第90話
シルバー・プリンセス号、訓練場。
緊張した顔で、オクマツがマサヒデ達の前に来る。
「や、やあ・・・どうもー・・・」
マサヒデが小さく頭を下げ、
「わざわざ来てくれてありがとうございます。先日はニシムラさんの剣は見られませんでしたから」
「ああ、オクマツでいいよ。兄貴も来てるから、ニシムラじゃ分かんなくなるだろ」
シズクがにやっと笑って、顎に手を当て、
「で? そのオクマツは強いのかい?」
はあ? とオクマツが呆れた顔をして、
「あのなあ、ここで強いのかって言われりゃあ、まあそうでもないですって答えるしかねえだろ。真剣勝負ってんなら俺は強いぜって言うけどよ」
「あははは! 言うねえ!」
シズクがカオルの手から木刀を奪い取り、ほいっとオクマツに投げる。
「あんた、私に勝てる?」
「はあー? そんなのやってみなきゃ分かんねえだろうが」
「道場で私見てたろ?」
「そりゃあ見てたよ・・・って何で俺ん所に来なかったんだよ!」
ふーん、とシズクが横を向き、
「他に人がいっぱい居たもーん。順番にやってたら、時間になっちゃったもーん」
「あ、そうか! うーん、じゃあ仕方ねえな・・・門弟はいっぱい居るからな」
シズクがオクマツに向き直り、にやっと笑って、
「ねえ、それじゃあさ。ここ、訓練場だよ。訓練しようよ」
オクマツもにやっと笑う。
「いいぜ。あんたも中々だったしな」
「中々! ふうん・・・言うじゃないか」
「ははは! 良いじゃないですか!」
マサヒデが笑って、
「ところで、車道流って試合は駄目なんでしょう?」
オクマツがにやにや笑ってマサヒデを見て、
「トミヤスさんよお、そんな固え事言うなよおー。バレなきゃ良いんだって! 俺は今日、あんたに挨拶しに来ただけ! ついでに素振りしてただけ! そしたら何つー偶然! 鬼の姐ちゃんが前に居ただけ! だろ?」
「ははは!」
アルマダもカオルも声を出して笑う。
「さあて、素振りでもするかなあー! 前にー、誰かがー、居たらー・・・危なあーいッ!」
ぐるん、ぐるん、とオクマツが左右の肩を回し、むっと正眼に構える。
「じゃ私もー! 偶然! 素振りしてたらあー、前にー、オクマツがー! こりゃ危なーい! あははは!」
こき、こき、とシズクが首を鳴らし、びたりと中段に構える。
マサヒデがにやにやしながら、
「怪我しても死ななければ、奥で鉄砲の稽古してる方が治してくれますからね。では、始め」
「むっ・・・」
「へっへっへ・・・」
へらへらしていたシズクが眉を寄せ、オクマツがにやりと笑う。
マサヒデ達の笑いも消える。
やはりこの男、中々だ。
「ほい」
すぱん!
「つっ!?」
何と言う突き!
右片手で出された突きがシズクの親指を掠める。
マサヒデ達も、驚いて目を見張る。これ程の使い手だったとは!?
「今よお~・・・その指・・・もらったぜ・・・へへへ・・・」
とん、とオクマツがシズクの親指に切先を乗せる。
「・・・」
「いくら鬼族が丈夫だっつってもよお~・・・真剣で斬れねえってこたあねえよなあ~・・・まして指1本じゃあよお~・・・」
「や・・・やるじゃないか・・・」
片手突きだから、間合いが凄く伸びる。シズクの棒で突くのと大して変わらない。
すう、とオクマツが木刀を引き、正眼に構える。
ぴ、とシズクが棒を握っていた前手の親指を立てる。
「こうじゃないとね。取られたんだ。使わないどいてやるよ」
「良いねえーッ! 勝負ってのはそう! そうじゃねえとな!」
す、とシズクが1歩間合いを開ける。
またもう1歩下がる。
「逃げてんじゃねーぞッ! 鬼娘さんよォーッ!」
「あんた・・・まだ何かあるだろ! なんか「ヤバイ」って勘が走ったからな!」
ぎ! とオクマツがシズクを睨み、
「ンなこたあ叩きのめされてから考えやがれッ! 行くぞコラーッ」
すっとオクマツが1歩踏み込む。
「下がる奴にゃあこうゆう事も出来るんだぜッ!」
すぱん!
「いっ!?」
左片手突き!
