「ミスジ殿。カオル=サダマキなる者に刺客を送りましたな」
「・・・」
「あなたのような賢明なお方が何故! この先、どうなるかお分かりか!?」
「や・・・それは、国の為と」
「何と愚かな! 彼の者はレイシクランの身内ですぞ!」
ち! とオオカワが舌打ちをうつ。
「この先、どうなるか分かっておりますのか。下手をすれば、いや、確実にレイシクラン家からの食料貿易の道が閉ざされますぞ。そうなればこの国は立ち行かぬ!」
「や、それは安心なされ。大中心も白露もありましょうが」
「馬鹿な事を仰る! つい先日、彼の国には心を置けぬと仰っていたのは、貴方ではありませぬか! 弱みにつけこまれ、馬鹿な値で貿易をする事になると!」
「・・・」
「私にも知れたのですぞ。クレール様にはすぐ知られる。すぐに本家へ連絡される。身内が政治家に殺されたのです。暗殺で。この国の信頼は一気に落ちます。レイシクランの方針は数日もせずに決まりますぞ。どうなさるおつもりです」
「魔族をこの国から出せば宜しいではありませんか。食料自給率はぐんと」
「そんな事をしたら! 魔の国との国交が完全に絶たれる! この国は大中心国か白露帝国の属国になるしかないのです! それを避けるには、もはや戦しかないのですぞ! かの大国との戦です! 何を考えておられるのです!」
「当国は米衆と同盟しておるではありませんか。戦になろうと勝ち戦は決まって」
「ええい! 米衆の力を借りて勝った所でどうなります! 戦後、米衆の好きにされるに決まっているではありませんか! 独立国とは名ばかりの属国に成り下がる!」
「・・・」
ここまで言われ、やっと分かったのか、ミスジの顔色が一気に白くなった。
「ど、どう・・・」
「ミスジ殿。貴方は戦の原因となった男として、歴史に黒き名を残すのですよ。国難を作った男として」
「オ、オオカワ殿・・・どうしたら良かろうか・・・」
「知りませぬ!」
「そんな!」
「ええい・・・」
2人共黙り込み、時が過ぎて行く。
「・・・キノト侯爵の所へ参りましょう。かのお方なら、何か考えてくれるやもしれませぬ」
「そ、そうだ。キノト君なら! 彼ならきっと助けてくれる! 着替えて参る」
「そのままで宜しい! 急ぎ馬車へ!」
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キノト邸。
オオカワとミスジが慌てて駆け入って行くが、カオルは渋い顔で屋敷の外で闇に紛れて待つ。
(ここには入れぬ)
キノトの腕は剣聖並と考えた方が良い。話を聞こうと侵入した所で、あっと言う間に看破され、斬られるに決まっている。流石にレイシクランの忍も入れまい。剣聖カゲミツも、レイシクランの忍達をあっという間に看破していた。
闇の中でじりじりしていると、小さな蛾がひらひら飛んで来て、カオルの腕に止まった。
(ち! うるさい)
動けずにいらいらしていると、ひらひらと蛾が飛び、カオルの顔の前の空中で、ひらひらと止まっている。
(む?)
もしや、これはクレールの? 死霊術で作った蛾か?
