第95話
忍術道場、黄龍穴道場。
ここは正統なイノカシ流の道場である・・・
「どうもお! 黄龍斎=シノでーす!」
むっすりした顔で、シノが頭を下げる。
先程はやりすぎた・・・などとは思っていない。
この男、死ぬかと思った、などと言ってはいたが、余裕があった。
マサヒデ達は気付いている。
「トミヤス流、マサヒデ=トミヤスです」
「同じく、アルマダ=ハワードです」
と、皆が名乗っていく。
「トモヤ=マツイじゃ! 黄龍斎殿、宜しゅうお頼み申す!」
クレールもラディも入って来たが、今回はトモヤも入って来た。
クレールもトモヤも忍者と聞いて何故か興味津々。
いつもすぐ側に忍がいるのだが、不思議なものだ。
「はい。皆さん、宜しくお願いします」
シノがまだ拗ねた顔で、カオルを見て、
「うちで教えてるのはー、イノカシですけどー」
カオルが忍だとはとっくに気付いているようだ。
頭を下げ、
「ご見学、お許し願えましょうか」
「まあ、良いですよ。でも、殺さないで下さい」
カオルがにやりと笑い、
「またそのような・・・先程も驚いたと見えて、随分と余裕が」
「あらっ?」
シノが苦笑して頭をかき、
「ああ、やっぱり実戦慣れしてる人は違いますよね。バレちゃったかあ」
「ふふふ。あの状況、もし斬られるとなれば、シノ先生はどう対応なされました」
「んんー・・・そうですねえ・・・色々あるんですけど・・・まあ、簡単なのは」
ぼふん! と煙が上がった。
「おおーっ!」「なんじゃ!?」
クレールとトモヤが声を上げる。
「こうしたかな」
お!? と皆が振り向くと、縁側でシノがにやにや笑いながら腕を組んで立っていた。
「に、忍者ですよ!」
「本物じゃ! 忍者じゃ!」
クレールもトモヤも大喜びしているが、マサヒデ達は冷や汗が出る思いだ。
煙が上がったのはシノが居た所で、道場全体が煙に巻かれた訳ではない。
どうやって、一瞬で縁側に!? 物理的に無理ではないのか!?
だが、忍術は魔術ではなく、身体の技術なのだ。
そもそも、魔術にも見えない・・・
「すげえ・・・」
シズクが喉を鳴らし、こつん、とカオルを肘で突付き、
「おい、今の分かるか」
「全く・・・」
ごくりとカオルも喉を鳴らす。
これがイノカシ流の後継者の筆頭・・・
この男はこれを『簡単』と言った。もはや忍の術では格が違う。
カオルがひたりと手を付いて、頭を下げ、
「参りました」
「ええーっ!? もう!?」
クレールがまた驚いて声を上げる。
シノが笑いながらカオルを指差し、
「あははは! またまたー! そんな事言って、何か盗むつもりでしょう?」
「滅相もございません。もはや私とは格が。私、この場におる事を恥じております」
「まあまあまあ。そう仰らずに・・・」
シノがにこにこしながら上座に戻って行き、
「サダマキさんでしたっけ」
「は」
「手裏剣、見せてもらえます? 興味あるなあ」
「は」
す、とカオルが棒手裏剣を出して差し出す。
「あ、それじゃなくて。さっき投げたやつ」
「ああ」
先程は咄嗟に抜いて、両方が尖った形の棒手裏剣を投げた。
カオルはそちらを出して差し出す。
「へえー・・・珍しいタイプですよね・・・ふうん・・・」
シノが上座から下りてきて、まじまじとカオルの手の棒手裏剣を見つめる。
「これ、ハンゲツ流で使ってるやつだけど・・・じゃあないですよね」
「は」
「どう見ても我流でもないですし・・・じゃあ・・・」
「・・・」
シノが黙って頭を下げたままのカオルを見つめる。
しばらくして、首を傾げて、
「まあ・・・あれかな! ううん、分っからないなあ・・・どこの人かなあ・・・」
情報省とは気付かれたようだ。
「・・・」
「ううん、どーこの流派だろう。さっぱり分からないなあ・・・」
首を傾げながら、シノが座に戻る。
にっこり笑ってクレールとトモヤを見て、
「ところで、せっかくですから、忍者体験でも。手裏剣でも投げてみます?」
「はいはいはーい! やります!」
「おお! やらせてもらえるのか!?」
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「これが棒手裏剣」
じゃらりとシノが手の平の棒手裏剣をクレールとトモヤに見せる。
「はあー・・・」
「マサヒデも使うの。あやつ、最初は金がのうて、5寸釘を代わりにしておった」
「ほおー・・・5寸釘で・・・」
シノが顔を上げて、マサヒデを見ると、マサヒデが照れくさそうに頭を下げた。
「5寸釘ってハイレベルだよ。箸とかでも出来るけど」
「ええーっ! 箸ですか!?」
「うんうん。ちょっと待ってて」
シノが回る壁の中に入って行き、箸を持ってすぐ戻って来る。
クレールに差し出して、
「ほら。持ってみて。普通の箸」
「確かに・・・」
ほい、とシノが手を差し出し、クレールが乗せる。
ぼろぼろの畳から1間(約1.8m)ほど離れて立ち、
「まあ箸は軽いから、この辺が限界かな。これ以上は難しいですよ」
ひゅ! とす! ひゅ! とす!
