第86話
ヤナギ車道流道場の高弟との立ち会いも終わり、宗家ヨシヒラ=ヤナギの心法の指南も終わった。
ヤナギがアルマダに向いて、
「む、そうそう。ハワード君」
「はい」
「ニシムラ君から話は聞きました。神誠館を勧めたそうですね」
「はい」
「うん。ニシムラ君にはぴったりの道場だと思う。でも、移籍は駄目です」
「何故でしょうか」
にっとヤナギが笑う。
「うちから近衛騎士、出したいんですよ」
え!? とキョウイチが驚いてヤナギを見る。
「だから駄目です。ニシムラ君には近衛騎士になってもらいますからね。もう騎士には十分ですけど、近衛騎士には足りないから、もう少しうちに居てもらいます。騎士を飛び越えていきなり近衛騎士。さすがヤナギ車道流。さすが王宮剣術指南役。そう言われたいですからね」
アルマダが笑顔で頷く。
「分かりました。私の話は忘れて下さい」
「ん。せっかく勧めてくれたけど、近衛騎士で、しかも腕利き陰陽師とか凄いでしょう? そういう理由があったんですよ。申し訳ない事をしてしまいましたね」
「ニシムラさんには宜しくお伝え下さい」
「うん。じゃあ、皆さん。後は適当に遊んでいって下さい。レイシクランさんは、虎を暴れさせて怪我人を出さないで下さいね」
びく! とクレールが顔を上げ、
「え!? し、しません!」
「ははは! じゃあ、解散して下さい!」
「「「ありがとうございました!」」」
皆が頭を下げて、立ち上がった。
アルマダがちらっとキョウイチを見ると、拳を握り、肩を震わせていた。
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道場の隅の方で、型稽古をしている者と高弟を見つけ、マサヒデとクレールが歩いて行く。
「失礼します。見学は許されましょうか」
「おっと・・・」
マサヒデを見て、高弟がにやっと笑う。
「構いません」
高弟が声を潜めて、
「ここだけの話、胸のすく思いでしたよ。他にもたくさん居ります。意趣返しなどされないよう、お気を付けを」
「ああ、あるんですか・・・そういうの」
「ございますとも」
はあ、とマサヒデが息をつく。
「で、これはどういう型稽古なのでしょう」
「基本の基本で、奥義のひとつという。まあよくあるパターンのやつです」
「ふむ・・・」
マサヒデが腕を組む。
高弟が門弟の方を向き、
「さ、トミヤス殿のご視察だぞ。緊張するなよ。最初から。まず無形の位を取る」
「はい」
「違う違う。足は両方とも真っ直ぐ前。後ろ足が外に向かない。癖にならないように、今から気を付けろ」
「はい」
高弟が門弟の後ろの腰に手を当て、
「前に出す」
「はい」
む、とマサヒデが気付く。
「仙骨ですね?」
「その通り。さすがトミヤス殿は分かっておられる。よし。右足を真っ直ぐ引いて・・・」
高弟の説明が続く。
文字通り、手を取り、足を取り。
そして・・・
「ここで大事なのは・・・」
「はい」
「よし。あとは反復で覚えるだけだ。だが、大事なのはこれを速く振る事ではない。結局の所、剣術は力や速さではない」
ぴく、とマサヒデの耳が冴える。
どういう事だ? と門弟が高弟に顔を向け、
「と言いますと」
「剣術は、時間。相手の時間を奪った方が勝つのだ。距離だとか、気の読み合いだとか。そういう所で、相手の時間の隙と言うか・・・どこかで時間を奪ってしまうわけだ。当然こっちは勝つように振っている。そのための型だからな。そういうわけだから、相手より振りが遅かろうが関係ない。時間を奪ってしまえば、絶対に勝てる」
「なるほど・・・」
時間を奪う。これは三傅流にも通じる所がある。
相手より拍子が早いから勝つ。時間を1拍奪っているからだ。
イマイに三傅流を習っていなかったら、今の説明は中々分からなかっただろう。
が、教えてもらったお陰で、すとんと入って簡単に納得できた。
イマイの振りはマサヒデと同じか遅いくらいなのに、いつもマサヒデに勝つのだ。
「では最後の振り終わった所まで。ゆっくりで良い」
「両手で上げるようにして・・・」
門弟が振り終わる。
「よし。ちゃんと出来ているかどうか見てみよう」
高弟が正面に立って、ぐっと袋竹刀の先を手で押す。
「うむ。まあまあ・・・出来ているな。70点。貸してみろ」
高弟が同じように振り下ろし、前に立つ門弟に、
「さっきの俺と同じように押してみろ」
「はい」
ぐ、と門弟が押したが、微動だにしない。
「しっかりと出来て位が入っていると、こうなる」
高弟は右手も離す。左手1本。
「どうだ」
うん! と門弟が押したが、全く動かない。
おお! とクレールが驚いて高弟を指差す。
「マサヒデ様! 凄いですよ!」
「ええ」
マサヒデは鋭い目で口に手を当てて見ている。
高弟がそのまま門弟の方に歩き出す。
「おお!?」
門弟が押され、手に当たっていた袋竹刀に体重が掛かってぐにゃりと曲がったが、高弟は左手1本で軽く持っているだけ。門弟がずんずん押されていく。
「お、お、お!?」
高弟が足を止め、よたよた後ろに下がっていた門弟も止まる。
「しっかりと位が入っているとこうなるんだ。絶対に耐えられない形がここに出来る。後は時間を奪えるかどうか。それで絶対に勝てる。文字通り一刀両断に出来る」
(ううむ!)
