第93話
アルマダと馬を並べて一剣流の道場へ向かう途中。
「ハワード様」
「いやあ、あのようなゴミを掃除するのは気分が良いですね!」
「それもそうですが、皆様にまだお話しておらぬ事がございまして」
「んん? 何ですか?」
「昨晩、私の部屋に忍が入り込んできました」
ぴた、とアルマダの笑顔が止まり、引き締まって目が細くなった。
「あなたの部屋にですか」
「はい」
「レイシクランの忍の目をかいくぐって?」
「いえ。これも訓練と見逃されて」
「・・・」
ぽく、ぽく、ぽく・・・
「それで・・・その者はやはり?」
「いえ、始末は出来ませんでした。追えも出来ず」
「ふむ」
「先程の輩が意趣返しに雇ったのでは、と思ったのですが・・・」
「が? ああ、そうか。なら、あんな事はしない。忍はまだ生きているのですからね・・・死ぬか、あなたの首を持ってくるか。大人しく待っていれば良い」
「はい」
「ふうん・・・で、カオルさんはどこから来たと思います?」
「教会5割、教会と関係ない貴族が4割、勇者祭1割」
「勇者祭はなさそうですが・・・」
「いえ。実は民間にも忍の道場があるのです」
「えっ!?」
「あまり知られてはおりませんが、この国にもいくつか。正統な技術を持ったものではなく、歴史書などからああではないか、こうではないか、と予想して作り上げたような流派がございます」
アルマダは驚いた顔で、
「そんなの、あるんですか・・・知りませんでしたよ」
「ただ、どれも近年出来てきたものばかり。50年を超すものは存在しません」
「では、魔族がそういう道場で学んで、という事はあまり考えにくいですか。余程の天才であるとか・・・」
「いえ、寿命の長い種族では覚えが遅く、学ぶに時間が足りませんが、虫人族などは人族と変わらぬ者も多いですから」
「ああ、確かに・・・しかし虫人族の忍だと厄介ですね。元々、闇討ちに長けた能力を自前で持っている者も多いんですから」
「はい」
「ふむ・・・忍か。何故あなたを狙ったのだと思います」
「ひとつ。船に忍び込み、単に最初に入った部屋が私の部屋だった。
ふたつ。私が忍と見抜かれ、最初に始末すべきだと考えた。
みっつ。先程の輩ではなく、ヤナギ先生の前で立ち会った者が雇った」
「む、そうか。その線もあるか。みっつ目・・・なるほど。先程の輩のような馬鹿ではない者か・・・」
「次に来た時は殺してしまうのが楽ではありますが、それでは出どころが。勇者祭の者であればそう数もおらぬと思いますので、始末で良いのですが・・・教会や貴族ですと、口を割らせたい所です」
「教会ならば、マサヒデさんとクレールさんを狙うのでは?」
「その場合、ふたつ目です。忍の仕事とバレると、すぐに辿られると考えた」
「ふむ」
「まあ・・・予測も大事ですが、ここは捕えて薬で口を割らせるのが早いです。探さずとも、近い内に向こうから来ます」
「で? 私達はどうしたら良いのです」
「特に警戒せず、普段通りで良いかと。皆様の所へ行くようでしたら、レイシクランの皆様が始末してくれます。かの忍は、レイシクランの皆様に気付いておりません」
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オノダ一剣流道場では、マサヒデとアルマダが宗家のヤダを相手に、1日中擦り落としの練習をした。
マサヒデとアルマダは普通に振ったり、弓引き斬りで振ったり。
ヤダはそれを擦り落とし。弓引き切りは弾いてしまい、中々擦り落とせない。
マサヒデとアルマダも、ヤダの振りをひたすら擦り落とす練習。
カオルは門弟を相手に立ち会いをしたり、擦り落としを練習したり。
シズクも棒相手ということで、普段の得物と違うから、門弟達の良い練習の的。
そして、練習が終わった。
ヤダが腕を組み、悔しそうにぐっと目を瞑り、
「ううむ! 弓引き斬り・・・擦り落としがここまで難しいとは!」
「いやあ、未熟なものですが」
「いやはや、アブソルート流が恐れられたのも分かります。今日は良い稽古をさせて頂き、感謝致します。そうそう、聞きましたが、トミヤス殿は、これに合わせて無願想流も使うとか?」
「まあ、どちらもまだまだですが。今は無願想流を主にしております」
「ふむ・・・」
ヤダが難しい顔で少し考え、木剣を立てて、
「ここに1本、噂の無願想流で撃ち込んで下さいますか。ここです。よく狙って」
ヤダが真剣な顔で、ここ、と木剣の鍔元辺りを指差す。
これは興味本位、という顔ではない。
マサヒデも真剣な顔で頷く。
「はい」
