第94話
翌朝。
レストランでの朝餉の時間。
「忍術道場に参りませんか」
「・・・」
皆が箸を止めてカオルを見た。
「何ですって? 忍術?」
「民間の忍術道場を見つけました」
「ええっ!? そんなのあるんですか!?」
マサヒデが驚いて声を上げる。
「それもイノカシ流。見世物商売の自称忍者の道場ではなく、正統な流派です。情報省はブデン流が主流ですが、多少は教えております。軍諜報部の主流の流派です」
「行きましょう!」
「はあー! 忍者道場ですか!」
予想通り、クレールが目を輝かせる。
「クレール様、レイシクランの皆様にも良い機会。何か盗めるかもしれません」
「そうですね! 行きましょう!」
が・・・シズクも喜ぶかと思ったが意外と反応が薄い。
「ふうん・・・」
「シズクさんは興味なさげですが・・・何か?」
「強いの? そこの人。何か忍って弱っちい感じするもん。お前も剣術やり過ぎで怒られてるくらいだろ」
「先程申した通りイノカシは軍に多く、道場主は達人と言われております」
ぱ! とシズクが顔を変え、
「じゃあ行く!」
「・・・」
ラディは黙々と箸を進めている。やはり興味なさげ。
「忍には忍者刀という一風変わった刀がございまして」
ぴくっ。
「行きます」
「では、ハワード様にもお声がけして参ります」
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忍術道場は港湾区からは遠く、城をぐるりと回って北東の農業区の山裾にあった。到着した時は、昼もとっくに過ぎてしまった。
「おおー・・・忍者が居そうですねえ・・・」
マサヒデが笠を上げる。
詫びた庵と、小さな道場。
入口に『黄龍穴道場』と力強い筆で書かれた看板。
「ううむ、いかにもって感じがしますね。商売ですから当然でしょうけど」
すん、とイザベルが鼻を鳴らし、耳を立てる。
「マサヒデ様、おかしいです」
「どうしました」
「今は稽古時間のはず。全く音がしません」
「む、確かに。お休みでしたか・・・」
「いえ。人はおります。複数です」
「・・・」
皆が顔を見合わせる。空気が一気に緊張した。
「行きましょうか」
「のう! ワシも行って良いかの!」
後ろからトモヤがうきうきと声を上げたが、
「お前は少し待っていろ。何かおかしい」
「・・・なんぞおるのか。待ち伏せか」
「かも、しれん。すぐに馬車を出せるよう、そこに居てくれ」
「む、分かった」
マサヒデ達が馬を下りる。
マサヒデは馬車の後ろに行き、
「ラディさん、そこの垣根に隠れてて下さい。鉄砲はすぐ撃てるように」
「は、はい」
「クレールさんもラディさんと一緒に。蜂・・・いや、蝶を出して、私達の後ろから見てて下さい。蜂は出しておいて地面に。飛ばしておくと音でバレます。狭いから、虎より蜂の方が良い。毒蛾は出さないで下さい。私達もやられますから」
「はい」
「シズクさんは私達と一緒に」
「分かった」
戦闘準備をして、マサヒデ達が道場に近付いて行く。
「・・・」
玄関の前でマサヒデにも分かった。
確かに複数の人の気配がある。だが、物音ひとつしない。おかしい。
「開けますよ。シズクさん、目潰しに注意して。火薬の臭いがしたら、壁ぶち破ってでも急いで飛び出て下さい」
「分かった」
からからから・・・
「こんにちはー!」
「どうぞー! お入り下さーい!」
皆が顔を見合わせる。返事が返ってくるとは?
声に殺気は感じないが、相手は忍。油断は出来ない。
マサヒデがアルマダとイザベルを見て手で合図。
2人は、そーっと縁側の方に回って行く。
ぎし・・・
先頭のシズクが床を鳴らして入って行く。
マサヒデ、カオルが脇差を抜いてついて行く。
すー・・・とシズクが鉄棒の先で戸を開け、慎重に道場を見渡す。
「・・・」
誰も居ない。
確かに返事はした。
道場の奥の上座には『忍道』と書かれた掛け軸が掛かっている。
奥の隅には、ぼろぼろになった畳が立ててある。
おそらく、手裏剣の練習に使っているものだ。
ぱ! とシズクが入り、ささ! とマサヒデとカオルが左右に立つ。
その時、き、と小さく壁が鳴った。
「何奴!」
かかん!