「クレール様?」
小さくカオルが囁くと、頷くように蛾が上下に飛び、ぱたぱたと屋敷に向かって飛んで行った。
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寝間着のまま、キノトが渋い顔で腕を組み、横を向いている。
燭台を挟んで、オオカワとミスジが座っている。
「ミスジさん・・・一体・・・」
「済まぬ」
オオカワがじろりと青い顔のミスジを睨む。
ち、とキノトがあからさまな舌打ちをして、
「済まないで済む問題じゃありませんよ・・・勇者祭で死んだってんなら良いですけどね。政治家が暗殺したってえのはまずい。バレなきゃ何とやらですが、間違いなくバレます。まずすぎますよ。ちょっと考えさせて下さい。茶あ淹れてきますから・・・」
がちゃ、とキノトがドアを開けると、蛾がひらひら飛んできて、燭台に止まった。
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キノトが戻って来て、急須と湯呑が乗った盆を投げ出すようにテーブルに置き、2人の前に湯呑を置いて茶を注ぐ。自分の湯呑にも茶を注ぎ、渋い顔でミスジを見て、
「まず、ミスジさん。今、ここで生きてるって事は、まだあのお嬢にゃバレてないって事です。バレてたらとっくに始末されて、晒し首にでもされてます」
「は・・・」
「何を呆けた顔を・・・レイシクランの令嬢なんですよ。腐る程の腕利きの忍に囲まれて生活してますよ。良かったですね。まだバレてなくて」
は! は! とミスジが部屋をきょろきょろと見る。
「ここにゃあ私達3人だけです。近くにゃ誰も居やしません。誰の気配も感じませんよ。私が鈍ってなけりゃ良いんですがね」
「そ、そうか」
ほ、とミスジが息をついたが、キノトが首を振り、
「明日にゃバレますよ。で、オオカワさんはどこで聞いたんです」
「・・・」
「どうしたんです」
オオカワは少し黙っていたが、呟くように喋り出した。
「信じて・・・信じてくれなくても構いませぬが・・・」
んん? とキノトとミスジがオオカワを見る。
オオカワが湯呑を置き、じっと湯呑を見つめて、
「先日の事です。神託があったのです。日輪の神が・・・戦神を遣わされて・・・」
「は?」「・・・」
キノトもミスジもこんな時に何を言っているのか、と眉をひそめる。
「信じられないでしょう。構いません。それを承知で話しております」
「はあ・・・で?」
「先程も寝ようとした所、また戦神が来ました。此度の事、ミスジ様が、と。これは国難の兆し故・・・されど、日輪の神はただ見守る事しか出来ぬが、何としても戦を避けねばこの国は無くなると憂いておるから、と、戦神はお叱りを覚悟で参ったと」
「・・・」「・・・」
「魔の国からの食い物が送られる事が無くなれば、この国の民は苦しむ。食い物を得ようとするならば、もはや他国との戦しかあるまいから・・・だが、勝っても負けても、この国は無くなる故と」
「そりゃあっ・・・そう・・・かも、ですね・・・」
「う、ううむ・・・」
キノトとミスジがオオカワの顔を見つめる。とても嘘をついている顔には見えないし、大体、キノトにも全く情報が入って来ていなかったのだ。オオカワ自身も大した情報網はない・・・本当か・・・?
実はレイシクランの忍が神に扮して報せているだけだが、彼らには知る由もない。
キノトが咳払いして、
「ま、まあ、神様のお告げとやらを信じましょう。実際、情報省だって掴んでいるかどうかくらいしか時間は経っていないんですから・・・今これを知ってるのはミスジさんと手掛けた忍、私達だけでしょうし」
「・・・」
「で、神様は他に何か言ってませんでした?」
「我らでこの国を導けと。ひとつでも失敗すれば、この日輪の国は・・・と」
「・・・そうですか・・・まあ、そうですが・・・ミスジさんの事を教えてくれたってだけでも、大助かりですからね。今度、ウキョウ神宮に寄進しとかないと。神様は酒好きって言うから、酒で良いかな・・・」
ぶんぶん、とキノトが首を振り、ぱん! と自分の頬を張って顔を引き締め、
「まずはレイシクランのお嬢ですよ。本家に連絡されたら終わりです。この国の信頼はガタ落ち。下手したら食い物は輸出してくれなくなりますよ。そうなったら、まあ同盟国の米衆に依存する事になるでしょう。近い将来、同盟国という名の属国になっちまう。腹ぁ握られちまったら終わりですよ」
「キノト君、私はどうしたら!?」
ふう、とキノトが溜め息をついて、
「もう自分から白状しに行くしかないでしょう。どうせ明日にはバレちまうんです。頭下げて、許してもらうまで・・・斬られるかもしれませんが」
「私の首で済もうか? であればキノト君」
「済む訳ないでしょう。ミスジさん個人じゃなく、この国の信用の問題なんです」
「・・・」
「ミスジさん、今夜はここに泊まってきなさい。私、こう見えて、陛下の護衛なんかしてたんですよ。朝一番でお嬢さんの所に行きましょう」
あーあ、とキノトが頭を抱え、
「オオカワさん、私らが港に無事に着ける事をお祈りして下さいよ」