研究し尽くされた型稽古だ。基本にして奥義。なるほど・・・
高弟が門弟に袋竹刀を渡し、
「もう一度、最初から。最初の無形からな。ゆっくりで良い」
「はい」
門弟が構え、足を引く・・・
「ちょっと良いですか」
「む、何でしょう」
「車道流の型稽古って、いくつかは知ってますけど、他にはどんなものがあるんでしょう」
にやりと高弟が笑う。
「300以上ございます」
「は!?」「ええーっ!?」
マサヒデとクレールが声を上げる。
「しかし、その全ての型は、たったひとつの技に繋げるための・・・何と言いましょうか。糸のようなもので」
「無刀取り?」
「そうです。まあ、1本は細い糸でも、300本も依り集めれば太い縄になりましょう。十分に登っていけます」
「ううむ!」
「マサヒデ様・・・300って、とんでもないですね」
マサヒデが難しい顔で頷く。
「そこまでやらないと、無刀取りには辿り着けないんですよ・・・やり方知ってれば出来るってものではないんでしょうね」
高弟も頷いて、
「私は技法を知らないので、そうだとは言い切れはしませんが、おそらくそういった事だと思いますよ。そして、その頃になって技法を知れば、何だこんな事か、と感じるのではないでしょうか」
「そうでしょうね・・・そうだと思います。私もいくつかは知っていますが、大体、奥義ってそんなものです。基本中の基本が実は奥義なんだと」
「ええ。この基本の型も奥義のひとつです」
「ううむ・・・」
しばらく、ゆっくりと門弟が型稽古をするのを見ていると、高弟が話し掛けてきた。
「ところで、先程の振り」
「ん? ああ、何でしょうか?」
「トミヤス殿が振っていた。あれはどこの奥義で? 見た事のない振りでしたが。振ると言うより振られているようで、がつんがつんと奥まで入っておりましたね。真剣なら、文字通り膾になっていた所でしょう」
む、とマサヒデが言葉に詰まる。あまり知られたくはない。
特にこの人数が多い車道流の道場で喋れば、あっという間に世間に広まりそうだ。口の軽そうな者には見えないが、やめておこう。
「ううむ・・・実は、私も知らないんです」
「と言いますと?」
「どこの方かは分からないんですが、これは凄い! 間違いなく達人、という方と偶然出会いましてね。もう立ち姿から違いましたよ。遠目で分かりました。やばい人が居るって・・・」
「それ程の」
「ただ、何と言うか、ぎすぎすした方ではなかったんです。それで、思い切って話し掛けてみたんですがね。鼻で笑われましたよ。お前が噂の神童か? 全然神童には見えないなって。それで、一手教えて下さい、です」
「それで教えてもらったのが先程の」
「はい。我流か、どこか田舎の方の、あまり知られていない流派か、古くてあまり知られていないとか・・・教えてくれなかったので、分かりません。ただ、私にはこれが合うだろう、試してみろと。それで、ずっと練習しています」
「ううむ・・・何と言うお方だったのでしょう?」
マサヒデは首を振り、
「分かりません。ただですね。父上が言うに、剣聖よりも強い者は世にいくらでも居ると」
「ほう?」
「まあそうですよね。この首都に来て、何人もの達人に会いましたよ。父上より強い方も居るでしょう。あの方も、そのうちの1人かも・・・です」
「剣聖よりも、ですか・・・」
ごまかせたようだ。ふう、と心の中で安堵の息を吐く。
高弟がちらちら周りを見て、声をひそめて、
「ここだけの話、トミヤス殿から見て、ヤナギ先生はどうでしょう」
ふ、とマサヒデが苦笑して、
「先程、ヤナギ先生は竹刀を触りもしませんでしたね。ヤナギ先生から見たら、私はその程度」
「んん? どういう事でしょう?」
「相手にもならない。そういう事です」
はあ、とマサヒデが溜め息をつき、悲しげに首を振った。
ううむ、と高弟が横で唸る。