がすす! とシズクの前手に当たって入った。
瞬間、ぱ! とシズクが跳び下がる。
「ほお~~ら当たったァ~~・・・左でも片手突きってやつさあ~~っ」
「・・・つー・・・」
すっとシズクが顔を歪めて前手を離す。
左片手突きは難しい。柄の先を持って片手突きだから、確かに伸びる。
だが、あのように正確な狙いで突くのは至難の技だ。
ううむ、とマサヒデ達が唸る。
「どうだい? 中々だろーが」
にやにや笑いながら、オクマツがゆっくりと木刀を引いて正眼に構える。
「へへへ・・・そんな遠くで。片手で。出来るかあ~~?」
「んー・・・やっぱり・・・あんた、頭悪いだろ?」
「何で!?」
ばごん!
「ぶげっ!」
棒の片手突きがもろに顔に入った。
当然、刀より遥かに長い片手突き。シズクの棒は7尺(2m10cm)もあるのだ。
マサヒデの「これは長い」と言われる雲切丸でも、2尺7寸。柄を入れて、やっとシズクの棒の半分くらいだ。
オクマツが2間(約3m半)もぶっ飛んで、ばたん! と跳ねる。
「もー・・・凄い強いのに・・・何でーって、こっちの台詞だよねー」
シズクが呆れ顔で倒れたオクマツを見る。
皆も微妙な顔で倒れたオクマツを見る。
相手は棒なのに、同じように突かれたらまずいとは少しも考えなかったのか?
「はい、一本。ラディさーん」
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ラディがオクマツを治癒すると「はっ!?」とオクマツが目を覚ました。
「・・・」
シズクが倒れたオクマツを見下ろし、
「あんたさあ、私が同じ事すると思わなかった?」
「お・・・思わなかった・・・ぜ・・・」
はあー、とマサヒデ達が溜め息をつく。
オクマツがにやりと笑い、
「へ、へへ、あんた、中々やるな。さっと俺の技を盗んじまうとは」
はっ、とシズクが肩を落とし、
「ねえ、マサちゃん! やっぱオクマツ頭悪いよー!」
「なに? 何でっ!?」
がば! とオクマツが立ち上がり、うわ、とラディが身を仰け反らす。
オクマツはシズクの胸ぐらを掴み、
「何で頭悪いんだよ!?」
「あのさあ、普通に棒でも片手突きはするじゃん」
は! とオクマツが驚いて、
「あっ! そうか! べ、別に盗んだわけじゃ・・・」
「そうだよ。何でそんなに強いのに、そんなに頭悪いんだよ」
シズクを掴んでいたオクマツの手がぱたりと落ちる。
「知らねえよ・・・ああもう! 頭の良さは兄貴に全部持ってかれたんだよ!」
「ふーん」
「あ、兄貴なら、お前なんか目じゃねえぜ! 剣も俺より上なんだ!」
「頭良いなら、私は勝てないなあ」
オクマツがにやにや笑う。
「そうだろ?」
「なんか嬉しそうだけど、あんた褒めてるわけじゃないんだけど・・・」
「え? そうなのか?」
「マサちゃん! 駄目だこいつ! 早く何とかしようよ!」
「ええ? 何とかと言われましても、私も勉学は全然・・・アルマダさん、頼みますよ」
「は? 私が? 何故?」
「私より頭良いでしょう?」
「それはそうですけど」
「・・・さり気なく言い切りましたね・・・」
ぶは! とシズクが吹き出す。
「ぎゃーはははは! 馬鹿ばっかだー!」
「シズクさんも、人の事は言えないと思いますがね」
カオルがオクマツの木刀を拾い、
「ご主人様、シズクさんは本を多く読みますよ。娯楽本ばかりとはいえ、ご主人様よりも遥かに多く」
マサヒデが鋭い目でカオルを見る。
「何が言いたいんです」
う、とカオルが固まり、
「い、いえ・・・特に何も含んでいる訳では」
「そうですか」
「は・・・」
カオルが袖で額を拭う。
がす、とオクマツがシズクの肩に手を回して、少し離れ、
(おい、トミヤスっていつもあんななのかよ。超怖えぞ)
(たまにああなるんだよ。たまーにしかなんないけど。下手すると斬られるぞ)
(気い付けるわ)
と、こそこそ喋っていると、
「オクマツさん」
「はっ! はい!」
マサヒデに声を掛けられ、びくっとオクマツが振り返る。
「一本どうです」
「はい・・・お願いします」
マサヒデはにこにこ笑っていたが、さっきの目を見た後だと、余計に怖い。
カオルが歩いて来て、オクマツに木刀を渡し、
(ご機嫌が悪いので・・・)
と、こそっと囁いた。
機嫌が悪いとどうなる!?
ごく、とオクマツが喉を鳴らした。
マサヒデはオクマツを見て、にこにこ笑っている。