「おおっ・・・箸が・・・」
「えらいこっちゃ・・・箸も手裏剣になるのじゃな・・・」
クレールとトモヤが驚いて、畳に刺さった箸を見つめる。
「食べてる時とかにね。襲われたりした時。他に武器がないとか、本当に緊急用。ほら、持ってみて」
「はい」「うむ」
シノが2人の手に棒手裏剣を渡す。
「ほら。棒手裏剣って、金属でしょ。だから、一応刺さりはしなくても、当たれば、少しはがつーんと来るでしょ」
「あ、確かに」
「箸は軽いから、確実に刺さないとね。こつん、いてっで終わりだから、まあ難しいですよ」
「なるほどー!」
「じゃあ持ち方ね。指をまっすぐ伸ばす」
「ふむふむ」
「で、中指を引っ込める。こうね」
「こう」
「で、そのへっこみに入れるだけ」
へ、とクレールが顔を上げ、
「これだけ? 何か特殊な持ち方みたいなのはないんですか?」
「ないですよ。これだけ」
「何じゃ。簡単じゃの」
後ろでマサヒデとカオルがにやにや笑う。
「ふふふ。トモヤ、出来るかな? 1間で刺してみろ。1間だぞ。敵は目の前だ」
トモヤがクレールに顔を近付け、マサヒデを指差し、
「ちっ! クレール殿、これは難しいのじゃ。見よ、あのマサヒデの顔。カオル殿までへらへら笑っておる。絶対出来んと見ておるわ」
「むむむ・・・」
シノもにやにや笑って、
「まあ、まずは投げてみて下さい」
「よおし! 行きますよー!」
クレールが振りかぶり、ぶーん!
ぼす! からん・・・
「あや・・・」
「ははは!」「ふっ」
マサヒデとカオルが笑う。
「もーう! 初めてなんですから!」
「うぬぬ、クレール殿、抑えなされ。ワシが投げて刺されば、皆の鼻をあかせるわ。よおし!」
トモヤが思い切り振りかぶり、野球の投手のようにぶん投げる。
「あっ!?」
すっぽ抜けて畳の上の壁に当たり、がつん! と跳ね返って、きん、ころん・・・
と棒手裏剣が転がる。
「あーっ!? ととトモヤ様!?」
「し、しまった!? 黄龍斎殿、わざとでは!」
「ははははは!」「あははは!」
「そう笑わんでも良かろうが!」
ふ、とマサヒデが鼻で笑い、
「おお? 俺達の鼻を明かすのではないのか?」
「ぐぬぬ・・・」
シノも笑いながら棒手裏剣を拾い上げ、
「じゃあトミヤスさん、お手本を」
「はい」
すっと手首に巻いてある手裏剣入れから棒手裏剣を出し、
「トモヤ、見ておれ。こう投げるのだ」
距離2間。これなら余裕だ。
しゅ! すたーん!
「ほおれ、この通り。ほら、カオルさんもどうです」
「は」
カオルは棒手裏剣を3本取り出し、クレールとトモヤに見せつけ、
「こうです」
しゅ! たたたーん!
「おおっ!?」
「うぬっ!?」
クレールとトモヤが声を上げ、手裏剣が刺さった畳を驚きの目で見つめる。
「ははは!」
シノも少し驚いた顔で、笑うマサヒデとカオルを見て、
「おお、やりますね・・・」
「まあ、私はそれなりです。カオルさんには敵いませんよ」
「私もそれなりです」
シノが突き刺さった棒手裏剣を抜いて、マサヒデ達の所に持って来て、
「どのくらいまでいけます?」
マサヒデは腕を組んで、
「まあ、刺すだけなら3間くらいなら何とか」
「刺すだけなら?」
「トミヤス流の手裏剣術はあれです。糸をぶら下げる方で練習するんです」
「それだと何間?」
「まあ2間なら何とか・・・いけるかいけないかくらいですか」
「2間! やりますね・・・うちなら手裏剣術で黒帯あげたい所ですよ」
「カオルさんは?」
「ううん・・・4間は出来そうな出来なさそうな・・・」
カオルが首を傾げていると、横からシズクが出て来て、
「私も投げてみていい?」
「だ、駄目ですよ! 壁に穴が開いちゃいますから!」
「軽くだから」
そう言ってシノの手から棒手裏剣を取り、ひょいとぶん投げた。
直後、ばがすん! と凄い音が響く。
「・・・」「・・・」「・・・」
マサヒデとカオルは顔をしかめ、シノは目を丸くして畳を見ている。
畳には、縦一文字になった棒手裏剣が深くめり込み、もう少しで貫きそうな感じ。
「やったね! 刺さった!」
「あれは刺さったって言わないんですよ。めり込んでるんです」
トモヤがそっと畳に近寄り、指を入れて、ぐりぐりとやってみたが、
「やあ、クレール殿。これは取れんぞ」
「・・・これもありなんでしょうか」
「当たったら死ぬであろうし、ありではないかと思うのじゃが」




