第87話
マサヒデとクレールが型稽古を見て感心していた頃。
「なあ、トミヤス流の奥義みたいのあるだろ」
(どうしていつも私が貧乏くじを・・・)
カオルが面倒な高弟に絡まれていた。
「見せろよ。俺も見せるからよ。技術交流! な?」
アルマダが気付いて歩いて来たが、高弟から少し離れた後ろで立ち止まる。
困った顔の門弟達と並び、腕を組んで、にやにや笑っている。
「・・・」
カオルが恨めしげにアルマダに目を送る。
「おーい。聞こえてんだろうが」
「あ、いや・・・見せられるものではなく・・・」
「はあん?」
何とかしなければ。実際、トミヤス流の奥義など知らない。そもそもあるのか?
「私、奥義などまだ。マサヒデ様には鼻で笑われております」
「嘘つくんじゃねえ。あの腕でまだってのか? 一瞬でふっ飛ばしてただろうが!」
「本当です」
「んなわけねえだろうが!」
「あの、心構え・・・のような? そういう所は」
お? と輩が顔を変え、
「ほおう。言ってみろ」
「形に縛られるな、と。決まった形ではなく、自分に合った形を見つける事だと。ですので、私、我流のままで、マサヒデ様からはたまにご注意を頂くだけで、特にこれといって技法を習うでもなく」
「はーっ! 我流!」
輩がカオルを指差してげらげら笑う。
「おめえ、それでよくトミヤス流だって言えるな! 掠りもしてねえじゃねえか!」
「は。まだまだトミヤス流を習える腕ではないと、誠に自分が情けなく」
「全くだぜー! ははは!」
その『我流』で別の高弟を昏倒させたのが・・・
「じゃあその我流で良い。見せろよ。別に奥義でも何でもねえんだろうが」
輩がへらへらしながら、すっと構える。
慌ててカオルが手を振って、
「いえ! それは困ります! あ、でしたら、ヤナギ先生にお許しを」
「俺が。許す。車道流高弟の許しじゃあ不足か?」
「しかし、あいや! 車道流は試合は禁止しておられるのでは? 先程、ヤナギ先生からそう聞かされました」
「俺が良いっつったら良いんだ! 俺が見せろっつったら見せろ! 立ち会えっつったら立ち会え! 平民ごときがぐだぐだ言ってんじゃあねえ! 構えろ!」
なんと高圧的な・・・ここまで酷い者達が外で群れているのか。
下手に腕が立つだけに、傾奇者よりも遥かに厄介ではないか。
「いえ、それでは私のみでなく、あなた様もヤナギ先生にお叱りを受けられます。それは余りに申し訳なく」
「良いよ別に! 構えろ!」
つかつかとアルマダが後ろから歩いて来て、ぽん、と高弟の肩に手を置く。
やっとか! カオルが胸を撫で下ろす。
「では、私が見届人として、審判をしましょう」
「ああ?」
輩がアルマダを見て、一瞬、あれ? という顔をして、は! と顔を変える。
「げっ・・・ハワード様・・・」
「私の立ち会いの下でなら、ヤナギ先生もお許し下さいますよ。事後承諾になりますが、私が責任を持って先生に許しを得て参ります」
ふ、とアルマダがカオルに笑顔を向け、じろりと冷たい目で高弟を見る。
「・・・」
高弟が気不味そうにアルマダから目を逸らす。
カオルがじっとりとアルマダを見る。
(もっと早く来てくれれば良かったのに!)
アルマダが周りを見て、
「どなたか! 治癒魔術を使える方! こちらへ!」
「ぃー・・・」
しまった! と輩が渋い顔で下を向く。
「カオルさん! 頭を下げなさい! ヤナギ車道流、それも高弟の方が、わざわざお相手を申し込んで下さったのです!」
「ははっ! このような機会、もはやありますまい! ありがたく申し込みを受けさせて頂きたく思います!」
アルマダが周りを見て声を上げる。
「皆様! こちらの方からトミヤス流との他流試合を申し込まれました! 良い見学の機会です! お集まり下さい!」
何だ? と、周りの者達がこちらを見る。
げ!? と輩がきょろきょろ周りを見る。
「どうぞこちらへ! 他流試合です! 車道流では中々見られませんよ!」
おお、と声を上げ、わらわらと門弟達が集まってくる。
別の高弟が慌てて駆けて来て、アルマダに頭を下げ、
「申し訳ありません、申し訳ありません! 当流は試合は禁じられております!」
「ああ、いえ! こちらの方から申し込まれたのです。車道流高弟の方からの申し込み、とても貴重な機会です。お断りなどとても出来ません」
高弟が輩の方を向き、
「あなたから? 何を・・・あなたは、何をしてるんです!?」
「い、いや・・・ちょっとトミヤス流が見たいと言っただけなんだ・・・」
ふん、とアルマダが鼻で笑い、
「そして! ・・・立ち会いの所望を。僭越ながら、ハワード公爵家、トミヤス流高弟の私が審判役を授かります。不足ですか? ヤナギ先生の詫びは私が引き受けますので。皆様には一切のご迷惑をお掛け致しません」
げ! と高弟が顔を変える。
「ばっ、馬鹿な事を!? あなたは・・・どうするんです!? 破門になっても知りませんよ!? あれだけ固く言われているでしょう!」
す、とアルマダが手を出して、
「まあまあ、もうその辺りで。そちらから立ち会いを申し込まれ、受けました。ここで受けるなら辞めるなど、とても言えないでしょう。そんな振る舞い、剣術家として、いや貴族として、いやいや。そもそも人として恥も良い所ですから」
これでは引けないではないか!
