第96話
黄龍穴道場、縁側。
マサヒデやアルマダ、門弟らが笑いながら皆に手裏剣を教えている間、カオルはシノと話があると縁側の隅に座った。
口を手で隠すと、む、とシノがちらちらと周りを見る。
周りに聞こえないよう、細心の注意を払い、
「お察しの通り、私、情報省の者です」
こく、とシノが頷く。
「此度はお仕事のお話で参りました。先生でも、門弟のお方でも構いません」
シノは黙って目で頷く。
「お断りされても特に情報省は問題としません・・・殺しです」
シノが首を振る。
ふ、とカオルが笑い、口から手を取って、にっこり笑い、
「申し訳ございません。今のは嘘です」
んん? とシノが怪訝な顔をして、
「どこが? 情報省? 仕事内容?」
「どちらも。実は先日、私共の宿に忍が殺しに入ってきたのです。おそらく民間道場の者であろうと見当はついておりまして」
「ええ? 情報省でしょ? まあ、聞かないでおきます」
「ふふ。失礼をお許し下さい。こちらはまずないと考えておりましたが、念の為に」
かくん、とシノが肩を落とし、溜め息をつく。
「うちはそんな事はしませんよ・・・まあ、軍にスカウトされた子達は、色々やってるかもしれませんけども・・・でも」
シノが頬杖をついて、庭をちらちら見渡す。
「こんな警備が居て、入ってきたんですか? 凄腕じゃないですか」
レイシクランの忍が見えている。流石だ。
「いえ。皆様、わざと見逃しました。私の訓練の為です」
「あらら」
「まあ、また来ると分かっておりますが、いつかも分かりませんし。こちらから出向いて確かめてみようと」
ふうん、とシノが生返事をして、庭を向く。
「私、見越して嘘ついてるかもしれませんよ」
「いえ。それはないと私は判断致しました。まあ、そういうわけで最初の予想通り、自称カザマのあの方だと判明したわけです」
シノが渋い顔をして、
「・・・まあ、あそこが何やってるかは知ってますけどね・・・他の道場に口は出したくないので、ノーコメントです。それがあそこの方針なら、私個人の見解でどうこう言える事じゃないです。けど、勿体ないですよね。私が見た所、カザマの技術、かなり近いんじゃないかなあ、という感じに復元してると思うんですけど」
「私もいくつか使えます」
「えっ!?」
がば! とシノがカオルを見る。
「例えばこんな」
さささ! と座ったカオルの姿が3つ。ぎょ! とシノが目を見張る。
「ぶっ・・・分身の、術・・・」
「私程度でも使えます。先生でしたら、簡単でしょう」
「ほら話じゃなかったのか・・・」
すー・・・とカオルの残像が消えていく。
「この術をお見せした事、先程の失礼の詫びと致しまして」
シノがきょろきょろを周りを見て、口に手を当て、こそこそ囁く。
(いくつかって言いましたよね。他でも良いですけど、何か技術の交換しません?)
カオルも口に手を当てて囁く。
(何をお出ししてくれましょう)
(さっきの術と交換でどうです? 伝書ありますから、写していってもらっても)
(ありがとうございます。では、私はとっておきをひとつ)
んん! とカオルが咳払いして、
(まだ練習中ですが、やり方は心得ております。軽功を応用した技術です)
うんうん、とシノが頷く。
(呼吸法と丹田への気の流れを、よく見ていて下さい)
すー・・・ふー・・・すー・・・ふー・・・
何度もカオルが呼吸して、ぴし! と身体を決め、
(思い切り押して下さい)
シノが頷いて、ぐ! とカオルを押すと、
「うっ!?」
さー! と何の手応えもなく、カオルが縁側の端まで滑って行った。
座っているのだ。床と服の抵抗はあるはず。だが、まるでそれを感じなかった。
触った感じはあったのに、全く重さを感じなかった。何と恐ろしい術か!?
