第91話
稽古が終わって、日没の時間。
時間は少し早いが、せっかく来てくれたニシムラ兄弟を夕食にと、レストランへ誘った。緊張した顔で、2人がテーブルに着く。
オクマツはレストランを見回し、
「ほへぇーっ! これ全部貸し切りっ!?」
「まあ、そうです。クレールさんの家の船なので、貸し切りというのも少しおかしいですが」
「はあー・・・」
「大体の物は作ってくれますよ。ふりかけご飯から、何か良く分からない高そうな物まで」
オクマツがにやりと笑って、
「へーえ。ま! うちも今は落ちぶれちまったが、一応は貴族だったんだぜ。こう言っちゃなんだが、それなりに舌は肥えてるつもりだ」
はあ、とキョウイチが溜め息をつき、
「オクマツ。レイシクランのシェフが作る料理だぞ。分かっているのか? 俺達ではまず口にする事は出来ないんだ。国王陛下がやっと食べられるくらいの」
「兄貴、もう言わんといて下さいよ。早く注文しようぜ」
オクマツはくすくす笑う給仕の方を向き、
「じゃあ、俺はその自慢のシェフにお任せでコースを頼むよ」
「承知致しました」
「私は・・・シンプルな物で結構。そうだな、今はスズキが旬だ。スズキをムニエルにしてもらおう。醤油・・・いや、ガーリックを効かせてほしい。後は任せます」
「承知致しました」
皆の前に水を並べ、とん、と水差しを置いて給仕が下がって行く。
くぴ、とオクマツが水を飲み、
「えっ・・・」
驚いた顔で、オクマツがコップの水を見つめる。
「あっ・・・兄貴・・・この水・・・」
「? どうした?」
「な! 何ィーッ!?」
大声を出したので、皆が驚いてオクマツを見る。
「オクマツ!? どうした!?」
がた! とカオルが椅子を蹴立てて、さ! とオクマツの横に立ち、
「毒ですか!? ラディさん!」
「はい!」
「い、いや! 待て! 違うんだ! 美味いっ! ただの水なのか!? 兄貴も飲んでみてくれ! スゲー美味い水だ! 休憩なしで朝から昼まで素振り棒でひたすら素振りして、初めてごくっと飲んだ時みてーな!」
む? と怪訝な顔でキョウイチが水を口に入れ、は! と顔を変える。
「ほ・・・本当だ!? 確かにこれは美味い! 何と言う銘柄の・・・」
ふふん、とクレールが得意そうな顔をして、
「うふふ。皆様、味がお分かりになりませんから、分かる方に飲んで頂いて嬉しいですよ! それは魔王山頂上の5万年前の雪解け水!」
「ええっ!? そうだったんですか!?」
マサヒデが驚いて声を上げる。
つーん、とクレールが拗ねた顔をして、
「もう! マサヒデ様は味がお分かりになるのに、今まで気付かなかったんですか!?」
「い、いや、普通に美味しい水だなあって・・・」
ごくっ・・・ごくっ・・・ごくっ・・・
「っつ~~~~~~~・・・うまあーいッ!」
「オクマツ・・・確かに美味いが、大声を出すな・・・」
「いや、こんくらい美味かったんだよ! すげえな! 魔王山頂上の雪解け水う?」
「おーほほほほ!」
クレールが高笑いして、オクマツが水差しから次を注ぐ。
「これ1杯でいくらすんだろな・・・」
「そういう事を言うな」
「兄貴だって、1泊いくらって聞いてたじゃねえかよおー」
「・・・」
かちゃかちゃかちゃ・・・
給仕がワゴンを押してきた。
「おっ! 来たぜ来たぜぇー!」
皆の前に食事が並んでいく。
マサヒデ、カオル、ラディの前には米と味噌汁と焼いた肉。
シズクとイザベルの前には、これでもかという大きなステーキが重ねられた皿と、サラダがボウルごと置かれる。
「あんたら、そんなに食えるのかよ」
シズクとイザベルが顔を見合わせ、
「控え目だよねえ」
「そうだな」
「・・・あそう? そうなの?」
「そりゃあ、私とクレール様とイザベル様が、毎日腹一杯食ってたら、すぐ食材無くなっちゃうもん」
「そうなんだ・・・」
給仕がオクマツの前に皿を差し出す。
「何これ」
クレールがにっこり笑い、
「それはモッツァレッラチーズとトマトです!」
「もっつぁ・・・チーズ? チーズなのか? これ」
「魔の国で生まれたチーズなんですよ」
「おお! 魔の国で! へえー! じゃいただきまーす!」
ぱくり。むぐむぐ・・・
「うん・・・」
かちゃ、とフォークを置いて、