す、と無形に構え、少し考えて1歩離れる。
どう見ても間合いの遥か外。おお、とヤダが驚き、
「そこから届きますか」
「はい。では、参ります」
む、とヤダが頷くと、があん! と凄い音が小さな道場に響いた。
「なるほど・・・」
ヤダが険しい顔でマサヒデの位置、木剣に当たった木刀の位置を見比べる。
マサヒデの位置は正面から少しズレていて、例え相打ち覚悟で撃ち込んでいても当たらない。ぐっと沈んでいるが、例え避けられたとしても、ここで斬り返してくるだろう。だが・・・
「なるほど。こう来ますか。ううむ・・・」
す、とマサヒデが身を起こし、
「如何でしょうか」
「聞くまでもないですが、あの体勢からでも斬り返し、また斬り返しと出来る?」
「はい」
ヤダが立てていた木剣を下げ、
「ふむ。体捌き。振りの速さ。あの間合いを一瞬で詰める。素晴らしい。だが、もっと鋭く正確でないと、この先、死にます。そう遠くない先に」
ヤダが指を立て、
「この爪先を横に斬れるくらい正確でないと・・・普通の刀では、どんなに良い刀でも、刀が鎧に負けます。1人は斬れても、まあ2人は無理でしょう」
マサヒデが悔しそうな顔で、拳を握る。
「やはり・・・まだ荒いですか」
「ええ。今の正確さでは、鎧の隙間を縫って斬る事が出来ない。しかし・・・トミヤス流には、甲冑も斬る技術もあるとか。トミヤス殿は、それが出来ますか」
は! とマサヒデが顔を変えた。
「あっ・・・金切り・・・出来ます」
「合わせることは、出来ますか」
「やります。出来なければ死にます」
ヤダがにっこり笑って頷き、
「正確にしていくのは、ただひたすらの素振りしかありません。時間がかかって仕方ない。だが、これなら既に持っている技術を合わせるだけ。工夫だけです。何とか出来るようにして下さい。私はまだまだトミヤス殿を相手に練習したいので」
「先生! お教え、ありがとうございました!」
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シルバー・プリンセス号に帰って来てから、カオルは隅々まで船を回った。
痕跡はない。
昨夜の部屋に戻って床に張り付いて絨毯を見る。
客室係には事情を話して部屋への出入りを禁じてもらったのだが、足跡も分からない。
(此奴は中々)
布団に残された刺された跡。
大きく動いた気配はしなかったので、恐らく刀で刺した。
この高さだと、脇差ならかがむ必要がある。
(ううむ)
昨夜の事をよく思い出してみる。
部屋に入って来た時、あからさまに緊張した空気が伝わった。
刺した時も、偽物と分かって焦った雰囲気がはっきりと分かった。
だが、これ程に痕跡が分からない・・・
廊下を歩いて来たはずだが、シズクやイザベルにも気取られていない。
技術はある。
腕は立つのに、場慣れしていない者。
十中八九、民間の忍術道場の腕利きの忍だ。
自分のように正規に育てれられた者は、殺しに慣れている。
首都の道場か、他で修行し、勇者祭に参加した闇討ちか。どこぞに雇われたか。そこは分からないが、道場を見てみるのも悪い手ではない。貴族からこっそり仕事を受けている道場は見当がついている。
(カザマ流の都忍庵)
コウジ=シラカワ。
カザマの技術はとうの昔に失伝してしまったので、独自に研究、分析して、カザマ流を名乗っているだけだ。だが、その研究から復元したり、絵物語などの訳の分からない図の技術を、実用技術としてはこうすれば、という分析・応用・復元能力が飛び抜けている。
表向きは普通の忍術道場。裏では、情報省や軍から正規の忍を個人用に借りる金のない貴族や商人などへ、こっそり忍を貸し出して、荒稼ぎしている。
道場主のシラカワは元は商人で、商売上手。貴族の相談役などもしていたから、貴族や豪商への伝手は広い。
まずここで間違いない。
(イノカシ流の黄龍穴)
黄龍斎=シノ。
現在も脈々と受け継がれている、イノカシ流の次代後継者の筆頭候補。
今は民間の道場主だが、陸軍諜報部の次期教員長候補の話もひっそり上がっている。
この道場は十中八九ない。
カオルは情報省で主流のブデン流で育てられた。情報省でもイノカシ流で育てられた者はいるが、少数だ。イノカシ流は陸軍諜報部で主流。
イノカシ流はあまり知らないから、興味もある。
道場主の黄龍斎=シノも達人と名高い。
確認の為に行くならこちらだ。
ここでなければ都忍庵で確定。
(忍術道場か!)
皆が喜ぶであろう。
クレールは目を輝かせて声を上げるか。
マサヒデもアルマダも大喜びしそうだ。