シノは手を出したまま固まってしまった。
カオルが険しい顔のまま、シノを手招きする。
そそっと歩いて行くと、カオルが青い顔で脇差を抜き、シノに柄を差し出し、斬れ、と手刀を振る。喋る余裕もないようだ。
うんうん、とシノが頷き、脇差を受け取り、す! とカオルの背中から振る。
「やっぱり!?」
何の手応えもなく、まるで空振り。
カオルが座った姿勢のまま、庭の方に、すー! と飛んでいく。
途中で、
「はあっ!」
カオルが息をつき、がくりと膝をついて止まった。
慌てて脇差を置き、シノが駆け寄ると、カオルは顔を真っ青にして、脂汗をたらたら流している。
「大丈夫ですか?」
「はい・・・この術、気疲れが凄くて、中々・・・先生、掴めましたでしょうか」
「うんうん、大体分かった。見えたよ。気疲れは軽功の集中かな」
「そうです・・・はあ・・・ふうー・・・宜しゅうございました」
シノが肩を貸して、カオルを縁側に連れて行き、脇差も納めてやり、
「ここで休んでて。僕が写し書いてくるから、寝ててね。その顔、どう見てもやばいよ。起きないで休んでて」
「見苦しい所を、申し訳ございません」
「いいから。喋らない。横になって、目を瞑って、呼吸にだけ」
「は」
「声も出さない。呼吸だけ整えて」
すう、ふう、すう、ふう、と呼吸を整えるカオルを見て、シノが下がって行った。
----------
帰り道、カオルの顔色はまだすぐれなかったが、気分は上々であった。
シノが他にもいくつかおまけしてくれて、いくつも技術を知る事が出来た。
そして、十中八九ここであろうという道場も分かった。予想通りだ。
マサヒデが馬を並べ、
「カオルさん。気分が悪いんですか?」
「いいえ! 私、今最高の気分です!」
「顔色、あまり良くないですけど」
「ただの気疲れです。それより、先生からいくつも技術を授かる事が出来ました! この程度、どうという事はございません!」
カオルの勢いが凄い。マサヒデは少し気圧され、
「そ、そうですか・・・なら良いですが」
マサヒデの馬が前に戻り、アルマダと並んだ。
カオルは2人の背を見ながら考える。
あの忍の出自であろう道場が、おおよそ特定出来た。
もうここまでで良いだろう。どうせ道場に忍び込んでも、帳簿などありはすまい。
大事なのは、誰が雇って送ってきたか。
追うか、薬で割らせるか。
追跡がバレれば分からなくなる。相手は手練れだ。
薬も、鍛えられた者だと、口を割ったふりで出鱈目を吐いたり自害する恐れがある。
「・・・」
少し考えたが、やはり追って大元を突き止めた方が良い、と結論した。
大元が分からなければ、また来る。
自害されると、完全に糸が切れる。自害されぬように上手く追わねば。
今回は、教会か、貴族か・・・
----------
船に戻って、カオルは昨日と同じ部屋に入った。
まさか昨日の今日で来る事は・・・とも考えたが、相手は実戦慣れしていない。
ドアの前に立ったまま、どうしたら良いか考える。
(良し)
頷いて、カオルはレストランに向かった。
----------
その夜。
カオルがベッドの下で寝ていると、ドアが開いた。
(ふっ)
警戒している。
しばらく待っていると、ふす! とベッドを差した音。
「よし」
小さな声。
ベッドの上では、血が流れているだろう。
血袋と肉の塊を並べて置いておいただけだ。
すー・・・と侵入者は出て行った。
(愚かな)
死体を確認せぬとは。技術はあれど、やはり素人。
す、とドアに身を貼り付け、細くドアを開けて廊下を覗く。
客室に繋がる廊下のドアが閉まった。
さー! と音もなくカオルが駆けて行く。
そっとドアを開けると、倉庫の壁を蹴って登って行く者が見えた。
警備兵にバレずにあんな真似を・・・やはり技術だけはある。
さ! とカオルもドアから出て、侵入者を追って行った。
----------
すたーん! と忍が塀を飛び越えて中に入って行く。
(何!? ここ!?)
ミスジ家の屋敷!? 外務大臣、サネミツ=ミスジの屋敷ではないか!
通り道にしただけか? と塀の上に飛び乗り、ささ! と周囲を確認し、慌てて式神が見えるよう目に水を塗り、さささ・・・と忍が走って行った方に入って行く。
忍を見つけ、ぺたりと地面に張り付いていると、さーと床の下に入って行く。
(ちっ)
心中で毒づきながら、カオルもそっと床下に入って行く。
ただ通り道にしているだけなら良いが・・・
「ミスジ様。ミスジ様」
忍の声が聞こえる。
考えまい。ただ事実を掴むのみ。
「ううむ」
小さく寝起きの声。
「ミスジ様。始末しました」
「む・・・ううむ・・・世話を掛けたね。今回は本当にありがとう。もう帰ってくれて構わないですよ。くれぐれも気を付けて下さい」
「は」
忍の気配が完全に消えた。
カオルもさっさと退散すべきだ、とするすると床下を抜け、邸内を出て行った。