「まあ、美味いんじゃないのかなあ・・・うん、美味い。美味いよ。かなり。でもよお、俺も半分魔族っても、この国生まれのこの国育ちだからよお・・・何ていうか」
「オクマツ様、違います! トマトと一緒に食べてみて下さい!」
「トマトと一緒にい~? 日輪国と魔の国じゃ味覚がさあ~」
ぱくり。
「・・・」
にやり。
「如何ですか?」
ぷるぷる・・・
オクマツが細かく震え出し、皆がオクマツを見つめる。
「こ! これわあ~~~・・・この味はあ~~~!?」
「おほほほほ!」
「美味い! マジに美味い! トマトとチーズがこんなに合うのかッ!? これこそ味の調和だ! 例えるなら! 8代王と首切り十郎! 8代王とお奉行様! 8代王と悪代官!」
シズクが呆れて、
「全部8代王じゃん」
「それがあって8代王が引き立つんだろーがッ!」
「おい、そんなに美味いのか? 一切れ」
キョウイチがフォークを伸ばすと、さっとオクマツが皿を取り上げ、
「食いてえなら兄貴も注文してくれよ! これは俺の分! 餓死寸前でも絶対やらねえ!」
「それもそうだな。では」
キョウイチが手を挙げて、給仕に注文する。
オクマツはもう一切れ食べて、ぐぐ! と拳を握り、
「くぅ~~~~っ! んーまいっ! 生まれて良かったぜえ~! オフクロが魔族で幸せェーッ! 俺も魔の国の味が分かるんだなあー」
「・・・」
味に感激するオクマツを、マサヒデが静かに見ていたが、
「つかぬ事をお聞きしますけど」
ん、とキョウイチとオクマツがマサヒデを見る。
「お父上は亡くなったと聞きましたが・・・お母上は」
「ああ、とっくに魔の国に逃げたよ」
む、とマサヒデの顔が引き締まる。
「逃げた? もしや、排斥派ですか?」
オクマツはひらひらと手を振り、
「違う違う。親父について行けなくなって逃げただけ。別に恨んじゃいねえぜ。あんな親父についていけた俺達がおかしいんだ」
「申し訳ありません」
「謝るこたねえよ。オフクロだって手紙送ってくれるし、こっちからも送ってるし、連絡は取ってるよ。全くギスギスしてたりはしねえ。オフクロも出ちまった手前、やっぱ戻って来づらいってのはあるだろうしよ」
オクマツがにやりと笑い、
「それによ。俺達が鍛えてるのも、出世してえってだけじゃねえ。いっぺんはオフクロの所に行ってみてえからって所もあるんだ」
「何故鍛える必要が?」
キョウイチがフォークを置き、
「母の実家は、砂漠にある。それも、宝石や油の産地だ。おかげで、平民の割には裕福ではあるが、野盗や泥棒が絶えない。わざわざ他国から泥棒に来る者までいる。一昔前は、血を見ない日がなかったというくらいだ。魔王様が警備を強化してくれたおかげで、戻ってみたらかなり良くなっていた、と聞いてな・・・今のうちにとな」
「今のうち?」
「また野盗の類は増える。魔獣と違い、頭を使うからな・・・追いかけっこさ。俺達は人族の血が濃い。純血の魔族ほど、身体は強くはないからな。母の家を訪ねるには、そういう準備が必要という事だ」
「そういう事。向こうの野盗はおっかねえらしいぜ。あんたらも魔の国に行くんだろ? そういう覚悟はしときなよ」
そういう覚悟・・・斬る覚悟、と言いたいのか。
「ま、私は大丈夫です。先日も斬りましたし・・・」
ぐっとオクマツが身を乗り出し、
「おおっ! それよそれ! 人斬りシンノスケ! 聞きたかったんだよ! 聞かせてくれよおー」
「最初から話すと、かなり長くなりますから・・・」
「ああいやちょっと待った! 幽霊屋敷で30人と立ち会ったって話も聞きたかったんだよ! 先にこっち教えてくれよ!」
む、とマサヒデが顔をしかめ、
「30人? こっちでもそんな話になってるんですか? 実際に立ち会ったのは10人もいなかったですよ」
にやっとシズクが笑い、
「でも、マサちゃん、真剣相手に、全員木刀でのしちゃったもんねー」
「まじかよ!?」
「でー、斬り合いは最後のセンセイだけ! でも、このセンセイってのがさ、とんでもなくやばかったんだ! 私もビビッて動けなくなっちゃったもん」
「そんなに!? あんた、鬼族でもヤバいって感じる相手だったのか!?」
「そおさ! マサちゃんも最初は・・・」
シズクが調子に乗って話し始め、マサヒデは箸を取った。
場は明るくなり、皆も楽しそうにシズクの話を聞いている。
まだわだかまりがあるのか、マサヒデは何とも言えない顔をしていた。