高弟が渋い顔で輩を睨みつけ、
「・・・もう私は知りませんからね。あなたから申し込んだ勝負なんです。あなたの責任ですよ。どうなっても知りません」
そう言って、高弟も下がった。
アルマダはにこにこして輩の肩に手を置き、
「ヤナギ先生には私が頭を下げてきますから。カオルさんにびしびしと叩き込んでやって下さい」
「はい・・・」
アルマダも少し離れ、2人の間に立つ。
「構え!」
輩が正眼に構える。
カオルは深く頭を下げ、
「貴重な機会を与えて下さり、ありがたき幸せ! 全力で参ります!」
そう言って、右脇構えに構える。
(また突き入れるか? 今度はどうしてやろうか)
ふ、とアルマダが小さく笑う。
「始め」
ち、と輩が小さく舌打ちして、カオルを見据える。
(おっと?)
先程のヤナギの前で立ち会った高弟とは違う。言うだけあって、それなりだ。それに、じっと動かないが、腰が引けている訳ではない。まあ、それなりだが。
「参ります」
さ! と踏み込み、ちょいと袋竹刀を動かす。
「む!?」
と真っ直ぐ入った所で、横に無願想流で振る。
カオルの身体が、ぐっと真横に傾いた形で止まった。
「うっ・・・つ・・・」
下から斬り上げられる、と下げられた輩の袋竹刀の横を通り抜け、太刀筋が変わり、首にぴたりと当てられる。
「・・・」
ぎらりとカオルが輩を見据える。
すう・・・と輩の頭の上を回して、袋竹刀を下ろす。
この辺りが振り終わり。真剣ならこの輩の首は飛んだ。
「おあっ!」
輩が下げた袋竹刀を斬り返してきた。
カオルはさっと足を引きながら、真っ直ぐ斬り上げる。
輩の斬り上げは何も無い所を斬り、カオルの袋竹刀の切先が輩の小手を下から。
また、ぴたりと袋竹刀が当てられて、撃ち込んではいない。
「て、て、てめえは・・・」
互いに近く、真横と真横で立っている。
すうっと輩が腕を上げ、小手を外し、すぱん! と身体を回しながら横一文字に振ってきた。
カオルはくるくるっとダンスのように回り、輩と背と背を合わせるくらいで立つ。
「もう宜しいですか」
カオルは担ぐように、手を外に開くように、袋竹刀を後ろに。
輩の喉元に袋竹刀が当たっている。
おお! と見ている者達から声が上がった。
「後ろからってのは、後ろからって!」
「あ、左様で」
すっとカオルが袋竹刀を引き、1歩離れた所で、
「馬鹿が!」
くるりと輩が回りつつ、そのまま横一文字。
が、カオルは合わせるように、横にすとっと軽く跳んだ。
空振り。
「・・・」
「後ろからは・・・良くないのでは?」
言いながら、ゆっくりとカオルが身体を向け、そっと振り抜かれた輩の腕に左手を乗せる。これで止めた。
「車道流は・・・手の平で相手を転がすが如き。故に車道と言うそうですが・・・」
ひたり。
輩の首に袋竹刀を当てる。
「言うな!」
ば! と輩が竹刀を離し、掴もうとしてきたが、カオルがさっとしゃがんだ。
そして、輩の首に当てた袋竹刀を、すすっと首を擦って引く。
「ハワード様」
む、とアルマダが頷いて、後ろの高弟を見て、
「あれは一本ですよね?」
高弟が渋い顔で、無言で頷く。
最初の一太刀目で、とっくに一本だ。
「はい。一本です」
カオルが立ち上がり、ふっ、と小さく笑った。
「ふっ。見苦しい」
輩にだけ聞こえた、カオルの小さな嘲りの声と、カオルの小さな笑い声。
「く、く・・・」
「ご指南、ありがとうございました!」
ぱ! とカオルが頭を下げると、歓声と拍手が上がった。
輩は真っ赤な顔で、拳を震わせていた。
ふ、とカオルがもう一度笑った。