マサヒデとカオルが投げた棒手裏剣が刺さり、ぱぱ! と2人が拳銃を抜く。
ば! とアルマダが庭から縁側に跳び上がり、イザベルが庭で長い剣を抜く。
「ちょっと! ちょっと待って下さい!」
壁がくるりと回り、忍装束の男が出て来た。
マサヒデ達を見て、ぎょ! と驚き、
「うわっ!? ちょっと! 何ですか!?」
び! と男の顔の目の前に、シズクが棒を突き出す。
「てめえ・・・誰に雇われた。顔潰されたくなきゃ吐きな」
「は!? は!?」
マサヒデが拳銃を向けたまま男の横に回り、
「カオルさん。縛り上げて」
「は!」
カオルが拳銃をしまい、懐から縄を出す。
「待って! 待って! 勘違いしてます!」
「何を」
「僕はここの道場主! サービス! これ忍者の見世物です! 初めて来た人に驚いてもらうってだけです! 襲うつもりないですから!」
「・・・」
「本当! 嘘じゃないですから!」
「・・・カオルさん。身体調べて、持ち物全部取り上げて。話はそれから聞きます」
「は!」
「シズクさん。この人の股ぐらに棒を入れておいて。動いたら天井にぶっ飛ばして」
「分かった」
すう・・・と男の股に棒が差し込まれる。これで横にもぱっと動けないし、前後に動こうとしたら睾丸を潰せる。
「鉄張り!?」
「中まで鉄さ」
ばさ、とシズクがフードを取る。
「鬼っ・・・」
「大人しくしてな。私がこの棒を軽く上げただけで、天井に頭突っ込んで、てるてる坊主する事になるよ」
こくこくと男が頷く。
カオルがぱぱぱ、と男の身体を調べていく。
腰の刀と脇差。
背中からも脇差。
手裏剣。棒と十字。
竹筒。慎重に蓋を開けると、撒菱。
「これはこれは」
鎖分銅。危険な武器だ。
帯から鉄線。
手甲から針。
足袋にも棒手裏剣が隠されている。
もう一度、上から下まで調べていく。
「もうありません」
マサヒデが頷き、壁の方を向いて、
「お仲間さん。出てこないとこの人を斬ります。10数えます。0までに出て来て。10」
「待って待って!」
くるりと壁が回り、中からばたばたと忍装束の者達が出てくる。
「本当です! ただの見世物です! 初めて来た人に見せるだけの!」
「何もしません!」
「助けて下さい!」
「先生を殺さないで下さい!」
「・・・」
マサヒデ達の冷たい目。これは斬られる!?
門弟達が平伏して、
「嘘ではありません!」
「お願いします!」
「害意はないんです!」
「殺さないで下さい!」
マサヒデが拳銃を門弟達に向けたまま、男の首筋にぴたりと脇差の刃を当てる。
「聞いても無駄だと思いますが・・・誰に雇われました」
「誰にも雇われてないです! 僕はここの道場主です!」
「カオルさん。変装してませんか」
カオルがす、す、す、と男の顔や首を触る。
「しておりません」
「私達・・・何度も闇討ちにあって・・・暗殺者まで送られてきましてね・・・」
すすす・・・すすす・・・
マサヒデが脇差で男の首を斬らないように、刃で撫でる。
「ちょっと過敏に反応してしまうんですよ。許して下さい」
拳銃をしまい、脇差を納める。
シズクを見て頷くと、シズクが男を睨みながらゆっくりと棒を引いた。
さ、とカオルが後ろに回る。
ふう、と男が息をつき、ちらっと後ろのカオルを見て、
「ど、ど、道場破りですか? あなた達、誰なんですか?」
「道場破りではありません。見学のつもりで来たんです。私はマサヒデ=トミヤス」
「ええっ!?」
「あなたは」
「ぼ、僕は、ここの道場主の、黄龍斎=シノです」
「そうでしたか。驚かせてしまって、申し訳ありません」
す、とマサヒデがカオルに向けて低く手を上げると、カオルも脇差を納めた。
それを見て、アルマダも剣を納める。
カオルが壁から「かすっ」と棒手裏剣を抜き、1本をマサヒデに渡し、1本を懐に入れた。
はあー、とシノが息を吐いて、うんざりした顔をマサヒデに向けた。
「冗談抜きに、死を覚悟しましたよ」
そう言って、ぺたぺたとマサヒデの脇差で撫でられた首に手を当て、血が着いていないのを見て、また息をついた。
が・・・マサヒデの目は険しいまま。
この男、シノはこんな事を言いながら、冷や汗ひとつかいていない。
一見、驚いて怯えたように見えてはいたが、何か余裕があるのを感じる。
門弟達の方は、ほっと胸を撫で下ろして、マサヒデを見上げた。
これが噂の剣客、マサヒデ=トミヤス・・・
ごく、と門弟達が喉を鳴らした。




